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第3話「刻印と母の旋律」

音楽に刻まれた過去と、ピアノに込められた祈り。

母の残した旋律と、そこに寄り添う誰かの声。

少しだけ過去と向き合う時間のはじまりです。

……相変わらずの業務連絡みたいなメール。

2週間も前に来てたなんて……


去年と一昨年はヴァカンスの時期に帰国してたから、油断してた……

昨日、帰国してたんだ。


メールを読み終えた頃、ママの演奏が始まる。


凛とした張りのあるヴァイオリンの音が、テレビ越しでも空気を一変させる。

芯があって、でも硬くない。強いのに、無理がない。

ママの手にかかればどんなアニメのポップなメロディだって、すぐに“クラシックの品格”を纏う。

譜面通りに弾くだけじゃ、こうはならない。

テンポの揺らし方、ポジション移動の滑らかさ、ほんの一瞬だけ遅らせてから響かせる高音のニュアンス……

そういう“意志”のある演奏。

華やかで、堂々としていて、でもちっとも鼻につかない。


美しい立ち姿。優雅なボーイング…


それが一ノ瀬薫の音……


この音を、私は毎日、耳元で聴いて育った。


……椿さんの言葉が蘇る。


「ピアノでどうしても再現できない部分があって、奏ちゃんの音源まんま使った部分があるって」


『shooting stars』は、私のピアノが使われてる。

私が人前で弾けなくなって、もう2年。

ママの前で、私は一度も演奏してないけど……


ママはせっかちなところがあるから…… スタジオを後にしてしまっていたら、みんなの曲は聴かれずに済むかもしれない。

……願うしか、ない。

みんなの出番が待ち遠しいような…そうでないような…


1時間半後……


『次は「スターライトパレード」のみなさんです!今日はメンバーの椿 翔平さん主演ドラマの主題歌を披露してくださいます』


!!やった!!!


椿さんのドラマの主題歌だって言ったよね!?


ライトが当たって、メンバーが映る。

私服姿に慣れていたぶん、“アイドルモード”の彼らがあまりに眩しくて、思わず息を呑む。


怜央さんは、画面越しでもわかる大人の余裕。

信さんは、笑顔がそのまま光になって。

セナ君は、衣装の中でもちゃんと“セナ君”で。

蓮君は、3割増で目が合いそうな錯覚。

真央君は、画面いっぱいに全力の手振り。

遊里君は、やっぱり笑顔が弾けてる。

椿さんは…………完全に主役だった!


パチパチパチパチ…!!


私の曲じゃなくて、思わずほっとして、TVに向かってたくさん拍手を送った。


『それでは、椿 翔平さん主演ドラマの主題歌「REVEAL」と、大ヒットを記録した『shooting stars』のメドレーをお聞きください!』


「……えぇぇえええ!?!?」


アナウンサーさんの言葉に思わずソファに突っ伏してしまう…


ママは、気づいちゃう?


テレビ越しだと、わからないかも…… スタジオにいなければいい。

いっそ既にスタジオを後にして帰路に着いていてくれたら…


メールには食事しようと書かれていたよね…

後ろにある機材を見る…

……家に来さえしなければ、バレないよね?


放送後、パパにママのことを聞くのも考えたけど、怖くてやめた。


自分から動かないというか、動けないまま……あれから10日……


ママからは、何も音沙汰がない。

今度こそ見逃さないようにとメールを毎日チェックしていた。


そこで、目に飛び込んできたのが……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


件名: 【案件名】スターライトパレード 新AL候補曲募集のお知らせ(11/1〆)


本文: 音羽奏 様


いつもありがとうございます。マネージャーの八神です。

次回アルバム収録に向け、以下の通り候補楽曲の募集を行います。


【納期】

2025年11月1日(金)15:00まで


【テーマ】

「支え」「原点」「感謝」など、自分を形作ってきた“誰か”への想いをテーマにした楽曲。

ファン・家族・友人など、誰を想定しても構いません。

個人的で、けれど誰かの心にもそっと届くような温度感のある楽曲を希望します。



【曲調】

ミディアム~アップテンポ。

ライブでも披露できるよう、明るさや前向きさを感じられる仕上がりが望ましいです。


【音域】

仮歌:男性キー/高音Fまで対応(ユニゾン中心でもOK)


【提出物】

メロディ+コード譜(PDFまたは画像形式)+仮歌入りデモ音源(mp3形式)


【参考曲】

「PRISMATIC」「My Light」など、個々の想いが歌詞ににじむタイプのもの


【備考】

・編曲は不要です。

・複数曲提出可(上限3曲)

・他メンバーとの共作も歓迎(※希望があれば調整可)


気になる点があればいつでもご相談ください。 引き続きよろしくお願いいたします。


マネージャー 八神 RiseTone Management

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アルバム!!


アルバムの曲を考えていいの!?!?


ここ数日、ママのことが気になってピアノに集中できずにいたのに、メールを読んだ瞬間、頭の中が一気にクリアになる。


「あれ……3曲しか出せないんだ……」


今なら何曲でも書けそうな気がしているのに。


Mac Studioの電源を入れる。 わずかな間を置いて、部屋に“ポーン”という澄んだ起動音が響いた。

何度かPCを立ち上げてソフトをいじってみたりしたけど、本格的に作曲するために立ち上げるのは初めて。


モニターに現れるAppleのロゴ。

初期設定はすでに済んでいて、デスクトップには「Logic Pro」のアイコンが整然と並んでいた。


一呼吸、置いてから……


白くて無垢な鍵盤に手をかけながら、深く息を吸い込む。

グランドピアノと違って、なんだか不思議な感覚。

目の前には、まだ何もないキャンバスのようなプロジェクト画面。

カーソルを「新規作成」に合わせた指先が、ほんのすこし震える。


「……よし」


クリックの音が、やけに大きく感じた。

画面が切り替わり、無数のトラックとプラグインが並ぶ世界に圧倒されつつも、胸の奥が熱くなる。


「作れる……ここで……」


ヘッドホンをつけて、最初の音を鳴らす。 生まれたばかりの、自分だけの“音”。

モニターの中の真っ白な五線譜を見つめる。

少しだけ緊張しながら、MIDIキーボードに手を置いた。

指先がゆっくりと鍵盤を押す……


♪……


音とほぼ同時に、画面に小さな丸い音符が現れた。

一音、また一音。 アルペジオ、コード、右手のメロディラインに左手の伴奏。

鍵盤を鳴らすたび、まるでインクのペンで走り書きするように、音符たちが五線の上に書きあがっていく。


「……すごい。これ……」


驚きと、少しの戸惑い。

まるで、自分の頭の中をそのまま可視化してくれているみたいだった。

画面に広がる五線譜は、感情の波紋だった。

どこかで聴いた旋律……いや、どこにもない“今生まれた”旋律が、確かなかたちになっていく。


♪~~~♪


スマホのアラームが鳴る。

聞き慣れたメロディが、やけに遠く感じる。

時計は7時。

結局、あの後楽しくなり過ぎてしまい寝たのは午前4時…… 3時間しか寝れなかった……


完成したらみんなに聴いてほしいな……あ、でもコンペ前だからダメなのかな。


朝の光に目を細めながら部屋から洗面所に向かう……

洗顔をして……制服に着替えて……朝食は昨日買ってあるヨーグルトと果物……

そんなことを考えながらドアを開けた瞬間、空気が違うことに気づいた。


リビングだけが、異様なほど整っていた。


そして……声がした。


「おはよう、奏」


久しぶりに聞く、母の声だった。


「マ……マ……」

「とりあえず顔を洗って着替えてらっしゃい。あ、制服じゃなくっていいわよ」

「はい……」


まさか、こんな朝に抜き打ちで来るなんて。

頭の中で、何を話すべきか必死に考えても、何一つまとまらない。


ソファの真ん中に座るママ。

その真正面に、私は正座するように腰を下ろした。


「で?これはどういうことか説明してくれる?」


ママの背後には、あの機材たち。

あまりにもママの威圧感が凄くて、ラスボスにすら見えてくる……

どう言ったら理解してもらえるんだろう……


セナ君のこと、スターライトパレードのこと、作曲のこと……

答えが見つからず黙っていると……


「先日、音楽番組に出たわ」


身体が強張る。


「誰だか覚えてないけど、奏のピアノで歌うアイドルがいたわ」


やっぱり…ママの耳は誤魔化せない…

私の子供のころからの音を、誰よりも聞いてきたママ…

私の調子が悪いとすぐに気が付いて、アドバイスしてくれて…

厳しいけれど私の音ごと私を一番愛してくれてるママが…私の音を聞き間違うはずなんてなくて。


「奏が弾いたのね?」

「……はい。私が作曲したの」

「作曲ですって…?奏が?アイドルの曲を…?」


一瞬の沈黙が何時間にも感じる…


「あなたの!あなたの才能は、あんな曲を作るための才能じゃないのよ!!!」


ビクッと震え、顔を上げる。


『なんでアイドルの曲なんか作らなきゃいけないのよ!!』


……あの日、自分がセナ君に向かって吐いた言葉を思い出す…


胸が痛い。

あの時吐いた言葉はなんて酷かったんだろう…と改めて実感して、涙が出そうになる。

あの時の言葉…取り消せないかな…


「弾けるようになったなら、フランスに連れて行くわ」

「え……?」

「学校は退学届を出しなさい。今年はもう向こうの受験は終わっていて転入は無理だから、試験まで向こうで師事してくださる先生を探すわ」


フランス…?退学…?


「ママ!?待って!私、人前でまだ弾けないの……!」

「なんですって?」


少し黙ったママ。お願い…これで諦めて…


「でも弾けるのよね?行った後、おいおい考えればいいわ」


そんな……


「わかるわね。あなたは、まだまだ学ばなければならないことが山ほどあるのよ」


目の前が真っ暗になる。

だって…フランスにスターライトパレードはいないじゃない…


「あんなお遊びはもう終わり。作曲がしたいなら、ちゃんとした先生を用意するわ」


フランスに行ったらみんなに会えなくなるじゃない…

フランスに行ったらみんなに私が作った曲を歌ってもらえないじゃない…


セナ君……あの日から、もう10日も会ってない。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


奏の“原点”に触れる回で、書いててすごく感情が入りました。

母との関係って、たぶん今後もずっと物語に影響するので、ここはすごく大事にした回です。


よかったら、引き続きお付き合いください。


もし少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入りしていただけると励みになります。


次回、第4話は【8月5日(火)夜】に更新予定です!


ぜひまた覗きに来てくださいね!

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