第2話「スパイスとマカロン」
誰かのために曲を作ってみたい──そう思った瞬間。
甘くて、でもちょっと刺激的な感情が胸をくすぐる。
心の奥に少しずつ入り込んでいく気持ちの話。
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい!ちょうどさっき業者さんが来て、セッティング始めてくれてるよ」
約束の時間、セナ君を部屋に通す。
「ん。これ土産」
白い紙袋を手渡される。中にはお菓子のような箱。
「ありがとう!終わったら一緒に食べよ!」
紙袋をキッチンに置き、リビングに案内をする。
機材一式は自分の部屋に置こうかとも思ったけど、収まるはずもなく…
リビングの一角に全部セットしてもらうことに。
「ノートPCも要るかな?持ってくるね!」
セナ君が部屋に入った瞬間、空気の匂いが彼の匂いに染まったようで……
この前一緒に出掛けた時のことを嫌でも思い出してしまう。
顔、赤くなってないかな。
深呼吸して落ち着いた頃、セナ君が業者さんの手伝いで家具を動かしている。
何か手伝えることないかと近くに行くと
「お前は怪我したら困るから待ってろ」
すごすごと下がり、ケトルでお湯を沸かす。
リビングの雰囲気が、一気に“音楽スタジオ”になっていく。
──あそこで、作曲するんだ。
なんて考えたてたら…どうしようピアノ…めちゃくちゃ弾きたくなってきた。
思わずメロディーを口ずさむ。
このメロディー、使えるかも……。
もし機会があればメンバーのソロ曲とかユニット曲なんかも作ってみたいな。
そういえば椿さんのドラマの主題歌はどんな曲なんだろう。
もし私が同じお題の曲を作ったらどんな曲にしたかな。
怜央さんならとびきり甘いラブソングかな。
信さんはラップの入った曲とか合いそう。
蓮君は切ないバラードを凄い歌いこなしてくれそう。
真央君は気合の入ったダンスナンバーかな。
遊里君はポップでかわいくて楽しい曲。コーレスもいっぱい入れちゃうかも。
セナ君は……。
香水みたいに、爽やかで、ちょっとスパイスが効いてて、かっこよさが残る曲——。
セッティングも無事に終わり、業者さんにペットボトルのお茶を渡して見送る。
……この後どうすればいいの?
「!!!ごめん!お土産、出してなかった!お茶も!準備してたんだった!!」
慌ててキッチンに向かうと、後ろからセナ君の笑い声。
コーヒーの香りで、少し彼の匂いが薄まった気がする。
リビングに戻り、ソファへ案内するも、セナ君はなかなか座らず。
「あ!お手洗いは玄関の…」
「や、ちげーよ!!」
大きく息を吐いて、ようやく私の隣に座る。
「お土産ありがとう!マカロン!? なにこれ、かわいい!!箱が2段になってる!?」
初めて見たかわいいBOXに入れられたスイーツを前にテンションが思わず上がってしまう。
でも、ふとした疑問が湧いて口をつく。
「ん?どした?食わねーの?」
私の様子を見ていたセナ君がコーヒーを口に含む
「こういうのって……いつも誰かにあげてたりするの?」
「ブッ!!……は???」
コーヒーを吹き出して咳き込むセナ君。
「いや、なんか……慣れてるっていうか。女の子が好きそうなやつ、よく知ってるなって」
「……お前な……そんなに女慣れしてたら、今ここにいねぇよ」
「え??それってどういう意味…」
私の言葉を遮るように、セナ君がマカロンをひとつ手に取り、私の顔の前に差し出す。
「ほら。口開けろ。あーん」
言われるがままに口を開けると、マカロンがそっと運ばれてくる。
一瞬、彼の親指が唇に触れた気がした。
「おいしいーー!!」
マカロンの甘さに感動する私の視界に、親指をペロッと舐めるセナ君が映る。
何この人…こんなこと誰にでもしてるの…?否定してたけど絶対女慣れしてるでしょ…
予想以上の甘さが追加され、ごまかすように次はどれを食べようか選んでいると、一向に食べる気配のないセナ君に気が付く。
「……あれ? 食べないの?」
「ん?仕事で食う必要があるとき以外は、夜の6時以降は飲み物だけな」
「え!? 嘘!!??なんで??」
「……顔に出るから。むくみとか。翌日の現場に残るんだよ、地味に」
さらっと言うセナ君。
——知らなかった。
セナ君曰く
椿さんは、現場の前にジムで1時間走るのが習慣らしい。
怜央さんは、撮影の前日は塩分を控えて、顔の輪郭がぼやけないようにしてるんだとか。
信さんの肌ツヤがいつも完璧なのは、スキンケアと食事の管理のたまもの。
パックの種類で季節を分けてるって噂もある。
蓮くんは「今日はチートデイだから!」なんて言ってたけど、普段はおにぎりひとつでもカロリーを気にしてるらしい。
真央くんは、YouTubeで見た筋膜リリースにハマってて、朝晩のストレッチが日課。ていうか脚のむくみ取りグッズ持ち歩いてる。
遊里くんに至っては、炭酸抜きのコーラをヘアミスト代わりにする裏ワザを持ってるんだそうで……。
「信なんてヒアルやってからな。内緒だけど」
え?ヒアルって……ヒアルロン酸? 予防が大事って、え、美容皮膚科!?
私がマカロンに感動してる横で、みんなはどれだけストイックなんだろう。
「ユーリもマオも、まだできること限られてっから…あいつら18超えたらスゲー化けるぜ」
……アイドルって、すごい。
その一言じゃ足りないくらい。
目の前の甘いマカロン、セナ君の手元。
ふと、全部が計算だったのかもしれないと思った瞬間——
マカロンの甘さが、また少し増した気がした。
「そういや、あんなリビングに設置して家族は何もいわねーの?」
「え?…」
ソファ後方に置いてもらった機材を思わず見る。
「……あー、基本は1人暮らしなの。防音室もあるんだけどピアノがあって入らなくて」
「防音室?…マジ?お前そんなお金持ちなの?」
「あ…どう…なんだろう、ね?ここまですると思ってなくて…」
家のことには触れたくなくて、曖昧にごまかしてしまう。 急いで話題を変えるようにして──
「そういえば!いつまで黒髪なの?」
「映画の撮影が終わるまでだから2か月くらいかな」
わー…やっぱりすごいな。髪色も役に合わせて変えちゃうなんて。
「セナ君って金髪が地毛なの?」
「……地毛は淡い茶色」
「それも似合いそう!ハーフか何かなんでしょ?」
「いや、純日本人」
少し、距離を取られたような言い方。
これ以上は聞いちゃいけない気がして、私はそっと口をつぐむ。
セナ君も、私の様子に気づいたのか少し表情が変わる。
「……やべ、こんな時間じゃん」
気づけばもう10時過ぎ。
「明日歌番組があってさ、朝からリハなんだよ」
玄関で靴を履きながら、そう言って笑う。
そうだった。確か明日はスターライトパレードと同じ事務所のグループとシャッフルメドレーがあったり、色々アーティストがコラボとかを披露もある長時間音楽番組の日だった。
「じゃ、戸締りしっかりな」
最後、ちょっと変な空気になったのが、少し心に引っ掛かりながら、セナ君を見送る。
ドアが閉まった瞬間、まるで世界に一人だけ取り残されたみたいな気持ちになって── で
も、ふと目に入ったキーボードにホッとする。
あ!iPad!
机の上の箱を思い出す。
中身はiPad。 セナ君に「急ぎじゃなければ後にしろ」って言われてたんだ。
そーっと箱を開ける。
Apple製品の、宝石箱を開けるような感覚が好き。
ピカピカのiPadを取り出す。
凄いなぁこれでも作曲できちゃうって言っていたよね。
カバーとガラスシート買わないと。 どんなのを買おう…
天井に向けて持ち上げながらクルっと回して裏面を見る
Starlight Parade
……の刻印が、そこにあった。
もーーーーーみんな……ずるいよーーーー。
『お前のおかげなんだ。もっと誇れよ』
セナ君の声が思い出される。
ずっと我慢してたのに。 みんながプレゼントしてくれた机。 みんなが選んでくれた椅子。
その真ん中で、機材に囲まれて、まだかすかに残るセナ君の香りに包まれながら…… 私は、こらえきれずに泣いてしまった。
次の日。
学校から急いで帰宅して、荷物もほったらかしで音楽番組をつける。
良かった、まだスターライトパレードの出番は先みたい。 ほっとして飲み物を取りに行ったその時——
『CMの後は、世界的に活躍されているヴァイオリニスト・一ノ瀬薫さんと、ヒットアニメのスペシャルコラボメドレーです!』
「ママ!!!!???」
え、今日本にいるの!?
ペットボトルを落としたのもそのままに、慌ててノートPCを立ち上げる。
……メールチェック、作曲だったり文化祭に体育祭…あまりの忙しさで最近あまりできてなかった。 受信トレイには未読がずらっと並んでいる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
件名:帰国予定について
奏へ
蓮絡です。
2週間後、現地時間10月1日20時25分フランス発のJL046便にて帰国します。
日本到着は翌日17時20分の予定です。
およそ1カ月ほど滞在する予定です。
仕事の都合もあるため、基本的には都内のホテルに滞在します。
滞在中、スケジュールを見ながらにはなりますが、食事を一緒に取れる時間を持ちたいと思っています。
取り急ぎ、報告まで。 何かあればこちらに返信してください。
ママより
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後まで読んでいただきありがとうございました!
奏ママがいよいよ登場しました…!
なかなか濃いキャラでお気に入りです。
よかったら、引き続きお付き合いください。
もし少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入りしていただけると励みになります。
次回、第2話は【8月3日(日)夜】に更新予定です!
ぜひまた覗きに来てくださいね!