第9話「フルーツサンドと予感」
甘いだけじゃない、思い出の味。
何気ない会話の中に、ふとこぼれる“本音”がある。
日常の裏で進んでいく、舞台裏の歯車たち。
駅から少し歩いたところにある、小さなフルーツサンドのお店。
白い木の扉とパステルブルーの外壁が目印で。
ショーウィンドウには、色とりどりのフルーツサンドがずらりと並んでいて、まるで宝石みたいにキラキラしてる。
「いらっしゃいませ」
優しそうな女性の店員さんが、笑顔で迎えてくれる。
「ふぁぁっ……!」
目の前に広がるたくさんのフルーツとクリームに挟まれたフルーツサンドを前に思わず感嘆の声が漏れる……
ショーケースの中には、定番のいちごやキウイ、バナナはもちろん、季節限定の柿とラ・フランス、ピンクグレープフルーツ、ルビーみたいなザクロまで……
どれも生クリームやカスタードとバランスよくサンドされていて、見るだけでうっとりしてしまう。
……えー、いちごは外せない。 あと、季節限定のも……!
ダンスのレッスンって言ってたし、サッパリしたのもいいよね。
柑橘……系……?
ふと、セナ君や怜央さんの香水を思い出して、心臓が跳ねた。
LINEでは遊里君と真央君だけって言ってたけど、他のメンバーが来るかも?
……来なくても、スタッフさんが食べてくれるよね……
そんな言い訳をしながら、3人じゃ食べきれない量を買ってしまった。
……ちょっと、買いすぎたかも。
レッスン場までたどり着き、八神さんが話を通してくれていたおかげで中へ。
遊里君にLINEを送る。
『ついたよ』
っと……廊下の小窓から中を覗く。
何度かライブやTVで見たことがあるけれど、練習している姿はまた違う。
真剣で、ひたむきで、 同年代の2人が汗だくで踊る姿を見ていると、私も頑張らなくちゃと思えてくる。
あ……セナ君が言ってた……
『あのときのおまえに、オレは何度も救われたんだ』
セナ君も、あの時こんな気持ちだったのかな。
スタジオから出てきた2人と目が合う。
「奏じゃーん! 待ってたよ~!」
「お疲れ様。差し入れ持ってきたの。食べる時間あるかな?」
差し入れの紙袋を受け取った真央君が中身を覗く。
「お、フルーツサンドやん」
「控室こっちこっち! はやくはやく!!」
案内されて控室へ。 明るくて清潔な部屋。
控室はスタジオに隣接していて、窓からの光が優しく差し込む広さ。
床にはクッションマットが敷かれ、ソファやテーブルの他にストレッチ用のヨガマットまで置かれている。
部屋の隅には冷蔵庫とウォーターサーバー、それからコーヒーマシンもあって、たくさんのペットボトルや紙コップが並んでいた。
「いちご、めっちゃ甘い~!」
「お前、先に食べすぎやろ」
真央君が突っ込みながらもぱくっと口に運ぶ。
「……うんま。……やば、疲れ飛ぶわ」
「がんばったご褒美だね」
私もそばに座り、ペットボトルを開ける。
遊里君がチラッとこちらを見て、いたずらっぽく笑った。
「……ねー? セナ君と怜央君となんかあったでしょ?」
「……ぶっ……! え? な、なんで!?」
「だって、セナ君と怜央君、全然目合わせないし~」
2人が控室で会話も無く、目も合わせない……
セナ君は休憩時間はずっとスマホを見つめてること。
以前の怜央さんは毎日違う服を着てるんじゃ?ってくらいだったのが、ずっと同じコートを着てる……
時折セナ君がそのコートを睨んでいること……
細かすぎる観察眼にびっくりする。
「どれくらいだっけ?」
「もう1ヶ月近いんちゃう?」
「スマホずっと見てるくせに、奏とのグルランは既読無視!これで何もない方がおかしいでしょー?」
……え、怖っ……すごすぎる。
ペットボトルのラベルをいじりながら、少し話す。
「えっと……怜央さんと……ちょっとデート、みたいな感じになって……」
「「デート!?」」
「あ、怜央さんはきっとそんなつもりないの!でも、それがきっかけで……セナ君と言い合いみたいになって……」
「なにそれ恋愛バトル!? やだ~~~たぎる~~~!」
「楽しんでるでしょ……!」
「あの二人がそんな甘酸っぱいことしてるなんて面白すぎるんだけど~~~!」
「まぁ、御影さんとセナ君だと、恋愛回り真逆やしなー」
「セナ君なんて、検索したらいっぱい出てくるし」
そうなの!?
「出回りすぎて、どれがほんまか分からんようなるやつやな」
……知らなかった裏の顔……見た気がする。
「でも最近は全然だよね~」
「せやな……もう半年くらい?お気に入りの店にも行ってんの、見てへんかもな」
……半年以上……って……5月?
今日イチいたずらっぽい顔で遊里君が私の顔を覗き込む。
うっ……かわいい顔でそんな小悪魔みたいな上目遣い止めて……
「ボク、心当たりあるんだけど~?」
「ああ、キラキラのピアノがどーのこーの言い出したの、5月くらいやったっけ?」
……まさか……私と出会ったから?
私には誠実であろうとしてくれてた……?
なんだか、やっと知っているセナ君を思い出せた気がして、胸の奥のモヤモヤが、甘いフルーツサンドと共にふっと軽くなる。
2人はもう少し練習してから帰るとのことで、私は先にスタジオを後にした。
外はもう真っ暗。
寒さに肩をすくめながら、ふと思い出す。
みんなが出ているバラエティ番組……観れてなかったな。
ビルの上を見上げて、誰かとすれ違わないかなって、ふと期待してしまう。
差し入れ、次はみんなにできるかな。
そうだ……怜央さんと一緒に歩いた、この帰り道。 あの時と違う気持ちが胸にあふれている。
電車に揺られながら思う。
……帰ったら、まずはお風呂かな……ゆっくりお風呂に入って、身体を温めて……
いつも通り、ピアノに向かおう。
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件名:
【案件名】スターライトパレード 新シングル候補曲募集のお知らせ(1/23〆)
本文:
音羽奏 様
いつもありがとうございます。マネージャーの八神です。
夏発売予定の新シングルに向け、以下の通り候補楽曲の募集を行います。
【納期】
2026年1月23日(金)15:00まで
【テーマ】
“夏の終わり”や“戻らない時間”を描いた、情緒的で余韻のある楽曲。
大人びた切なさ、胸を締めつけるような想い、過ぎゆく季節への寂しさ。
そういった感情を静かにすくい上げるような、心に残る一曲を希望します。
【曲調】
ミディアム~スローテンポ。
ピアノやアコースティックギターを基調に、言葉がしっとりと響く構成が理想です。
【音域】
仮歌:男性キー(高音E~F程度)
主旋律の表現力重視。ユニゾンやハモりは任意です。
【提出物】
メロディ+コード譜(PDFまたは画像形式)
仮歌入りデモ音源(mp3形式)
歌詞(仮でも可/テキスト形式)
【参考曲】
“あの夏のどこかに、きっと足りなかった何かがある”――後悔と祈りを描いた切ないポップ。
「君の影、僕の空」
夕暮れの情景を描いたミディアムナンバー。ふと残る気配を感じさせる一曲。
「君に届くその日まで」
言えなかった想いを胸に秘め、静かに祈り続けるバラード。感情の余白が光る。
【備考】
・編曲は不要です。
・複数曲提出可(上限3曲)
・他メンバーとの共作も歓迎(※希望があれば調整可)
気になる点があればいつでもご相談ください。 引き続きよろしくお願いいたします。
マネージャー 八神 RiseTone Management
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シングル!! しかも……夏……!? この真冬に夏の曲かぁ……
窓の外を見る。外はすっかり真っ暗。
クリスマスの季節のせいなのか、年末が近いせいなのか……なんだか余計なことを考えすぎてしまう。
改めてコンペのお題を見返す。
“夏の終わり”や“戻らない時間”を描いた、情緒的で余韻のある楽曲。
大人びた切なさ、胸を締めつけるような想い、過ぎゆく季節への寂しさ。
そういった感情を静かにすくい上げるような、心に残る一曲を希望します。
うん。今は夏じゃないけど、書ける気がする。
Mac Studioの電源を入れる。
無性に、何かに触れていたくなった。
何か……誰か……わからないけど、温度のあるものに。
Mac Studioの角を指先でなぞる。
触れたいのか、触れてほしいのか、自分でもよくわからなかった。
改めてPCとキーボードに向かいながら、気持ちを整理していく。
私の胸を締め付ける気持ちの正体……
今のこの胸の奥の、チクリと痛む感情。
今、スターライトパレードのみんなに伝えたい気持ち。
大人びた……切なさ……は少し難しいけれど、
伝えたい想いなら、ひとつ思い浮かんだ。
私はその気持ちを、曲にしよう。
どうか届きますように。
あなたの元へ。
テレビには、スターライトパレードのメンバーたちがこれから歌を披露する場面が映っている。
流れてくるのは、同じ事務所の先輩グループが出したクリスマスソング。
そして『shooting stars』のクリスマスアレンジバージョンのメドレー。
ベルの音が重なり、ストリングスが加わり、照明は赤と金。
いつものあの曲が、まるで違う曲みたいにキラキラと輝いている。
「……これ、アレンジ?」
すごい。こんなふうに聴かせられるんだ。 面白そう。
思わず、テレビに合わせて口ずさむ。
まるで、一緒の時を過ごしているような錯覚さえ覚えてしまう。
曲が終わった瞬間、胸の奥にぽっかりと空白が広がる。
もし、ケンカしていなかったら、この番組も見学できたのかな。
ひょっとしたら、明日……クリスマスイブも、一緒に過ごせたのかな?
たとえ過ごせなかったとしても、一目だけでも会えたり……
流石にみんな忙し過ぎるのか、数日前から止まったままのグループLINEを見つめながら、クリスマスイブを迎える。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
“フルーツサンド”は、実は最初から決めてたモチーフでした。
甘さと不安、両方混じった不思議な雰囲気にしたくて。
よかったら、引き続きお付き合いください。
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次回、第10話【最終話】は【8月19日(火)夜】に更新予定です!
ぜひまた覗きに来てくださいね!