第六話 剣神閃光
小玉玄女はその手にしている両刃長剣――、西洋風ブロードソードで、刀身の先に肉球マークの入ったそれを構えて意識を集中する。
妖力が一気に高まり、それを見る紅月子の背筋に一瞬悪寒が走る。それは、まさしく死を告げる合図であり。
ガキン!
紅月子の背後にすでに小玉玄女は有り、紅月子を守る召飛盾をその両刃長剣で打ち据えていた。
「――く!!」
自らが宝貝で守られたことを理解し、彼が隠し持つ剣――、それは宝貝ではない普通の鉄剣を振り抜いた。
しかし、当然のようにさっきまでいた場所に小玉玄女はおらず、すでに彼の脇下にその身を潜めてその手の両刃長剣を振り抜いていた。
ガキン!
三度、召飛盾が紅月子のその身を守る。紅月子は――、あまりの状況に身を震わせていた。
(くそ……、何だ?! こいつの動き――、全く捉えられん。我が蓄えた天命数によって、召飛盾の防御速度が上がっておるから、なんとが防げておるが――)
そう考える間にも、小玉玄女は紅月子の目前を、一瞬消えたり現れたりしながら高速移動をしている。それは最早人の再現できる動きではなかった。
「ははは……、本当に貴様の宝貝は優秀にゃ。いや――、他人から奪った命の力で強化しておるから、そんなコトができると……、そういうことにゃ?」
「貴様の動き――」
呆然と呟く紅月子の言葉に、小玉玄女は可愛く首を傾げて答える。
「うん? まさかウチが宝貝とか道術とかで速度を上げておると、――そう勘違いしているのかにゃ?」
「――!!」
「ごめんにゃ……、道術は無論、まだ宝貝も使ってないにゃ」
楽しそうに笑う小玉玄女に、紅月子は唖然とした顔で見つめる。そして、眉を寄せて怒り顔で睨んだ。
(くそ……、出鱈目だ!! こうなった以上、天命数の浪費だとか言ってはおれん! 我が天命数を最大限に利用して、複数の宝貝によって迎撃する!!)
――次の瞬間、紅月子の両腕付近に小さな陣が一対現れる。そして――、
「舞え!! 円月刃!!」
陣の向こう側に見える闇から、それぞれ一つずつチャクラムが現れて紅月子の周囲を旋回し始めたのである。
「む……、宝貝を二つ追加かにゃ?」
「く……」
頭を掻いて首を傾げる小玉玄女に、怒りの目を向ける紅月子。
「この円月刃は――、我が天命数の大きさに従い、その速度と精度が上がる! ――貴様でも容易には回避できんぞ!!」
その言葉通り、まさに目にも止まらぬ速さで紅月子の周囲を旋回し始める一対の円月刃。それを見てさすがの小玉玄女も苦笑いをした。
「う、わ――、ずるいにゃ! チートだにゃ!!」
「ほざけ!!」
一瞬にして円月刃が最大加速を始める。まさに光線と化して小玉玄女の死角から彼女に襲いかかった。
ザク!! ザク!!
ついに小玉玄女の身体から血しぶきが飛んだ。しかし、まさしく神の領域に至った戦闘感覚で、円月刃が急所へと至るのを回避していた。
それを見て、少し顔を歪めながら紅月子は叫ぶ。
「は! このまま刻んでくれるわ!!」
「くお!! 早!! クソチート野郎!!」
一対の円月刃の光線が小玉玄女の周囲を変幻自在に飛び回って、彼女の身に深くない傷を与えてゆく。流石の小玉玄女も顔を歪めて悪態をついた。
「――ち、糞厄介――!! ……だ、にゃ!!」
まさに、目にも止まらぬ動きで小玉玄女と光線が交差してゆく。――と、
「にゃ!」
ドン!
いきなり地面に何かが衝突する音が響く。円月刃の一つが地面に突き刺さっていた。
ガキン!
更に小玉玄女の振るう両刃長剣が、空を舞う円月刃のもう一つを切り払って、そのまま叩き砕いていた。
――そうして一対の円月刃は地面に落下して機能を停止していた。
「な?!」
「……誘導成功!! だにゃ!!」
そのままの速度で紅月子へと襲いかかる小玉玄女。その両刃長剣の斬撃に反応して召飛盾が現れる。
「邪魔にゃ!!」
その瞬間、小玉玄女が手にした両刃長剣の機能が発現する。――その宝貝――、刀身の先に肉球マークの入ったブロードソードは、その名を【猫爪】といった。
召飛盾を断ち切る斬撃が四本に変化する。それは――、
ぐしゃ!!
召飛盾をその根本構造から砕いたのである。そのまま四つの斬撃が紅月子へと殺到する。
「がああああ!!」
あまりの事態に、紅月子は絶叫しつつ即座に自身の切り札を呼ぶ。その身を守るように巨大な円輪が現れて、その円によって囲われた部分に薄い水の膜があらわれた。
「ぬお!! マジかにゃ!!」
小玉玄女の斬撃はそのまま水の膜へと吸収される。小玉玄女はそのいわゆる水鏡の前方を避けるように回避運動してから、紅月子から間合いを離したのである。
「ぐ……」
顔を青くしながら紅月子は眉根を寄せている。
(……ち、焦って、吸収した斬撃を返すのを忘れておったわ――)
そうして睨む紅月子を、小玉玄女は呆れた様子でため息を付いて言った。
「また宝貝追加かにゃ――。やたら増えた天命数を惜しみなく使ったゴリ押しだにゃ」
そう悪態をつく小玉玄女に、冷や汗を書きつつなんとか嘲笑を浮かべて紅月子は言った。
「ほざけ! これこそ我らの研究成果よ!!」
「……」
小玉玄女は無言でしばらく紅月子を睨む。――しかし……。
「は……、まあその防御宝貝――、さっきは召飛盾を断ち切って、威力が削減された斬撃だから防がれたのにゃ? さっきの召飛盾のように宝貝ごと貴様を断ち切れば終わりだにゃ」
そういって小玉玄女は笑顔を浮かべた。それを見て―、紅月子は密かにほくそ笑む。
(……は、この防御宝貝【写水鏡】は伊達に機能等級が高いわけではない。天命数の浪費が加速度的に増える代わりに、その吸収能力は召飛盾をはるかに超えるのだ。――この後、奴が斬撃を打ち込んでくればそれで決まり――。そして……)
――不意に、地面に落ちていた円月刃の残り一つが空へと舞い上がる。
「……おい、にゃ」
小玉玄女はジト目で紅月子を睨み。その手の両刃長剣で【霞の構え】をとった。
一瞬の緊迫が両者に漂う。次の瞬間――。
――円月刃の光線が小玉玄女めがけて空を奔る。紅月子の前方には写水鏡が展開し――。
小玉玄女は、もはやその場の誰も捉えられぬ速度で奔ったのである。
――そして、決着に至る。
ドン!
「え?」
紅月子の左肩から胸にかけて大きく切り裂かれていた。――膨大な血潮が宙を舞う。
「な、んで? なんでええええええええええ!!」
紅月子は何が起こったのか理解できずに絶叫する。それを見て――、その背後に立つ小玉玄女が笑いながら答えを返した。
「誰が、いつ――、この宝貝【猫爪】は、斬撃を爪のような横並びに四本にする宝貝である、と言ったにゃ?」
「え? ……あ?」
「この宝貝は――」
――現在の姿勢から放つことが出来る斬撃を――、
正しく放ったもの――、写水鏡への斬撃に加えて、
一つ――、写水鏡から返された斬撃への迎撃、
二つ――、飛来する円月刃への切り払いでの撃墜、
三つ――、貴様の胴への一撃、
その合計四撃すべて同時発生させる宝貝――、だにゃ。
「あ……が」
紅月子は最早何も語れずに倒れ込む。彼の宝貝のすべてが機能停止した。
――その宝貝【猫爪】はそれほど機能等級の高い代物ではない。
攻撃力強化などは存在せず、追加攻撃を三つ増やすだけの代物であり、そこらの仙人が扱えば、ただのへなちょこ斬撃が増えるだけであるからだ。
でも、それを剣神が使ったら?
その剣神の一閃はそのまま四つに増えることになる。
――その小玉玄女の閃光は――、
――同じ剣神すら切り捨てる。
「それじゃ……、全殺しはナシにしてやるから、キリキリ情報を吐くにゃ」
そう言って黒毛獣剣神は朗らかに笑った。