第五話 俗世まみれの剣神様
「すみません! 写真撮っていいですか?!」
「……うにゃ? にゅふふ良いにゃ。ポーズはどうすれば良いかにゃ?」
「うわぁ。語尾も――。さすが本格的ですね!!」
「当然! ……だにゃ」
夜の繁華街にカメラ小僧が集まっている。彼らは、あるコスプレフェスティバルを楽しんだ帰りであった。
そして、その中心に居るのは、見目麗しい黒髪黒い瞳の若い娘である。その身は美しいどこぞアニメキャラの衣装を身に着けていた。
――カメラ小僧たちは興奮した様子で娘を褒め称えている。
「す、すごい……、その猫耳と尻尾……。本物みたいだ!! すげえクオリティ!!」
「にゅふふ……、それは当然――、げふんげふん――、……にゃ」
いきなり咳き込み始める娘を心配するカメラ小僧たち。そんな彼らに頭を下げて、そのアニメキャラのコスプレ娘はその場を悠々と去っていった。
その後を眺めるカメラ小僧たちは、関心しながら見送る。
「あのひと……、腰に下げている剣――。西洋風のブロードソードと日本刀……、本物っぽかったな」
「それだけ作り込んでいるんだな――。流石だ……」
そんな彼らの勘違いはこれからも訂正はされなかった。
その腰に下げた二つの剣は、――紛うことなき本物であったのだ。
周囲に笑顔を振りまきながら、その黒猫娘は街を歩いてゆく。別に無為に歩いているわけではなく、その卓越した嗅覚?ではすでに目標を捕らえていた。
人を攫うならば当然誰かがそれをなさねばならぬ。引き込もっている【悪の巣】から悪魔が外に出てくるのだ。
先行して街へと到達した彼女は、【悪の巣】のある山岳地帯へ向かう前に、目標らしき気配を見つけていた。ゆえにその時、彼らの狩りがある、あるいは狩りを行ったと予測し追跡を行っていた。
――ならば目立つのは愚策ではないのか?
まあ、それは彼女の性分――いってしまえば趣味であり、それでも目標を見失わない絶対的な自信の表れでもあった。
ふと目標が在る地点で歩みを止めた。その人外レベルの地獄耳に娘の悲鳴が届いた。
――それは現在身につけているアニメキャラの――、正義のヒロインが立ち向かうべき悪であろう。
その瞬間、人の目からその娘は消える。酔っ払っていたために幻を見たのだろうと、そのおっさんは解釈した。
◆◇◆
――はあ、つまらん。
彼の腕の中には先程まで悲鳴を上げていた娘が眠っている。無論、今は殺しても傷つけてもいない。
後で――、術式内において拷問しなければ意味はないからである。
だから、加虐性を持っている彼にとってはつまらない話である。
無論、それは昔からあったものではない。仙人を目指したはじめの頃は、他人にも優しかったように思う。でも――。
自らの力が増すにつれて、彼は弱いものへの加虐性を高めていった。いわば力を得てひたすら増長したのである。
正しい師匠に師事しておれば、そんなものはすぐにでも修正されたであろう。でも彼の師匠は、彼以上に加虐性を持っていた。
彼の間違いを正すものなどいなかったのである。
こうして彼は救いようのない外道になっていった。正しい導き手がいなかった、ある意味哀れな存在ではあった。
無論、彼の現状を鑑みれば、もはや哀れなどとは言えなかった。
その彼は――、仙人としての尊称は【紅月子】と呼ばれていた。
「一応、道術で人払いしておるが――、早めに切り上げるか」
そう言って紅月子は、意識を喪失した娘を肩に担いで路地の闇へと歩みゆこうとする。だが――、その前方の闇に、何やら妙な気配を感じて足を止めた。
「……妖力? 妖怪の類か?」
そう言って闇の先を眺める紅月子の、――その背後に黒猫娘がいた。
「――!!」
紅月子は、殺気を感じて全力でその身を翻す。彼が肩に担いでいた女性は、そのまま地面へと落下した。
「おっと……」
黒猫娘がその娘の落下を止めて、そのまま優しく地面に横たえる。娘がただ意識を失っているだけなの察して、黒猫娘は嬉しそうに笑った。
「妖怪?! ――貴様」
紅月子の問に、黒猫娘の猫耳だけが反応する。彼女は紅月子を無視して地面に陣を描いてゆく。――書き終わると娘の周りに力が宿った。
(――ち、何らかの道術か……)
それの意味するところを理解して紅月子は舌打ちする。おそらく、目前の黒猫娘によって、娘を守るための防護結界が布かれたのであろう。
「ここで待ってるにゃよ……。もうウチが来たから怖くないにゃ」
そう娘に優しい目で語りかけてから、黒猫娘は絶対零度の視線を紅月子へと向けた。
「答えたらどうだ!! ――妖怪風情が!!」
「……」
「まさか……、妖怪が正義の味方の真似事か?」
黒猫娘は黙っている。その様子に頭にきた紅月子は一歩彼女の方へと踏み出す。
――と、
ガキン!
いつの間にか黒猫娘が紅月子の背後にいて、その手に持つ両刃長剣を紅月子の背後に浮かぶ帆型盾に打ち据えていた。
「――な?!」
紅月子は、黒猫娘が即座に目前から消えたことしか理解出来ていなかった。あまりの事態に、慌ててその身を翻して黒猫娘から間合いを離した。
(――俺の宝貝……、【召飛盾】が自動起動しなければ、俺はさっきで死んでおった――)
その目を見開いた様子を見て、黒猫娘は楽しげに手を叩いた。
「おお!! すごいにゃ――、貴様の宝貝はなかなか優秀にゃ」
「何のつもりだ?!」
その紅月子の問に、黒猫娘は首を傾げて答える。
「悪党を始末するのは正義のヒロインの仕事にゃ」
その言葉に今度こそ嘲笑を浮かべて紅月子は言う。
「ほう――、なるほど、我らのことを目ざとく嗅ぎつけてきた、仙境本部から派遣された妖怪仙人――、といったところか?」
「う~~ん。まあ、そういうことにゃ」
先程の剣呑な雰囲気とは打って変わった風で、呑気に笑いながら黒猫娘は答えた。そして、そのまま彼女は名乗りを行う。
「――まあ、少し順番を後にしたが、一応名乗っておくかにゃ? ウチの名は【小玉玄女】だにゃ」
そう言って妙なポーズを取る黒猫娘――、【小玉玄女】。それは今のコスプレのヒロインが劇中で行うポーズだが、紅月子は全く理解してはいなかった。
とりあえず、その妙な語尾が苛ついたが紅月子は嘲笑を消さずに言った。
「はあ……、まさか救う意味のないゴミを救うべくやってきた、正義の味方気取りか――。くだらんな――」
「救う意味のないゴミ?」
そう返事を返す小玉玄女に、紅月子は嘲笑を大きくしながら答えた。
「そ奴らはどうせ。我らが殺さずとも死ぬだろう? どうせすぐに死ぬ命を――、我らが有効活用して何が悪い?」
「ふむ――」
その紅月子の言葉に、小玉玄女は笑顔を消す。その態度の変化に更に紅月子は嘲笑を深くした。
「ははは!! まさか怒っておるのか? 本当のことであろう? もしお前が過去に救った人間がいたとして――、そ奴らのどれだけが今も生きながらえておる?」
「……」
「――大半は死んでおるだろう? 貴様らのような者は、そうやってすぐ死ぬものを生かして気持ちよくなっておる愚か者よ!!」
その紅月子の言葉に小玉玄女は――、笑って答えた。
「まあ、事実だにゃ。あいつらすぐ死ぬからにゃ」
「ぬ?」
「弱っちいし……、長く生きないし」
その言葉に少し絶句していた紅月子だったが、嘲笑を深くして小玉玄女に言う。
「ほう……、貴様は少しは理解できる、と?」
「……でも、まあ――、貴様のほうが無能だにゃ」
その小玉玄女のいきなりの言葉に、紅月子は口を開けてほおけた顔をする。無論、すぐにそれは怒り顔に変わった。
「我が――、無能だと?!」
「うん……無能」
小玉玄女はケラケラと笑いながら答える。
「紅月子――、貴様の登録情報を見たにゃ。――で、これまでの貴様の生活で、だいたいが天命数を稼ぐ効率を上げる研究か、それを稼ぐ修練しかしていないにゃ」
「……む」
「言ってしまえば――、食事を効率良く行う研究と、モノを食うことしかしていない――、まさしく食っちゃ寝の引きこもりだにゃ」
その小玉玄女の言葉に紅月子は目を見開く。
「――いや、アニメだけ見て食っちゃ寝してるニートのほうが、貴様より数段上の存在にゃ。だって――」
その瞬間、小玉玄女の笑顔が消えてその目が鋭く変わる。
「貴様は――、引き篭もるだけに飽き足らず、他人を殺して回っている糞殺人鬼――だからにゃ?」
「な……」
「人間は――、短い命で次代にバトンを渡しながら、近年という短い間に、アニメという偉大な発明を行なって、――そして発展させてきたにゃ。無論、何を成すことなく死ぬ命もあるが――、貴様のような長く行きながら何もなさずただ人を殺すだけの、無能を越えたカス野郎よりマシだにゃ? ――はっきり言って、日本アニメの基礎を生み出した、ウチの信仰対象である偉大な【漫画神様】の、――その爪の垢を煎じて飲ませてやりたいほどだにゃ」
その言葉に紅月子は顔を赤く染めて怒った。
「――は?! 馬鹿か貴様!! 何がアニメだ!! そんなモノ、糞の役にも立たんゴミクズではないか!!」
その言葉は――、無論、小玉玄女の瞳を更に、細く、鋭くするだけの、これこそ無駄な行いであった。
「――うん、とりあえず、貴様は全殺し決定――。にゃ」
――かくして、月下の夜闇に、黒毛獣剣神の狩りの始まりを告げる妖力の高まりが起こったのである。