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第四話 天命数に関する研究

 ――富士赫奕仙洞(ふじかくやくせんどう)に、再び泠煌(リンファン)は降り立つ。隣には当然弟子の雷太が伴っている。

 その手にはいつもの()()()()ではなく、金で装飾された豪華な扇を所持しており、腰回りにも小さな宝玉や小型の銅鏡らしきものを下げている。

 実のところ、それらは明確に神秘的な力を内包する【宝貝】である。

 当然、伴う雷太もその手に、金龍の装飾が入った六尺棒(約180cm)である【宝貝】を所持している。

 それはまさに戦闘態勢そのものであった。


「ふふふ……、とうとう僕のところにカチコミに来ましたか」

「馬鹿を言っておらんで早く検閲せいや!!」


 天鳳真君が【泠煌ちゃん人形】を腕に抱きながら怯えた様子で二人を見つめ。泠煌(リンファン)は額に大きな怒りマークを浮かべながら怒鳴った。

 天鳳真君の隣に立つ凜花女仙は、馬鹿な事をする主を一瞥すらせずに、黙って提示された【宝貝】の記録を取っていく。

 その間、泠煌は天鳳真君を睨みながら大きくため息を付いた。


「例の話――、もっと早い対応が出来なかったのか?」

「ええ――、それが出来ていれば、ここまでの被害にはならなかったでしょうね」


 天鳳真君は表情を消して泠煌を見つめる。


「無論、言いたいことはわかりますとも。ここまで、彼らの所業の発見が遅れたのは、我が仙境本部の情報部の不手際です」

「まさか、お前ほどの者が気づかなかったと?」

「そのとおりです――。情報部も、そして私自身も今回のことは全くのスルー状態でした」


 その天鳳真君の言葉に泠煌は眉根を寄せる。


「……背後が在ると?」

「だから泠煌ちゃんに頼むのですよ。最悪――、ということです」


 黙って見つめ合う天鳳真君と泠煌に、雷太が心配そうな目を向ける。


「だからこその【小玉玄女】か――」

「ええ――、彼女にはすでに先行していただいてます。とりあえず彼女の【宝貝】はこの書類に――」


 そうして提示された書類を泠煌は黙って受け取って内容を見た。


「ふむ――、いつもの二本じゃな。まあ、あの娘は大抵これしか使わんからな」

「――はい、彼女にはこれで十分でしょうし――」


 ――と、不意に雷太が声をあげて疑問を口にした。


「あの……、今回の作戦って、結局何なんですか?」

「「……」」


 天鳳真君はきょとんとした眼で、泠煌は呆れた様子でため息を付きながら、それぞれが雷太を見つめた。


「昨日の夕食時に説明したろうが……」

「え、あ、まあ……、家事を頑張っていまして――」


 頭を掻き苦笑いをする雷太に、泠煌はその手の金扇を向けて言った。


「……雷太、そこに正座。わかっておらなんだら、わからんままにするでない、馬鹿め」

「う、はい……」


 雷太は黙ってそれに従う。泠煌はその金扇で痛くない程度に、軽く雷太の頭を叩きつつ話を始めた。


「今から一週間前――、東北のある山岳地帯に、違法建設された【小仙境】が発見された。おまけにその【小仙境】とその周辺には、術式で欺瞞された【穢】が発見されたのじゃ」

「そこらへんの流れは覚えてます……、その後は――、すみません」

「……。はあ……、情報部の諜報員が穢の汚染レベルを計測すると……、戦時中に観測されたのと同等であった」


 その泠煌の言葉に雷太は眼を見開く。


「はあ?! それって戦時中空襲とかで死者が出たとか――、そのくらいの汚染って事ですか?!」

「うむ……、そこまでの汚染レベルということは、当然のごとく【小仙境】内でかなりの死者が発生したということ」


 ――ふと、天鳳真君が横から口を出す。


「……そこら辺は、別の調査で東北一帯の行方不明事件と繋がっているのがわかっています」

「要するに一般人が誘拐されて、【小仙境】内で殺されている……と?」


 天鳳真君の言葉に雷太が言葉を返す。天鳳真君は頷きながら小さく笑った。


「そのとおりですね……。で、現在、かつての事があって、仙人全体の活動は、様々な管理体制を敷いております。今回の【宝貝】検閲もそうです」


 その天鳳真君の言葉に雷太は首を傾げて問う。


「あの、失礼ながら、――前から思っていましたが。それって、管理体制に従う気のある仙人のみ、手間がかかってしまうんじゃ……」

「――ふふふ、雷太、良いぞ――、とても良い問いかけじゃ……」


 泠煌はいたく満足そうに笑い、天鳳真君は小さく「親バカだな……」と呟いて笑った。

 ――天鳳真君を睨みつつ泠煌が答える。


「術というものには――、【術的に意味が在る】という行動に反応する類がある。……まあ、細かい部分まで探れば、大半の術――、と言い換えても良い」


 一般的な、普遍的な世界法則においては意味がないとされる行為であっても、【術式の動作に関わる内容】の行動をなせばそれは【術式にとっては意味がある】ということ。ならば――。

 ――そこまでの説明で雷太は大きく頷く。


「あ、……そうか、我々は【検閲をしている】そして――」

「万が一、それがなされず使われた宝貝が在るならば、そういった宝貝は【検閲をしている】宝貝と同じように【術的意味】が生まれるのじゃ。今回発見された【小仙境】は違法建築、そしてそれに関わったであろう仙人も正規な手段で宝貝は使ってはおらぬ、と予想できるであろう?」


 泠煌の言葉に天鳳真君が補足する。


「だから当然――、それらの行動の残滓は、道術を経ればある程度探りを得られます。そして、それによって今回の事に関係したであろう者も、完全では有りませんが予測はされているのです」

「なるほど……」


 雷太が頷くと泠煌は満足そうに笑って話の続きを進める。


「で、話を戻すと――、我らがこれから成すのは、その【小仙境】の強制捜査じゃ。現状からかの【小仙境】内では違法な【搾気】行為が行われておる可能性が高い。――そして今回は、場合によってはわしが動かねばならぬ、と判断された天鳳真君がこちらにその協力依頼を回したということじゃ」

「……教主様が動くほどの?」

「うむ、基本的にはわしは背後で控えておる――、必要ならば動くが、正式な【捜査官】に指名された、雷太、お前と小玉玄女が基本的な実行部隊となる」

「小玉玄女様――」


 雷太は、その時陽気な()()()の顔を思い出した。――たしかに、彼女ならば実行部隊としては最適であろう。


「よいか雷太……、この間のような無様はナシじゃぞ? 気合を入れるが良い」

「はい!」


 雷太は元気に、そして真剣な表情で返事をした。



 ◆◇◆



 富士赫奕仙洞の廊下を歩みつつ雷太は泠煌に向かって質問する。


「あの教主様? ――【搾気】、ようは気を取り出して天命数にする、なんて出来るものなんですか?」

「ふふふ……」


 その雷太の質問に、満面の笑みを浮かべる泠煌。


「教主様?」

「よいぞ、とても良い質問じゃ。――わかってきおったな雷太よ」


 嬉しそうに言う泠煌に、雷太は苦笑いを向ける。


「え? ありがとうございます」

「では――、結論から言うと、そういう解釈はある、が古い概念であり効率が悪いのが普通である、じゃ」

「はあ」


 泠煌のその答えに雷太は首を傾げる。


「では、この際であるから、根本となる一般異能論から解説するのじゃ」

「う、――難しい話ですか?」

「なるべく簡単にするわい。……よく聞いておれ」


 ――混沌有りて有無定まらず。いのちの眼有りて天地開闢す――。

 それは基本――、世界の基本、ではあるが雷太の現状では、この文言のみ覚えておけ。


 ――世界には存在力がある。

 世界魔法結社(アカデミー)における基礎魔法理論では「マナ」と呼び、日本呪術界一般では「霊力」とよび、仙道においては「気」と呼ぶものの事じゃ。

 それを「魔法理論」という機械にかける事で異能は成立する。「魔法理論」は「神祇」と言い換えても良い。

 彼らは世界によって、世界を管理するための補助機能として生まれた存在。正確には生命ではなく――、そう表向き振る舞える「システム」じゃ。


 そのとき、雷太が口を挟んでくる。


「え? 神祇様がたって、普通に怒ったり話したり出来るんじゃ」

「正しくそれが出来るのは、霊的生命を出自とする神だけじゃ。それ以外の神どもは【世界の維持のために、対外的に振るわれる疑似会話機能】しか出来ぬ」


 ――うむ、そうして成立しておるのが【中層の術=呪法】なのじゃが、【いのちの眼】に関係する我らヒト自身にも「神」に相当する機能があるのじゃ。

 だからこそ、霊的生命を出自とする神――、も存在うるのじゃが、我ら仙人もそういた機能を育成する事で【正しい仙人】と成る。


「ここまでは良いか?」

「……まだ続くんですね?」

「ふう……。とりあえず聞いておれ――」


 ――現在【正道】と呼ばれておる各修法はその機能を育てるものであり、その機能自体を我らは「天命」そしてその育成具合を「天命数」と呼んでおる。

 「天命」は「身魂魄」の力の大きさにも直結しておる。ならば、逆にそれぞれを育てる修法を利用すれば、その力の根源である「天命数」を伸ばすことも可能はないか? という考えで生まれたのじゃな。無論、そういったものの効率的な話は、改善すべき課題として仙人ならば誰でも考えることじゃな。


 ――で、ここからが問題の部分じゃ。

 【気】の循環機能を育成することは魂魄の育成に入る。【搾気】の研究はそこら辺に関することであり、単純に気を取り込めば天命数になる、ということではなく「気を取り込むことで魂魄の育成を行い、それによって間接的に天命数の育成に繋げよう」ということなのじゃな。これはかなり昔からある古い概念であり、同時に大抵は研究し尽くされた問題であり、そうしてここにも【効率的な問題】が発生しておるのじゃ。


 泠煌の長い話は終わりを告げて、()()()()()が戻ってくる。


「……それって要するに」

「奴らが多くの人間をさらって搾気を行うのは、革命的な効率のいい育成方法を見つけたか、そもそも育成法を改善する必要がないほど大量に気を獲得する技術を得たのか、あるいはその双方であろうな」


 その師匠の言葉に顔を歪めて雷太は言う。


「しかし……、普通そこまでの非道を軽々しく行いますか?」

「うむ、昔から天命数は外道を経ると腐れ堕ちる、と通説があってな。もしくはそういう話かもしれんな」


 そう泠煌は静かにため息を付き。――雷太は俯いて考え込む。


「天命とは、天から与えられた使命、すなわちヒトが生きて成すべきこと、の意味。それを外道に寄った方法で育てれば、それすなわち【外道の粋】となる、と」

「天命数が腐れ堕ちれば精神的に悪人へと変貌する、とかそういう話ですか?」

「明確な因果関係は今のところ発見されてはおらんが、天命数が腐れ堕ちるのは事実じゃ。それを標的とした秘術が存在するからな」


 その師匠の言葉に雷太は疑問を得る。しかし当の師匠は――、


「ふん……」


 ……そう不満げに顔を歪めつつ、それから先を語ることはなかった。


 ――そして、仙人様たちの戦いは幕を上げる。

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