第三話 英雄神話
――さて、過去のカケラを見る旅路は、ここに来て一旦最後を迎えます。
その男は沢山の兄弟妹の長男として生まれました。沢山の家族は彼にとって大切な存在であり、彼は毎日みんなの兄として走り回っていました。
でも全ては失われました。――ある戦争で全て失われました。彼は守りたい者を守れず、とり残されたのです。無論、彼は本来ならそのまま家族の後に続くはずでした。しかし彼には希少な仙骨がありました。
仙人は一般の人の有り様に口を出す事ができません。しかし、仙骨を持つ次代の仙人を救う事は許されていました。
――そうして彼は仙人になりました。
本来、仙人は不老長生を求めて成りますが、彼は真逆の思想を持つ仙人となりました。彼にとって仙人の力は誰かを守るための力であり、長寿はそれを長く続けるためのものであり、彼自身の命は彼にとって大切ではなかったのです。
こうして、世にも珍しい正義の仙人は誕生しました。仙人の思想の真逆を行く彼を、他の仙人たちはときに蔑み、ときに尊敬の念を込めて二流仙人と呼びました。
◆◇◆
とある画家が少年時代に見た夢の絵を描きました。
それは、金色に輝く龍の背に立ち、無数の悪魔の群れに立ち向かう英雄の絵。
とても夢のある、子供たちが喜ぶような絵。
――その都市は、その時一度壊滅しました。
真人に至ったその仙人は、自らの研究の正統性を示すべく、大秘術で都市全体の命を消費しようとしたのです。
その仙人の策によって救いの手は訪れず、生命の九割まで死滅して、都市に絶望の地獄が現れました。
最後の一割が死滅せんとした時、二人の仙人が状況に間に合いました。
一人は鵬雲道人。もう一人はその弟子・泠煌。
泠煌は金鱗の龍神に変じて天空を駆け、鵬雲道人はその背に立ち、襲い来る真人の弟子共を屠っていきました。
そうして――、一人の正義の仙人の、生涯最後の戦いは始まりました。
この戦いは日本の歴史には正式な形で存在してはいません。
元凶たる仙人の死後に仙境のすべての力を結集して【修正】されたからです。
しかし、どんな奇跡を用いようが必ず救えないモノはあります。結局、それはそのある都市を襲った大規模災害として日本の表向きの歴史に刻まれました。そして、その大規模災害の被災者とされた少年が、画家として成長し【あの絵】を自分が見た夢として描いたのです。
死が充満する地獄に生き残った一割の人々は、遥か空を飛ぶ金の龍とその背に立つ英雄を見ました。
その姿は、絶望の中で確かな希望となって、人々の心に夢として刻みつけられていました。
◆◇◆
日本仙道には【天命数】という考えかたがある。
それはいわば魂魄の強さを示し、【正道】と呼ばれる各種修練法|(あるいは精神や行いの有り様を正す技術)に基づいて増えてゆくものである。
【天命数】が増えれば不老となる、寿命が大幅に増える、魂魄の強さが増してそれを基準とする道術や宝貝の効果や精度も強化される。
そして何より――、肉体的な死後、その【天命数】の多さが魂魄の解れ――、すなわち【生命の完全な死】に至るまでの猶予時間をつくるのだ。
――すなわち【天命数】が完全に失われるまでに、肉体的な死を何らかの方法で修正できれば、何度でも【復活できる】のである。
だからたいていの仙人たちは、常に【天命数】を効率よく稼ぐ方法を求める。
――そして、仙人によっては【正道】を外れた方法に、さらなる効率を見るものも存在している。
「ふふふ……、中層の術師というのも、これでなかなか侮れませんな。かの者の研究資料のおかげで【搾気】作業の効率が数倍になりましたよ」
ある研究室?の机の前で一人の仙人が笑う。それを見てもう一人の仙人が無表情で言葉を返した。
「は……、まあ、実験台どもにとっては最悪であろうがな……」
――そう言って見つめる先には、拷問器具に身体を固定されて泣き叫ぶ人々がいた。
そう――、そこは研究室の皮を被った拷問施設であった。そこに固定されて死へと向かう人々は、仙人ではない普通の一般人ばかりであった。
「……そうですね。ああ可哀想、可哀想――、せめて、わたくしたちの為に苦しんでくださいませ」
「は――、何が可哀想か――。どうせ奴らは生まれたそばから死ぬ……、こうして殺さなくても寿命で死ぬ、突発的な事故で死ぬ。その短すぎる生涯で成せる事は、我ら仙人に比べて雀の涙よ――。だから意味のない彼らの誕生に、こうして我らが意味を与えているのだ」
「ええ……、あなたの言うとおりですとも。だからこそ――、無意味にしか生きられぬ彼らを可哀想と言っているのです」
――生命に対する考え方は人によって変わるものだ。
寿命が違うならば無論、能力が違うなら無論、生き方が違うなら無論――。
外道に進み【天命数】が腐れ堕ちたその仙人どもは、――彼ら弱きものの嘆きを嘲笑する。
――かつての戦いで正義の仙人はその生涯を閉じた。
彼ら弱きものの嘆きを聞き、そして救う者はもういない。
そして絶望は満ちてゆく――。
「……んなわけあるか!!」
――無論、そんな事はありません。
彼らの嘆きを聞く者はいるのです。
彼らを救うために奔るものはいるのです。
――正義の仙人のその想いは――、決して消えてはいないのです。
――命を慈しみ、
――失われることに嘆き、
――弱きものを害する者に圧倒的な怒りを向ける。
――こうして一つの旅路は終わり、未来の英雄神話は始まります。
◆過去の残滓:
●名称:鵬雲道人(本名:雷夫)
年齢:約1000歳以上
役職:仙人
外見:額に傷を持つ体格のいい男。短い顎髭。黒髪黒い瞳。
解説:
雷太にそっくりな厳つい姿で、物静かで優しく、そして多くの弱きものを慈しんでいた仙人。
涙もろくすぐに感情移入してしまうような性格であり、ある理由から仙人としては二流だとされていた。
弱きものを守り導き育てるのが「力あるものの存在意義」であるとして、自ら彼らのために傷つくことを恐れなかった。
彼は基礎能力的には一般仙人に紛れる程度の存在であったが、れっきとした天鳳真君、――すなわち仙人の頂点にある者たちと同期であり、そんな彼だけが中堅程度の能力に甘んじていたのは、彼の自身を顧みない戦い方が原因であった。
しかしながら、何かを守るための戦いにおいては、彼の右に出るものは【真人】にすら存在せず、その生涯で数々の【悪しき者を葬る秘術】を残した、とされている。