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第二十一話 龍嬢無双――、その始まり

 ――その時、その【モノ】は焦りを覚え始めていた。


 確かにかの者を罠にはめて、脱出不能な特殊宝貝呪殺空間【仙滅陣】内へと誘い込んだはずだった。

 相手は、()()()()()()()()しか所持しておらず、それゆえに膨大な天命数で、大量の宝貝を所持している自分たちのほうが、あの者を圧倒できるはずであった。

 ――だが、すでに七人いた仲間のうちの数人がその生命を落として――、その者は自分に狙いを定めて迫ってきているのである。


 ――まさに圧倒的。


 どうしてこうなった? そうその【モノ】は考える。

 我らは確かに、師匠の――、菩典老の仇を取るはずであったのに。


 ――あの女――。

 菩典老を殺したというあの女。


 ――暉燐教主。


 不意にその耳に少女の声が聞こえてくる。


「……ふむ、やっと見つけたぞ知臣道人。――いや今は化忌星子(かきせいし)であったな?」

「く!」

「――貴様らの上にいる者が誰なのか、語ってくれるなら――、痛みを感じるヒマがないように楽に死なせてやるぞ?」


 そのあまりのもの言いに、怒りの籠もった目で暉燐教主を睨み返す。

 その怒りの表情に満足そうな笑みを浮かべて、――そして不意に暉燐教主が、知臣道人ならぬ化忌星子に問うたのである。


「――それと、もう一つ。お前はいったい――、()()()?」


 ――え?


 化忌星子はその言葉に対し真顔で疑問を得る。

 それは果たしてどのような意味の問なのか? ――化忌星子は呆然と暉燐教主を見る。


 私は知臣道人、――今は化忌星子を名乗る、死から復活した副星仙人。

 ――かの天極紫微偽典教主てんきょくしびぎてんきょうしゅの配下。


 ――その私が――、

 ――いったい誰であるというのか?


 ――そして物語は、数日前へと遡る。



◆◇◆



 ――偽典教主が居城、【新教本部殿】の一室に、八人の仙人が集まっていた。

 その中のひとり、頭まですっぽりと外套を被り、その顔に般若面を付けた者が、集まった他七人を見回して言ったのである。


「よく集まってくれました……」


 その言葉に、他七人にうちの一人、まるっきり子どものような外見の仙人が答えた。


「あのさ……、知臣道人。――あ、っと今は化忌星子(かきせいし)だったっけ? 僕らは今、教主様から受けたノルマをこなすのに忙しいんだけど?」


 そうため息混じりにいう彼は、かつて小玉玄女が【紅月子】に襲われた事件で、友軍として狩りに参加していたあの【馬鹿仙人――、智厳仙人の弟弟子であったあの悪魔】である。

 なぜか生きて喋っている彼を一瞬見てから化忌星子は答える。


「今からわたくしが重要な話をするのです――、黙って聞いていてください」

「……めんどくさい、帰っていいかな?」


 そう言い返す彼に化忌星子は怒気を込めた声音で言う。


「――天刑星子(てんけいせいし)


 一瞬、そうして一触即発状態になった雰囲気を、ぶち壊しにするジジイがいた。


「……あらん、駄目よ喧嘩は――、(わらわ)たちのお仕事は、仲間内で殺し合うことじゃないでしょ」

「――あのさ……、悪いけど地劫星子(ちごうせいし)……、僕にしなだれかかるのはやめてくれる?」


 心底気分が悪そうにその少年【天刑星子】は言って、それをオネエ系老人【地劫星子】は頬を膨らませて睨んだ。

 さらに、長い黒髪に褐色肌、ロバの如き長い耳を持つ男――、【天哭星子(てんこくせいし)】は静かな口調で言葉を発する。


「天刑星子よ、ここに集まったのは皆菩典老様とゆかりのあるもの……、そして集めた者が化忌星子であれば、何を語りたいのかおのずとわかろう?」


 そういう彼の傍らに立つ、針山の如きツンツン白髪をした男――、【禄存星子(ろくぞんせいし)】が吠えるように叫ぶ。


「カカカカカ!! ……殺す!! 殺すんだろ――!! 全ての切っ掛け――!! 菩典老様の仇――!! かの暉燐教主を!!」


 そう血走った獣の如き目で吠える彼をため息混じりに見つめながら、オールバックの黒髪の大男――、【天官星子(てんかんせいし)】が軽い口調で言う。


「……おいおい、あの娘――、なかなか可愛いし、殺すより――。俺のオンナにしたいんだが?」

「……」


 そんな下品きわまりない言葉に、呆れ顔でただため息を付くのは、禿頭の武人らしき男――、【紅鸞星子(こうらんせいし)】であった。

 そんな態度に天官星子はヘラヘラ笑いながら言う。


「ああいった生意気なチビメスガキを、カラダの隅々――、心の隅々まで、しゃぶり尽くしていたぶるのがいいんじゃないかよ。……襲撃するなら楽しみだなぁ」


 今にもヨダレを垂らさんばかりのその男を一瞥しつつ、化忌星子は改めてその場に居る皆に向けて言う。


「――あの小娘は、わたくしの師匠の仇として必ず仕留めねばなりません。ですが、それがあの小娘の絶望につながるならば――、天官星子、その過程でならば、あの小娘を貴様のおもちゃにしてもいいですよ」

「お!」


 その化忌星子の言葉に、天官星子は心底楽しそうに笑う。


「……ですが、何より――、奴を確実に仕留めるためにこそ貴方がたを呼びました」


 その化忌星子の言葉に、そこに集まった最後一人である男――、【紅月子】こと【文曲星子(ぶんきょくせいし)】が答えたのである。


「ふん――、要するに、我らを集めて貴様の特殊宝貝【仙滅陣】を起動する――、そう言うことであろう?」

「――ええ、そのとおりです文曲星子」


 満足そうに答える化忌星子に、文曲星子は微笑みながら言う。


「いいぞ……手伝ってやろう。ただし、その後にあのゴミ女――、小玉玄女の始末を手伝ってもらう」


 文曲星子は狂気じみた憎悪を目に宿して化忌星子を見る。それに対し満足そうに頷いて化忌星子は答えた。


「――お互いに手を貸し合うことこそ仲間と言うもの――。貴方の手伝いも喜んで行いましょう。ですから――皆」


 化忌星子は周囲に居る七人の【副星仙人】たちを見回して宣言する。


「これから暫く後――、かの暉燐教主を夢を起点に【仙滅陣】へと誘い込み――、そのまま全員でいたぶる……」


 その言葉に――、

 ――天刑星子は、つまらなそうにため息を付き。

 ――地劫星子は、天刑星子にしなだれかかりつつ怪しく笑い。

 ――天哭星子は、静かにはっきりと頷き。

 ――禄存星子は、ゲラゲラと笑い咆哮し。

 ――天官星子は、ヨダレを垂らさんばかりに、いやらしい笑みを浮かべ。

 ――紅鸞星子は、無表情で小さく頷き。

 ――文曲星子は、憎悪に燃える瞳を天へと向けた。


 それを化忌星子は満足そうに眺めて――。


「かの陣内には夢を通して誘い込むゆえに、あの小娘は()()()()()()()()()()で誘い込まれることになります。それ故に、あの小娘をいたぶるのは容易となるでしょう。――そうして、あの小娘をいたぶり尽くして、絶望のままに死を与えましょう。ええ――あの暉燐教主」


 ――彼女が、菩典老様を殺害したことを、心の底から後悔するように。


 こうして、泠煌と八人の悪魔共との死闘が、闇の底で幕を開けたのである。

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