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第一話 仙に至る人

 三神山――、それは古来中国の神仙思想において、実在するとされた三つの神聖な山、蓬莱山、方丈山、瀛洲(えいしゅう)の総称である。これらの山は、仙人が住み、不死の薬があるとされ、また、遠くから見ると雲のようにも見える神秘的な存在として認識されてきた。それこそ、現代にも語られる【仙境】である。

 そのうちの瀛洲(えいしゅう)東瀛(とうえい)とも呼ばれ、東の海に浮かぶ島――、すなわち日本の雅称とされており、まさしく【仙道】の一流派が日本の歴史の影にあったのである。

 大陸の神仙思想を祖とする【日本仙道】は、日本独自の神秘思想と交わり、大陸とは大きくその姿を変化させていた。しかしながら、それでもかつての神仙たちに敬意を抱く現代日本の仙人たちは、かつて語られた三神山にならい、日本の霊山――すなわち、富士、熊野、熱田、を瀛洲固有の【三大仙境】として再現していた。


 ――富士赫奕仙洞(ふじかくやくせんどう)

 日本の三大仙境と、各地の小仙境の仙人道士すべてを統括する本部のある、現実とズレた時空にある異界の大宮殿。無限海(むげんかい)上空に浮かぶ、美しく古風なその大宮殿の中央部には、その統括者たる大仙人が来客を出迎える大広間がある。

 そこに置かれた装飾された統括者席にて、肩下まである長い銀髪に血のような真紅の瞳を持った美丈夫が、薄く微笑みを浮かべながら手に持つ書を読みふけっていた。

 その傍らには、黒髪を後頭部でまとめた真面目そうな秘書官と目される女性が有り、黒縁眼鏡の奥の黒い瞳で、主であり師である美丈夫――、天鳳真君(てんほうしんくん)を感情の見えない表情で見つめている。その彼女――凜花女仙(りんかにょせん)は、来客の気配を誰より早く感知して隣に座す主に報告を行った。


「天鳳真君様――、ただいま暉燐教主(きりんきょうしゅ)様がご来室なされました」

「ふむ――、予定より少々遅れたようだね?」

「正確には――、十三分四十二秒三じゅ……」

「ふふふ……、細かすぎるきらいがあるよね、君――。……もういいから」


 にこやかに秘書官に微笑みかける天鳳真君に、無表情で深々と頭を下げる凜花女仙。それをジト目で見ながら、可憐なチーパオ美少女【暉燐教主】――こと、泠煌(リンファン)が、弟子の雷太を伴って天鳳真君の目前へと歩み来て――、そして一回軽く頭を下げたのである。


「はあ……、天鳳真君――、とりあえず来てやったぞ」

「ふふふふ……、相変わらず天を突き抜けるほど偉そうだね。――泠煌ちゃん」

「――本名で呼ぶな変態」


 ジト目を直さない泠煌に、なんとも楽しげな笑顔を向ける天鳳真君は、懐から何やら取り出して泠煌に示して言った。


「僕が大事にしてた【泠煌ちゃん人形】を術でキレイにしたら――、間違えて君が書いてくれたサインまで消えてしまってね。――どうかもう一度書いてはくれまいか?」

「御免被る……」


 泠煌は、ジト目を深くして額に怒りマークを浮かべ、その隣りにいる雷太は苦笑いして頭を掻く。そんな様子の二人に天鳳真君は――、


「書いて……くれないのかね……」


 大粒の涙を浮かべながら手にした【泠煌ちゃん人形】を抱きしめた。その姿にさすがの泠煌も大きくため息をつき、叫ぶ。


「ああ!! もう!! 後で書いてやるわ!!」

「ふふふ……ありがとう」


 その返事に一瞬で涙を引っ込めた天鳳真君は、【泠煌ちゃん人形】を執務机の横に座らせてから泠煌の方へと向き直る。そして――、さっきまでとは打って変わった厳格そうな声音で話し始めた。


「――では、先の外界における神祇(じんぎ)様方からの陳情についてなのですが――」

「ふむ? あの神ども、なんぞ文句でも言ってきおたか。――まあ、だいたい予想はつくが」

「まあ――、外界における中層治安維持組織の活動に、無許可で関わってしまった様子ですし。どうもその直上の管轄神祇様がたがえらくお怒りで……」

「は――、縄張り争いなんぞ無意味なことを……」

「ええ、まあ――、そこへの報告のための書類を書かなければならないので、とりあえず一通りの報告をいいでしょうか?」


 にこやかに語る天鳳真君に向かって、泠煌は一回大きくため息を付くとスラスラと語り始めた。


「まあ、いろいろ見捨てておけず。つい関わってしまったが、わしは特に何もしておらん……。外法を使う術師が一般女性に危害を加えておったから、声をかけて止めただけじゃ」

「ふふふ、なんとも()()殿()らしい話で。――で、雷太道士がその術師の対応をしたそうですね? ――宝貝(パオペエ)はナシでいいですね?」

「うむ――、ただの買い出し故に、そういった類は持ち出してはおらぬ。――ただ、相手が物理攻撃無効だったため、雷太が返り討ちになっておった」


 その泠煌の言葉に天鳳真君は首を傾げる。


「あら――、中層の管轄である犯罪者に返り討ちに?」

「うぐ……」


 天鳳真君の、その驚いたような言い方に雷太は一人胸を押さえて呻く。


「は! とりあえず殴っておけ――、と、回避を考えぬ全力パンチを放ったら、物理無効からのカウンターを食らっただけじゃ」

「……ヤンキーの喧嘩殺法ですか?」

「うぐぐ……」


 それを言われて、雷太はついに床に膝をついて呻いた。


「まあ――、その時受けた傷は癒やした。ついでに変な呪もあったし――。でも、弟子はわしの所有物じゃ。神どもから文句を言われるいわれはない。そもそも、「傷ついた」ものを「傷ついていない」自然に戻しただけじゃし……」

「ふむそれは――、確かに」

「それに、わしが神祇に問い合わせをしておったら。やつは勝手に気絶しおってな、だから適当に転がしておいた」


 泠煌の語る内容を天鳳真君は頷きながら聞いて。隣の凜花女仙が報告書にまとめてゆく。そうしてしばらく話を聞た天鳳真君は、にこやかに笑いつつ頷きながら言った。


「ふむ――、これは。内容的には問題なさそうですね。【()()()()()()()()()】」

「ふん――」


 泠煌は唇を尖らせつつそっぽを向いた。


「わかりましたよ泠煌ちゃん。相手方は適当に言いくるめておきます」

「だから――、泠煌ちゃんは……、まあいい」


 頭を掻いてため息を付く泠煌を、天鳳真君は深い笑顔で見つめていた。



 ◆◇◆



「天鳳真君様――」


 泠煌が大広間を出ていった後、凜花女仙が無表情で口を開く。


「なんでしょうか?」

「以前からの疑問なんですか――」


 その愛弟子が語る疑問を聞いて、僅かの間天鳳真君は笑顔を消す。


「雷太道士は――、未だ道士なのですね?」

「……」

「ならば、なぜ【不老】を得ているのですか?」


 天鳳真君は真顔で凜花女仙を見つめた後、()()()()()()から答えを返した。


「良い質問ですが――、()()殿()の許可がない限り、語ることは控えたいのですよ」

「それは――、彼女が()()な……」

「いいえ……」


 天鳳真君は、遥か彼方を眺めるかのように大広間の果てを見つめて言った。


「彼女は……、彼のためだとてそんな事はしませんとも――。何より――」


 そんな違法をなせば――、()()()()()()()からね。


 天鳳真君は、()()()()()を想いながら静かに目を閉じたのである。

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