幕間 大災厄顕現――、絶望という名を冠する武神
――そして、泠煌と雷太がその場に辿り着いた時、その娘の絶望の嗚咽を聞いたのである。
「……やだぁ。兄様……、巌流にいさまぁ……」
「……」
その場に仰向けで、眠るように眼を閉じて、その頭を義妹――慧仙姑に預けて、まったく動くことがないのは北兲子である。
それを膝に乗せながら、ただ泣き腫らす慧仙姑を見て、――泠煌はすべてを悟って唇を噛んだ。
「……此奴――」
「教主様……」
泠煌は慧仙姑の側へと歩み寄り、その男の満足そうな死に顔を見た。雷太は――何も言えず、ただ拳を握った。
――泠煌が、泣く慧仙姑に声をかけようとしたその時、――その異変は起こった。
ドン!
地面に落ちた、握りつぶされ砕けた宝貝に闇が宿ったのである。
慧仙姑は青い顔でそれを見つめ、泠煌と雷太はその身に持った宝貝を構えた。
【……ああ、やられた。見事に我は失敗した――】
「お前は――、宝貝【極天神剣】でよいのか?」
【……ああ、その通りだ、そして、あの下郎には、もっと苦しい呪をかけるべきであった】
その言葉を聞いて、慧仙姑の眼が怒りに染まる。しかし、それを気にもとめず受け流して【極天神剣】は笑い始めた。
【ははは……、――ああ終わった。我には何も力が残ってはいないさ……】
「――何が言いたいのじゃ?」
眉を歪め、怒りの瞳で見るその場の全員に、その【極天神剣】は嘲笑を浴びせた。
【だが、最後の力で我はとても正しい行いをしたぞ?】
「は?」
――雷太が呆然と聞き返す。
【師弟の再会――。良かったな慧仙姑。ただ……、その師匠は、我の精神侵食に抵抗し続けて、それ故に――】
「あ……」
慧仙姑は絶望の色に顔を染めて目を見開く。
【……ああ、それ故に暴走して――、意識が戻る頃には、ここら一帯貴様らも含めて絶滅しておるだろうが、な】
――そして、もはや役目は終わったというように【極天神剣】の全機能が停止する。
すべての答えが提示されて――、最悪が現れる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
地震もないのに空間自体が揺れる。――目前の空間が大きく裂けて、その中から大災厄が姿をあらわす。
――その姿を見て泠煌は一言呟いた。
「吉備津討羅仙君様――、決戦装備……だと?!」
「え?! ……あ?」
その教主様の言葉を聞いた雷太が――、その相手を見て青い顔で固まる。
慧仙姑は、膝に最愛の義兄を抱きながら――、現れた絶滅の象徴にすべてを諦めたように目を閉じた。
――時空を裂いて現れた存在は、まさしく【大災厄】そのものであった。
決戦装備をその身につけた吉備津討羅仙君――、日本仙道界最大最強の武神。
それが、精神を暴走させて――、すべてを殺戮するために、この時空に帰還したのである。
――一つ、彼が跨る鋼鉄機械の馬は、宝貝【飛天不壊鋼馬】。
まさしく――、壊れざる鋼鉄の体躯を持つ、神速にて天空を駆ける軍馬。
――二つ、彼が纏う完全武装の具足は、宝貝【天星修羅甲衣】。
まさしく――、【真人】が扱うために誂えた、絶対的防御性能を備えて、さらには自由に制御できる鋼の腕を二対まで増やすことの出来る大具足。
――三つ、彼がそのすべての手に持つ武器は、宝貝【萬武戦器】。
まさしく――、彼が神技によって扱える武器を、その増えた手の全てにまで与える、無限に増えるそれ自体が神業で鍛えられた業物。
――それらは、吉備津討羅仙君の決戦装備と呼ばれ、神仙からなる軍団すら相手にできる装備である。
――まさに【絶望】――、それこそ今のその大災厄にふさわしい名であった。
◆◇◆
その妹弟子は静かに終わりを受け入れる。
――愛する義兄を手にかけてしまった彼女は、その後を追う事を良しとした。
……しかし、それは義兄のその想いを――、命をかけた戦いを無に帰す行為にほかならない。
――妹弟子の瞳から涙がこぼれる。それは膝に眠る兄弟子の顔に落ちて――、その頬を流れた。
――そうだ――、その通りだ――。
彼の成すべき事は――、命を捨てて果てた男の成すべきことは――、
――いまだ終わってはいない!!