第十三話 示されたもの
――富士赫奕仙洞、いくつか存在する小会議室の一つにて――。
「……な、なんか俺が居るのは、場違いな感じがしますよ、姉さん――」
そう言って、椅子の一つに座る小玉玄女に話しかけているのは、この間の馬鹿仙人――、いや【智厳仙人】こと、本名【薬師 唯夫】である。そんな彼に、小玉玄女は優しげな眼を向けながら言う。
「……まあ、完全に関係がニャイってわけでもないからにゃ」
「――む、それは……」
「……心配するにゃ。お前が呼ばれたのは、何より医王老人様の助手役を務めてほしいからだにゃ?」
そういう小玉玄女に、少し困惑の表情を向けて智厳仙人は首を傾げる――。そんな彼に向かって大きな声がかけられた。
「こりゃ……唯夫! 資料を皆に配らんか!!」
「あ……、はい師匠!!」
その声に応じて慌てて走る智厳仙人。それを小玉玄女は苦笑いで見送った。
――そうして、その小会議室にいる者全員――、
すなわち、泠煌こと――暉燐教主、とその弟子・雷太、かつての戦いで二人とともにあった小玉玄女、さらには天鳳真君と、その秘書・凜花女仙、最後に、今回の話し合いのメインである、医王老人と、最近その弟子となった智厳仙人、これら計七人が一つのテーブルに集って、医王老人が作成した資料を手にしたのである。
「……ふむ、私が作成した資料は回ったな? とりあえずそれを見てくれんか?」
医王老人のその言葉に、その場の全員が手にした資料を眺める。そこには――、紅月子、知臣道人、菩典老、更にはその師弟関係者である複数の仙人、道士の名が示され――、その横にほとんど異なる波が描かれていた。
医王老人は、その場の皆が資料に目を通した事を理解すると、頷いてから話を続ける。
「……うむ、この資料に示されておるのは、生きて逮捕された、菩典老の関係者で犯罪行為に関わっていた者、さらに――死亡直前の精神を私の宝貝で再現して、それを元に試験を行った者、それらの精神波長をグラフ上に示したものじゃ。無論、専門家でないとどこがどういう意味であるか、理解は出来まい?」
その医王老人の言葉に、天鳳真君が頷いて言葉を返す。
「そうですね――。でもこの資料にはわかり易く朱が示されています」
その言葉にその場に居る全員が頷いた。
泠煌が資料を眺めながら言う。
「――この資料の、全員――、異なる波長を示しておるが、この朱で示された波長は――」
――その言葉を凜花女仙が引き継いだ。
「――波長が、全く同じ――、このような事……」
――彼らの話にいまいちついてこれていない二人――、雷太と小玉玄女は、首を傾げて困った顔で資料を睨んでいる。
「波長が同じだとおかしいんですか? 教主様?」
「……雷太よ」
雷太の様子に、こめかみに指を付けてため息を付く泠煌。そんな様子の教主様を慮るような感じで凜花女仙が言葉を発した。
「人は誰しも、同じ言葉に対してであっても、ある程度別の精神反応を示すものです。無論、偶然似た波長が生まれることはありますが……、資料に示された全員が全く同じ波長――、などというレアケースにはならないのです」
「……あ、そういえばそうだにゃ」
その凜花女仙の言葉に、ようやく合点がいった小玉玄女が頷く。雷太もやっと理解した様子で頷いた。
皆がその事実を理解したことに頷くと、医王老人はその場の全員を見回していった。
「――なお、この波長はここに居る智厳仙人はもっておらぬ。そして、その事が今回の件にもある程度関わりがある――」
「――ふむ、確かそこの智厳仙人殿も、菩典老の弟弟子の流れの人でしたね?」
そう言って天鳳真君に見つめられて、智厳仙人は冷や汗をかいて頷いた。
「あ、はい……。うちの元師匠は、菩典老……さまとは同じ師についた弟弟子のさらに下という位置にいました」
「でも、彼はその波長をもっていない?」
首を傾げる天鳳真君に医王老人は頷く。
「……ああ、初めに調べたから間違いはない。此奴は、実は――、一時、錬丹術を深く学ぶためと言う名目で、別の仙人の助手に出ておったのだ」
「あ――」
納得と言った様子で頷く天鳳真君。医王老人は頷いて話を続ける。
「――で、話を戻すと、このような同一精神波形は、常識では有りえぬ話である事は聞いたな? その意味するところを理解できるか、暉燐教主殿?」
「うむ、これは――、同じ精神汚染を受けておる――、ということで間違いないな?」
「……まさにそのとおりだ」
泠煌の答えに、医王老人は満足そうに頷いた。凜花女仙が眼を細めて問う。
「精神汚染……、要するに軽度の精神支配的なものを皆受けていた?」
「うむ……。正しくは、ある事柄に対して【同じ反応を示す】ように、精神構造に道術的楔が打ち込まれておったのだ」
その医王老人の言葉にその場の皆が息を呑む。
「天鳳真君殿――。貴方は真人に至っておる。無論、暉燐教主殿も――」
「――ええ、まあ――」「うむ――」
医王老人の言葉に、呼ばれた二人は頷く。
「で、かの菩典老も、精神性においてはその域に至っておる。――ならば、彼の行動に関する違和感は出てくるであろう?」
その言葉に泠煌は眉を歪めながら答えた。
「――ああ、そうじゃな。真人に至る――、その精神性を得る事は【ヒトデナシ】になる事である、と揶揄されてはいるが、必ずしも【人の心を無視する精神性になる】ということではない。――真人は、この世の理を知り、それゆえに悟ってしまうだけで――、正しく【その機能】【その知識】【それを表に出す考え方】は残っておるのじゃ。故に、【他人に対しどのような事をすれば、どのような反応が返ってくるか】、それはかの菩典老も理解しておったはずなのじゃ」
「――それって」
教主様の言葉に雷太は驚いた眼で言葉を返す。
「……要するに、彼らは全員、何らかの精神的術にかかって、本来は理性的に判断できる事を、そのように判断できなくされていた――、ってことですか?」
「……なるほどにゃ。それなら、あの紅月子の考え方の合点がいくにゃ」
たしかに小玉玄女は、紅月子のあまりに人道に反する考え方に違和感を感じていた。
彼だって人の子である、そうであったはずである。ならばよほどの【歪む原因】でもない限り、あそこまでにはならないはずなのだ。
「――そう、彼らは一様に精神汚染を受けている。そして、ここに居る智厳仙人が精神汚染を受けなかった理由も存在している」
そういう医王老人に、皆の注目が集まる。
「彼らは――、ある仙人の訪問を受けて、そして話をした者たちなのだ」
「――! その仙人とは?!」
泠煌の言葉に、医王老人は――、深くため息を付いて答えた。
「彼らが同じある仙人と対話しておる事は、聞き取り調査並びに道術による探査によって証明されておる。が、――精神探査宝貝による記憶調査でも――、それが正しくは誰なのかはわからなかった」
「――な?!」
その答えに泠煌は驚きの声を上げる。
「まさか?! 医王老人様の記憶調査でも探査不能であると?! そんな馬鹿な――」
「事実であるよ――」
医王老人は眉を寄せてため息を付いた。
「――ようは、そこまでの行為――、あり得ない奇跡を起こせる者――、それが出来る者がすべての黒幕に居る、――そういう話じゃ」
「……」
その場にいる全員が黙り込む。その意味するところは――。
――真の黒幕は【真人】である。
そういう事であった。
◆◇◆
――月夜にあってその月を眺める一人の男があった。
「……ふう、あらかたの種は発芽したな――。そして、奴らは我の行いを理解し、その存在にまで到達しつつある――」
そういって月を眺めなが、優しい笑顔で頷くその男。
「――ならば――、もう一度始めようかな」
そう言って満足そうに空の月に手をかざす。
「――我の研究の――、その正しさの証明を――」
その男は――、慈愛に満ちた表情を浮かべながら――、あらゆる命を顧みない実験を始めようとしていた。