第九話 生欲大にして神威奔る――、狂神降臨
ドン! ドン!
さらなる破砕が連続で起こる。雷太に打ち込む風撃はことごとく返され、飛翔する【風尖刀】はすでに二本にまで減っていた。
唇を噛みながら知臣道人は高速で地を奔り、そして鳳炎灯の機能を発揮させる。
「うぬ?!」
火のついた灯明皿の、火がうねって無数の炎弾へと変化する、それは放射状に放たれて雷太を襲った。雷太はその【金龍旗棒】を縦横無尽に振るって、すべての炎弾を打ち返した。
「くそ!! これでも!!」
打ち返された炎弾を高速で回避してゆく知臣道人。
そこに至ってやっと知臣道人は、自らが攻撃する分だけ自分が不利になると理解し始めていた。
(――くそ、攻撃宝貝は今ある、中距離攻撃宝貝のみだ……。これではあの男に傷をつけることなど出来ん。下手にこちらが攻撃すれば、それを打ち返されてこちらがやられる)
すでに知臣道人は自らの不利を自覚し、そして顔を青ざめさせていた。
せめて近接攻撃手段を用意していれば、雷太への対抗手段もあっただろうに――、そう後悔していた。
そんな彼に、雷太が不敵に笑って言う。
「……なんか、疲れが出てきた様子だな――。まあ、天命数が足りてようが、その数の宝貝を操作するのに集中力が必要になるだろ? 天命数が切れる前に、集中力がきれてきた――と」
「ぐ……」
「なら、終わりにしよう――。安心しろ、仙境本部に送らねばならんから殺しはしないさ」
そういうが早いか雷太の動きが一気に疾くなる。次の瞬間には知臣道人の背後に立っていた。
「まだだ!!」
知臣道人は周囲の攻撃宝貝を発揮させて足掻こうとする。――しかし。
(――?)
その時、知臣道人の意識が――、目前が黒く塗りつぶされる。それは精神集中が尽きた、ほんの短い【立ち眩み】であった。
――しかし、それは雷太を相手にしておれば絶望的な隙となる。
ぐしゃ……。
それはまさに一瞬――、知臣道人の周囲に浮かぶ、すべての攻撃宝貝がすべからく撃墜されていた。
「あ……」
すべての攻撃手段を失って唖然とする知臣道人。その背に【金龍旗棒】が押し当てられて、そのまま知臣道人は地面に向かって落下した。
「ぐ……お?」
「この【金龍旗棒】はこういう使い方もできる、ってな?」
知臣道人は身動きできずに呻く。【金龍旗棒】が背中に押し当てられ、知臣道人はうつ伏せで身動きが出来なくなっていた。
まさに、それは知臣道人の敗北であった。
「ふ……」
その姿に泠煌は小さく微笑む。雷太は敬愛する教主様へガッツポーズを返した。
(……ああ)
知臣道人は哀れに見えるほど悲しそうに、顔を歪めて師匠である菩典老を見る。その彼を菩典老は優しい目で見つめている。
「ああ……。わたくしでは師を――、救えなくて……、守れなくて」
「……知臣」
菩典老は優しく頷く。そして――。
「もうよい……、今までありがとう」
そう言って――。
――あまりに邪悪な嘲笑を向けた。
次の瞬間、知臣道人の絶叫がその部屋を満たした。
◆◇◆
その男は、かの平安と呼ばれた時代より生きてきた。当時は不老長生を望み――、何より生きて様々な技術を得んが為に。
多くの身内の死を見て悲しくはあったが、それでも生きてそして技術を知っていくのは楽しかった。
そう――、様々な物語では、長く生きることは地獄であると、そのように描かれることが多い。しかし、それは見なくてもよいモノを見てしまうからこそ、それに引っ張られてしまうのである。何より、自身の生を求め――、それによって技術を高めることを求め――、それ以外を捨ててしまえば、何も地獄になどならぬのである。
――長寿は――、永遠の命は最高の幸福である。
それこそがその男の心理――、彼は世界の真理を求めず、技術のみを求めたがゆえに【真人】に至ることはなかった。
しかしながら、その精神性はそこへとまさしく至ろうとしていた。
その男の想いも――。
その男の慈悲も――。
その男の師弟愛も――。
その男のすべての感情も――。
機能として存在し――、知識として理解し――、それを正しく表に出すことは出来るが――。
――必要であれば停止できるのである――。
それは――、まるで世界の管理機能である【神祇】であるかのように。
◆◇◆
「雷太!!」
その瞬間、泠煌は愛弟子へ言葉を放つ。その雷太は何が起こっているのか理解出来てはいない。
地面にうつ伏せで突っ伏した知臣道人が、断末魔の悲鳴をあげているのである。
「……ええええええええええ?! がああああああああああ? し、ししししししししし!! ななななななぜぜぜ?!」
「悪いのう……知臣。こうなった以上、【仙玉】は回収させてもらうぞ?」
その師匠の言葉が知臣道人は理解が出来ない。【仙玉】は、搾気によって得た気を天命数へと成す際に、補助としてその身に埋め込んだものであり――、その通り効率の良い搾気が出来て現在の天命数を成立させた重要な宝貝であったはず。そういう機能が在るとして弟子たちに埋め込んだ――。
「師匠?」
あまりに悲しい目で知臣道人は師匠を見つめる。
菩典老はその顔を慈悲の満ちた顔に変じて、そして優しい言葉を彼に与えた。
「もう一度礼を言おう――。ありがとうな知臣。お前はとても良く出来た、儂の最高の弟子であったよ」
その言葉に知臣道人は笑顔を向けて――、そして、やせ細ったミイラに変じていった。
「え? なんだよこれ!!」
あまりの事態に雷太が絶叫する。泠煌はその彼に近づいてその腕に触れる。
「……これは、要するにそういう事――。はじめからそうであると示されておったが、此度の黒幕はまさしく――、正しく此奴であるのじゃ」
「な?!」
古い椅子に腰掛けて震えるだけであった菩典老が立ち上がる。その身は――、それまでとはうって変わった筋骨隆々の男になっていた。
その顔だけが老人であるために、あまりに異様な存在に見える。
「……天命数を――。弟子の天命数を自分に移し替えたのか」
「ほう……、知っておるのか?」
泠煌のその言葉に菩典老は歯を見せて笑う。――雷太は泠煌に問う。
「いや……、待ってくれ教主様。こいつ……、確かになんか変にビルドアップしてるが、魂魄の力は――」
「その銀の腕輪……じゃな?」
そういう泠煌の言葉に雷太は目を見開き。菩典老は楽しそうに笑う。
「……かかかか、そのとおりじゃ。この腕輪は我が身がいまだ衰えておる、とそう齟齬させるためのもの――」
「弟子であるそいつすら騙すために?」
菩典老は楽しそうに笑いながら腕輪を外す。その瞬間、凄まじい神気がその空間を支配し始めた。
「うげ?!」
その神気の高さに雷太も顔を青くする。泠煌のほうは静かに菩典老を見つめている。
「……くくく、なかなかに効率の良い【天命数稼ぎ】を知ってな? 病を偽って皆に気を集めさせておったのよ――。皆よく出来た弟子であるよ……」
「貴様……、その弟子にも【天命数稼ぎ】をさせて――、最終的に回収する予定であった……ということじゃな?」
「そう、そう……。なかなか良い考えであろう? 集める人数が増えれば、その分だけ倍々に増えるのじゃ」
そのあまりの言葉に雷太は呆然としている。菩典老は嬉しそうに泠煌を見下ろす。
「……紅月子が近くにおらんのは、なんとも困った話じゃな――。これを予測して小娘――、貴様は他の仙人に紅月子を任せたのじゃろう?」
「ふん……、まさかこうもセオリー通りに正体を明かすとは、まさしく驚きではあるがな」
泠煌は怒りの目を菩典老に向けつつ、その金の扇の機能を開放する。――その扇に凄まじい雷力が満ちてゆく。
「――妖怪としての力――。妖力である放電能力を収束して、攻撃力へと変える宝貝じゃな?」
「ふん……、そのとおりじゃ」
菩典老はまさしく泠煌に嘲笑を向けて言った。
「今の儂に――。そのような小雷が効くか馬鹿め」
――次の瞬間、凄まじい神気があたりに放出されて。菩典老の身に知臣道人が纏っていた紫衣に似た服がまとわれる。そしてその足には膨大な風が巻き怒り――。
「教主様!! アレは?!」
「……」
菩典老のその隣に、彼の身長すら超える巨大な黒い大剣が浮かんでいる。それは、今まで感じたことのないほどの気を纏い、薄い光を放っている。
「小娘――、いや暉燐教主殿……。さらばじゃ――、死に給え」
その瞬間、黒剣が神気を放つ。泠煌は雷太に向けて叫んだ。
「雷太!! わしに掴まれ!!」
「……え? はい!!」
雷太は泠煌の腰にすがりつく。泠煌はその手に銅鏡を握っており――。
――その瞬間、菩典老が嘲笑を深くして言葉を紡いだ。
「天地を裂き――、疾走れ――。龍断閃――」
ズドン!!
その瞬間、大地は激しい地震に見舞われる――、
その後、その隠し仙境に建てられていた研究所ごと――、
――大地が大きく深く裂けた。
「かはははははははははははははははははははははははははははははは!!」
その爆煙の中から男の――、菩典老の――、
――狂神の笑い声が響いた。
◆◇◆
――富士赫奕仙洞の一画にある、とある部屋の中を窓からのぞき、その手の書物型宝貝を操作しながら凜花女仙は言う。
「天鳳真君さま……、例の宝貝の転送によって、救出された人々の全回収完了です」
「……ありがとう。さすがは泠煌ちゃん、まずは救出を優先か……」
「暉燐教主様は――大丈夫でしょうか? ……あの方々はこうして、あの場から逃げるわけにもいきませんし」
珍しく感情のある顔を見せる愛弟子に、天鳳真君は笑いながら答える。
「大丈夫って言ったろ? ……そのための泠煌ちゃんだからね」
天鳳真君は笑顔を消すことなく、遥か空の彼方を見つめた。