やあ、少年
一週間が始まって二日目の火曜日。
多くの人が、休日の余韻が抜けない月曜日をやり過ごし、ようやく日常のペースを嫌々ながら取り戻し始める頃だ。
ある住宅街の一角。そこにもまた、この曜日に登校を強いられ、目的地である学び舎へとひたすら通学路を進む少年がいた。左右の足を交互に、律儀に前に出す足取りは、決して軽快なステップとは言えず、その気分は少しばかり重たかった。
苦手な体育が、今日のカリキュラムに組み込まれているので、気分は憂鬱だった。加えて、委員会の仕事として花壇に水やりと、周辺の雑草を抜く業務があるため、他の生徒も見かけない早朝から家を出ることにしていた。
かといって、面倒な作業を適当に済ませるほど、彼は器用でもなければ、いい加減な性格でもない。
嫌なものは嫌だが、誰かがやらなければ物事は円滑に回らないと考えていた。
そんな、少々堅苦しい思考の孤独な少年に、親しげに声をかけるものがいた。
「やぁ、少年」
聞き慣れた爽やかな声が、頭上から投げかけられる。
読点含め、わずか五文字のセリフでしかないものの、その言葉は彼の頭を軽く小突かせるように響き、憂鬱である通学の時間をいくぶんか心安らかな気持ちにさせてくれる。
少年は足を止め、声のする方へ、成長途中のあどけない顔をくるりと向けた。呼び止めた人物は、他の住居と肩を並べるように建つ、年季の入った古い木造建築の一軒家の中。
二階にある恰幅のいい人間が、ギリギリ動ける程度の幅の狭いベランダ。その手すりの笠木に左肘をのせて、いつものようにこちらを見下ろし、様子をうかがっていた。
さらさらとそよ風に揺れる、焦げ茶色の髪は手入れされているが、目を凝らすと、至る所に枝毛がピンと軽快に跳ねて存在を主張している。
少し上に目線を移せば、眠たげで覇気を感じない黒い双眸が位置している。黄金比のとれた美しいプロポーションとはいかずとも、その容姿はどこか魅惑的で、少年の心を掴み、意図せず手玉にとっている。
女性は目が合うと、涼やかな目元は柔和に微笑むことによって消え失せたが、やはり彼女の笑顔は人を惹きつける何かを感じさせた。
意中の相手に少し身じろいだものの、挨拶は返すものが礼儀であることは、幼い頃から親や先生に教わった。そのため、少年もいつもと変わらず緊張を隠すために、張り詰めた口調で話しかける。
それは精一杯の照れ隠しでもあった。
「おはよう、お姉さん」
◆◆◆◆◆◆
今から半年前─。残暑はとうに消え失せ、紅葉が色づき始めた冷涼な秋の季節にお姉さんと初めて出会った。
平常通り少年が、閑静な住宅街の路側帯を歩いていると、進路を妨害するように、強い北風がいきなり吹き荒れた。風が一時的に止むと、目の前にふわりと舞いながら、謎の物体が地面に落ちる。
先程の強風により、目にゴミが入ってしまい、正体がいまいち掴めない。
好奇心から、不可解なそれを思わず片手で拾って、眼をこすりながら顔の位置まで持ち上げようとする。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! ダメッ、ダメッ、ダメェッ!!!」
途端、側面に立地された民家から絶叫ともとれる声が響きわたる。下手をしたら、街中全体に伝わるほどのひときわ大きい声量に、耳の鼓膜を破壊されそうになる。何事かと、少年は声の主がいるであろう方角を見た。
その場所には、ベランダからこちらに溢れ落ちかねないほど目を剥く女性がいた。彼女はひどく取り乱し、声を上げているが、言語の形をなしていないため、少年からすれば正体不明の人物が喚き散らしているという混沌が生まれていた。
奇妙な身ぶり手ぶりでこちらを指図しているため、自身に関係があること、そして、拾った小さなモノに原因があるのだろうかと冷静に推測する。
手元にあるのは柔らかい布地。これの正体を解明するため、ゴミも取れ、回復した視力でじっくりと観察してみた。
全面黒一色になっていて、レースが縁取られている。逆三角形の形をなしており、合計三つの人体のパーツを通せるほどの穴が空いている。
─有り体にいって下着であった。
「うわあああああっ!!」
今度は少年が叫ぶ番だった。謝りながら急いで下着を持ち主の元まで、なるべく直視せずに届けようとする。しかし、ようやくまともな言葉を発せるようになった彼女は、玄関横の錆びたポストに下着を入れてくれるよう頼んでくる。もはや、懇願に近いものだった。
下着をポストの中に供物でも捧げるかのように丁重に献上されたことを確認すると女性は、一安心したのか胸に手を置いて撫で下ろした。少年は変態と認知されたくないため、平謝りしながら泥棒の如く、そそくさと現場から立ち去ろうとする。ところが、上から彼女にまた呼び止められたのだ。
「いやー、わたしの不注意でお見苦しいものを見せてしまって申し訳ない………ごめんねー、キミ」
少年は下着の形状をつい思い出し、心臓を激しく鳴らす。しかし、気にすることはないと、上擦った口調で大人の男のようにスマートに、いかにも冷静な風を装い切り返したつもりでいた。
「お詫びに何か……あ、いや、別に口封じとかじゃないからねっ、絶対!」
女性の提案に気の迷いが晴れるのならと、一瞬躊躇した。だが、女性はいたずらな風の被害者で、全面的に何も悪くないし、代価をもらうほどのことではないとして、きっぱりと断りを入れた。
「お姉さんの好意を利用したくないから」
その言葉に彼女は一瞬、面を食らったような表情になったが、にへらと照れくさそうに笑ったのだ。
「やあ、少年」
翌日の早朝。学校に向かういつもの通学路。昨日の『下着事件』があった場所にて、唐突に頭上から声が降ってくる。
まさか自分のことなのかと疑問に思い、例の民家のベランダを見上げると、この時期には、肌寒いであろう薄着の姿の例の女性が笑みを浮かべつつ、こちらに手をひらひらと振っている。
かなり好意的な様子に少年は戸惑ったものの、悪い気はしなかったので恐る恐る返事をした。
「お……はよう、お姉さん」
以降、彼らは通学路で家を隔てたまま、ささやかなやりとりを幾度も重ねていったのだった。
◆◆◆◆◆
─時は戻り、現在。
お姉さんから漂う洗練され、透き通った質感のある謎めいた微笑みに少年は時が止まったかのように見惚れていた。
同年代の女子にはない艶やかさ、清廉さがそこにあり、今この瞬間だけ、自分と彼女だけしかいない世界が創られたかのように感じるほどだった。
─ゴクリと、固唾を呑み込んだことを悟られたくなかった少年は、年下に見られたくないがために、あえてよそよそしく対話を試みる。
「おはよう、お姉さん。随分優雅な朝を過ごしてるね」
「にゃはは、手厳しいなぁ。まあ、事実だし仕方ないかぁ」
「…………………」
特段気に留めていない優しい物言いに、大人ぶるどころか、子供じみた意地の悪い言い方をしたことに気づいた少年は、己を恥じて、うつむいてしまう。
そんな彼の変化を目ざとく察知したお姉さんは、少し声量を上げて、ごく自然な形で呼びかける。
「どうしたのー? 気分悪いのー?」
「………や、その………」
語尾を伸ばして、普段の軽い口調から一転して、深刻そうな表情だ。
少年は返事に詰まりかけたとき、後方から甲高い犬の鳴き声が聞こえて、思わず振り返る。
こちらに向かってきたのは近所に棲む高齢の女性と、飼い犬である白い体色のチワワ一匹。どうやら朝の散歩コースはここら一帯も巡回するらしい。
少年とお姉さんは交流はすれど、そこまで込み入った関係性ではなく、あくまで仲のいい知り合い程度である。
しかし、年上の女性と会話をしていることが親のみならず、段々と距離を詰めてくる近隣のおばあさんによって周りに情報が伝わってしまったら─
様々な懸念が心をざわつかせ、想像するだけで耐えられなくなり、額から嫌な汗が滲みでた。友達やクラスメイトに興味本位で揶揄られでもしたら、どういった言い訳をすればいいのか戸惑い、その焦りは次の行動にも誤解を生みかねない形で表れてしまった。
「ごっ、ごめんなさいっ! 急いで学校に向かわないと行けないのでっ、それでは!!」
「ええっ!? ちょっと!! しょ、しょうねーん!?」
自身の情けなさに嫌気が差しながら、少年はお姉さんに深々とビジネスマンのような一礼で別れの意を伝える。あまりに不自然な態度に困惑した様子で呼び止めようとするお姉さんをよそに、前方へ向けて猪の如く猛進して、学校へ一目散に駆け抜けていった。
◆◆◆◆◆◆
授業はまるで身に入らぬまま、少年は放課後までうなだれて過ごし、帰りの時刻になっても椅子に腰掛けたまま一向に席を離れようとしない。
成績トップクラスの優等生ではないものの、他よりかは真面目気質な少年のただならぬ様子に、授業を受け持った一部の教師陣は心配する素振りを見せた。
しかし、彼はそれを丁寧に突っぱねた。一応、寝ているわけではなく黒板に書かれたことはノートに記入していたため、教師たちも何も言えなかった。
そんな釈然としない様子の彼を気にかけるのは、大人ばかりではなかった。机に突っ伏したままの少年の元へ、音を立てぬよう抜き足で、悪戯を企む子供のように近づく者がいた。
「どうしたんだよ、今日のお前」
「………疲れただけ………だよ」
わざわざやってきた友人の一人が屈んで、机の上に顎を乗せて顔を覗き込んでくる。小学校以降の長年の付き合いの故か、友人は少年の表情を見て何かを察したのか、フランクな口調で話しかける。
「どうせ、お前のことだからまた些細なことで悩んでんだろー?」
おどけた口調にすっと毒気が抜かれた少年は、頭をくしゃくしゃと掻き分け、まるで気にしていないといった素振りを見せつけニヤニヤとした面持ちの友人と目を合わせた。
「………別になんでもないよ」
「はいはい、お前ならぜってえそう言うと思った。だから、他のやつらがいる手前だと恥ずかしいかと思って、一人になるまで待ってやったんだよ」
感謝しろよ?
そう付け加え、努めて明るいお調子者の態度を崩さない友人。彼に一度咳払いをした後、改まって感謝の言葉を告げる。すると、友人はクスクスと笑って、やっぱり真面目だなと苦笑した。
友人は少年の凝り固まっていた思考をほぐしたかったのか、しばらくの間、くだらない話題を振って共に和気あいあいとした時間を過ごした。
そして、頃合いを見計らったかのように部活動に顔を出さねばと、彼は手短な別れの挨拶をして、教室から姿を消した。
気にかけてくれた人間がいることに少年は、再度胸中で感謝し、部活に所属していないが、早いうちに帰路につくことにした。
学校から自宅に戻るルートはよほどのことがない限り、基本は行きと同じ道筋を辿る。
そのため、必然的にお姉さんが住む古い民家の前を横切ることになり、そこで思わず少年は立ち止まった。
今朝は失礼な態度をとってしまったことを詫びたい気持ちでいっぱいだった。だが、基本的に、お姉さんは帰りの時間にベランダから姿を一切見せることがない。こればっかりは仕方なく、彼女の事情も考慮して納得せねばならないことである。
しかし、どうもお姉さんがいないとなると、ただの建築物でしかないのに関わらず、住居からは生気の匂いがしない。
ぽつんとと寂しく佇んででいるかのようなその家をざっと上から下まで眺めた後、少年の中にふと疑問が浮かんだ。
「そういえば、お姉さんって普段何してるんだろ…………」
彼女は、一体何者なのだろうか。
二人の会話の内容は、今日の天気とか、授業の内容、イベント事など他愛のないものばかりである。
良好な関係をキープし続けることが出来ているのならば、もっと個人に踏み切った話題を出すこともあるが、彼女は自身の経歴について、一切話をしなかった気がした。
少年自体も相手のプライベートに深入りするタイプではない。しかし、お姉さんが意図して話題を逸らしていたのではないか、と妙に勘ぐることは何度かあった。その都度、彼女に失礼だと自身を戒めてきたが、やはり疑念というのは興味も併合して、段々と積み重なっていくものだった。
解消出来ないモヤモヤを抱えながら、付近で立ち止まり、しばらくの間だけ、誰もいない二階のベランダを見上げる。
「………まあ、明日の朝に会えるだろうし………」
自身に言い聞かせるよう、少年は呟く。
変わることのない日常が、きっと明日も変わらず続いていく。彼はそう信じ、決して疑うことはしなかった。
だが、やはり会えないという虚しさからくる脱力感に襲われ、のっそりと足取り重く、彼は自宅に帰還するしかなかった。
◆◆◆◆◆◆
翌朝、少年は歩道をひたすら黙々と歩み進んでいた。その姿は、さながら戦場に赴く兵士のような出で立ちで、ただお姉さんと会話するだけなのに生きて帰れるか分からない死線に向かうような気迫さえあった。
彼がこのような様相になった過程には理由があった。昨日の失礼な態度をきちんと謝らなくてはと、至っ真剣に考えているせいだ。
生を受けて十数年、女子と密接な関係になったことがなく、奥手なのも加わり、どう接するのが正解なのかと悩み続けてしまうタチであった。
開口一番に謝罪したら、間違いなく引かれる可能性があるし、かといって話の最中にどう切り出せすのがいいのかと、目標地点に到達する前からぐるぐると思考を巡らせていた。
気づけば、お姉さんの家の前を少し通り過ぎてしまい、慌てて戻ってつまづきかける。
次の行動として、誰か自分の間抜けな姿を目撃していないか辺りをせわしなく見回す。人の気配はない。一息つくと、すぐ逢瀬を交わすわけでもないのに、制服のシワ入念にチェックして、彼女の声が聞こえるのを待って立ち尽くした。
しかし、従来の呼び声はいつまで経っても降ってこないどころか、目的の人物は一向に姿を現さない。
「………………お姉さん?…………お姉さーん」
不思議に思い、声を張り上げてこちら側から呼びかけけてみる。だが、返事はなく、少年のわずかに震えた声が虚しく響くだけだった。これを数回繰り返すうちに、得も知れぬ不安が胸中にじわじわと広まっていく。
まるで、ベランダには最初からそこに誰もいなかったように、周囲は静寂に満ち、少年の他に人は消え去ったように思えた。もちろん、少し離れたところでは、車が走り去る音や、鳥のさえずりが彼の耳には届いている。それはただの偶然による産物である。
だが、少年の中ではかけがえのない世界の一部が欠けたような喪失感が存在した。
気づけば、在学して机に着席し、一時間目の数学を受けていた。しかし、教師の言葉は耳に厚い膜が張られたかのように、頭の中に依然と入ってこない。
どうやってここまで向かうことが出来たのか、記憶に靄がかかり、どうしても思い出せない。
お姉さんに会えず、言葉を交わせなかった事実が、心の傷となり、纏わりついて離れない。
彼の異変に、長い付き合いの友人はやはり、いち早く気づいていた。だが、表面には出すことなく、いつもより声を立てて笑う姿に、詮索しないでくれという無言の意図を感じとり、あえて深入りはしないことにした。
しかし、ずっと今朝のことが思考の中枢に引っかかったままだった。あのわざとらしい慌てぶりにお姉さんに愛想を尽かしてしまったのではないだろうか。
それとも、興味も失せ、呆れられてしまったのかもしれない。考えれば考えるほど、足元を失ったかのような不安定な感覚に襲われる。周囲に見せる繕った笑顔とは裏腹に、気持ちは更に、更に、闇底に沈んでいった。
◆◆◆◆◆◆
「やっぱり見ないな…………」
お姉さんの姿を見なくなってから三日も過ぎ、金曜日の放課後を迎えていた。いつもなら、五日間の学業を終えた後の土日という連続した休日に心躍るところだ。だが、今は訪れる休日よりも気がかりなことがある。
誘蛾灯に引き寄せられる虫のように、下校途中に、少年はお姉さんの家の前で立ち止まる。首を伸ばして、二階のベランダを、期待を込めて必死に見つめた。
無情にも変化は見受けられず、一点を見続けることはやめ、今度は住居の扉付近に目を向けた。
いつもは、二階ばかり見上げて、一階の出入り口付近を気に留めたことがなかった。
初めて出会った時以来だ。
たった数歩近づくだけなのに、いつの間にか握りしめた拳が湿っていた。少年は慌ててズボンの裾でその手を拭った。
勇気を振り絞り、恐る恐る近づいてみる。格子の枠の中に収まる薄いガラスに微かに己が映り、まるで生霊のようだ。
玄関に寄ったところで何の意味もないというのに。少年は嘆息し、すぐにそこから立ち去ろうとした。
だが、ある違和感の存在に気づき、何気なく口に出す。
「……あれ? 開いてる………?」
玄関の扉は田舎に棲む父方の祖父母の家を想起させる格子状の引き戸式の扉だ。その扉が、施錠されておらず、数センチほど隙間が開いている。
さらに言えば、家主がいる場合、どこかしらから生活音がするものだ。
だが、今のところ近しい音は一切せず、不気味な静けさがあるのみ。
外出しただけなら構わないが、それにしても不用心だ。
元は光沢があったであろう、錆びたポストには、請求書らしき封筒や新聞紙が複数はまってあふれていた。
どこか薄気味悪さを感じ、少年は怯えて顔を引きつらせる。
─嫌な予感がする。
遠くで鳴り響く救急車のサイレンが、次第に音をなくしていき、やがて消えうせた。その無音に気づいた少年は気づかぬうちに止めていた呼吸を大きく吐き出す。
良い予感よりも、悪い予感のほうが、現実でも、創作物にしろよく当たるものだ。
そして、結末はたいてい非業なものを辿り、登場人物は幸せになれない。
─お姉さんにもし何かあったら?
不法侵入だ、なんの断りもなく女性の部屋に無断で立ち入るなんて。もし、このことが親に知られたら、とてつもない恥をかくことになるのは自分だ。
世間体を気にする、もう一人の自分が説得を試みる。「見えないフリをして、何事もなかったかのように通り過ぎればいい。それが一番、小心者のお前に最もお似合いの選択だろう」と。
様々な声が内側から発せられる中、少年は自分を正そうとする声をすべて振り払うように、両拳をぐっと強く握りしめた。
今はそんなことどうだって良かった。
一刻も早くお姉さんの安否を確かめること。自己をよく見せたい偽善の一種に思われるかもしれないが、構わない。それは何よりも優先することだった。
こういった場合、隣人宅に助けを求めるのが、おそらく正しい解なのだろう。しかし、余程焦っていたのか、少年は迷うことなく、自らお姉さんの家宅に捜索に赴くという行動を選択をとった。
思春期特有の恋心により、周りが見えなくな現象にはまったと、彼は後から気づき、そう自覚するときがくるかもしれない。
「すみませんっ!! お姉さん!! いるなら返事してくださいっ!! ……………いませんね!? 失礼しますっ!!」
過去一大きな声を出したかもしれないと、少年は自惚れながら、扉を自身が入れるほどの空間までスライドし家内に侵入した。
土間で靴を脱ぎ丁寧に隅に揃える。そして、万が一の想定としてか、「お邪魔しますっ!」とわざと声を立てて、上がり框を上がり、お姉さんの居所を探索する。
一階のリビングは台所と隣接しており、テレビもついていない。寝室であろう畳の居間も敷居からそっと覗いてみるが、該当なし。ノックしてトイレも少しだけ開けてみたが、もぬけの殻。下には彼女は見当たらない。
ならば、上か。玄関脇にあった二階へ続く階段をにらみつけ、勇敢に足を踏みだした。
一段と上がるたびに、硬い木材の軋む音が響き、呼応するかのように少年の心臓の音と脈も早まっていく。
この家の空間全体は、彼にとって全く未知の領域で、危険な冒険に挑む旅人のようなもの。
あと少しで、彼女がいつも自分を見下ろしていた場所がそこにある。不謹慎にも、高鳴る鼓動を抑えきれぬまま、少年は白いハイソックス越しに二階の床へ足をつけた。
間取りは、細長い廊下の奥にトイレがあり、階段のすぐ近くに、襖が開け放たれた部屋が一間だけあった。
ここに彼女はいるのだろうか。もしいなかったら不法侵入の上に、骨折り損というわけになる。だが、構わなかった。
「お姉さん………?」
何度も何度も呼びかけるその名前はただの呼び名にすぎない。教えてくれたことがないため、姓名さえも知らない。
いつか分かるときがくるのだろうか。
部屋に踏み入れる。電灯はついておらず、夕日の橙色の光がわずかに影を差し込むだけの、薄暗い一室。四畳半の狭い生活空間。座高の低いちゃぶ台の上には、クリアファイルに入った履歴書などの書類が置かれ、その傍らには、数本の酒缶や食したカップ麺、開封された菓子パンの袋が乱雑に散らばっている。
視線を右に移すと、目的の人物は質素な敷布団の上にいるのを発見出来た。
「いた……寝てるのかな……?」
うつ伏せの状態で、枕に顔面をめり込ませるほどに寝入っているのだろうか。左手には、中身が傾いたことにより、シーツに液体を染み込ませてしまっている缶ビールを握りしめていて、当の本人は微動たりともしない。
─まさか、死んでるなんてことはないよな?
あり得ない考えが頭をよぎり、地肌に直接冷水をかけられたかのような感覚に陥る。強張る体を否定するように、勢いよく首を振った。
開け放たれたベランダから、涼しげな風が彼女の梳かされていない髪房を優しく撫でるようにそよいでいた。
事実を確認するだけだと、少年は自身に言い聞かせ、お姉さんの方へと慎重に歩み寄っていく。
彼女の場所へ到達すると、枕元といえる付近に寄り、膝を折り曲げて屈んだ。
そして、無防備なうなじが晒された後頭部を一瞥しつつ、声をかける。
「もしもーし……聞こえますか?」
返答はない。わずかに肩で上下するのが窺えたが、起きる気配はない。
乱れた髪の後ろ姿を眺めることしかできず、その際彼の視界に入り込んだのは、お姉さんのキラリと光る左耳に埋め込まれたピアスだった。
─永遠に目覚めなかったら、どうしよう
息をしていることは、分かるものの、一向に起き上がる気配のない様に、少年は憂慮するあまり泣きそうになる。
「…………ん」
すると、奇跡でも起きたように、純情な思いを込めた呼びかけが通じたのか、彼女はぼそぼそとうわ言を呟き始めた。
「うーん………うーん…………ううっ………、あっ…………ああ………………………」
苦しげで、今にも泣き出しそうに呻いている。
酒の飲み過ぎにによる急性アルコール中毒か何かで、動けないのではないか。未成年ゆえにアルコールに関する知識はほぼないが、過剰摂取が死に至る可能性があるという、あいまいな知識ならあった。
彼女の容体が刻一刻と迫る状況なのではないかと、危惧した少年は、まずは意識があるかどうか確認するため、必死にお姉さんに呼びかけを始める。
「お姉さんっ……!! 聞こえるっ!? しっかりして………!! お姉さんっ……!!」
「……………んあ。えっ………あの子の声………近………って、うおおおおおおっ!!?」
どうやら、彼女はうたた寝していた程度だったらしい。少年が強く呼ぶと早急に覚醒した。だが、目の前に彼がいるという予期せぬ事態に驚きを隠せない。瞳孔を最大限に見開き、間の抜けた悲鳴を上げた。
そのまま勢いよく後ずさったため、壁に体を強く打ちつけてしまい、悲痛なトーンで身悶える。あまりに素早い身のこなしに、少年は即座に対処できず、慌てふためきながら、うずくまり、背中をさするお姉さんに何度も謝罪した。
「すみませんっ! すみませんっ! ………っ、本当に驚かせてしまいすみませんっ!!」
「やっ、んっ………今のはパニクったわたしが悪いわ…………。そんなに何度も謝らなくて大丈夫………」
背中の痛みが和らぎ、お姉さんはようやく顔を上げた。このとき、彼らは、初めて直に顔を見合わせた。
少年は思わずまじまじと見惚れてしまう。それに気づいたお姉さんは「見ないで」と小さく呟くと、赤くなった顔を両手で覆った。彼はまたは謝り、慌てて顔をそらす。
目をそらしている間に、お姉さんは手櫛で寝起きの絡まった髪の毛を整え、指でそっとまつげを持ち上げ、両頬をマッサージでもするかのように上下に動かす。なんとか、見栄えを良くしようと、些末な努力を施す。
ほとんど、すっぴんかつ手入れされていない髪を見られてしまったことは不幸であるが、いまさら嘆いていても仕方がない。彼女は、努めて明るい声で彼に声をかけた。
「もういいよ。こっち向いても。あー………でもなるべく顔は見ないでほしいかも。すっぴんだし」
「わっ…………分かりました…………」
おずおずとこちらの様子を窺う少年が子犬のように見えて、お姉さんは内心ときめいた。だが、口元が緩むのを必死に堪え、とりあえずは真面目な顔を作ってごまかす。
少年は、うろたえながらも床に正座することにより、無断で家に立ち入ったことを糾弾されることを覚悟を決める。彼なりの誠意であった。
お姉さんもまさか、正座するとは思わず、半笑いを彼に向ける。そして、こちらも仕方なく精神的な意味あいをもって、向き合うために同じ体勢を構えた。
「……………………。まず、一番最初に気になること聞くね」
「はい………………」
「何でそもそもキミが、わたしの家の中にいるのかな……?」
尋問という体で問いただしたくなかったので、お姉さんはなるべく穏やかに発言を促す。罪悪感、申し訳なさ、恥ずかしさやらで俯く少年は、罰からは逃れようがないと観念した罪人のように口を重々しく開いた。
「家主の許可なく無断侵入してしまいました…………」
「入っちゃったか…………」
困ったように微笑むお姉さんに、少年は良心がひどく痛み、眉間にますます皺を寄せ、青ざめながら言葉を続ける。
「それ以外は何もしてません。物を盗ったりとか部屋の物を壊したりとかはしてません。……でも、侵入したことは事実なのでどんな罰も受け入れます。警察呼んでくれても構いません。なんなら、学校の方にも通報してくれて構わないです。お姉さんの判断に任せます……!」
「ちょっ…………待って待って! そんな矢継ぎ早に言わなくていいって! 通報しないから!! とりあえずどうして、家に来たのか理由を聞きたいだけだから!!」
根本的な問いかけに、彼はもじもじと薄い唇を真一文字に固く閉じたが、観念したように口を割って正直に話し始めた。
「三日間、お姉さんに会えなかったから………寂しくて………」
「う゛おっっ!? ………それは、それは」
体温が一気に爆発的に上昇したお姉さんは、少年と目を合わせることが難しくなり、ぐるぐるとあちこちに視線を泳がしながら、その告白に耳を傾ける。
「今朝も会えなかったので、放課後に家の扉まで寄ってみたら………引き戸が少し開いてて、鍵もかかってなかったので………お姉さんに何かあったのかと思ってパニックになってしまい、そのまま突入してしまいました………」
「…………………………………へえ。そういうことだったんだね………あぶねー、鍵かけるの忘れたままだったら、帰ってきたおばあちゃんにお説教されるとこだったわ………」
「危ない、危ない」と何度も呟きながら、額の汗を手で拭うお姉さん。彼女がここまで焦る身内が、この家で暮らしていたことを知り、自身の心配は空回りだったことに気づく。情けなさに少年は、お姉さんに取って代わるようにひどく赤面した。
「すみません…………身内の人いたんですね………勝手にお姉さんしかいないのかと、勘違いしちゃって………本当すみません………」
「やー! 何度も謝らなくていいって! 元はといえば、いつもの時刻にわたしがいなかったせいだし!」
「でも、余程疲れてたってことですよね………それに僕三日前ひどいこと言いましたし」
屈託なく笑うお姉さんとは対照的に、暗い顔の表情で固定されたままの少年。
“ひどいこと”とは何のことやらとお姉さんは記憶の糸を辿るが、思い出せない。そのため、直接話題を振った。
「えー、わたし、君にひどいことなんて投げかけられたことないと思うんだけどなー」
「三日前の朝、その、随分優雅だね、なんて言っちゃって…………」
「え、うそ? あれひどいことだったの? ……アハハ! ぜーんぜん気にしてなかったよ。むしろただの軽口だと思ってたし」
お姉さんが、快活にからからと笑うと、呆気にとられた少年は目を白黒させた。その様子を見て、お姉さん側も、ここ数日間姿を現さなかった理由を、謝罪も交えて話すことにした。
「…………それより、わたしの方こそごめんね。土日以外は深夜のバイトしてるんだけど、ちょーとやなことあってさ。そんで帰ってやけ酒して寝過ごしちゃって、キミと会う時間に起きれなかったんだよね」
「三日間眠り続けてたってことですか!?」
食い気味に反応したのは、それほどお姉さんの疲労が溜まっていたのかと心配したからだ。
勢いにのされた彼女と彼は、漫才のように、互いに吃驚することを永遠と交互に繰り返すのではないかとさえ思われた。
「ちがう、ちがう! いや…………その日の夜には起きたんだけど………寝すぎたせいか頭痛も酷くて、気持ち悪くてなって………熱も出ちゃって、バイト先に休みの連絡入れたあと、お腹空いてたから菓子パン食べてまた眠りこけたんだよね………」
「だったら…………誰かに頼ればよかったんじゃ……」
「いや、その……おばあちゃんいなかったし、友達とかに連絡するのも気が引けるしで………。まぁ、でも今日でなんとか心体ともに完全復活したし、誤差だよ、誤差!」
「…………………もう、やめてくださいね。やけ酒なんて……。もし、お姉さんが……その、し、死んじゃったら耐えられません……」
「…………う、うん。ごめんね」
いつの間にか立場が逆転し、お姉さんが少年に慌てて弁解することになっている。当の本人たちは果たして、気づいているのだろうか。沈痛な面持ちの少年の様子に、今度こそ失望されたかもしれないと、不安になったお姉さんは、クセで笑ってついごまかしてしまう。
「たははー。ごめんね………本当。キミの模範にはなれそうにないダメな大人なんだよ。わたし」
自嘲気味に呟く、その横顔は何処か深い憂いをおびていた。いつもの明るい彼女とはかなり異なっている。
どうということはなく、こちら側が本来のお姉さんなのである。
悪いことなどしていないのに、何故申し訳なさそうな顔を自分に向けるのだろうと、少年はひどく悲しい気持ちになった。
お姉さんにそんな顔させたくない。
─それが、引っ込み思案で内気な彼にとって、大胆な行動をとるための原動力となった。
「…………僕、お姉さんのことが好きです」
「ははー、ありがと…………って、え゛え゛え゛!?」
あまりに突拍子のない一言に、お姉さんは雷と強烈な突風を同時に食らったかのように声を荒げ、危うく後ろにひっくり返りかそうになる。
下手をしたら、ぶり返した熱が再上昇するレベルの衝撃発言である。彼女が言葉の真意を問いただすよりも先に、少年が先に口を割ってみせる。
「毎朝、憂鬱な登校の時間にいつも声をかけてくれたお姉さんに元気をもらいました。それに、とても感謝しているんです」
「………あ、そういうタイプの“好き“ってことね…………」
驚きこそすれど、嬉しさも混じっていた彼女。しかし、わずかに期待を孕んでいた言葉の意味は予想していたものとは異なったため、がっくりと肩を落とした。
一方で、一気に老け込んだかのようなお姉さんの顔つきに気づかない少年は、更に熱弁を振るう。
「それに、その…………風にさらさら揺れる髪も、こっちを優しく見てくれる綺麗な瞳も……」
少年のある種、情熱的な口説き文句に、お姉さんは気があるのか、ないのか判断に迷うところだった。
だが、彼の純粋な言葉を鵜呑みにしてはいけないと思い込み、恋愛的な意味ではなく、友愛に近いものと捉えた。対して、少年の方としては捉えられたしてもあまり問題はないのだが、目を逸らしているお姉さんには意識がないと判断して話を続ける。
「だから、お姉さんはダメなんかじゃないです。僕をいつも見守ってくれた、優しい人です。─だから自分をそんなに卑下しないでください」
「…………いや、それは、」
「僕に出来ることはごく限られるけと、お姉さんがつらいなら支えになります、力になります。だからもし何かあったなら頼ってください」
「………………………………………………………ぅ」
真摯な言の葉がお姉さんの心の中に強く突き刺さった。長年ため込んできた激情が、ついに臨界点を超え、ダムが決壊したように、抑えきれない感情が洪水となって一気に流れだす。
「…………うっ、うっ、ゔえ゛え゛ぇ ぇ ぇ……!! なんで……そんなやさしいんだよぉぉ…………!」
大人の女性としての矜持を殴り捨てかのように、お姉さんはひときわ大きな声で泣きじゃくり始めた。幼い女児のようなその姿に少年は思わず呆然とする。
次に彼が為すべきことは、慌てて彼女を慰めること。もとい「介護」に励むことで、すぐにとりかかった。
「お、落ち着いてお姉さんっ!! 涙拭いてっ!! ほらっ!」
「うえっ、ぐずっ…………。ありがと……。ごめん、クッソ情けないとこ見せちゃって……」
少年は懐からハンカチを取り出し、さりげなくお姉さんに手渡す。彼女はそれをおずおずと受け取り、軽く目元に当てた。
だが、涙はまだ止まらない。今まで上手く行かなかったことへの自己嫌悪、苛立ちが奔流する川のように、とめどなく溢れ続ける。
少年は彼女の隠された一面を知ることが出来たことに、何の悔いも抱かなかった。ただ、背中を泣き止むまで、優しくさすり続けたのだった。
◆◆◆◆◆◆
「ハンカチは洗って返すね………」
「あ、いや………そこまでしなくても、こちらで………………あ、はい、分かりました」
時刻は十七時半ば。お姉さんは付きっきりで介護してくれた少年を、玄関の土間から見送ることにした。
涙の他、諸々の水分を吸収してしまったハンカチをそのまま返すのは、精神的に耐えられないと思ったのだろう。お姉さんは真剣な顔で洗って返すまで、決して少年の手元に渡さないと、据わった目つきで訴えると、彼は渋々ながらも了承した。
お姉さんの同居人である祖母は友人と数日間、伊豆の方へ旅行に出かけたらしい。
そのため、寝込んでいた彼女は、いつもなら祖母が回収するはずのポストに溜まった新聞紙やら、ガス料金やらの払込票を引っ張り出せず、放置したせいで溜まってしまっていたらしい。
「洗濯物も洗えてなくてさー、これから重作業だよー。まいっちゃうねー」
事情をあけすけ、お姉さんはへらへらと笑って打ち明ける。少年は事件性がなかったことに安心して、脱力しかけた。
ミスを誤魔化すように、顔を真っ赤にさせながら笑う彼女をやれやれと半ば呆れたように見つめる。
その際、まだここにいたいなと名残惜しさを一層強く感じたが、欲求を呑み込んで別れの挨拶をすることにした。
「それじゃあ、お姉さん。また、月曜に」
玄関の引き戸に手をかけ、慣れ親しんだアスファルトの固く平坦な道を踏みしめる。西に傾いた太陽が空を夕焼け色に染め、やがて夜が訪れる。
今日のような特別な日は、きっと二度と訪れないであろう。歩道と家が二人を隔て、交わることのない境界線を作り上げる。間近で触れ合うことが出来たのは、たった一度の奇跡なのかもしれなかった。
「─ねえ」
少年の動きがピタリと停止する。それは、彼の意志ではなく、お姉さんが少年の腕を、か細い右手で掴んでいたからだ。ひどく弱々しい力加減であったが、確かに強い意志はそこにあった。
予想外の行動に呆気にとられて、少年は口をあんぐりと開けていた。なぜなら、お姉さんは玄関から、彼に追いつくように、外へ両足を踏み出していたからだ。
「もし、キミがよければ……朝だけじゃなくて、他の場所でも話さない?」
「………………え」
「ほら、今週の日曜日とかどうかなって……今度はちゃんとお礼したいからさ。ファミレスで奢るよ?」
お姉さんの顔を凝視する。彼女は顔を伏せ、髪の隙間からこちらを覗く瞳孔を、遠慮がちに向けている。
紅潮した顔面からは、ありったけの勇気を振り絞った発言が恥じ入ったのか、玉露の如き汗が滲み出し、少年を離さない右手は、ガタガタと震えだしていた。
「無理かな……」
お姉さんは自信なさげに眉を下げた表情を見せる。しかし、彼女のささやかな勇気だけでなく、少年の方も一歩踏み出す力を手に入れたのだから。答えは、明白であった。
「ぜっ……ぜんっぜんっ無理じゃないです!! ぼ、ぼ、僕でよければ是非! よろしくお願いします!!」
「こっ、こちらこそっ!?」
勢いよく頭を垂れる姿に、お姉さんはどもりながらも了承する。緊張で心臓が痛くなるほどだったが、それを上回る喜びに満たされ、はにかんでみせた。
純粋で屈託ない笑みに幸福感を覚えた少年は、次は自分が奢ることになったら絶対に彼女が満足出来る場所にエスコートするぞ、と心中で固く決意した。
こもりきった熱が抜けていない顔で、お姉さんはおずおずと尋ねる。
「親切というか……好意というか………下心だから、ノーカンだよ……だよね?」
「……ですね。それなら、甘えてもいいですか?」
「………………おう」
断られることはないと分かっていながら、弁解するように確認をとったり、いまいち可憐に振る舞えず、ぶっきらぼうな返しをしてしまうのも彼女のご愛嬌でだろう。
これから二人は互いのことを知っていく。
やがて、無自覚なままの恋を彼らが芽生えさせていくのは、もう少し先の話になるのだった。