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6.再び訪れる国


アリシアは、船の甲板に出た。

鋭い寒風が肌を切り裂くようで、すぐに息が詰まりそうになる。

王国に近づくにつれ、寒さはさらに増していた。


ルトから聞いた話を整理したくて、船室から抜け出したのに、あまりにも冷たく長くは持たない。


時が巻き戻ったこと。

紫の瞳の真実。

偽りの歴史。

両親の死。

——そして、父は私を愛していたという事実。


信じられないことばかりだった。


確かに、父親が亡くなってから、

私の環境は大きく変わった。

狭く、日の当たらない部屋に追いやられ、

乳母やメイドたちは次々といなくなった。


新しくつけられた侍女は、私に必要最低限の世話をするだけで、目も合わせようとしない。

つけられた家庭教師も、私に対して冷たく、

私が少しでも失敗すれば、すぐに「出来損ない」と叱責された。時には体罰もあった。


私は、ずっと独りだった。


そして、船の上で私をじろりと見下ろした兵士たちの視線。

冷たく、侮蔑に満ち、"この皇女には価値がない"と言わんばかりの目。


これが、現実なんだと実感させられる。

今の私の立場を示していた。


アリシアは、深く息を吐く。


「……戻ろう」


身体が冷え切る前に、船室へと戻る。

部屋の中は、外の寒さとは違って、

静かで穏やかだった。


ベッドには、きっちりと布団をかぶったルトがいる。

頭までしっかりと隠れているのに、

小さく動く寝息が聞こえる。


(……なんか、かわいい)


先ほどの兵士たちの冷たい視線で重くなっていた心が、緩んでいった。


静かに椅子に腰を下ろし、窓の外を眺める。


灰色の空の下、船は静かに進んでいた。

冷たい風の中でも、

太陽の光が川面でわずかに揺れている。

時折、鳥が飛び交い、

船の周りを旋回していた。


この航路の果てに、私は再びあの国へ嫁ぐ。


寒さと貧しさの中で生きる人々。

過酷な地で、強く生きることを求められる国。


北方の厳しい国、ブレヴィス王国。

北・東・南の三方を魔物の棲む山脈に囲まれ、特に北の山は凶暴な魔物の巣窟として知られている。


魔石が採れることだけが強みで、資源は乏しく、魔素の影響で作物は育たず、食料は輸入に頼るしかない。


貧しく、過酷な土地。

交易に依存しなければ生きられない国。


祖国エーバルニア帝国は援助と引き換えに

大量の魔石と厄介者とされる私をこの国に押し付けた。


ブレヴィス王国は

エーバルニア帝国と

南の山脈を挟んで位置している。

南と東の山脈から溶け出す雪解け水が、

大河を形成し、南東へと流れていく。


大河は、

2つの国を隔てるように広がっていおり、

西側にはエーバルニア帝国が、

東側には、隣国ナリタリア王国がある。


その大河を遡った先に、王国の南東に位置する港町があり、それが、この船の目的地だ。


また、私はあの王国に嫁ぐのね……


アリシアは、深く息を吐いた。


かつて、初めてこの国に来たとき。

寒さに震えながら、

王宮の奥へと歩いた記憶が蘇る。

窓の外にはまだ雪が残り、空はどこまでも灰色だった。


——そして、私の夫となる男、ライシェント・ブレヴィス。


黒髪に、凍てつくような青い瞳。

その瞳は、まるで感情というものが存在しないかのように冷たい。


初めて対面したとき、彼は一瞥しただけだった。


機械のように抑揚のない声。

必要最低限の会話、

言葉の温度は氷よりも低い。


整った顔立ちも、

冷たさを際立たせる道具に過ぎない。

アリシアはただ威圧感に飲み込まれ、何も出来なかった。


そっと目を閉じる。


疫病で死にかけた地。

離宮に追いやられ、

ただ一人、

静かに命が尽きるのを待っていたあの日々。


また、あの離宮へ追いやられるのだろうか。

また、あの冷たい床の上で、孤独に震えることになるのだろうか。


不安が胸を締めつける。


指先の冷たさが、

まだ心に残る不安を物語っていた。


けれど——今度は違う。


「……必ず変えてみせる」


静かに、まっすぐ前を見つめた。


再び訪れるあの国で、

今度こそ——運命を、私の手で。


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