4真実と決意
「……そんなの…理不尽すぎる……!」
震える声が静寂に滲んだ。
胸の奥が張り裂けそうなほど痛み。
言葉にした途端、
心の奥底に押し込めていた感情が一気に溢れ出しそうで、アリシアは強く拳を握りしめる。
ルトはそんな彼女をただ静かに見つめていた。
「理不尽か。それは間違いないな」
アリシアは
冷たい何かが体の中心から広がっていくような感覚に、思わず胸元を押さえる。
「お前の父親は決して、お前を見捨てたわけではなかった」
——ドクン
心臓が強く脈打つ。呼吸が浅くなっていく。
どうして?
そんなはずがない。
父の記憶はほとんどない。
数えるほどしか会っていないのに、
母はいつも言っていた。
——「あなたは愛されているのよ」
優しく微笑みながら、何度もそう語る母。
そのたびに、
どこか寂しげな表情を浮かべていた。
信じられなかった。
会いに来てくれない父のどこに愛があったというの。
「でも……お父様は……私にほとんど会いに来なかったわ……」
喉の奥が詰まるような感覚がして、
言葉を吐き出すたび、胸が締め付けられる。
「……お前の父親には、後ろ盾がなかった」
「え……?」
「正妃の実家の力がなければ、国王にはなれなかった。つまり、お前の母親やお前を公に守ることはできなかったんだ」
頭がぐらりと揺れる。
視界がぼやけ、耳鳴りがした。
「それじゃあ……」
「表立って会うことすらできなかった」
——バクン、バクン
心臓が異常な速さで脈打つ。
考えたくない。
でも、ルトの言葉が脳に突き刺さり、
否応なく理解させる。
「そして、正妃によってお前の母親は殺された」
——カァァン
まるで脳内で鐘が鳴り響いたようだった。
「嘘……そんな……」
体が震える。
アリシアは自身を強く抱きしめた。
「……嘘よ……そんなの……」
母は、いつも微笑んでいた。
優しく、温かく、私を包み込んでくれた。
なのに——
体の芯が凍りついていく。
血の気が引き、指先が冷たくなり、
呼吸がうまくできない。
心が壊れるかと思うほどに痛む。
ルトは淡々と語る。
その声が、
余計に現実の冷たさを突きつけてくる。
「父親は愛する女性を奪われ、それでも娘だけは守ろうとした。直接手を差し伸べることはできなくても、お前が生き延びられるように策を巡らせていたんだ」
——お父様が……?
アリシアは息をのむ。
心の中で何かが弾けた気がした。
「……もしかしてお父様が病死したのは……」
「ああ、正妃の実家——サンタナ公爵家によって仕組まれたものだった」
頭が真っ白になる。
——何も、考えられない。
崩れ落ちそうな心を必死に保つかのように、唇を強く噛みしめた。
「帝国は衰退の一途を辿っている。その一因は、精霊の恩恵が失われていることだ」
ルトの言葉が続く。
でも、もう頭に入らない。
耳に届いているはずなのに、
心がそれを拒絶していた。
「紫の瞳を持つ者たちは精霊との繋がりを持つことが出来る。だが今はないがしろにされて加護は失われていっているんだ」
——紫の瞳。
アリシアは思わず自分の瞳を押さえた。
「お前の父親は、紫の瞳のものを王位に戻すことを考えた。それがお前を守ることになるからだ。そして、真実を知る貴族たち、元の血統に戻そうとする者たちと密かに接触していた」
「……だから、殺された……?」
ルトは静かに頷く。
「サンタナ公爵家にとって、お前の父親は邪魔だった。お前が王位を継げば、奴らは権力を失う。傀儡ではなくなれば、自らの手で帝国を支配することはできないからな」
父が命を奪われた理由——
それは「正当な王位継承を取り戻そうとしたから」だけではなかった。
「そして——」
ルトの声が静かに響く。
「サンタナ公爵家は、かつて紫の瞳の王が王位を剥奪されたとき、その陰謀に加担していたんだ」
——昔の王が歴史から消されたとき。
反逆をそそのかしたのは、
正妃の実家であるサンタナ公爵家だった。
「奴らはその功績で取り立てられ、今の地位を得た。そして、紫の瞳の王の血筋が再び王位に就くことなど、決して許されない。だからこそ、お前の父親は殺された」
ルトの言葉が鋭く突き刺さる。
——私の父は、殺された。
——そして、お母様も…
目の奥が熱くなり、視界が滲んでいく。
「……許せない……」
拳を握る。食い込むほどに。
だが、込み上げるのは怒りだけではない。
ずっと信じられなかった。
ずっと疑っていた。
でも——
「……私を、愛してくれていたんだね……?」
声が震えた。
ルトは静かに言葉を紡いだ。
「お前が幸せになることが、父親にとって何よりも大切だったんじゃねーか?」
その言葉に、涙がこぼれた。
胸の奥が温かさと悔しさで満ちていく。
私は——愛されていた。
「復讐したいか?」
ルトが問う。
アリシアは目を閉じ、そして首を振る。
「……許せない。でも——」
——今の私には、何もできない。
守る力も、戦う力も、真実を覆す力さえもない。
それが悔しくて、やるせなくて。
奥歯を強く噛みしめる。
——でも
ゆっくりと目を開く。
決意に満ちた紫の瞳が、ルトを真っ直ぐに射貫く。
「私には……未来がある」
今は、それだけでいい
——いつか
——いつかきっと…
ルトが一瞬、目を見張る。
「ありがとう、ルト。私に未来をくれて」
そう言ったアリシアの瞳には、力強い決意が宿っていた。