3建国王と紫の瞳
ルトはアリシアを見つめニヤリと笑った。
「じゃあ、お前に昔話をしてやるよ」
そう言って、静かに語り始める。
その声音には、
遠い記憶を手繰るような響きがあった。
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——昔々、とある少数民族がいた。
彼らは皆、「紫の瞳」を持ち、精霊に愛されていた。
知恵、魔力、戦闘力……精霊は彼らに力を与え、共に生き、独自の文化を築いて、平和に暮らしていた。
だが、その力を狙う者たちがいた。
ある時、残虐な王が彼らを見つけ、支配しようと襲いかかる。
民族は精霊の加護を受けて抵抗したが、王の軍勢の前に滅ぼされてしまう。
ただ、一人の少年を除いて——。
少年は追っ手を逃れ、荒野を彷徨った。
しかし、彼の精霊の加護は弱く、傷を負えば治るのに時間がかかり、食糧はわずかな木の実を頼るしかなかった。
「……これが、精霊の加護だっていうのか?」
精霊に愛された民族のはずなのに、なぜ自分だけが生き残り、こんなにも無力なのか。
少年はさまざまな国を巡った。
戦争で焼かれた村、飢えに苦しみ餓死する人々、貴族が富を独占し民衆を虐げる光景——。
彼は悟った。
どこに行っても、戦いと絶望しかない。
それでも、彼は精霊と共に生きようとした。
人々に水を与え、怪我を治し、小さな恵みを分け与えることで、わずかばかりの感謝を受け取ることもあった。
しかし、彼が助けた村が略奪されるのを目の当たりにした時、彼は決定的に気づく。
「力がなければ、何も守れない」
そんな彼が、一人の女性と出会う。
貧しくとも優しい彼女は、
共に生きるうちに彼の心を癒してくれた。
二人は荒れ果てた土地へたどり着き、
精霊の力で土を肥やし、水を引き、人々を助けながら、安息の地を築こうとする。
だが——帝国はそれを許さなかった。
追っ手は容赦なく襲いかかり、
彼女は命を落とす。
「……なぜだ……なぜ、こんなにも世界は残酷なんだ……」
絶望の中、彼は彷徨い続け、
ついに一つの泉へたどり着く。
泉に膝をつき、彼は涙を流しながら叫んだ。
「この世界は、あまりに理不尽だ……!」
その時——
泉が輝き、巨大な光の柱が天へと伸びる。
光の中から、精霊王が現れた。
「お前は何を望む?」
彼は答える。
「誰もが安心して暮らせる国を作りたい。戦争や貧しさに怯えず、理不尽のない世界を作りたい。」
精霊王は静かに頷き、
すべての精霊を呼び集めた。
「ならば、お前に力を授けよう」
精霊たちは応えた。
炎の精霊は戦う力を。
風の精霊は遠くを見渡す知恵を。
大地の精霊は豊穣を。
水の精霊は癒しを。
それまで彼が借りていた力は、
あまりに小さなものだった。
だが今、彼は精霊王と正式に契約し、かつて民族が持っていた以上の強大な力を得た。
こうして彼は立ち上がり、国を築くことを決意する。
彼こそが、「初代建国王」シーファン・ルドルフ・エーバルニア
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ルトの話を聞き、アリシアは息をのんだ。
紫の瞳——初代建国王が紫の瞳だったというの…?
「……嘘」
かすれた声が漏れる。
そんな話、聞いたことがない。
いや、あり得ない。
アリシアは家庭教師をつけられ、王族の歴史を徹底的に叩き込まれてきた。
初代王の功績は語られても、彼の容姿や血筋についてはほとんど触れられていなかったはず。
ルトは鼻を鳴らす。
「まあ、そうだろうな。奴らにとっては都合の悪い話だからな」
「……奴ら?」
ルトの瞳が冷たく光る。
「王族では、代々『紫の瞳』を持つ子供が生まれていた。彼らは皆、精霊の恩恵を受け国を豊かにした。だからこそ、紫の瞳こそが王の証とされ、その血を継ぐ者が王位を継承する習わしだった」
アリシアの指が震える。
「……それなら、どうして今は……?」
ルトは静かに告げた。
「300年ほど前、王位を継いだ者が兄によって王位を奪われた。表向きは兄は忠実に仕えているように見せながら、裏では隣国と通じていた。そして、ついにクーデターを起こし、弟を排除し、王位を奪った」
アリシアの脳内で、鈍い鐘の音が鳴り響く。
アリシアは混乱していた。
彼女が学んだ歴史では、「紫の瞳を持つ王」は、かつて国を恐怖に陥れた暴君だった。
そして、その暴君を倒し、新たな秩序をもたらしたのが、今の王家の祖先——そう教えられてきた。
「紫の瞳の王は、残虐の限りを尽くした……だから、それを倒して国を安定させたって……」
ルトは肩をすくめる。
「歴史ってのはな、勝者が書くものだ。勝者にとって都合の悪いことは、書かれることはない」
「そんな……嘘よ……」
英雄だと教えられてきた王が、
実は反逆者だった?
暴君だと信じていた王が、
本当は正当な王だった?
「まあ、信じるかどうかはお前の自由だ」
ルトはそう言いながら、静かに彼女を見つめる。
アリシアの心の中で、今まで信じてきたものが音を立てて崩れ始めていく。
「それから正当な血筋でなくても紫の瞳のものは生まれた。まあ、そうだろう。元をたどれば建国王の血をひいているんだからな。」
「紫の瞳の者を葬ると、災害が相次ぎ国は混乱した。それに気付いた奴らは考えたんだ。直接命を奪うのではなく、力を持たせないようにすればいい、と」
ルトの声は淡々としていた。
「そうして、紫の瞳を持つ者は「呪われた存在」 「不吉のな者」とされ、人々の間にそう刷り込まれた。彼らが何かを主張しようとしても、誰も耳を貸さないように」
アリシアは全身が冷たくなっていくのを感じた。
胸の奥が、ひどく冷たくなっていく。
「じゃあ、私が・・・・・・ずっと見下されていたのも・・・・・・あの侮蔑の視線も・・・・・・全部、 作られたものだっていうの?」
「そういうことだ」
心の奥底では納得している自分がいた。
王宮での冷たい扱い、王族の中での異質な存在としての扱い。
「呪われた瞳」「不吉の存在」として、王宮の誰もが彼女を見下していた。
その理由が単なる「迷信」だけだったはずがない。
ならば——
心の奥が悲痛に歪んでいく——
「……そんなの、……理不尽すぎる……!」