24.派遣された騎士
ヨセフから準備が整ったとの報せを受け、アリシアは視察に行くことにした。
まず火山地帯に隣接するアーバン領の領主への挨拶を済ませる予定だ。
そして、その視察に合わせ、王宮から一人の騎士が派遣された。
くすんだ赤髪に端正な顔立ち。
鍛え抜かれた体躯は、まさに騎士そのものだが、その立ち居振る舞いにはどこか柔らかさがあり、威圧的というわけではなかった。
彼は優雅に騎士の礼を取ると、口元に軽い笑みを浮かべながらアリシアへと挨拶をした。
「王妃殿下、お初にお目にかかります。本日よりお側にお仕えいたします、サイラス・オルビニエスと申します。命に代えてもお守りいたしますので、ご安心を」
その声は心地よい響きを持っており、無駄な硬さはなく、にかっと笑うその顔はどこか調子が良すぎるようにも見えた。
真剣さがないわけではないが、軽妙な口調と自信に満ちた笑みは頼もしさを感じさせると同時に、どこか軽薄にも映る。
アリシアは、これまでこの国で出会った人々とは違うタイプの男だと直感する。
なるほど、こういうタイプを送ってきたか
アリシアは、ここでの生活を振り返る。
この地に来てから出会った者たちは、皆一様に冷ややかで、よそよそしかった。
彼らの視線には、嫌悪や無関心が滲んでいたが、この男は違う。
どこか面白がるようにこちらを見ており、単なる馴れ馴れしさでは済まされない何かがあった。
「それは心強いわ。よろしくね、サイラス」
アリシアがそう言うと、サイラスは満足そうに頷き、拳で自らの胸を叩いた。
「ええ、大船に乗ったつもりでお任せください」
その様子に、アリシアは思わず苦笑する。
王宮が彼を遣わした以上、腕は確かに違いない。
しかし、油断ならないなと感じる。
親しげに見えて、どこかこちらの奥底を見透かしてくるような視線。
そう感じたアリシアは、思わず心を引き締めた。
サイラスは、王宮の第二騎士団の副団長を務めているらしい。
この国には四つの公爵家があり、彼の父はその一角を担う東の公爵でサイラスは次男。
北の公爵家は厳しい寒冷地と凶悪な魔獣が生息する地帯を治め、国内最強の軍隊を擁している。
南の公爵家は魔獣の皮や素材を加工し、産業を支えている。
西の公爵家は海に面し、漁業の食品産業の要だ。
そして、東の公爵家――サイラスの家は、代々貿易に従事しており、魔石の加工も手がけている。
この国では魔石が極めて重要な資源であり、それを確保するために多くの人員が北方の魔獣討伐へと送られる。
北の公爵家だけでなく、王族や他の公爵家も独自の軍隊を持っており、各部隊を北へ派遣し、三か月ごとに前の部隊と交代する体制が敷かれている。
王家と3公爵家のそれぞれの一部隊が三か月間前線で戦い、その後交代して別の部隊が向かう。これにより、国全体の兵力を鍛えつつ、北の負担を分散させているのだ。
この仕組みのもとで、基本的に魔力の強い者や戦闘に優れた者は軍に配属される。
貴族であっても、平民であっても例外ではない。
その結果、魔力の有無がこの国の身分制度にも影響を与えていた。
魔力の強い者は優遇され、名誉ある立場を得ることができるが、持たざる者は底辺へと追いやられる。
力なき者は細々と生きるしかなく、重労働や誰もやりたがらない仕事をすることになり、賃金も低い。
貴族は例外だが、ドニーは孤児で魔力を持たないので衣食住こそ保障されるものの、無償で働かされているのもこの国の構造の一端なのだろう。
ドニーは恵まれていると行ったとおり
普通は、まともな報酬を得ることは難しく、生きていくのもままならないのだろう。
メアリーやサルサは一般的な魔力を持っているため、賃金を得られているようだが。
この国では、魔力を持つか持たないかで人生が決まる……それが当然のように受け入れられている
アリシアは改めて、この国の仕組みと自分の立場、そしてやるべき事を考えた。
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視察は離宮にいる全員で行くことになった。
最終目的地はアーバン領から西へ馬車で二時間ほどの場所にあるエモリ村。
ここは火山地帯に隣接する、わずか五十人ほどが暮らす小さな村だ。
住民たちは細々と鉱石を採掘して生計を立てているらしい。
すでに滞在するための住居や作業場が建設されている。
そして、この村の住民たちを労働力として雇う予定だ。
王から支給された資金はすべて、ここに注ぎ込んでいる。
もし失敗すれば、わたしの人生は離宮の中で終わるだろう。
王の思惑通り、何もせずにただの飾りとして生きるしかなくなる。
ここが勝負……絶対に、成功させるしかない
アリシアはそう強く自分に言い聞かせた。