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22.土地の譲渡


アリシアは、手元の書面をじっと見つめ、次第に口元が緩むのを抑えられなかった。

「……ふふ」

思わず笑いが漏れる。


火山地帯一帯——

国の中心部に位置し、今も活動を続けるその地は、誰も近寄らず、何の役にも立たない土地として放置されていた。

国の直轄地として管理されていたそれが今、この書類によって、自分のものになったのだ。


何もない。何もできない。誰も寄りつかない。だが、それを覆せれば——


アリシアは、先程のことを思い出す。


---


応接室には、優雅な沈黙が広がっており、

アリシアは微笑みをたたえながら、マキシリアンの視線を受け止めていた。

彼の表情は柔和だが、その奥には冷ややかな探るような色が宿っている。


アリシアは心の中で軽く笑う。

誰も欲しがらない土地をわざわざ私が望んだのだから、疑われて当然か。


「お久しぶりね、宰相殿」


「お元気そうで何よりです、王妃様」


「ええ、おかげさまで、快適に過ごさせてもらっているわ」


どちらも穏やかに微笑んでいるが、その目は笑っていない。


マキシリアンは書類を一枚、静かに差し出した。


「王妃様がお求めになられていたものは、こちらで相違ありませんね」


アリシアは手に取り、細い指先で紙の端をなぞりながら一通り確認し、満足げに微笑んだ。


「ええ、ありがとう。感謝するわ」


マキシリアンは、その様子を見届けてから口を開いた。


「……随分と物好きな土地をお望みですね」


マキシリアンの声は静かだったが、アリシアの真意を探っているのだろう。


「火山地帯など、誰も寄りつかず、利用価値もほとんどない。王妃様が何をお考えなのか、陛下もご興味をお持ちのようです」


アリシアは書類から顔を上げ、目を細めた。


「あら?陛下が私に興味があるなんて嬉しい事もあるものね」


「ええ。王妃様の行動には、どうしても目が行きますので」


ふっと、アリシアの唇が綻んだ。


「監視はご自由に。けれど、それ以上の干渉は……必要かしら?」


「王妃様のなさること次第では?」


マキシリアンは微かに眉を動かしながら、じっとアリシアを見つめる。

彼の目には警戒が宿っていた。

当然だ。アリシアがこの土地を望んだ理由を、彼は測りかねているのだから。


「ご心配には及ばないわ」


アリシアは手元の書類を指先で弾くように軽く揺らし、微笑む。


「国に損害を与えるつもりはないし、この土地を誰かに譲り渡すこともない。書面にも、そう記されているでしょう?」


「ええ、確認済みですとも」


確かに書類には、"この土地の所有権を第三者へ譲渡しないこと" と "国の損益にならない形で利用すること" の文言が含まれている。


「ただし、書面上の約束と、実際の行動が一致するかは別問題です」


「信用ないわね」


「当然です」


即答だった。

アリシアは喉の奥で小さく笑う。


「ふふ、そうね。まあ頑張って監視してちょうだい」


「ええ、視察にはこちらで一人騎士を付けさせて頂きます。」


アリシアは挑発するような笑みを浮かべた。


「まあ、セルスだけでは足りないと?」


「王妃様に何かあってはいけませんので」


皮肉とも取れる言葉の直後、彼は淡々と、もう一枚の書類を差し出した。

アリシアはそれを受け取りながら、

彼の敵意を隠そうとしない視線を正面から受け止める。

こちらも無理に取り繕うつもりはない。


互いの間には、薄く張り詰めた空気が漂っていた。


「それでは、こちらにサインを」


アリシアは視線を落とす。

そこに記されていたのは——

一年後、贈与された金と同額を支払うこと。

それができなければ、

今後一切、離宮でおとなしく過ごすこと。

加えて、土地の所有権も返還すること。


条件を簡潔にまとめれば、こうだ。

彼女が毎年決まった金額を払う事を条件に、土地はそのまま彼女のものになり、

できなければ即刻、土地は元の所有者に戻り、彼女は本来王が望んでいた処遇を受け入れる。

国側にとっては、どちらに転んでも損失はない。

何もできない不毛の土地なのだから、それを持ち続けても意味はない。

もしアリシアが支払いを続けるならば、国庫には毎年一定の金が入る。

仮に払えなくても、土地は回収され、彼女が離宮で静かに過ごすだけのこと。


国にとっての損失は一切なく、むしろ有益になりうることを示さなければ、容易に手に入るはずがない。

だから、国側にとっては都合の良い話になるようアリシアは提示した。


アリシアは書類を眺めながら、くすりと笑う。


「ずいぶんと念入りですこと」


「ええ、ごねられても困りますから」


マキシリアンは冷静に応じる。


アリシアは筆を取り、流れるような筆跡でサインを記した。

紙面を見つめるマキシリアンの視線が、ほんの僅かに鋭くなる。


「ご満足いただけたかしら?」


彼女は書類を差し出しながら、微笑んだ。


「ええ」


マキシリアンは受け取り、

ここにはもう用はないといわんばかりにすっと立ち上がった。


「では、王妃様のご武運をお祈りいたします」


「ありがとう。あなたたちの予想を、良い意味で裏切れるといいのだけれど」


その言葉に、マキシリアンは何も言わず、部屋を後にした。


アリシアは静かに書類をみる。


——これで、舞台は整った。

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