1凍える夜に
冬の終わり、灰色の空の下で、田畑はすっかり荒れ果てていた。
黒ずんだ土には霜が張り付き、
かつて作物が茂っていたはずの場所には、
枯れた茎がまばらに突き刺さっているだけ。
人の気配はない。
疫病が流行り、不作が続いたこの大陸では、
村ごと消えた場所も少なくない。
冷たい風が吹きすさぶ中、大地を見下ろす一つの影
「……ひどいな」
ぽつりと呟き、どこか遠くを見つめる。
次の瞬間、その姿はかき消えるように消えた。
風が吹き荒び、残されたのはただ寒々しい田畑と、沈黙する大地だけだった。
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そこは、王妃がいるとは思えないほど
装飾のひとつもない簡素で寒々しい部屋。
窓は小さく、高い位置にあり、
そこから差し込む光は弱々しく、
冷たく、温もりを感じさせるものではない。
空気は淀み、重苦しい静寂だけが漂っていた。
人影はなく、
ただ、取り残されたように、古びたベッドの上に横たわっている女がただひとり。
冷たい空気が肺を満たし、体の芯まで凍えていくが、もうそれすらも感じない。
寒さを覚えるのは心だけ――
いや、心すらも凍りついていた。
痩せ細った体が布団の中で震え、ヒューヒューと擦れるような、弱々しい呼吸音が室内に響いている。
まるで、今にも消えてしまいそうな命の音だった。
――おい
声がした気がした。
耳の奥に直接響くような、抑揚のない声。
女はゆっくりと瞼を開けるが、何も映らない。そこにはただ、闇が広がるばかり。
――意識あるのか?
喉が震える。
誰……?
そう問いかけようとするが、声にならない。
喉が焼けついたように乾いていて、空気が漏れるだけだった。
声は続ける。
――お前はどうしたい?
どうしたい?
何が? そんなこと、もう考えることすらやめてしまったというのに。
その声は、なおも問う。
――生きるか、それとも、このまま死を待つか
生きる?この冷たさの中に、何を求めろというの…
そんなこと、もうどうでもいいはず…
……でも
……それでも、願ってしまう
「……い、きたい……」
それは、かすれた声。
途切れ途切れの、弱々しい言葉。
――そうか
その声には、どこか優しい響きが含んでいた。
――生きてどうする?
生きて……
あの苦しい日々に戻れというの?
あの寒さの中に?
嫌だ。
でも、それ以上に――
もう一度、知りたい
「……愛されたかった……」
かつてのように
幼かったあの日、母がしてくれたように
誰かに抱きしめられたかった。
必要とされたかった。
ただ、温もりがほしかった。
――寒いのはイヤ
――ひとりはイヤ
「……イヤ……」
なんとか声を絞り出す。
その瞬間、
頬に温かい何かが触れた気がした。
けれど、
それを本当に感じ取れたのかもわからない。
だって、
もう、何も感じなくなっていたのだから。
だが、優しい声が降ってくる。
――ひとりで、よく頑張ったな
その言葉を聞いた瞬間、
目から、一筋の涙が零れ落ちた。
こんなにも長く、
冷たく凍りついた世界に閉じ込められていたのに
その言葉は私の心に深く深く染み渡っていった。
――チャンスをやるよ
――もう一度、お前の人生をやり直せ
そう言うと、まるで春の陽が差し込むかのように、部屋が光に包まれた。
意識が遠のいていく。
けれど、声が静かに降り注いだ。
――幸せは与えられるものじゃない
――自分で掴みに行くものだ
――お前は、お前の人生を掴み取れ
抑揚のない声、
だけど、私の幸せを思うその言葉。
それを最後に、
女の世界に、光が差し込んだ。
それは、とても温かい光だった。