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第3話 初心者講習会


迷宮探索者免許という、プラスチックの板に刻まれた紛れもない「現実」を手に入れてから一夜。

俺、村雨(むらさめ)黒桜(くろう)は、昇り始めたばかりの太陽を背に、早くもJDS立川支部へと足を運んでいた。

今日の目的は、すべての新人が受けることを義務付けられている初心者講習会。退屈で平凡だった日常を過去のものとし、未知と危険に満ちた世界へ本格的に飛び込むための、新たな、そして重要な一歩だ。


JDS支部の巨大な自動ドアを抜けると、昨日とは打って変わった熱気が俺の肌を叩いた。エントランスホールは、俺と同じように今日から探索者としての道を歩み始めるであろう新人たちと、彼らを品定めするベテランたちでごった返している。まるで、大学のサークル勧誘のような喧騒だった。


「うちのパーティー、ポーター募集! 装備一式貸与! 専属になれば準メンバー待遇も夢じゃないぞ!」


「経験不問!初心者歓迎! ただし、誰よりも体力に自信があるやつ限定な! 根性なしは回れ右!」


あちこちから、野太い声が響き渡る。ポーター。いわゆる荷物運び係だ。戦闘能力が低い新人や、まだ明確なクラス(役割)に属せない者が、経験を積むために最初に就くことが多いポジションらしい。


探索者の世界には、スカウト、アタッカー、タンカー、サポーターといった大まかな役割区分があり、その中にさらにレンジャーや剣士、ヒーラーといった様々な専門職ジョブが細分化されている。

だが、実力もないのに恰好だけの職業を選べば、パーティーに迷惑をかけるどころか、孤立し、誰からも相手にされなくなるという。情報収集能力もまた、この世界で生き残るための重要なスキルなのだ。昨日、俺はそのことを、身をもって、そして心を抉られる形で理解したばかりだ。


「初心者講習会を受講される方は、二階の第一会議室へお集まりください。繰り返します……」


無機質な館内アナウンスが流れ、俺と同じような、まだどこか覚悟の決まらない顔をした若者たちが、ぞろぞろと階段へと向かっていく。エントランスに残された歴戦の勇士であろうベテランたちは、そんな俺たちの背中を、まるで競りの対象でも見るかのような鋭い目つきで見つめていた。有望な新人をいち早く見つけ出し、自分のパーティーやギルドに引き抜こうという算段なのだろう。


(まあ、俺には関係のない話だけどな……)


自嘲気味にそう思った矢先、すぐ近くで交わされていたベテランたちの会話が、嫌でも耳に飛び込んできた。


「おい、聞いたか? 昨日の免許試験で、『魔弾』持ちというとんでもない逸材がいたらしいぜ!」


「マジかよ!? スキルで弾丸生成できるってやつか? うちのパーティーに喉から手が出るほど欲しい! 弾薬代が浮くだけで、どれだけ遠征が楽になるか……!」


「バーカ。お前んとこの弱小パーティーに声がかかるわけねえだろ。そんな金の卵、とっくに大手ギルドが唾つけて囲ってるって」


(おお、やっぱり昨日の彼女の話か。そりゃそうだよな、あれは誰が見てもすごいスキルだった)


黒髪を揺らし、一切の無駄なく的を撃ち抜いていた少女の姿が脳裏に蘇る。俺もスキル持ちだ。俺だって、もしかしたら……! そんな淡い期待を胸に抱きかけた、まさにその時だった。別のグループから聞こえてきた会話が、俺の心を無慈悲に砕いた。


「それにしてもよぉ、昨日は変なスキル持ちもいたらしいぜ……? なんか、発動すると全裸になるやつがいたとか」


「はっ、なんだそれ? ただの露出狂じゃねえか! 最近の若者は何を考えてるんだか」


「違いない。パーティーに前科持ちは要らねえからな」


ゲラゲラと下品な笑い声が響く。


(うわああああああ! 俺のことだ! 間違いなく俺のことだ! やめてくれ、頼むから、もうそれ以上言わないでくれ!)


カッと顔に血が上り、耳まで熱くなるのを感じた。俺はいたたまれなくなり、逃げるようにして二階へと続く階段を駆け上がった。


第一会議室の重い扉を開けると、中はすでに大勢の新人たちで埋まっていた。見知った顔も多い。昨日の試験で同じグループだった者たちだ。

そして、その中には、あの『魔弾』の黒髪美少女もいた。部屋の隅の席に一人で座り、窓の外を静かに眺めている。俺が入ってきたことに気づいたはずだが、彼女はちらりともこちらを見ようとはしなかった。まあ、当然か。関わりたくもないだろう、全裸スキル持ちとは。


「あー! 見ろよ、アイツだよ! 昨日、試験の途中で全裸になった奴!」


背後から、遠慮のない指弾が飛んできた。振り返ると、昨日もやたらと騒がしかった大学生らしきチャラいグループが、俺を指差してニヤニヤしている。その声をきっかけに、室内からクスクスという嘲笑が漏れ始め、無数の好奇の視線がナイフのように俺に突き刺さった。


(やめてくれ……! 俺だってなりたくてなったわけじゃ……!)


たまらず両手で顔を覆い隠し、壁際の、一番目立たない席へと逃げ込むようにして座った。その時だった。ガチャリとドアが開き、昨日俺を散々からかい倒した、あの無精髭の試験官が、満面の笑みを浮かべて入室してきた。


「おう、今日はちゃんと服着てんじゃねえか、坊主!」


デリカシーの欠片もない大声が、静まりかけた会議室に響き渡る。再び、ドッと笑いが起こった。

……こいつか! 俺の屈辱的な個人情報を、面白おかしく言いふらしてくれた張本人は!

怒りで睨みつけたが、なぜだろうか。彼の表情は、ただからかっているだけではない、どこか温かいものを含んでいるように見えた。


「よーし、お前ら、注目! これより初心者講習を始める! 色々言いてえことはあるだろうが、まずはお前らが進むべき道、クラス分けからだ!」


試験官――今日からは講師、と呼ぶべきか――の声に、会議室のざわめきが期待を帯びたものへと変わった。


クラスは、大きく分けて「スカウト」「アタッカー」「タンカー」「サポーター」の四つ。


そこからさらに、斥候レンジャー盗賊シーフ忍者ニンジャといった偵察・罠解除を得意とするスカウト系。

剣士ソードマンサムライ魔術師メイジなど、パーティーの火力を担うアタッカー系。

守護者ガーディアンのように、屈強な肉体と盾で仲間を守るタンカー系。

そして、回復術師ヒーラー付与術師エンチャンターといった後方支援に特化したサポーター系。様々な専門職へと分かれていく。


これらのいずれにも属せない者は、探索者の道を諦めるか、あるいは「ポーター」として荷物運びに徹するしかない。雇われポーターは日雇い労働者のようなもので収入も不安定だが、特定のパーティーに専属となれば、準メンバーとして扱われ、安定した収入も見込めるらしい。

俺は学生だ。毎日ダンジョンに潜ることはできない。そうなると、固定パーティーに誘われる可能性は極めて低いだろう。ソロでも活動しやすい、汎用性の高いクラスを見つけるのが得策かもしれない。スカウト系あたりが無難だろうか……。


各クラスの担当講師たちが壇上で次々と説明を始める中、俺は自分の進むべき道を決めかねていた。その時、いつの間にか隣に来ていた無精髭の講師が、ひょいと俺の顔を覗き込んできた。


「おい、坊主。お前、学生なんだってな。どうせ、パーティー組むのは難しいだろうから、ソロでもやれるクラスがいい、とか考えてるんじゃねえだろうな?」


(……え? なんで俺の考えてることがわかるんだ、このおっさん?)


図星を突かれ、言葉に詰まる。


「い、いや、あの……パーティーに組んでもらえるかどうかが、その、不安で……」


「ふん、甘え! 発想がガキなんだよ、坊主! 今どき、学生同士でパーティー組むなんざ当たり前のことだ! ちょっと大きな高校や大学になりゃ、ダンジョンシーカー部なんて掃いて捨てるほどあるわ!」


「えっ!? そうなんですか?」


学生同士のパーティー! それは、まったく考えていなかった選択肢だった。同じ学校の、可愛い女の子と一緒にダンジョンへ冒険に……なんて、不純な妄想がむくむくと膨らんでいく。


「そういうこった! だから、お前はアタッカーに来い! 俺が、そのひょろひょろの身体とひねくれた根性を叩き直し、一人前の男にしてやる!」


「え、ちょっ、俺はまだ……!」


有無を言わさず、講師は俺の腕を鷲掴みにすると、まるで米俵でも担ぐかのように、アタッカー専用の訓練施設へと俺を連行していった。


JDS立川支部に隣接された訓練施設は、学校の体育館を三つは繋げたような、広大な空間だった。様々な形状の訓練用ダミー人形や、最新鋭のデジタルトレーニング機器がずらりと並び、熱気と汗の匂いが立ち込めている。まさに「花形クラス」といった華やかな雰囲気が、ここにはあった。


「さて、貴様ら! アタッカーとは何か! それは、パーティーの剣! 矛! 敵を殲滅する、攻撃の要だ!」


壇上に立った講師――アタッカークラスの主任らしい――はそう言い放つと、傍にあった腰ほどの太さの鉄筋コンクリート製の柱を、腰に差した刀で、まるで豆腐でも切るかのようにスパァン!と両断してみせた。


「なっ……!?」


「ま、見ての通りだ! 俺のクラスである侍ならば、これくらい出来てようやく半人前! さあ、俺に続いてかかってこい、ひよっこども!」


「「「うおおおおおおお!!」」」


若き訓練生たちが、興奮の雄叫びをあげる。しかし、その熱狂に水を差すように、訓練施設の外で見学していたベテランらしき探索者たちから野次が飛んだ。


「おいおい、相変わらず無茶苦茶言ってんな、あの人」


「あんなの、上級者しか無理だろ! 新人に夢見させんなよ!」


「うるせえ! 貴様らも文句があるならかかってこい! 訓練の邪魔だ、とっとと失せろ!」


講師の雷のような怒声に、野次を飛ばしていたベテランたちは「へーい」と気の抜けた返事をし、すごすごと引き下がっていった。どうやら、この講師は相当な実力者らしい。


「よし、今見たぶった斬りのコツを教えてやる! よく聞け! 刀に魔力を流し、思いっきり振り切る! ……以上だ!」


(……は? それだけ?)


拍子抜けする俺に、講師はニヤリと得意げに笑って続けた。


「これは、俺の師匠から直々に教わった一子相伝の秘伝だ! よく覚えておくんだぞ!」


魔力。ダンジョンが出現して以降に、その存在が確認された、あらゆる生物が内に秘める根源的なエネルギー。この魔力量を鍛錬やスキル使用、害魔獣の討伐によって増やすことができる。

そして、魔力量の多寡が戦闘力に直結するという考え方が浸透し、探索者たちの間では魔力量による厳格なランク付けまで行われるようになったという。


俺は、スキル【現実逃避】を発動した時に感じた、あの身体の芯から力が抜けていくような、不思議な感覚を思い出した。あれが、俺の魔力だったのか。


「さて、まずはてめえらの身体にある魔力を感知する訓練からだ!」


その方法とは、なんと「座禅」だった。静かに目を閉じ、自身の内なるエネルギーに意識を集中させる。


「……!」


意外にも、俺はすぐにそれを感じ取ることができた。体中を巡る、温かい川の流れのような感覚。一度意識してしまえば、それはハッキリとそこに存在していることが分かった。

あの日の、死ぬか生きるかの極限状態でのスキル発動の経験が、既に俺の身体に魔力の存在を刻み込んでいたのだ。


「よし、次はお前だ! その魔力を操作してみろ!」


言われるがまま、魔力の流れを意識し、渡された竹刀を握る。初めはぎこちなかったが、一度コツを掴んでしまえば、まるで自転車の乗り方を思い出すように、その感覚は自然と体に染み付いていった。


「うむ。感知と操作はできるようになったな。ならば次は実践だ! 素振り千本!」


「せ、千本!?」


俺は竹刀を握りしめ、講師の号令に従って素振りを繰り返す。だが、運動経験ゼロの俺の腕は、数回振っただけでプルプルと悲鳴を上げ始めた。周りを見れば、剣道経験者なのだろう、流れるように美しいフォームで、涼しい顔をして何十回も素振りを続けている。


「くっ……!」


負けてたまるか、と必死に食らいついたが、三十回を過ぎたあたりでついに限界が訪れた。カラン、と乾いた音を立てて、竹刀が手からすっぽ抜け、床を転がっていった。


「うーん……。魔力の扱いは悪くねえが、こりゃどう見ても素人だな……。今から侍を目指すのは、ちいと厳しいかもしれん。まあ、お前にはメイジの適性もあるかもしれんしな。ところで、その『現実逃避』とやらで、裸になる以外に何かできるようになったのか?」


息も絶え絶えな俺の傍らにしゃがみ込み、講師は興味深そうに質問してきた。


「いえ……まだ、裸になることしか……」


「そうか。それは残念だな。どんなクラスであれ、アタッカーは結局、攻撃力が全てだからな」


その言葉は、優しさからくるものだろうが、今の俺には「お前はアタッカーに向いていない」という宣告にしか聞こえなかった。


(やっぱり、俺にはアタッカーは無理なのかな……)


厳しい訓練は、正直言って苦手だ。もっと楽に、スマートに、でも強くなれる。そんな都合のいい道はないのだろうか。

そんなことを考えていると、訓練施設の端に設けられた射撃場の方から、甲高い発砲音と、ひときゆわ大きな歓声が響き渡ってきた。


「おおー! あれが『魔弾』か! とんでもない威力だな!」


「ちくしょう、うちのパーティーにスカウトできてりゃ、今頃は中層エリアのボスも楽勝だったのによ……」


聞き覚えのある会話。視線を向けると、射撃場の中心に、あの黒髪の少女が立っていた。彼女の周りには、迷彩服を着込んだ屈強な男たちが数人。その腕章には、見覚えのある桜の徽章が縫い付けられていた。自衛隊員だ。


「あれは……陸自の特殊ダンジョン部隊か。何か大規模な作戦でも始まるのかねえ。魔弾スキル持ちの逸材を探してるって噂は本当だったんだな……」


隣で講師が呟いていたが、その言葉の意味を俺は理解できなかった。ただ、国という巨大な組織にすら必要とされ、スカウトされる彼女の姿を、どうしようもない羨望の眼差しで見つめることしかできなかった。

性格は少しキツそうだけど、こうして遠くから見ると、凛とした立ち姿は驚くほど美しく、まさしく美少女という言葉がぴったりだった。


やがて、全ての初心者講習が終わりを告げ、解散となった時だった。

俺が呆然と立ち尽くしていると、その美少女が、なんとまっすぐにこちらへ歩いてくるではないか。そして、俺の目の前で立ち止まると、少しだけ躊躇うように唇を開いた。


「あの……。少し、お話ししたいことがあるんだけど……この後、時間ありますか?」


予想だにしなかった展開に、俺の脳は完全にフリーズした。もちろん、断る理由など万に一つもない。俺は紳士として、スマートに、そして完璧に答えてみせた。


「ひゃ、ひゃい! よろこんで!」


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