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第23話 魔弾の聖女


 どうしてこうなった。

 人生における三大「どうしてこうなった」の一つに、今、俺は直面している。ちなみに残りの二つは、初めてスキル【現実逃避】に目覚めた時と、うっかり女子トイレに【現実逃避】でワープしてしまった時だ。あれは死ぬかと思った。


 現在、俺はJDS立川支部のカフェテリアで、クラスメイトであり、俺を暗殺者『黒狐』と信じて疑わない超絶美少女、桐生院理桜さんとお茶をしていた。いや、お茶というにはあまりにも状況がカオスすぎる。

 なにせ、彼女は俺のコートの裾を両手でぎゅっと握りしめ、まるで親とはぐれた子猫のようにウルウルした瞳で俺を見上げているのだから。


「あの、桐生院さん。とりあえずその手を離してもらえないだろうか。周囲の視線がレーザービーム並みに痛いんだが」


「嫌です。またどこかへ行ってしまわれるかもしれませんもの」


 ぷくーっと頬を膨らませるその仕草は、正直言って反則レベルに可愛い。だがしかし、周囲の探索者たちからの殺意のこもった視線は可愛くない。


「おい見ろよ、あの桐生院理桜だろ?」


「隣の狐面の男は誰だ?」


「怪しすぎる……誘拐か?」


「いや、桐生院さんの方からひっついてないか?」


「まさか……そういう趣味……?」


 やめろ。お前らの妄想力で俺の社会生命を削るのはやめてくれ。

 俺は早々にこの珍妙な公開処刑(お茶会)を終わらせるべく、強引に本題を切り出した。


「まず、パーティーの目的である【EXTRA回復ポーション】についてだが……その量産化、すでに目途が立っている」


 ドヤァ! と、俺は狐面の下で最大限にカッコつけた。これぞ主人公ムーブ。これで彼女の尊敬度も鰻登り間違いなし。


 案の定、理桜は「まあっ!」と可憐に驚きの声を上げた。そして、次の瞬間。

 ガタッ! と大きな音を立ててテーブルに身を乗り出し、俺の顔面に己の顔面をゼロ距離まで近づけてきた。


「本当ですか!? さすがです、黒狐様! やはりあなた様は、この世の理すらも捻じ曲げる力をお持ちだったのですね! 私は信じておりました! あなた様こそが、混沌の世に現れし救世主、終末の理を司る新たなる神なのだと!」


「近い近い近い! 鼻息が仮面に当たる! あと神とか救世主とか壮大な勘違いを大声で叫ぶな!」


 なんだこの人! 俺のことになると途端に語彙力が爆発して、中二病全開のポエムを詠み始めるぞ!


「落ち着け、桐生院さん。俺は神じゃない」


「……」


 俺がそう言った途端、理桜はピタッと動きを止め、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


「……桐生院さん?」


「……」


 あれ? デジャヴ? さっき廊下でもこんなことが……。

 俺が困惑していると、彼女は上目遣いでこちらをちらりと見た。瞳には涙の膜が張っている。


「……私たちの仲なのに、まだ名字で呼ばれるのですね」


「いや、俺たちの仲って言ってもまだ数時間……」


「私にとっては、永遠にも等しい時間でしたわ。黒狐様と出会ってからのこの数日間、私の世界は色づき、私の心はあなた様への愛で満たされ……」


「わかったわかった! ストップ! ポエムはもういい!」


 このままではカフェテリアの中心で愛を叫ばれかねない。俺は観念した。


「り、理桜……これでいいか?」


 途端に、彼女の表情がぱあっと晴れ渡る。


「はいっ、黒狐様♡」


 チョロい! この子、あまりにもチョロすぎる! だが、そんな彼女に振り回されている俺が一番チョロいのかもしれない。なんだよ黒狐様って。様付けがデフォルトになるのは勘弁してほしい。




 ぜえぜえ。なんだか本題に入る前にMPの大半を消費した気がする。俺は気を取り直して、咳払いをした。


「……理桜。いいか、よく聞け。【EXTRA回復ポーション】は、俺のスキルでいつでも作り出せる。ただし、材料が必要だ」


「材料……等価交換の法則ですわね! 錬金術の基本! お任せください!」


 なんでそんなに詳しいんだよ。

 理桜は自信満々に、腰のポーチから赤い液体の入った小瓶を四つ、テーブルの上に並べた。


「これを使えばよろしいのですね!」


「ああ。だが、ただ四つを一つにするわけじゃない。段階を踏む」


 俺はここで、俺のスキルの唯一無二性を見せつけて、今後の主導権を完全に掌握する作戦に出た。


「いいか、目を離すなよ」


 俺はテーブルの上に手を伸ばし、まず二つの【回復ポーション】に触れた。


 スキル【現実逃避】――発動。


 二つの【回復ポーション】は、物理法則を超越した思考の海へとダイブしていく。二つのポーションが持つ情報を解析し、その構成要素を原子レベルで分解。不純物を完全に除去し、有効成分のみを再結合させ、その濃度を限界まで高める。


 体感時間は約30秒。現実世界では、0.1秒にも満たない。

 俺が現実へ意識を戻すと、テーブルの上では、二つの赤い小瓶が光の粒子となって消え、代わりに、より深く、鮮血のような深紅の液体が満たされた小瓶が一つ、コトリと音を立てて出現した。


「まあ……! これは……!」


 理桜が息を呑む。


「【HIGH回復ポーション】だ。【回復ポーション】の上位互換だな」


 俺はクールに言い放つ。だが、内心では(よし、いい反応だ!)とガッツポーズをしていた。

 俺は畳み掛けるように、残りの二つの【回復ポーション】にも同じ工程を施す。

 再び深紅の小瓶が出現し、テーブルの上には二つの【HIGH回復ポーション】が並んだ。


「そして……ここからが本番だ」


 俺は二つの【HIGH回復ポーション】に同時に触れる。

 再び【現実逃避】の世界へ。今度は、二つの高純度のエネルギー体を、さらに高次元の存在へと昇華させる作業だ。これは少し骨が折れる。情報の奔流が脳を焼き、俺の精神が軋みを上げる。


 だが、やり遂げた。

 現実へ帰還した、その瞬間。

 二つの深紅の小瓶が、眩いばかりの黄金の光を放ちながら融合し、一つの小瓶へと姿を変えた。それは、自ら光を発しているかのように神々しく輝き、周囲の空気さえも清浄に変えてしまうような、圧倒的な存在感を放っていた。


【EXTRA回復ポーション】:あらゆる傷、状態異常を瞬時に全回復させる。死者蘇生の効果はない。


 俺の脳内に、完成したアイテムの情報が流れ込んでくる。

 目の前の理桜は、といえば。

 もはや言葉も発せず、ただ口をあんぐりと開け、その瞳は恍惚とした光に満たされていた。


「……ああ……」


 やがて、彼女の唇から、震える声が漏れた。


「……創造……。これは、まさしく創造の御業……。価値なきものに絶対の価値を与える……。黒狐様……あなた様は、やはり、この世界の理をゼロから創り上げた、原初の創造神だったのですね……!」


 なんかランクアップした! 救世主から創造神にジョブチェンジしやがった!


「俺は神じゃない!」


「ご謙遜を! 我ら人間ごときには計り知れぬ、深遠なるお考えがおありなのでしょう!」


 ダメだこりゃ。話が通じねぇ。


「もういい……。とりあえず、このポーションの流通ルートだが、アンタの親父さんの病院経由で、本当に困っている人たちに届ける。それでいいな?」


「はいっ! 創造神様のお考えに、一片の曇りもございません!」


「だから神様って呼ぶな!」




 神格化を全力で阻止しつつ、俺たちは今後の活動方針を固めた。

 目的は、ダンジョンに潜り、材料となる【回復ポーション】を安定供給すること。

 となれば、当然、パーティーとしての連携も重要になってくる。


「理桜、アンタの戦力について聞かせてもらおう。スキルは持っているのか?」


 俺がそう尋ねると、理桜は先ほどまでのハイテンションが嘘のように、もじもじと俯いてしまった。


「……はい。一応、一つだけ……」


 知らないていで聞いてみる。


「ほう、どんなスキルだ?」


「その……あまり、女の子らしいスキルではなくて……」


 恥ずかしそうに頬を染める理桜。なるほど、戦闘系スキルなのだろう。だが、この世界では珍しくもない。


「構わない、言ってみろ」


「……はい。私のスキルは、【魔弾】と申します」


「魔弾?」


「はい。自身の魔力を、指先に込めて……銃弾のような形に練り上げ、撃ち出すだけの……単純なスキルです」


 ふむ。シンプルだが、使い勝手は良さそうだ。


「威力はどれくらいだ?」


「そうですね……ゴブリンさんの頭くらいでしたら、ポンッて、綺麗に木っ端微塵になりますわ。うふふ」


 ……ん?


 いま、この可憐な美少女の口から、とんでもなく物騒な言葉が聞こえなかったか?

 うふふ、じゃねぇよ。怖ぇよ。


 ……いや、それにしてもゴブリンの頭を木っ端微塵にする威力って凄いよな。


「……他に、適性のあるスキルはないのか? 試したことは?」


「何度か……。でも、ダメでした」


「試してみる価値はある」


 俺は懐から、これまで集めてきた未鑑定のスキルクリスタルをいくつか取り出した。


「ほら、触ってみろ」


 俺がテーブルに並べたのは【ファイアボール】【剣術】【体力回復UP】の三つ。どれも汎用性が高いスキルだ。


 理桜はおずおずと、まず【ファイアボール】のクリスタルに触れる。……しーん。


 次に【剣術】。……しーん。


 最後に【体力回復UP】。……しーん。


「やっぱり、ダメですわ……。私には、あの【魔弾】しかないのですね……」


 肩を落とす理桜。

 まあ、そうそう都合よくはいかないか。そう思いかけた時、俺はポーチの奥にもう一つ、クリスタルが残っていることに気がついた。

 乳白色の、柔らかな光を放つクリスタル。


「……これも、試してみるか」


 俺が差し出すと、理桜は「どうせ無駄ですわ」と言いながらも、その小さなクリスタルに、そっと指先を触れさせた。

 その、瞬間だった。


 パアァァァァァッ!!


 クリスタルが、カフェテリアの照明が霞むほどの、眩い光を放ったのだ!

 店中の客が一斉にこちらを振り返る。


「な、ななな、なんですのこれぇ!?」


「当たりだ。理桜、アンタにはそれの適性がある」


 そのスキルクリスタルの名は、【ヒール】。

 傷を癒し、命を繋ぐ、回復魔法のスキル。

 理桜は、自分の手の中で太陽のように輝くクリスタルと、俺の狐面を、信じられないという表情で何度も見比べた。


「私が……スキルを……癒しの、力を……?」


「ああ。これからアンタは、アタッカー兼ヒーラーだ」


「アタッカー……兼……ヒーラー……。私が、黒狐様を……お癒しすることも……?」


「そういうことになるな」


 その言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。


「う……うわああああん! よかった……! これで私も、黒狐様のお役に立てます……! ただ敵の頭を吹き飛ばすだけの、野蛮な女じゃなくて……!」


 だからその表現やめろ!

 周囲の客たちが


「あの男、やっぱり桐生院さんを泣かせてるぞ」


「許せん」


「警察を呼べ」


 とざわめき始めている。やばい、本当に通報されかねない。

 俺は慌てて、彼女の頭にポンと手を置いた。


「期待してるぜ、理桜。俺たちのパーティーの、攻守の要だ」


 その言葉に、理桜はピタリと涙を止め、顔を上げた。その表情は、決意に満ち溢れていた。


「はいっ……! この身、この魔弾、このヒール! そのすべてを、我が神、黒狐様へと捧げますわ!」


 そして、彼女はすくりと立ち上がると、高らかに宣言した。


「見ていてください、黒狐様! 私こそが、悪を裁く【魔弾】と、人々を癒す【奇跡】をその身に宿す――『魔弾の聖女』となってご覧にいれますね!」


 ……自分で名乗っちゃったよ。


 しかも、魔弾と聖女って、属性が喧嘩しすぎだろ。水と油どころか、核弾頭と鳩サブレくらい方向性が違うぞ。


 だが、やる気に満ち溢れている彼女に、もはや俺のツッコミは届かない。

 こうして、俺たちの目標はより明確になった。


 3階層のゴブリンプリーストを狩りまくり、【回復ポーション】を安定供給すること。

 そして、理桜の【ヒール】を、俺の【現実逃避】で強化し、【EXTRAヒール】へと進化させること。


「さあ、行きましょう、黒狐様! 私たちの聖戦の始まりです!」


 意気揚々と腕を組んでくる理桜。


 ……まあ、いいか。


 灰色だった俺の世界に、とんでもなく騒々しくて、物騒で、そして眩しい光が差し込んできた。


 暗殺者と、『魔弾の聖女』。


 俺たちの前途多難にして奇妙奇天烈な冒険が、今、幕を開けたのだった。


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