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第13話 EXTRA気配察知②


 白銀のスキルクリスタルが俺の身体に溶け込んだ瞬間、俺の世界は塗り替えられた。

 それは、視覚や聴覚とは全く異なる、第三の感覚。脳内に直接、周囲の三次元マップが描き出され、そこに存在する全てのものの「気配」が、色とりどりの光点となって明滅する。

 【EXTRA気配察知】。120万円という、高校生の身には余る投資の果てに手に入れたこの力は、俺の想像を遥かに超える、まさに神の領域に触れるかのような圧倒的なものだった。


 俺は再び、立川ダンジョン第三階層――永遠の夜に支配された草原に立っていた。

 以前の俺なら、この静謐な闇の奥に潜む脅威に怯え、神経をすり減らしながら一歩一歩進んでいただろう。だが、今の俺は違う。


「――捕捉」


 スキルを発動させた瞬間、俺の脳内マップに、複数の赤い光点が灯った。北東へ約200メートル。岩陰に潜む、六つの生命反応。そのうちの一つは、他の五つよりも一際大きく、禍々しい気配を放っている。ゴブリンの群れ、そしてその中心にいるのはゴブリンシャーマンに違いない。

 もはや、奇襲される心配はない。狩る者と狩られる者の立場は、この瞬間に完全に入れ替わったのだ。


 俺は風下に回り込み、音を殺して慎重に距離を詰める。脳内マップと実際の地形を照らし合わせながら、最短かつ最も気取られにくいルートを選択する。まるで、最初から答えのわかっているゲームをプレイしているかのようだ。

 岩陰まで残り30メートル。ゴブリンたちの警戒網の外側。ここが仕掛けるべき最適のポジションだ。


「グルル……」


 ゴブリンたちの低い唸り声が聞こえる。奴らはまだ、自らの死がすぐそこまで迫っていることに気づいてもいない。

 俺は深く息を吸い、意識を集中させる。狙うは、群れの後方で杖を構えるシャーマン。戦いの基本は、厄介な指揮官兼魔法使いから潰すこと。キャットウォークとの一件以来、ネットからの受け売りだったその言葉が、今では俺自身の戦術の根幹を成している。


「――現実逃避」


 全身を半透明の意識体へと変え、俺は音もなく駆け出した。草原の草も、小さな石も、俺の身体を何の抵抗もなく通り抜けていく。

 あっという間に群れの背後に回り込み、シャーマンのすぐ真後ろで現実世界へと帰還する。


「ギッ!?」


 さすがに群れのリーダーだけあって、すぐさま現実世界に突如現れた俺の存在に気づき、驚愕の声を上げて振り返ろうとする。だが、もう遅い。


「終わりだ」


 俺はシャーマンの身体に触れる寸前で、右腕だけを再び【現実逃避】させた。物理法則を無視した俺の腕は、シャーマンの貧弱なローブも、その下の肉体も、まるで幻を通り抜けるかのようにすり抜け、その胸の奥深くへと侵入する。

 そして――心臓のすぐ隣で脈打つ、禍々しい魔力の源泉。魔核を、内側から直接鷲掴みにした。


 次の瞬間、俺は掴んだ魔核そのものを【現実逃避】させる。

 存在の核たる魔核が、それが存在するべき現実から切り離された時、何が起こるか。


「ギ……ギャ……ァ……?」


 シャーマンの身体から、力が抜けていく。悲鳴を上げることも、魔法を詠唱することもない。ただ、生命活動の根源を突然奪われた生物が、システムエラーを起こした機械のように、その場に崩れ落ちていくだけ。内側から存在を抹消されるという、あまりにも理不尽な死。


 指揮官を失い、何が起きたのか理解できずに混乱する残りのゴブリンたち。俺は返す刀で、祖父の形見のナイフを抜き放つ。

 もはや【現実逃避】を使うまでもない。【EXTRA短剣術】によって神速の域に達した俺の斬撃が、夜の闇に銀色の軌跡を描く。急所である首や心臓を的確に、一撃のもとに貫いていく。一体、また一体とゴブリンが絶命していくたびに、【EXTRA体力回復UP】の効果で、消耗した体力が即座に回復していく。


 戦闘時間は、わずか30秒。

 完璧な先制攻撃、完璧な掃討。これまでの、怯えながらの戦闘が嘘のようだ。

 俺は【EXTRA気配察知】をアクティブにしたまま、周囲に新たな脅威がないことを確認し、手際よくシャーマンの死体から魔石と、運良くドロップしたスキルクリスタルを採取する。その後、雑魚ゴブリンたちからも魔石を抜き取っていく。その一連の動作は、自分でも驚くほどに洗練され、様になってきていると感じた。


 これが、俺の新しい戦い方。

 圧倒的な情報アドバンテージを活かし、敵に何もさせずに完封する。まさしく、暗殺者のための戦術だ。

 狐面の下で、俺は静かに笑みを浮かべていた。




 ダンジョンでの探索を終え、JDS立川支部のロビーに戻る。換金カウンターで魔石とスキルクリスタルをカードにチャージしてもらうと、残高は再び100万円の大台に迫っていた。

 以前なら大喜びしていただろうが、今の俺の心は別の目的で満たされている。俺は自販機で買った缶コーヒーを片手に、ロビーの隅にある椅子に深く腰掛けた。そして、目を閉じ、意識を集中させる。


「――EXTRA気配察知」


 スキルを発動させると、俺の意識は鳥のようにJDS支部全体を俯瞰する。

 半径数百メートルの効果範囲は、この巨大なビル全体をすっぽりと覆い尽くしていた。ロビーの喧騒、事務室でキーボードを叩く音、訓練場で汗を流す探索者たちの気迫、上層階の役員室で交わされる密談。その全てが、俺の脳内に流れ込んでくる。便利すぎる、というより、もはや恐ろしいほどの機能だ。


 俺がなぜこんなことをしているのか。

 目的はただ一つ。あの黒猫の仮面の女――キャットウォークの気配を探すためだ。

 彼女は言った。「我々のギルドを訪ねてくるといい。場所は、自分でみつけてね」と。裏ギルドの場所など、ネットで検索して出てくるはずもない。ならば、最も可能性が高いのは、彼女自身がこのJDS支部に何らかの形で接触してくることだ。俺は、その瞬間を待ち構えているのだ。


 脳内マップに映し出される無数の光点。その一つ一つに意識をフォーカスすると、その人物が発する気配の「質」のようなものが感じ取れた。

 ロビーを歩き回る探索者たちの、荒々しくも生命力に満ちた気配。受付嬢たちの、穏やかで事務的な気配。その中で、俺はいくつかの見知った気配を識別していく。


(……この無骨で、岩のように安定した気配は、迷宮探索者資格試験の時の試験官のおじさんか。警備部の人間だったのか)


(5階、支部長室……穏やかだけど、どこか底知れない湖のような深い気配。これが、立川支部長の間宮栞さん。噂通りの切れ者、って感じだな)


(地下の訓練場……ひときわ鋭く、常に張り詰めた鋼のような気配。間違いない、桐生院理桜さんだ。今日も鍛錬を欠かさないのか)


 こうして知人たちの気配をマーキングしていくうちに、ふと、俺の「耳」が近くの探索者たちのひそひそ話を拾った。


「おい、聞いたか? また出たらしいぜ、立川ダンジョンで」


「ああ、自衛隊のパーティーがやられたって話だろ? 全滅だったらしいな……」


「マジかよ……自衛隊の、それも探索者部隊のエリートだろ? 一体、何にやられたんだ?」


「分からねえ。ただ、JDSも自衛隊も情報を完全に隠蔽してる。何か、ヤバいことが起きてるのは間違いない」


 自衛隊パーティーの全滅。

 その言葉に、俺の背筋を冷たいものが走った。そういえば、桐生院さんが、自衛隊の探索者部隊から勧誘を受けていた。もし、彼女があの時、勧誘に応じていたら……。

 ダンジョンの脅威は、ゴブリンだけではない。その深層には、国家レベルの精鋭部隊すら全滅させるほどの、未知の何かが潜んでいる。俺が今いる場所は、そんな途方もない危険と隣り合わせの世界なのだ。

 俺は気を引き締め直し、再びキャットウォークの捜索に意識を戻した。


 彼女の気配は、きっと特殊なはずだ。

 あの時感じた、存在感の希薄さ。気配そのものを消すスキル。ならば、俺の【EXTRA気配察知】には、どう映るのか。気配が全くない「空白」として映るのか、それとも、何か特殊なノイズのような反応があるのか。


 その日から、俺の日課が始まった。

 午前中は高校生として平凡な日常を送り、放課後になるとすぐにダンジョンへ向かう。第三階層で効率的に稼ぎ、JDS支部に戻って換金する。そして、閉館時間までの1時間以上、ロビーの椅子に座り、【EXTRA気配察知】をアクティブにし続ける。


 一日、また一日と、時間は過ぎていく。

 俺のカード残高は順調に増え続け、探索者としての実力も着実に向上している実感があった。だが、肝心のキャットウォークの気配は、一向に掴めなかった。

 焦りがないと言えば嘘になる。本当に彼女はここに現れるのか? 俺の考えは、ただの的外れな妄想なのではないか?

 だが、俺は信じるしかなかった。あれだけの実力者が、俺という「面白いオモチャ」を、そう簡単に見過ごすはずがない。


 そして、捜索を始めてから、五日目の夕暮れ時だった。

 いつものようにロビーの椅子に座り、半ば諦めにも似た気持ちでビル全体をスキャンしていた、その時。


 ――来た。


 俺の脳内マップの、2階の廊下のど真ん中に、突如として、ありえないものが現れた。

 それは、「空白」だった。

 そこには確かに人の形をした反応がある。だが、その人物が発するはずの生命の気配が、まるでブラックホールに吸い込まれたかのように、完全に消失しているのだ。周囲の空間が、その一点だけ歪んでいるかのような、強烈な違和感。

 これだ。間違いない。気配を消すのではなく、気配を「無」にしている。これが、暗殺者キャットウォークのスキル……!


 俺は心臓が大きく跳ねるのを感じながら、ゆっくりと立ち上がった。

 周囲の誰一人として、その異質な存在に気づいていない。俺の【EXTRA気配察知】だけが、闇に潜む彼女の姿を完璧に捉えていた。


 キャットウォークらしき気配は、少しの間廊下で佇んでいたが、やがてゆっくりと動き出し、職員専用エリアの奥へと消えていく。

 裏ギルドは、JDSの内部に、あるいはそのすぐ近くに存在する……?


 追いかけるべきか、否か。

 一瞬の逡巡。だが、答えは決まっていた。この好機を逃せば、次にいつ会えるか分からない。

 俺は缶コーヒーをゴミ箱に捨てると、何食わぬ顔でロビーを横切り、彼女が消えた職員専用エリアへと、静かに足を踏み入れた。


「見つけた」


 狐面の下で、誰にも聞こえないように、俺は呟いた。

 それは、再会への期待と、未知の世界へ足を踏み入れる緊張が入り混じった、武者震いを伴う呟きだった。

 俺の本当の探索者としての物語が、今、まさに幕を開けようとしていた。



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