第3話: セリーヌ・ラトリス
セリーヌ・ラトリスは、ラトリス家の一人娘として生まれた。
ラトリス家はこの異世界でも指折りの名門貴族であり、その歴史は長く、王宮とも強い結びつきを持つ家系だ。幼い頃から、セリーヌには貴族としての礼儀作法や、家系の名誉を守るための振る舞いを叩き込まれてきた。
流れるような金髪は彼女の家系の象徴であり、優雅なドレスに身を包んでいるその姿は、どこから見ても貴族らしさを漂わせていた。彼女の動作は一つ一つが洗練されており、まさにラトリス家の誇りそのものだった。周囲の誰もが彼女の美しさと気品に目を奪われるが、それに対してセリーヌ自身は特に意識することはない。それが自分の役割だと、幼い頃から理解していたからだ。
今回、セリーヌが「異世界のバチェラー」に参加することを決めたのは、表面的にはラトリス家の名誉のためだった。貴族としての嗜みや教養を持つ女性が参加することが、家の格を高める――それが父の言葉だった。
「セリーヌ、我が家のためにも、貴族としての誇りを持ち、このショーで優雅に振る舞いなさい。」
彼女は父の言葉を思い出し、ゆっくりとため息をついた。参加を決めたのは自分自身の意思でもあったが、家の名誉を守るという使命が、彼女の行動に大きな影響を与えていることは否めない。
「バチェラーなんて、一般市民が主役だなんて……本当は少し戸惑っている。」
セリーヌは心の中でそうつぶやいた。彼女は貴族として育ってきたため、一般市民との接点がほとんどなかった。バチェラーであるフラン・リースという青年もまた、彼女にとっては未知の存在だ。
「でも……このショーで私は何を学べるのだろうか?」
彼女は自身に問いかけた。貴族としての義務を果たすだけではなく、このショーを通じて新たな価値観や考え方に触れることができるかもしれない。セリーヌは自分の中にあるそんな期待感を抑えきれなかった。
セリーヌにとって、バチェラーへの参加は単なる娯楽ではない。彼女には、貴族としての使命感が常に付きまとっていた。家族、家系、名誉――それらを守るためには、自分自身の感情や希望は二の次であるという考え方が、彼女の心に深く根付いていた。
「貴族であることは、自由を手に入れることではないの。むしろ、制約の中で生きる覚悟を持たなければならない。」
セリーヌは子供の頃から、そう教えられてきた。彼女がどんなに自由な心を持っていても、それを表に出すことはできなかった。だからこそ、今回のショーの中でどのように自分を表現していくのか、それが彼女にとって大きな挑戦となる。
セリーヌはフラン・リースという一般市民の青年に対して、どこか興味を抱いていた。彼は貴族ではないが、彼女がこれまでに接してきた貴族男性とは異なる、素朴で真っ直ぐな印象を持っていた。
「一般市民のバチェラー……フラン・リース。どんな人なんだろう?」
彼女は心の中でその名前を反芻した。自分がこれまで築いてきた貴族としての価値観や考え方と、彼のような市民の価値観がどのように交わるのか、そのことに対して興味を持ち始めていた。
「彼は、私とは全く違う世界で生きてきた。もしかしたら、私にない何かを持っているのかもしれない。」
セリーヌはそう思うと、少しだけ胸が高鳴るのを感じた。バチェラーというショーを通じて、彼女自身が新たな自分を発見できるかもしれないという期待感があった。
それでも、貴族としての振る舞いを忘れるわけにはいかない。彼女はこのショーで、他の女性たちと競い合うことになる。それは貴族として、そしてラトリス家の一人娘としての責任でもあった。セリーヌは決して大胆な行動を取るタイプではないが、その控えめで礼儀正しい姿勢が、かえって彼女の魅力を引き立てることになるだろう。
表向きは貴族としての使命感でショーに参加しているセリーヌだが、内心では別の感情も抱いていた。それは、自分自身の幸せを見つけたいという願望だ。これまで家族や家系のために尽くしてきた彼女にとって、今回のバチェラーでの経験が、自分の本当の感情を見つけるきっかけになるのではないかと思っている。
「私自身の幸せは、どこにあるのだろう……?」
セリーヌは誰にも言えない秘密の感情を胸に抱きながら、バチェラーという舞台に立つ。自分の心が何を求めているのか、彼女自身もまだ答えを見つけられていない。
セリーヌ・ラトリスは、貴族としての誇りと責任を持って「異世界のバチェラー」に挑む。しかし、彼女の内に秘めた感情や期待が、これからのショーの中でどのように表れるのかは誰にもわからない。彼女が家系の名誉を守りながらも、同時に自分自身の幸せを見つけることができるのか――それは、これからの物語の中で明らかになっていくだろう。