第八話 月は風とともに
吹雪の中、よしねと雪影の戦いは続いていた。
「このままじゃ、二人とも凍ってしまう……」
「どうした、寒さと恐怖で震えているのか?」
「ち、違うわよ!」
よしねは否定したが、体は寒さで動けずにいた。
「これで終わりだ!」
雪影が駆けだそうとした時、鋭いものが肩をかすめる。
「痛っ!」
急に痛みが走り、雪影が振り向くと、そこには月影が立っていた。
「月影……? なんでお前がここにいる!」
「ある人に逃がしてもらったんだよ」
「なら、なんで俺を攻撃するんだ」
「もう、こんなことやめよう、雪影」
動揺していた雪影だったが、強く歯を食いしばる。
「ふざけるな! 俺たちはあの人に救われた。それを忘れたのか!」
「忘れていないけど……あの人にとって俺たちは、ただの駒にすぎないんだよ」
「うるさいっ! 逃げられたんなら、さっさと戻るぞ」
「……俺は帰らないよ」
「なぜだ!」
「俺は無断で書庫に忍びこんだ。そんな奴、戻ったら始末されて終わりだよ」
「そんなの、俺がなんとかしてやる! だから戻ろう」
雪影は痛めた肩をおさえながら、月影に手を伸ばす。
しかし、月影は首を横に振った。
「もう、俺のことは忘れて。俺はよしねと行動するよ」
月影の言葉に、雪影はぼう然とする。
「月影……」
双子の会話に、よしねは複雑な思いを抱いていた。
私のせいで、二人の関係が壊れてしまったと、よしねは思った。
そこへ、長い黒髪を一つに結んだ、忍び装束の少女が現れた。
「雪影様、あの方がお呼びです。一度、お戻りください」
「彩……」
「お怪我もされていますし、戻って手当ていたしますね」
「あぁ、すまない。頼むよ……」
すると、彩は懐から小さな球を取り出し、地面に叩きつける。
「はっ!」
それは煙玉であり、あっという間に雪影と彩を包みこんだ。
「くっ、これじゃ二人が見えない……」
やがて煙は無くなり、雪影たちの姿は消えていた。
その瞬間、隼人の氷も砕けた。
「あっ、動ける! よしね様、大丈夫ですか!」
「隼人……私は大丈夫。隼人も無事でよかった」
そして二人は、逃げてきた月影を見る。
月影は気まずくなり、目をそらした。
よしねはゆっくりと歩きだし、月影に近づいていく。
「よしね……」
「月影、私たちを助けてくれてありがとう」
「そんな……俺は雪影を止めたかっただけだよ」
「それでも、私たちは助かったわ。だからお礼は言わせて」
よしねの微笑みに、月影はまたチクリと胸が痛んだ。
そして、よしねに頭を下げた。
「人を襲ったりして、ごめん。あの方に言われたから、みんな悪い奴らだと思ったんだ」
「そうだ! その『あの方』って誰なの?」
「それは……あれ、よく思いだせない」
月影は思いだそうとしたが、モヤがかかったようにぼやけていた。
「だめだ、やっぱり思いだせないや」
「もしかすると、裏切った時のために術がかけられているのではないでしょうか」
隼人はよしねの隣へいき、月影を睨む。
「裏切るって、月影は私たちを助けてくれたのよ」
「それは、ただの偶然です。彼がしてきたことは変えられない」
「たとえ許されなくても、時間をかけて償うつもりだよ」
「月影……」
「それに、この間の男の人も治さなきゃだし」
「その件に関してはあとにして、今はどうして君が逃げてこられたかが気になりますね」
「あっ、私も気になってた。ある人に逃がしてもらったって言っていたけど、誰なの?」
「それは……」
気まずそうな月影を見て、よしねは首を傾げる。
「よしねのお姉さん、ゆりねだよ」
その名前を聞いて、よしねは言葉を失った。
★★★
時間は少しさかのぼり、牢屋の中で月影と一人の女性が向かい合っている。
「もしかして、君は……」
「よしねの姉、ゆりねよ。あなたも調べていたでしょ?」
ゆりねは微笑んだまま月影を見つめる。
「さぁ、早く行って!」
「あ、ありがとう!」
月影が牢屋を出る時、ゆりねはその背中に向かって言葉を投げかける。
「あの子に……よしねによろしくね」
月影は静かに頷き、牢屋を出ていった。
★★★
「そんな……ゆりねが生きていたなんて……」
「よかったですね、よしね様!」
隼人は喜びよしねの手を取ったが、よしねは首を横に振る。
「全然よくないわ! だったら、なんで私に会いにきてくれないの!」
「それは……」
聞かれた隼人は言葉に詰まってしまう。
それを見ていた月影は、あごに手を当てて考える仕草をした。
「もしかして、会えない事情でもあるんじゃないの?」
「事情?」
よしねの問いに、月影は頷く。
「たとえば、潜入しているとか、何か情報を集めているとか」
「なるほど。それなら納得できますね」
「なら、私の方から会いに行ってやる!」
よしねの言葉に、二人は呆気にとられた。
いきなり何を言いだすのだ、この人はと、隼人と月影は同時にため息を吐く。
「だって、そうでしょ? 生きていたのがわかったんだもの。私、ゆりねに会いたい!」
「よしね様……」
「私、言いたいことがたくさんあるのよ?」
よしねはそう言うと、月影の手を取った。
「だからお願い! あなたがいたところに連れていって!」
一瞬月影は驚いたが、すぐに頷いた。
「わかった。案内するからついてきて!」
そして三人は、ゆりねに会うため駆けだしたのだった。