第六話 それは反則です
よしねたちのところに任務が届く前に、こんな出来事があった。
ある屋敷の廊下を歩く者たちがいた。
それは、雪影と月影である。
「さて、あの方にどう報告したらいいのやら……」
「それよりも、俺はあの風使いの女の方が気になっちゃうよ」
「はぁ? あんな奴、すぐに倒しちまうだろ」
「それもそうだけど、ゆりねって女のことを知りたがっていたなぁ」
「なら、その情報を囮におびきだして、倒したらどうだ?」
「じゃぁ、俺だけでも大丈夫だから、雪影は報告よろしくね!」
月影は手を振って姿を消した。
「……俺だけ怒られろって事だな」
残された雪影は、うんざりした顔でまた廊下を歩いていく。
屋敷から離れた村に、月影はやってきていた。
「ここなら、いい材料もあるね」
月影は、右手の手の平を口の前に持っていく。
そして、息を優しく吹くと、小さな花びらが舞っていった。
それは、1つの家の中に入っていく。
「これで準備は完了。あとは、あいつらが来るだけだね」
月影はくすりと笑って、林の中へと消えていった。
しかし、そのすべてを見ていた者がいた。
それは烏であり、すべてを見届けた烏はどこかへ飛んでいった。
★★★
「どうやら、この村のようですね」
しばらくして、よしねと隼人は村に着いた。
「見たところ、おかしな感じはしないけど」
よしねが首を傾げていると、近くの家が突然破壊された。
その中から飛び出てきたのは、巨大な大男だった。
筋肉は盛り上がり、目は血走っている。
「な、なにこの男……普通の人間じゃないみたい」
「ぐぅぅー……」
「よしね様、多分この男が紙に書いてあった人物です!」
「でも、どうするの? 私の技じゃ、あの人を傷つけてしまう」
「なんとか動きを止められたら、いいのですが……」
「ぐぉぉー!」
大男は勢いよく、よしねたちに突進してきた。
よしねと隼人は二手に分かれたが、攻撃出来ずにいた。
大男は構わず、今度はよしねに狙いを定めて四つん這いでやってくる。
「えぇっ、こっち来たんだけど!」
「よしね様、攻撃してください!」
「そんなこと言われても!」
よしねが戸惑っている間にも、大男はどんどん近づいてくる。
「ぐぉぉーっ!」
「よしね様!」
隼人は刀を抜き走りだす。
「え、えぇいっ!」
慌てたよしねは杖を取り出し、大男目がけて振り下ろした。
それは見事に、大男の頭に命中した。
「物理攻撃したーっ!?」
さすがの隼人も驚きである。
ゴーンという鈍い音が村中に響き渡った。
「あれ?」
「よしね様、それは反則です」
よしねに殴られた大男は、気を失うように倒れた。
「一応、動けないように縛っておきますね」
「う、うん。この人、頭大丈夫かな」
「何かの術で強化されているみたいですから、おそらく大丈夫でしょう」
「そっか……」
よしねがほっとしていると、林の中から笑い声が聞こえた。
「はははっ! まさか杖で殴っちゃうなんて面白いね」
「月影!」
現れた月影に、よしねと隼人は戦闘態勢に入る。
「この人がこんな風になったのも、あなたのせいね!」
「そうだよ。でも、こんなあっさりやってきてくれるとは思わなかったよ」
「早くこの人を元に戻しなさい!」
「嫌だね。それなら、俺を捕まえてからにしなよ」
月影はそう言うと、ひょいっと屋根に飛び乗る。
「待ちなさい!」
「よしね様、俺も行きます!」
「駄目よ。隼人は早く医療班に連絡して」
「ですが……」
「大丈夫、私一人で追いかけるから!」
そして、よしねは屋根に飛び乗り、月影を追いかけた。
「あれ、もう追いついてきたの?」
「当たり前じゃない。あなたみたいなのが、逃げられるわけないのよ!」
よしねは走りながら杖を構える。
「風刃!」
「おっと! そんなの、当たらないよ!」
月影は軽々と避けてみせた。まるで、よしねをバカにしているようだった。
よしねもそれがわかったのか、杖を握る手に力が入る。
「あれれ、どうしたの? この前みたいな技出してみなよ」
「言われなくても! はあぁー……」
よしねが意識を集中させると、周りに風が吹いていく。
「くらいなさいっ! はあぁっ!」
杖を突きだしたが、風がそよぐだけだった。
「うそっ?! なんで出ないの!」
慌てるよしねを見て、月影は首を傾げた。
「どうしたの? 涼しい風しかこないけど」
「だ、黙っていなさい! これからなんだから!」
しかし、何度振っても力は出せなかった。
「大変だね。君のお姉さんなら、こんなことなかったんじゃない?」
「この前もそうだけど、なんでゆりねを知っているの?」
「知りたい?」
月影の笑みに、よしねは不安を募らせる。
「でも残念だけど、疾風で強かったってことしか知らないんだよね」
「なら、あの火事のことも知らないの?」
「火事? なんのこと?」
「そう……知らないならいいわ」
よしねの切ない顔を見て、月影の胸がチクリと痛む。
俺、どうしたんだろう。この痛みはなに……と月影は考えたが、頭を横に振った。
「じゃぁ、俺はもう行くからね!」
「あっ、待ちなさい!」
よしねが追いかけようとしたが、その前に姿を消してしまった。
「逃げられた……」