第四話 現れた双子
「北北東に向かえって言っていたけど、もう夜じゃなーい!」
よしねの叫びが、空しく森の中に響く。
「仕方ありませんよ。意外と遠かったですから」
隼人は、苦笑いを浮かべながらよしねをなだめる。
「でも、本当に人喰い花がいるのかしら」
「それは探してみないとわかりませんね」
二人が話していると、茂みが音を立てる。
「……何かいるわね」
「気を引き締めて下さい。何が出るかわかりませんから」
「えぇ、わかっているわ」
よしねは目を閉じ、意識を集中させる。
「風の気配からして、小さいものが、たくさんこちらに近づいてるみたい」
「小さいもの?」
隼人が首を傾げた時、全方向から触手が伸びてきた。
「風刃!」
いくつもの風の刃が出現し、触手を切り刻んだ。
隼人も、刀を抜いて応戦する。
「やってもやっても、キリがないわ!」
「とりあえず、触手を斬りながら進みましょう!」
「それより、もっと簡単な方法があるわ」
よしねはそう言うと、杖を上に向けくるりと回す。
「吹き荒れなさい、風の舞!」
すると、よしねたちの周りを、強風が吹き荒れる。
ねずみの時とは違い、周囲のものまで巻きこんでいく。
「よしね様、これはさすがにやりすぎです!」
隼人も踏ん張るのが精いっぱいである。
「あれ、だめだった? でも、なんかいっぱい出てきたよ!」
強風にあおられて、たくさんの赤い花たちが宙を舞う。
それはバラバラになって、地面に戻ってきた。
「ほら、これで楽に進めるでしょ?」
「あまり、ほめられたものではないですね」
「えーっ、だめなの?!」
よしねは指摘されて頬を膨らませる。
それを見た隼人は、深いため息をついた。
「とにかく、先へ進みましょう。なんだか嫌な予感がします」
よしねと隼人が急いで奥に進むと、森の中心へと辿り着いた。
そこでは、巨大な赤い花が大口を開けてうごめいていた。
「なに、この赤い花……大きすぎない?」
「よしね様、敵を前にして怯んではいけません!」
「でも、なんだか気持ち悪いんだけど……」
「酷いこと言うじゃないか」
よしねと隼人が振り向くと、花のそばから二つの影が現れる。
月明かりが照らすと、顔が露わになる。
「えっ、同じ顔?!」
「彼らは双子のようですね」
現れたのは、白髪の少年と、金髪の少年である。
見た目はよしねよりも若く、いたずらな子どものような表情をしていた。
「よくわかったね。俺は月影で、こっちの白髪が雪影だよ」
月影は笑顔を絶やさず説明する。
「おい、月影! 敵に自己紹介してどうするんだよ」
「えーっ、だって戦う前に名乗るのは常識でしょ?」
「双子、二つのもの……」
雪影と月影が言い合いをしている時、よしねはお館様の言葉を思いだす。
『二つのものに気をつけなさいね』
「あれは、この二人のことを言っていたの?」
「あれ、どうしたの? ボーッとしてると、死んじゃうよ!」
月影が指をパチンと鳴らすと、太い触手が襲いかかってくる。
「くっ、風刃!」
「無駄だよ。君の力じゃこいつは倒せないから」
風の刃は触手に当たるが、切る事は出来なかった。
「なんで!」
「よしね様、俺も加勢します!」
「あんたの相手は俺だ!」
隼人が近づこうとすると、雪影が飛んできて蹴りを入れてきた。
「ちっ!」
なんとか刀で防いだが、勢いがあったため蹴り飛ばされる。
すぐ態勢を整えた隼人は、刀を構えて相手を睨みつけた。
「そんな怖い顔するなよ。せっかくの色男が台無しだぜ」
「君に言われても、うれしくないな」
「別にいいけどさ。それより、その刀が飾りじゃないとこ見せろよ!」
両手を広げた雪影の周りで吹雪が舞う。
吹雪がなくなると、何人もの雪影が現れた。
「さぁ、本物の俺を斬ってみろよ」
「……甘く見られたものだな」
隼人は意識を集中させるため目を閉じる。
「あぁ? 動かないなら、こっちからいくぜ!」
雪影が一斉に飛びかかった瞬間、隼人の目が勢いよく開かれた。
そして、一回転して刀を振った。
あっという間に雪影の分身は消され、慌てて本物の雪影が飛ぶ。
「うわっと!」
「逃がさない!」
隼人は素早く雪影を追った。
だが、それよりも先に雪影が隼人の右側にくる。
「死角みーっけ!」
「しまっ……!」
振り返ったが間に合わず、雪影の膝蹴りが腹に食いこんだ。
「ぐぅ?!」
「おしまいだよ、眼帯の兄さん」
勢いをつけ、隼人は地面へと蹴り飛ばされた。
その頃別の場所では、よしねと月影が戦っていた。
「風刃!」
「何度やっても、こいつにはきかないよ」
「そんなの、わからないじゃない!」
よしねは攻撃を続けるが、月影はうんざりした顔をする。
「もうっ、しつこいよ!」
月影がまた指を鳴らすと、触手がよしねを弾き飛ばし、飛ばされたよしねは木に激突した。
「かはっ」
「はははっ! なんだ、全然弱いじゃないか」
地面に落ちたよしねを、月影は無邪気に笑い飛ばす。
「くっ……」
「君、本当にあの疾風の女の妹なの?」
「なんでそのことを……」
「なんでって、あの方に聞いたからだよ」
「あの方って……」
「そんなこと聞いてもしょうがないよ。だって、ここで死ぬんだから!」
また触手が伸びてくると、よしねは素早く避けた。
そして間合いを取り、月影を睨む。
「私は死ねない! 姉を……ゆりねを殺した奴らを見つけるまでは!」
よしねは杖を構え、意識を集中させる。
「いきなり気配が変わった?」
「これで終わりよ!」
よしねが杖を振り上げた時、蹴り飛ばされた隼人が転がってきた。
「がはっ!」
「えっ、隼人?!」
転がってきた隼人によしねは驚いたが、それを見た月影はくすりと笑う。
「そうだ、手始めにそのお兄さんを食べちゃおうか」
「なんですって!」
慌てて駆けだすよしねだが、それよりも先に触手が隼人を絡めとった。
「ぐぅっ!」
「隼人!」
隼人を巻き付けた触手は、喰らうため大きな口を開けた。
「だめ、待って! 食べないで!」
その時、隼人とゆりねの姿が重なる。
「させない……もう二度と大切な人を失うなんて、嫌だ!」
よしねは目を見開き、杖を巨大な赤い花に向ける。
「はあぁ……っ」
すると、よしねの周りに強風が吹き荒れる。
「なっ、風の勢いが増している?!」
雪影は耐えながら考えを巡らせた。
そして、はっと何かに気づく。
「月影、早くそいつから離れろ!」
「えっ?」
「逃がすものか! 風よ、貫け!」
よしねが杖を振れば、竜巻のように回転した風が、いくつも月影たちに向かっていく。
「うわわっと!」
「キシャーッ!」
慌てて避けた月影だったが、赤い花は何度も貫かれ散っていった。
その際に、隼人に巻きついていた触手も消えた。
解放された隼人は、よろけながらも着地する。
「月影、大丈夫か!」
「雪影……なんとか避けることができたよ。ありがとう……」
「だが、あの女がこんな技を出せるなんて、驚きだぜ」
「お花もなくなっちゃったし、今回は一旦退こうよ」
「それもそうだな」
雪影と月影は、よしねたちに向き直る。
「おい、今日のところは退いてやる。次に会う時は覚悟しろよ」
「じゃぁ、またねー!」
二人はそう言うと、姿を消してしまった。
「なっ、待て!」
隼人は追いかけようとしたが、またよろけてしまう。
「はぁ……はぁ……は、隼人……」
「よしね様!」
ふらふらのよしねを、隼人は抱きとめる。
「隼人、大丈夫? 怪我はない?」
「えぇ。よしね様が助けてくれたおかげで、この通りなんともないですよ」
「そっか、よかったー……」
よしねは安心したように、隼人に体を預けた。
「よしね様、しっかりして下さい! よしね様!」