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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第一章 あなたの21グラム
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第八話 共有なんかなくったってさ


 

 事務所近くのとあるホテルの最上階。東京中を見渡せるレストランの窓際にうてなと舞台田の姿はあった。


 松舞うてなのどうしたって異様に目立つ容姿、佇まい。サングラスを外せばかの有名なUTENA MATSUMAIの顔がはっきり現れる。自ずと注がれる熱視線。しかし当の本人は全く意に介さず、よく晴れた東京の街を眺めて呑気に喜んでいる。


「いいよねーやっぱ。こう、果てまで山がないって気持ち悪いよなーなんか」


 そう言い、呑気に笑う。


「あんたほんと高いとこ好きだよね……バカと煙はなんとやらで」


「んなこといったって人間基本四六時中地べたじゃん。つまんないでしょ視点変えなきゃ。そういやさ、この前見てたアメリカのアニメで東京タワー出てきたんだけどそっからの景色がバリバリ盆地なの。もう笑っちゃうよね。東京タワーから山なんぞ見えねえよっていう。まー見えるっちゃ見えるけど」


 あんたまだアニメ見てんのかよ、いくつになると思ってんだよ……などと思いながらも口にはしない舞台田。


「さて酒酒。あんた何飲む?」


「飲まねーよ。仕事だっつってんだろ。てかお前飲む気してんの?」


「そりゃ飲むでしょ。大丈夫ちゃんとあんたの手伝いしてあげるから。んなベロンベロンならないし」


 うてなはそう言い、ちゃっちゃと自分の分だけワインを注文する。


「それで、あんたどういうつもりであんな事言ったの?」


「あんなことって?」


「諸々。全部」


「いや、だってあんたが好きにしろって言ったじゃん。てかそれ期待して呼んだんじゃないの?」


「まーそれはあるけどね。いつかはなんとかしないといけない問題だったし……丁度いいからあんたにやらせた」


「あっそ。あんたも大変だねー、トレーナーだの振付ってのはあんな子守みたいなこともしないといけないわけだ」


「あんたに比べりゃ死ぬほど楽よ。聞き分けいいし会話成立するし。ていうかあんたの時と違って子守じゃないからね。あんたと違って十分大人よ彼女らは」


「言うねー。まー集団でやる以上どうしたってああいうのはあるからね。無理なら無理でさっさと諦めればいいし」


「そう簡単にいくもんじゃないでしょ……あんたはさ、晃のこと、どう思った?」


「どうって?」


「……才能のこととか」


「才能ねー……まーこの道っつうかダンス? ずっとやってくなら余裕でやってけるでしょ。まだ見てないけど全部できんじゃない? 私くらいには普通になれると思うけど」


 私くらいって平気に言うけど、それはつまり本当に数人の、世界の頂点っていう話だぞ、と舞台田は内心でつっこむ。


「あんたが言うならそうなんでしょうね……ま、あいつの才能なんてわかりきってたけど、さすがに手に負えないレベルっていうかね、思っちゃいけないとも思うけど、日に日にいるべき場所が違う、ってね」


「そりゃそうでしょ。なんであの子あそこいんの? ダンスやるにしたってもっと色々あるでしょ。好き勝手できるとこ。まーちょろっと話してあいつの意図みたいなのはわかったからいいけどさ、しかしまー茨の道よ? 本人っつうか周りが大変すぎでしょあれ。おとなしく一人でやってたほうがいいと思うけどねー」


「……あんたはこの先どうするのがいいと思う? 晃個人じゃなくて、晃がいるままであのユニットがどうしていくのがいいのか」


「だから二択でしょ。結局全部アキラしだいっていうかさ、あいつが全部握ってんだから。アキラがやるかやらないかで。どっちにしたってうまくはいかないと思うけどね。こう、見せるショウビジネスとしては?」


「うん、まぁ、あんたならそう言うでしょうね。でもさ、違うから。彼女達はユニットで、三人なの。あの二人だって、いや、あの二人の方こそ、みんなの行く末を握ってるんだよ」


「そういうのは私わかんないからねー。でもまぁ、無理でしょ。時間とか練習量の問題じゃないでしょ明らかに。あのさ、名前知らないけどやたら顔すごい方? はまぁ、ダンスとか歌とかとは別にすごい力は持ってるよ。だからまったく別の力でアキラと対等に並んで立てるかもしれない。でも踊ったらもう全然だけどね。で、もう一人の方。あれは悪いけど何したってアキラのレベルには追いつけないでしょ。ダンスだけじゃなくてさ、他のなんであろうと、対等なんて一生来ない。もうこれはしょうがないでしょ。生まれた時から違うんだから」


「……それは天才の理屈でしょ。凡人はさ、あんたら天才に全部生まれつきだって言われようとはいそうですかって諦めることなんかできないの。諦めないことこそが、挑戦こそが凡人だけに許された天才が唯一持たないものなんだから」


「でもあんたは諦めたじゃん」


 うてなは、平然とそう言い放つ。


「だからあの子に入れ込んでんの? 自分の代用? 叶わなかった夢を託すとか? 他人に? 利用して?」


「――ま、そうだけど、ちょっと違う。そこがあんたが永遠にわからないとこで、ユニットで、三人で、アイドルで――そしてあの子が、十子があそこにいる理由。必然として、晃と一緒にいる理由。あの子が晃と対等に、ステージの上に立てる理由」


「……何が?」


「天才はさ、孤独でしょ。孤独で、孤高で。遠すぎて、住んでる世界が違いすぎて、ずっとただ一人で、他の誰も息もできないような荒野を歩き続けてる……


 だから天才は、あんたたちは、絶対に夢を託されない。物語を持ってないから、誰とも物語を共有できない。


 それは晃も同じ。アイドルとしちゃある意味致命的よね。けど十子にはそれがある。あの子だけが、あの三人の中で天才に挑めるだけの、並べるだけの、そういう物語を獲得することができる。それによってどれだけ才やパフォーマンスに差があっても対等に並ぶことができる。そういう世界も、あそこにはあんのよ」


「ふんふん、物語は完全に管轄外だからねー。なるほどそこがアイドルの強みか……なんだっけ、判官びいき? まー日本人には色んな心理があるしね」


「あんたも日本人でしょ一応。というかそういうのは別に万国共通だし」


「そう? まーとにかく練習じゃどうにもならん差をそれも含めた物語で補おうって話ね。そりゃ完全に想定外ですわな。できるかどうかは別として。そんなん私が思いつくわけないでしょー。肉体以外何もねえって三〇年生きてきたんだからさ」


「でしょうね……ま、あんたにはわからないでしょ」


「いやいや、わかるようにはなりたいよ一応? 手取り足取り教えてよ」


「自分で勉強しろ。人に教わるようなもんでもないでしょ。てか三〇年も生きてきてわからないなら今更無理じゃない?」


「んなこたーないでしょ。知りたいって思ってれば知れるじゃない多分。あんたのこともそうやって知ってきたんだからさ。あんたを通せばそれだって、こう、近づけるかもしれないじゃん」


 うてなはそう言い、ニカッと笑う。


「……まー好きにすれば」


「しますぜーそりゃ。けどんじゃあんたの考えとしてはアキラにゃ好きにやらせるってこと?」


「好きにはやらせないよ。今まで通りでもないけど。段階を置いて、工夫して、バランスを考えて、試行錯誤していく……アキラが自分のすべてを出しつつ、みんなも全部出せて、かつ三人のユニットとしてのまとまりっていうか、完成度も求めてね」


「それめっちゃきつくない?」


「でしょ。だからあんたも手伝ってよ。視覚と肉体はエキスパートでしょ」


「まさか休暇でこっち来てまで仕事させられるとはねー」


 うてなはそう言い、がっくりと溜息をつきテーブルに突っ伏す。


「アヤコとディズニーランドでも行くつもりだったんだけどなー」


「アホかあんた。だいたい前日に連絡してくる時点でおかしいんだよ。こっちだって都合があんのよ」


「こっちもそういう都合だったからねー。すれ違いばっかだねー私たちは」


「……今度来る時はちゃんと前もって言いいなよ。そうすりゃ予定だって空けられるかもしれないんだから」


「ういー。努力はするけど予定とか死ぬほど苦手だからなー」


 うてなはひらひらと手を挙げて答える。そこにワインが運ばれてきて、うてなはバッと顔を上げ意気揚々と飲みだすのであった。



     *



 一方、木ノ崎たちが向かった中華料理屋。注文を終え、料理が来るのを待っている。


「で、どうすんだ? お前」


 と鴫山が木ノ崎に言う。


「別に、どうもしないよ」


「どうもしないってなぁ……てかなんで舞台田さん松舞うてなとか呼んでんだよ。というかなんでいんだ? あの人普段アメリカじゃねえの?」


「さあ? 僕も詳しく知らないし。来るって聞いてなかったから」


「お前もかよ。しかしまぁ、やべえなあれ……俺も生で見たの初めてだけど、違うわな。うちのも含めてだけどよ、芸能人とはまた全然違うオーラだな。なんだあれ、あんな人間見たことねえぞ」


「普通そうでしょ。だってあの分野じゃ文字通り世界の頂点って人じゃん。しょせん日本の芸能人なんかとは格が違うに決まってるじゃない」


「ほんとなぁ……困っちまうけど実際そうだからな。ダンスもなんだあれ? 意味わかんねえわ。何がどうなってんだ? 人間の体じゃねえだろほんと。同じ生き物とは思えねえわ」


「ほんとねー。同じダンスっていうのがなんかおこがましくなってくるよね」


「なー。けど舞台田さんこんなこと呼びつけられるほど松舞うてなと仲よかったんだな。ニューヨーク? だかのダンスの学校で一緒だったとかは聞いたことあるけどよ」


「僕もそれくらいしか知らないからねぇ。まー良かったじゃない、おかげであんなもん目の前で見られたんだしさ、あの子らも」


「そうだけどよ……てか本題だよ。松舞うてなのあれは、その、計画通りなのか? お前は別に関与してないんだろ? 来るのも知らなかったってことは」


「そりゃね」


「じゃあ舞台田さんがわかってやってんのか? 止めてなかったし。松舞さんの独断っつうか暴走の可能性もあっけどよ。天才は何すっかわかんねえしな。まぁそれ言ったら五十沢もだけど……お前はわかってたのか? その、五十沢が手ぇ抜いてるっつうかよ、かなり落として、周りに合わせてるみたいなの」


「さあ? どうだろうね。別にどっちだって同じだしね」


「何がだよ」


「僕が関与することじゃないってこと。やるのは彼女達だよ。選ぶのも彼女達。あとはまあ、プロの舞台田さんに任せてね。素人が口挟むことじゃないでしょ」


「つってもよ……ことはユニット全体の方向性にまで関わるもんじゃねえか。お前も見ただろ? 五十沢はありゃ、普段相当抑えてたぞ。天才なのはわかっちゃいたけど、あそこまですげえの見るとどうすりゃいいんだってさ……お前はほんとに、考えねえのか?」


「考えねぇ……ま、あえて言うならさ、全部わかってたことじゃない」


「こうなるのも全部わかってたっつうのか?」


「そりゃね。こうなるっていうか、こういう感じの事態になるのはさ。五十沢さんが五十沢さんである以上必然じゃない。彼女を入れて彼女を中心にやる以上。そりゃ思ってたよりだいぶ早かったし、思ってたより五十沢さんはかなりすごすぎて他との差もありすぎたけどね」


「……そこまでわかってたっつうなら、当然解決策もわかってたんじゃねえのか?」


「わかるわけないでしょそんなの。だってさ、その時その時によって各々の状態なんか違うじゃない。みんなの関係性やスケジュール的な状況もさ。しいて言うならスケジュール的に現実問題大きな変更はできない、って考えるのが普通だよね」


「じゃあ、木ノ崎さんの考えは」


 と鷺林が口を挟む。が、


「んなわけねえだろ。それが普通って言ってる以上、こいつはんな普通の考えはしないって話なんだよ」


 と鴫山が言う。


「そ、そうですか……ってことは、その逆、ですか……?」


「……繰り返すけどさ、僕の考えなんてどうでもいいのよ。根本的に勘違いしてそうだけどこれはさ、彼女達が、あの三人が自分たちがどうしたいか、どうなりたいかって話なのよ。なら当然いつかは直面する話だよね、どんなアイドルユニットだろうと。それだけのどこにでもあるシンプルな話」


 木ノ崎はそう答え、ニカッと笑うのであった。



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