第五話 見ればわかるが根本原理
「あーそうだ、後出しで悪いんだけどさ、僕脛に傷あるのよ」
と木ノ崎が唐突に言い出す。
「――えっと、いきなりなんでしょうか……」
と黒須野は少し面食らった様子で聞き返す。
「昔色々あってね。まあ君らが有名になってったらいずれどっかに知られて公表されるだろうからさ、そうなったら君らにも迷惑かけると思うし色んな意味で傷つく感じになるかもしれないのよ。早い話地雷っていうか、時限爆弾みたいなもんなわけ。それわかってるからなるべく被害でないよう事前に対策しとくしさ、僕がいなくなってもなんら問題なく回るようにしとくし、そもそもそれくらいで傷物になるようなユニットにするつもりもないけど――それでもやる?」
「……脛に傷っていうのは、どういうものなんですか?」
「それは言えないんだよね。上に止められててさ。僕はこれやるにあたって最低限信頼関係だし前もって伝えた上で了承得たかったんだけど、知ってる人増やすほどリスクも増えるのは事実だしね。まぁ大人は汚いってことよ。ついでにこのユニットについて軽く説明しとくけどさ、僕がスカウトなのはわかるよね?」
「それは、はい」
「本来スカウトしかやらないしさ、事務所いれたら後のことは完全ノータッチなのよね。信条ってほどでもないけど、まぁ人には向き不向きあるしね。マネージメントだのプロデュースに関しちゃ完全にド素人だから。でもシギさんに言われてねぇ。シギさんってのはさっきオーディションにいた人ね。マネージメント三部、まぁ音楽、アーティスト関係のマネージメントの部署だね。そこの部長。彼僕のこと拾ってくれた恩人みたいな感じなんだけどさ、あの人が少し前に部長に昇進してね、それで僕にアイドルのプロデュースしろっていうのよ。まーやりたくなかったんだけど恩返せって言われるし、上の命令だしねぇ。そんな折に五十沢さん見かけちゃってね、まーやるかって、そんな感じ」
「……つまり、事務所の大黒柱で日本一のスカウトである木ノ崎さんが、満を持してアイドルユニットを自らプロデュースする目玉プロジェクト、という感じなんですね」
と黒須野は確認する。
「シギさんの中ではね。単純にあの人が個人的に見てみたいってだけだろうけど。でも僕チーフプロデューサーでもなんでもないから。あくまで一介のスカウトで、表向きはメンバー集めただけのただの軽いアドバイザーみたいな感じ。所属も一応新人開発部っていうスカウトの部署のまんま」
「え、なんでですか?」
「さっき言った通り脛に傷あるからさ、あらゆる点で表に出たくないのよ。僕の名前あれば注目度増すってのもわかるけどさ、表向きにはほぼ無関係ってことでね。そうすりゃなんかあった時もダメージ少なくて済むしね。まぁリスクヘッジよ。だからまぁ、そっちもそのへんは留意して行動してね、悪いけど」
「はい……でも、実際は木ノ崎さんがメインとなってプロデュースするんですよね?」
「一応はそうだけど、ほら、僕未経験だからさ。手腕なんて欠片もないし。これが面白いんじゃないのーとか色々口出すくらいかな。一応全体の方向性とかも決めるけど。でもちゃんと僕とは別に経験者のマネージャーはいるから安心してよ。ついで言うと僕の名前木ノ崎樹一郎じゃん? 名刺見たと思うけど」
「はい」
「あれ偽名。本名は内緒。事務所内でも知ってるのごく一部。どう? めっちゃ怪しいでしょ」
「……芸名みたいなものじゃないんですか? そういうアイドルプロデューサーの方実際にいらっしゃいますし」
「まぁそういうことにしてるけどね。そもそも大抵の人は普通に本名だと思ってるし。とにかくそんな具合で色々他とは違うユニットだし、僕はリスクしかない存在だけど、それでもやる?」
黒須野は、一瞬考える。いや、実際は考えていない。ただの間。思考、に入ったその瞬間「いや、考える意味ないなこれ。考えるとか悩むとか、ないし。決まってる」と、秒の確認。ただそれだけ。
「――もちろんやります」
「だよね」
木ノ崎はそう言い、へらっと笑った。
「色々めんどくさくてごめんね。あぁ、あとこれも言っとかなくちゃだけど、当然君さっきのオーディション二次落ちになるけどいいよね?」
「え?」
「これオーディション関係ない個人的な引き抜きだからさ。ユニット入るってのにオーディションだのやってらんないし、当然グランプリなんか取らせられないし。趣旨変わっちゃうからね。でも別にいいよね? いらないでしょ、グランプリとか。ましてやオーディション何次通過とか」
当たり前のように、木ノ崎は言う。
「……はい、二次落ちで大丈夫です」
「だよね、アイドルやんだし。別に賞欲しくて受けてるわけじゃないもんね。欲しいもんと違うし」
すべてが図星だ。この人には本当に、何もかもが見えているのだろうか、と黒須野は思う。
「んじゃ契約書とかはまた後日だね。手渡しか郵送になるのかはよくわかんないからあとでマネージャーに聞いとくよ。ていうか多分マネージャーから連絡行くし。あとは保護者への挨拶だね。日程のやり取りとかはこっちが直接やるけど一応軽く話しといて。だいたいの都合いい曜日とか時間とか。保護者の構成ってどんな感じ?」
「えっと、父と母です。で、大丈夫ですか?」
「うん。ご両親は君の芸能活動志望とかどう思ってる感じ?」
「そうですね……応援、というほどではないですけど、ほとんどやりたいようにやらせてもらえてます」
「ならよかった。ちなみにご職業とか聞いても大丈夫?」
「父は記者です」
「記者かー……なんの?」
「新聞ですね。今は確か経済部です」
「それはそれは。あんま相性よくなさそうだね」
「まぁ、ある程度芸能業界のことも知ってますので、良くは思ってなさそうですね……」
「そっか。まあいいや。どこの会社かも言わなくていいよ。母親の方は?」
「出版社の編集部ですね。児童書です」
「あーどちらもそういう業界か。児童書ならあんまこっちとは関わりなさそうだね。雑誌なら別だけど」
「今は主に知育系だったはずですね」
「了解。んじゃ僕は行かないが吉だね」
「え、来ないんですか?」
「そりゃね、僕こんなんだし。適材適所でしょこういうのは。スカウトなんていったらそれこそ印象悪そうだし、そもそも僕表向きはほぼ部外者だから。まー大丈夫だって、この後会わせるけどマネージャーもちゃんとした人たちだからさ」
「……わかりました、私はそれで大丈夫です」
「よし、とりあえず話はこんなとこかな。んじゃ戻ろっか、これからの君の戦場に」
木ノ崎はそう言い、またあの子供じみた笑みを浮かべた。
*
レッスン室に戻ると、丁度休憩中だった。
「今終わったとこ? 丁度いいね」
木ノ崎はそう言い、ひらひらと手を振る。
「調子どう?」
「うん、ばっちり」
木ノ崎の問いかけに年上の方の少女、安積はぐっとピースをして答える。その清涼な微笑みに黒須野は思わず「落とされる」という感覚に陥るのであった。
「ならよかった。五十沢さんはどうよ」
「いつも通りですね」
「よしよし。んじゃもうわかってると思うけど紹介するね」
木ノ崎はそう言い、ちょいちょい、と黒須野を手招きする。
「待たせて悪かったけど三人目ね。黒須野十子さん」
「黒須野十子です。中学三年です。よろしくお願いします」
黒須野はそう言い、頭を下げる。
「うん、よろしく。私リーダー、でいいんだよね?」
と言い、安積は確認するように木ノ崎を見る。
「そりゃね。一人増えてもリーダーは君よ」
「うん。リーダー任されてる安積真です。高一だからひとつ上だね」
「はい、よろしくお願いします」
黒須野はお辞儀をし、五十沢を見る。
「五十沢晃です。中三です。よろしくお願いします」
五十沢はどこか遠くを見ているかのような表情でそう言い、ペコリと頭を下げる。
「で、こっちの二人がさっき話したマネージャーとプロデューサーね」
と木ノ崎は言い、大人の男女二人を指す。一人はメガネを掛けた若い女性で、歳はおそらく二〇代後半。いかにも社会人、といった風貌。もう一人も三〇歳ほどで、スーツを着た爽やかな雰囲気の男性であった。
「初めまして、永盛です。こちらのユニットのマネージャーを任される以前は安積さんのマネージャーをしていました。皆がパフォーマンスに集中できるよう力を尽くしますのでなんでも言ってください」
若い女性はそう言い、握手を求め手を差し出す。
「あ、はい。よろしくお願いします」
黒須野は差し出された手を握り、お辞儀をする。
「じゃあ次私ですね。木ノ崎さん色々事情話してます?」
と若い男性が言う。
「うん、あらかた」
「そうですか。じゃあ聞いてると思うけど、表向き、君たちのプロデューサーになる鷺林です。正確にはプロデューサー兼任のチーフマネージャーみたいな感じなんだけど、そのへん詳しく説明してもあれだからね。とりあえずプロデューサーっぽいこともマネージャーっぽいこともどっちもやる、みたいに思っていいから。アイドルのマネージメント自体は以前からしていたので経験に関しては安心してください。担当する職務は、ほんと色々ですね。ただ曲や振付や衣装といったプロデュースの上で大きな部分、方向性の選択や決定は木ノ崎さんが担いますので、あくまで私は補助の立場で木ノ崎さんがメインだと思っていてください」
と説明する鷺林に対し、
「そうなの?」
と木ノ崎がとぼけた様子で言う。
「そうですよ。交渉等はこちらでやるので企画や構想は木ノ崎さんがメインです」
「ほんとにそうなんだ。でも三人集まったから曲とか振りとか取ってこないとだもんね。まあそれも僕素人だしね、君におんぶにだっこだからよろしくね」
「無論全力を尽くしますが、木ノ崎さんもほんと頼みますね」
「大丈夫だよちゃんとやるから。責任あるからねー困ったことに。あと楽しそうだし。でもしばらく街出られないのはきついね。それよかどうよ五十沢さん、彼女」
木ノ崎は五十沢を見て言い、ヘラヘラ笑いながら黒須野を親指で指す。
「そうですね……そうだろうなー、って感じですね」
という無表情な返答。が、それに対し木ノ崎は、
「だよねー」
と返し、ハハハと笑う。
何が「そうだろうなー」で何が「だよねー」なのか、黒須野にはさっぱりわからない。確かめるように周囲を見るが、大人二人は「また始まった」といった具合に困った様子で小首をかしげている。
「んじゃ、今日は顔合わせだけで解散ね。みんな疲れてるだろうし、僕このあとシギさんの飲みに付き合わないとだからさ」
「わかった、了解。何かしといたほうがいいこととかある? 三人揃ったけど」
と安積が言う。
「そうだねー……あ、三人集まったんだし名前つけないとね、ユニットの名前。さすがに名前ないと不便だからさ。みんな何か考えてきてよ。君らもね」
と木ノ崎は永盛と鷺林にも言う。
「あ、はい。何かこう、基準とかあります?」
と鷺林。
「いや? 見ればわかるだよ。三人集まったんだしさ、この三人見て思いついたもんでいいんじゃない?」
「そ、そうですか……」
「あの、私達のほうは」
と黒須野も尋ねる。
「君らも同じよ。残りの二人と自分見てさ、見えてきたものをね。あとはまぁ、しいて言うなら『目指すもの』じゃない?」
「目指すもの……」
「うん。別に自分以外の二人に聞かなくていいよ。自分がさ、この三人でどうなりたいか、何をしたいか、そういうのは君らにしかわからないじゃない。やるのは君たち。僕らはあくまで外野だからね」
「……わかりました」
「あー、あと一つだけ。一応チーフプロデューサーってことでシギさんから任されてる身だから言っとくけど、このユニットのコンセプトっていうかテーマっていうか……根本、根本だね。根本の原理。このユニットの根本は『見ればわかる』、それだけだから。シンプルでいいでしょ」
ヘラヘラと笑って言う木ノ崎に「それが一番難しいんでしょうが!」と黒須野は内心つっこむ。
「まーでも、別に明日明後日で決めるわけでもないからさ。別に急ぐ必要はないし、一応そういう意識で見たりやったりしといてよってだけの話でね。そうしてればいざ名前決めるってときにぱっとアイデア出るかもじゃない。
じゃ、以上だね。悪いけど今日はすぐに帰ってね。初日から黒須野さん遅く帰したら親御さんの心証悪いからさ。三人でなんか話したいかもしれないけどそのへんは明日以降ね。んじゃ、そういうことでよろしくね安積さん」
「うん。木ノ崎さんも早めに帰ってね。ほどほどにして」
「ははは、まーそれもシギさん次第かな」
「そうだろうけど、始めるんだよね。明日から」
安積はそう言い、木ノ崎をじっと見上げる。
「……ま、そうだね。僕ももうそういう身分だもんね。なるべく早く帰るよ。ありがとね」
「うん。どういたしまして」
安積はそう答え、ふっと微笑む。
「んじゃ、みんなも気をつけて帰ってね」
木ノ崎はへらへらと笑い、手を振るのだった。