第九話 マジでヤバいやつら
対面当日。鴫山のもとに三穂田と新殿が集まっていた。
「ご無沙汰してます、三穂田要です」
「久しぶり。新殿舞です。覚えてるかな? 前はほんとちょっとしか話さなかったと思うけど」
「はい、覚えてます。今日はよろしくお願いします」
「うん、よろしく。もう一人って要さんだったんだね」
「はい、一応は。まだ決めてないですけど」
「それで『今日は』か。まー私もまだだけどね。とりあえず会ってみないと何も言えないし」
「そうですね……あの、自分全然年下なんで、要さんとか、さんなんてつけてもらわなくて大丈夫です」
「あー、そうだね。わかった」
「おし、んじゃ行くか。あっちは木ノ崎が連れてくからよ、レッスン室で合流だ」
鴫山はそう言い、二人を連れてレッスン室へ向かった。
*
「――あ? なんだよあいつ、まだ来てねえじゃねえか」
レッスン室のドアを開けた鴫山が言う。
「先いろって言ってたんだけどなぁ、ったく」
そう言い腕時計の盤に目をやると、廊下の先からなにやら賑やかな一団がやってくる。無論それは木ノ崎、京手、石住の三人であった。
「学校のジャージで渋谷うろつくとか私は無理だなー」
「別にただの服だろ。どうでもいいし。そんなんあたし以外もいくらでもいるぞ?」
「でもめったに見かけないよねー」
「つか制服だって同じだろそれ言ったら。部活終わって直行すんだからしゃあねえだろ。着替えのために家帰るとか時間無駄すぎんでしょ」
「だとしてもねー。それに汗臭いのはアイドル失格ー」
「お前鼻良すぎんじゃねえの? フローラルだろ全然。ちゃんと色々ガーッてやったし」
「がー? 服に汗染みこんでたら意味ないんじゃないそれ?」
「んじゃファブか。めんどくせ。荷物増えるし」
「僕持ってるから貸そっか?」
「え、なんで?」
「タバコ吸うからね。携帯用の小さいの」
「あーなるほど。まー後でいいよ」
そこで三人が、レッスン室の前に着く。
「すいません、部活で数分遅れました」
と京手は言い、鴫山に頭を下げる。
「あー、大丈夫だ。俺たちも今来たとこだしな。とりあえず中入ろうか。あとお前ら、もう少し静かに歩けよな」
「うっす」
京手はそう言って敬礼し、中に入る。ドアが締まり――ついに四人が、対面する。
「――はい! んじゃもう勝手にいっちゃっていいの?」
と荷物を置くとすぐさま京手が言う。
「あ? いっちゃうって?」
とさすがに鴫山も話に追いつけず尋ねる。
「自己紹介ってか名乗り。んじゃあたしから」
京手はそう言い、ズビッと手を上げる。
「初めまして、京手縁です! 一五の中三! よろしく!」
京手はそう言うと一歩踏み出し、新殿に手を差し出す。
「よろしく!」
「――どうも、よろしく」
新殿はそう言い、握り返す。すると京手はいつかのようにギュッと握るとその腕を引き、ハグをする。
「うしっ! じゃー次!」
と今度は三穂田を相手に同じことをする。新殿と三穂田の表情には、さすがに困惑の色があった。
「うぇー、出たハグ魔ー」
と石住は顔を歪めて笑いながら言う。
「おっ、やったげる?」
「さっきやったしー。んじゃ私もー」
と石住がひらひらと手を上げる。
「石住美澄でーす。ゆかりんと一緒で一五歳の中三でーす。よろしくどうぞー」
石住もそう言い、京手同様握手とハグを繰り返す。それにすかさず京手がつっこむ。
「やってんじゃん」
「やるよそりゃー。部活帰りのゆかりんはイヤっていうだけー」
「そんなか。がんばる」
「何がよー」
「色々。んじゃこちらからは以上なのでどうぞ」
京手はそう言い、新殿らに手を向けた。
「――あー、うん。えー、新殿舞です。今は高一で一五歳です。よろしくね」
「そんな気がしたけどやっぱ先輩だったな」
「だねー。改めなさい」
「お前もどっこいだろ」
と京手と石住は顔を見合わせる。
「ニイドノさん、ニイドノってどういう字ですか?」
と京手が尋ねる。
「え、っと、新しいに、お殿様の殿だけど」
「じゃー殿だな」
「だねー」
と再び京手と石住は顔を見合わせる。
「殿。殿のこと殿って呼びますけどいいですか?」
「殿?」
「殿ー」
と石住も殿と呼びかける。さすがに新殿は困惑が隠せなくなってくる。
「あー、まぁ、別に構わないけど……」
「じゃー殿で。アダ名と尊敬語? が両立するなんて便利だな」
「ねー。殿様って様つくのになんで呼ぶ時は殿?」
「……知らね。じゃー次そちらお願いします」
と京手が指す。三穂田は、すでにどこか不機嫌な様子になっている。
「――三穂田要です。中二の一三です」
「下かー。お前どっちだと思ってた?」
と京手が石住にふる。
「下ー」
「あたしも下。あいこだな。けど最年少が一番高身長か。そんであたしが一番チビ?」
「チビだねー。でも六〇近くはあるから平気じゃない?」
「五八。バスケやるにはチビだわなー。そういやお前なんぼ?」
「私六三ー」
「へー。まあ一八までには抜かせるかな」
「無理っぽくない? でかいゆかりんとか似合わないよー」
「確かにお前は抜かさんほうが絵面はいいな。あ、こっち以上なんでシギやんにお返しします」
「おう……相変わらずっつうか、しょっぱから絶好調だなぁ……それお前らの平常運転なの?」
「もち」
「あ、そう……お前ら今日三回目?」
「そだよー。あれ以来会ってないしー」
「なんだかんだ連絡もしなかったな」
「ねー。まー別に必要ないしねー」
「ほんとわけわかんねえなお前ら……まぁ、こんな感じだ。一応俺からも補足するわ。こっちが例の京手と石住で、木ノ崎がスカウトしてきたやつだ。んで、こっちの新殿にリーダーやってもらおうと思ってる。出身は沖縄でこっちじゃうちの寮住まいだな」
「沖縄! あたし今度修学旅行で沖縄行きますよ! 仲間仲間」
と京手は言い、新殿に対してぐっと親指を立てる。それに対し石住も言う。
「私北海道だから私の勝ちー」
「は? 普通に沖縄の勝ちじゃね? 北海道ってなにあんのよ」
「食!」
「こっちは海!」
「こっちにも海あるしー。だいたい海とかどこにでもあるじゃん」
「食もどこにでもあるだろ」
「安くてうまい寿司は北海道だけー」
「寿司か……負けだわそりゃ。すいません殿、沖縄完敗っす」
「あ、そう……まぁ寿司おいしいしね……」
「京手ー、これ以上脱線させないでくれ」
と鴫山は溜息をついて言う。
「うっす」
「まーそういうことで、最後が三穂田。こっちはうちのアイグラっつうアイドルオーディションの準グランプリでうち入ったやつだ」
「エリートだ。んじゃバリバリアイドル志望」
と京手。
「そういうことだな。まーどうせいずれ知ることになるだろうから言っとくけど、バラフォーの三穂田の妹な」
「バラフォー? ってなんだっけそれ」
「アイドルでしょー? なんかすごいジャンプしてるやつ」
と京手に石住。
「あー、なんか見たことあるわ。なんかすげージャンプしてるやつな」
「そのジャンプしてんのがこいつの姉よ」
と鴫山。
「へー。ジャンプしてる人の妹か。やっぱジャンプするの?」
「……しません」
京手の問いに、三穂田は簡素に答える。
「あ、そう。なんか怒らせた」
と京手は石住の顔を見る。
「そりゃ言い方がねー。ていうかゆかりん半分確信犯でしょー」
「あー、確信犯ってなんかほんとは意味違うとかよく聞くけど結局どっちが正しいのか忘れるよな」
「誤用でも通っちゃうしねー。かなちゃんは出身どこー?」
「え、っと、福島です。福島県の郡山で」
「お、じゃあ仲間だー」
「は? 何が?」
と京手。
「私修学旅行北海道だから仲間ー」
「……どこが?」
「北ー」
「……バカじゃねえの?」
「えー? だって北じゃーん」
「うん、お前がそれでいいならいいけど」
「うん、わかった。お前ら一旦離れろ。そう毎回漫才やられたんじゃたまったもんじゃねえ」
と鴫山は頭を抱えて言う。
「漫才だってさ。それもありだな」
「うぃーん」
「そこ? 自動ドア? なにいきなり入店してきてんの? 普通そこ『なんでやねーん』とかじゃねえの?」
「だって私ボケじゃん?」
「まー頭はボケてっけどな」
「ってなんでやねーん」
「ダメだこれ、やっぱ離れろ。漫才終わんねーわ」
と京手自ら言う。
「ついでにお口チャックマンだねー」
「んな誘ってもつっこまねえぞ」
「いや、今のボケじゃなくて標準的日常会話」
「嫌な日常だなーそれ。いや、ほんとすいませんシギやんさん。どうぞどうぞ」
「――まー、この調子でマジでヤバいやつらだが、新殿、リーダー頼めるか?」
「……やるとなったらやりますけど、その前にまだ決めてませんからね」
「そうなの? まーでも普通そうか。見る前から決めらんないもんね」
と京手も言う。
「そういうことだな。まー、つーことでよ、お前ら見せてやってくれ」
と鴫山。
「何をー?」
「すごいとこを」
「あーそう。すごいとこなー。何やる?」
「前と同じのやっても面白くないしねー」
と石住は京手に返す。
「だな。じゃー何かそっちで指定してもらえます? できれば面白いので」
「いや、指定ってなんでもできるってこと?」
と新殿が聞く。
「いや、ほとんどできないんで覚える時間必要ですけど。まー、三〇分かかる?」
「ものによるけど私はかかんないかなー。前の感じだとゆかりんは無理だろうねー」
「だな。まーとりま三〇分くらいでいいでしょ。ってことで三〇分くらいもらえれば今覚えてやりますよ」
「いや、三〇分って、」
「じゃあジャンプのやつ、やってください」
と三穂田が言う。
「ジャンプのやつってさっき言ってたやつ?」
「はい。バラフォーの『ゴー・ゴー・フォーエヴァー』です」
「そういう名前なんだ。てかバラフォーって略だよね? なんの?」
「……バラ色フォーエバーXです」
「めっちゃいい名前やん。バラフォーなんて言わないでみんなちゃんとバラ色フォーエバーって言ってやれよって感じだよな」
「はぁ……」
「え、思わない? バラ色がフォーエヴァーでしょ? 永遠。めっちゃええやん。てかXは何?」
「……まぁ、大人の事情だと思います」
「あー、わからん。まーいいや。やるよ、面白そうだし。スミもいい?」
「是非もなしー」
「え、なにそれ。それもめっちゃいい。あたしも使うわ是非もなし」
「いいけどちゃんと私の真似だって言って使ってねー」
「是非もなし。じゃあシギやん悪いけどこの前みたいに画面映してもらえる? てかできるようになりたいからやり方見せて」
「しゃあねぇなぁ……」
鴫山は操作方法を説明し、ディスプレイに映像を映す。
「オッケー、多分覚えた。スミは?」
「ばっちぐーよ。任せてちょんまげ」
「それは使わねえなー。よし、んじゃ始めっか」
京手はそう言い、動画を再生する。もはや幾度目かわからない、秒の集中。鴫山はすでに散々目にした、集中の深海へのダイブ。
それを二人が――新殿と三穂田の二人が、初めて、その目で見ることとなる。




