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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第一章 黒須野十子のクロスロード
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第四話 十字路の悪魔の名は運命



 しばらく後、オーディションが全て終了する。


「んじゃシギさん、彼女待たせてるから僕行くね」


「ちょっと待て、俺も行くわ。んな面白いこと混ざらねえわけにいかねえからな」


「いや、あんたここの責任者でしょ。もろもろあるのにシギさんいないんじゃダメじゃん」


「あーくそっ、んじゃ飲みだ! 終わったら飲み行くぞ! 話聞かせろ!」


「シギさんのおごりならいいよ」


「わーった経費で落とす!」


「落とせないでしょそれ。んじゃよろしくね」


 木ノ崎はそう言うと書類を鴫山に押し付け、足早に部屋を出た。




 黒須野が待つ、小さな会議室。


「いやーお待たせ、悪かったねぇ」


 扉を開けると同時に、木ノ崎はヘラヘラと笑って言う。


「あ、いえ、大丈夫です」


「誰か来た?」


「いえ、誰も」


「そっか。んじゃ行こっか」


「はい? あの、どちらに」


「見せたいものがあるからさ」


 木ノ崎はそれだけ言うとさっさと部屋を出る。黒須野も慌てて荷物をまとめ、そのあとを追った。


「すみません、見せたいものって」


「見ればわかるよ」


 黒須野の問いに木ノ崎はそれだけ答え、さっさと歩く。


「さっきのでちょっとわかったかもしれないけどさ、僕の口癖っていうか信条みたいなもんだけど、基本全部『見ればわかる』だから。言葉で説明したって意味ないしね」


「そうですか……わかりました」


 黒須野もそれだけ答え、前をゆく木ノ崎の背を見る。痩せていて、広くはないが高さはある、黒い背広の背。


「伝説」と呼ばれたスカウトの背。その背を見ながら、黒須野は考える。



 すごい人。いや、すごすぎる人、のはずだ。あれが全部嘘でないなら、尾瀬遥(おぜはるか)だとか、あのディフューズの二人だとか、そういう人達をスカウトした人なら、「見る目」は多分ものすごい。話術というか交渉術だってすごいはずだ。あまりそう見えないというか、ものすごく変わった人に思えるけど、けれどもそんな思い込みは意味がない。「見ればわかる」というが、それこそ「見ただけではわからない」だってあるはずだ。


 というかそもそも、なんの用だかも聞いていない。「ちょっと付き合って」と言われただけで、何か話があるのか、何をするのか、どこに行くのかもわからない。ただ、多分、自分は何かに選ばれた。それは多分、アイドルの何か。


 多分、歩いて行った先に、「アイドル」の道が、あるはずだ。



 自然、黒須野の心臓は高鳴る。わけがわからない。オーディションの合格とも違う。そもそもその場で結果出すなんてありえないだろうし、全く別の、個人的な何か?


 でも、なんだっていい。今の自分にできることは、すべきことは、この背中についていくことだけだ。



     *



 しばらく歩いたのち、木ノ崎はとある部屋の前で足を止めた。ドアのガラス窓を覗いて中を確認し、開ける。


 瞬間、廊下に音が漏れる。何かの音楽。それと、キュッキュという靴底が擦れる音。


 その先で、二人の女子が踊っていた。



 一人は、少し背の高い女子。高校生くらいで髪は短い。その容姿は中性的、というよりもはや性別というものを超越しており、恐ろしいまでに完璧に整っている。どこまでも透明感があり、遠く、それでいて絶対的なまでの他との差異を示す顔。そしてその顔を源として発せられる、「異なる人間である」というオーラ。


 もう一人は、比べて少し小さめの少女。短いおかっぱのような黒髪。その髪型とどこか異国情緒のある顔によって浮世離れした雰囲気が突出した、クールな雰囲気をかもしだす佇まいであった。



「これスリッパ」


 木ノ崎は小声で伝え、自分も革靴を脱ぎスリッパに履き替える。黒須野もそれにならうが、視線は奥の二人から離せない。


(これは……)


 黒須野は凝視する。見ればわかる。確かに、見ればわかる。言葉はいらない。


 ダンスだ。まごうことなくダンス。見ればわかる。でも、見ないとわからない。


 というか、見てもわからない。


 上手い。上手すぎる。毛が生えた程度の自分にも、それはわかる。


 ダンスは幼い頃からやってきた。それも最初はほとんど遊びに毛が生えた程度のものであったが、アイドルになる、あの光景を見る、そう決めた日からこの一年、ダンスとボーカルの専門的なレッスンを受けてきた。自分が納得できるレベルまでいってから、今回のオーディションを受けた。だからダンスは最低限できる。それなりにできる、はずだった。


 でもこれは、今目の前で行われているものは、全然違う。もっと別次元の、言ってみれば本物のダンス。


 見たところ、どちらも自分とさほど歳は変わらない。片方は明らかに年上だがそれでも高校生程度。もう一人は同い年か、もしくは年下。


 そう、もしかすると年下の、この人間のダンスがヤバい。


 年上の方も、もちろん上手い。明らかに練習を積んでいるし、才能だってあるだろう。少なくとも自分が見ていて、悪いところなど見つからない。


 でも、年下の方。年下かどうかもわからないが、ともかくこっち。小さい方。



 ――どうやったらこんなふうに踊れんの? というか、どうやって踊ってんの、これ?



 あまりにも、完璧だった。言うなれば「決められた線を一ミクロンのズレもなくなぞっている」ようなもの。決められた振付を、一ミリの誤差もなくなぞっている。それどころか、その振りが表現すべきものを、元の振りの何百倍にも増幅させて表現している。


 見ればわかる。本当に、それだけだった。動きの全てに、意味が詰まっている。動きの全てに、必然が詰まっている。


 彼女がそのダンスを踊っているのではない。ダンスのほうが、彼女の肉体と動きによって初めて生を受け、この世に顕在化している。そういう次元のもの。


 言葉はいらない、言葉では無理だ。見ればわかる。見ただけでわかる。でも、見ただけではわからない。それが手が届かないほど遠くにあるということしか、わからない。


 自分の目ではまだ、見ただけではわからない。


 ――人間は、こんなふうに踊れるのか……




 トントンと肩を叩かれる。黒須野はハッと我に返り、木ノ崎を見る。


「ちょっと外出ようか」


 黒須野は黙って頷き、木ノ崎に続いて外に出た。戸を閉めると、再び静寂が戻ってきた。


「どう?」


「え、っと」

「見ればわかったでしょ?」


「――はい、一応は……」


「ははっ。どうだった?」


「どう……あの、左の、小さい方は」


「あー、五十沢(いさざわ)さんね。五十沢晃(いさざわあきら)さん。一ヶ月前くらいにスカウトしたんだけどさ、いやーすごいよね彼女」


 すごい、じゃ済まない。そんな呑気に、ヘラヘラ笑って言うレベルなの? ほんとにわかってんの? 


 ここじゃあれが普通なの?


「そうですね……すごいです……どういう人なんですか?」


「そんな詳しく知らないけどね。僕がスカウトするまでアイドル含めて芸能活動はゼロって言ってたよ。だからまーアイドル生後一ヶ月みたいなもんかな。色々スポーツとかやってたみたいだけどダンスは基本我流らしいね」


 我流? あれで? まともなレッスン一ヶ月?


「あとまぁ今は中三だね。黒須野さんもだよね」


「あ、はい」


 やっぱりタメ……いや、年下じゃなかっただけマシか、と黒須野は内心思う。


「あーでもまだ14とか言ってたかな。誕生日三月とか言ってたし。黒須野さん一五って言ってたよね。何月?」


「四月です……」


「んじゃほとんど一つ下みたいなもんだ」


 木ノ崎はそう言い、ヘラヘラと笑う。


「もう一人の方は安積真(あさかまこと)さん。高一で一六歳。彼女も四ヶ月前くらいに僕がスカウトしたんだよね。別にアイドルってわけじゃなかったけど今回ユニットやれって言われてさ、んじゃ彼女欲しいよねーって誘ったんだ。まぁそんなわけでさ、君ここ入んない?」


「――え?」


「三人なんだよ予定では。でもまだ二人しかいなくてねー、最後の一人探してたのよ。君やんない?」


「えっと、それは私が、あの二人とユニットを組む、アイドルの、ってことですか……?」


「そう、三人ユニット。君とあの二人。三人で歌って踊るのよ」


「私が、ですか?」


「うん。だって君主人公っぽいじゃん」


 意味が、わからなかった。


「まー無理にとは言わないけどさ、やるでしょ?」


 当然のように、言う。それは決定事項。彼の中では、初めから決まっていること。

ああ、そうか。なるほど、「見ればわかる」ってそういうことか。


 最初に見た時点で、もう結果がわかっているんだ。


 黒須野はドアの小窓から、中をちらりと見る。


 改めて、第一印象。安積真、さん。高一というが、自分より一つだけ上とは思えない。大人びた容姿、雰囲気。何より、オーラ。異常なまでの顔面偏差値って感じ。眼力すごすぎ。背高いし、スラっとしてて、完璧でしょあの体。なんというか、「超越」って言葉が似合う気がする。普通に高校生やってんだとしたら信じられない。というか、なんでアイドル? モデルとか女優とか、そういう方じゃないの普通。いや、でも、というか、意味ない。うん、見ればわかる。


 この人は本物だ。


 私でもわかる。というか、誰でもわかる。言ってみれば、生まれつき「そちら側」にいるような存在。人とは違うということを、運命づけられたような存在。


 何をしようと数年で、芸能界のトップに立つような逸材。


 そんな人間がいるユニット。多分この人がリーダーをやる、ユニット……



 そしてもう一人。多分、じゃない。言わずもがな。


 絶対こいつがセンター。


 五十沢晃。同級生。ダンスに愛されたとしか思えない人間。その存在は、どこか浮世離れしている。背は多分私より小さくて、体も小さい。けれども、踊りの中で時に何倍もの大きさの存在感を見せる。動きの中で常に存在が変容している感じで、掴みどころがない。


 それと顔。顔も、浮世離れ。バケモノかってくらい整ってるけど、安積さんと違ってどこか現実味がない。この世のものとは思えない、そんな印象を抱かせる顔。およそ表情がなく、感情など読み取れず、それでいて、あの激しい動きの中でほんのわずかな汗しかかかず、呼吸の乱れなど微塵もない。思わずハッと笑いが出る。


 こんなの、ほんとに同じ人間? 


 そりゃ、誰が見たって「見ればわかる」。そういう存在。


 でも、そういう人間をちゃんとスカウトして引き込んでるあたり、この人も本物なのだろう、と黒須野は木ノ崎をちらりと見る。スカウトとしての、本物。


 そういう人間が、私がここの三人目だと、確信している。彼女たちとユニットをやっていくと、確信している。


 そりゃそうだ。だってこの二人となら確実に、あの景色を見ることができる。いや、あんなものじゃない。誰も見たことがないものが見れる。


 でも、そうじゃない。これを前にしたら、そんなのすらどうでもいい。


 勝ちたい。五十沢晃、あの天才に。



 燃えるような日々の中で、凡人たる私が、死力を尽くし、天から全てをもらったようなあの天才に勝つ。あの天才が見ている世界を見る。その果てまで、全部見る。


 このチャンス。最上の闘争の中に飛び込める、チャンス。


 自然、笑みが出る。



 いいじゃん、やってやるわよ。全部どうでもいい。最高の戦いが、目の前にある。最高の戦いの中で生きられる。


 負けてたまるか。勝負よ、世界。



「――もちろんやります」


 黒須野十子は、ニッと笑った。


「だよね」


 木ノ崎は、相変わらずヘラヘラ笑って答える。


 多分、わかっていたのだろう。見てわかるから、全部最初からわかっていたのだろう。


 私がどういう人間かを。


 とりあえず、五十沢晃。


 まだどれだけ遠いかもわからないけど、絶対あんたに、追いついてみせる。



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