第五話 饗宴
「で、シギさん。例の二人」
京手と石住の出会いから数日後、木ノ崎は鴫山に二人を引き合わせた。
「京手縁です」
「石住美澄でーす」
「おう、はじめまして。鴫山生共です」
「うきょう?」
その名前に京手は思わず声を上げて驚く。
「……なにか」
「いや、うきょうって顔に見えないなーって思いまして……なぁ?」
と京手は石住の顔を見る。
「ねー。しかも名前被っちゃってるしねゆかりん」
「なー。まぁどうでもいいけど」
「ははは……君ら仲良くなるの随分早いね。数日前に会ったばっかって聞いてるけどもう二人で遊んだりしてんの?」
「いや、これ二回目ですね。一応ライン知ってるけどめんどいし別に話すことないんでなんもやりとりしてませんし」
と京手は答える。
「はー。どっちも人懐っこいみたいな」
「というよりうちら戦友なんで」
「せんゆー」
と二人は肩をがっちり組み合わせて言う。それを指さしつつ、鴫山は苦笑いで木ノ崎を見る。それに対し木ノ崎はへらへら笑って、
「まーこんな感じよ」
と答える。
「こんな感じって。まー楽っちゃ楽だけど……で、こいつからどんくらい話し聞いてるかわからないけど、俺は一応アイドルを専門に担当してるのよ。それで君らもとりあえずアイドル一本っていうか、アイドル専門でやる、ってことでいいんだよね?」
「そういう感じですけどアイドルってなんか色々やってますよね? 全部。歌とかダンスとかだけじゃなくて演技とかモデルとかバラエティとかも」
と京手が言う。
「売れてる人、能力がある人はね」
「じゃあ要するにアイドル一本って言っても全部やるオールラウンダーみたいな認識ってことでいいんすよね?」
「長期的に見ればね。とはいえやっぱり主な仕事というか、アイドルの根幹は歌とダンス、ライブだから。それができて初めて他もだな」
「全然オッケーです。オールラウンダーとか性に合うっていうか単にあたしそのものなんで。逆に全部やらないと退屈でしょ」
「……すごい自信だね君」
「自信じゃなくてただの事実なんで」
「……なにこれ? すでにお前の語録教えてんの?」
と鴫山は木ノ崎を見て言う。
「いや、最初から。同類は同じ言葉をしゃべるもんよ」
と木ノ崎はへらへら笑う。
「あーそう……石住さんもそれでOK?」
「うん。私もなんでも最強だからなんでもやるよー」
「そっすか……ならいいな! なんでもやるしなんでもできるっつうならこれほど楽なことねえわ。んじゃそのできるってとこちょっくら見せてもらいますか。んじゃ、木ノ崎。追って連絡するわ」
「そう。んじゃよろしくね」
木ノ崎はそう言い、二人を見下ろす。
「君らもまたね。がんばんなよ」
「え、キイさんもう行くの? 見てかねえの?」
と京手が言う。
「僕はあくまでスカウトだからね。その後は専門家にお任せ。自分の仕事しなくちゃいけないしね。それにさ、今見なくたって後から嫌っていうほど見れるでしょ」
「そだねー。毎日テレビで見させてあげるー」
と石住も言う。
「いや、残念ながらそれは無理だね。うちテレビないのよ」
「は? マジで? え、それいいの? 芸能界で働いてんのに」
と京手が言う。
「いいのよ別に。スマホはあるしね。どうしても見なきゃいけないものがあればその辺でなんとかして見るし。会社もあるし」
「じゃあ私たちの初任給でテレビ買ってあげるー」
「ははは、そりゃ自分とこの家の人に買ってあげなさいよ。だいたい僕テレビいらないしね。NHKの集金うざいからさ」
「はーん。キイさんも相当変わってるよな。結構稼いでそうなのに。んじゃまー街中でも目につくようにしてあげるよ。その辺のモニターとか電車の中とか」
「そりゃ楽しみだね。まーそこまでいかなくてもたまに遊びに来るよ」
「なら許ーす。んじゃまたねー」
と石住はへらへら笑って手を振る。
「はいまたね。んじゃシギさんもまたね」
「おう。お前なんでそんなもう懐かれてんの?」
「別に懐かれてないよ。ねえ?」
「別に懐いてはいないな」
「懐いてはいないねー」
と二人も同調する。
「あ、そう……まあいいや。んじゃ行きまっかお二人さん」
そうして木ノ崎は三人と別れた。
鴫山の呼び出しは、その日のうちに来た。
*
夜。木ノ崎は鴫山が指定したいつもの居酒屋へ向かった。鴫山は先についており、すでに一杯始めている。
「お疲れさん」
「おう、お疲れ。先始めてたわ」
「どーぞどーぞお好きに。てかこんなしょっちゅう飲んでていいの? ご飯だって作ってあったりしない?」
「一応早めに連絡してるしな。もう作ってあっても明日の朝とか食えばいいしよ。場合によっちゃ弁当よ。だいたい俺だってお前とくらいしか飲み行かねえよ。他のは面白くねえし」
「んー……シギさんに言われてもあんまうれしくない内容だね」
「るせえ。生来たぞ。はえーな」
「だね。んじゃ乾杯」
二人は乾いた音を響かせる。
「で、急に何?」
「んなの一つしかねえだろ。あの二人だ。なんだあれ?」
「何が?」
「わかってんだろんなの」
「残念ながら。僕なんも見てないしね。まー京手さんに限って言えば運動できるのはわかってるけど」
「そうじゃなくても見てわかってるからあんな太鼓判で引き合わせたんだろ」
「まーできるとは思ったけど実際できるかは知らないからね。で、どうだったのよ」
その言葉に、木ノ崎は壁に背を預け天を仰ぎ、一つ息をついた。
「ま、はっきり言って意味がわからねえな……なんでよ、あんな二人が、ぽっといきなりほぼ同時に出てくるんだ? いや、そりゃ前からいたわけだけどよ、お前がたまたま同時期に、あのクラスの二人をよ、しかも誕生日も同じっつう、そういうわけわかんねえ偶然みたいなの、ホント意味わかんねえわ……」
「……つまりなんなのよ」
「バケモノだよ。意味わかんねえレベルのバケモノ。あんなの片方だけでも十年に一人レベルだぞ? それが同時って、しかもよくわかんねえけど戦友? ほんと何がどうなってっか意味不明だわ」
鴫山はそう言い、笑う。
「へぇ、そんなすごかったの」
「お前も見にくりゃわかるけどよ、モノホンの天才だ、どっちも。お前がたまに言う距離の話。距離なんかあってねえよなもんだよあいつらにとっちゃ。なんでも、初めから、当たり前にできる……ほんとどうなってんだ?」
そう言い、鴫山は昼の出来事を語り始めた。
*
昼。木ノ崎と別れた後、鴫山が二人を連れて向かったのはレッスン室だった。
「ここがうちのレッスン室。基本はこういうとこで練習だな」
「へー。鏡すご。家にも欲しいなこれ。部屋広く見えるし」
そこ? と思ったが鴫山は突っ込まずにおく。
「靴とか着替え持ってきてるよな? 木ノ崎ちゃんと言ってたか?」
「もちろんですよー。ばっちぐー」
「あたしはめんどいからそのまま着てきたし」
「へいへいアイドルー、一挙手一投足気を抜いちゃダメじゃなーい。ファッションはアイドルの命っすよー」
「一挙手一投足気を抜かない結果がジャージなのよ。動きやすいからいつでも万全の動きができる」
「一理ある……ま、売れたら流石に無理だからねー。てか今度私服見せてよ。買い行こー」
「金ねえんだよなー。てかさっさと着替えてこいよ」
「ういーっす」
石住はそう返事をし、さっさと更衣室へ向かった。その様子を見ていた鴫山が京手に尋ねる。
「最近の女子中学生ってみんなこんな感じなの?」
「何がですか?」
「いや、すごい気さくっていうか誰とでもすぐ仲良くなるっつうか、垣根なさすぎてさ」
「いやーどうですかね。他の人は知りませんし。だいたい遠慮なんか必要な相手とアイドルなんかやりませんよ。あいつはもうあたしの隣が決まってるんだし」
その、何の疑いもない断定。それを口にする時の、炎たゆたう真っ直ぐな目。
(木ノ崎ってほんとこういう一目でやべぇのばっか連れてくるよなぁ)
と鴫山は思い、苦笑する。
着替えを終えた石住が加わり、二人並んで立つ。
「んじゃまあとりあえず今の段階でどれくらい動けるかみたいなの見せてもらいたいんだわ。いきなりトレーナーつけてレッスンとかは無理だし、それで今後のプランも考えていくからさ」
「木ノ崎さんは四人がいいとか言ってたけどそれもまだなんすか?」
と京手が聞く。
「あー、まぁんなこと言ってたけどな、人数もメンバーも全部とりあえず見てから考えて決めることだからな。なんもわかんない状態で組ませても仕方ないでしょ」
「そりゃそうだねー。面白い人たちじゃないと嫌だし」
と石住も言う。
「面白いねぇ……とりあえずちょっと動画見てもらうけどよ、これうちのアイドル。知ってる?」
と鴫山は動画を見せる。
「あー知ってる。というかこの前知った」
と京手が答える。
「この前?」
「一応アイドルやるって話になったんでとりあえず色々動画見てみたんすよ。ここの事務所のアイドルの。それで見ましたね」
「私も見たー。ちゃんと予習はしとかないとだしねー。多分ここの人たちだと一番いいよねー」
と石住も言う。
(へぇ、こいつらなんかちゃらんぽらんした感じだけどちゃんと勉強熱心なんだな。真面目っつうか……)
と鴫山も感心する。
「なー。というかダンスが一番面白そう。お前できる?」
「ちょっと真似してみたよー。曲名忘れたけどなんかあれが一番良かったかなー」
「覚えとけよちゃんと。ちょっとこれ借りていいですか?」
と京手はタブレットを手に取る。
「おぉ。いいぞ」
「あざっす。――これだろスミ」
「あーそうこれー。ゆかりんもできるー?」
「やったやった。んじゃこれやっか。歌詞は?」
「ばっちぐーよ」
「あたしは七割だな。んじゃお前左な」
「だよねー」
と石住は京手の右、ステージに立った場合観客から見て左に立つ。
「あ、すいませんなんか勝手にこれやるって流れになったんすけどいいですか?」
「まぁ、やりたいっつうならいいけど」
「ありがとうございます。じゃあ申し訳ないけど曲再生お願いします」
京手はそう言いタブレットを返す。画面に表示されていたのは事務所で一番売れているアイドルグループの人気曲で、パフォーマンスの難易度も高い曲のライブ動画。
「ほんとにこれやんのか?」
「はい。できれば歌ない曲だけのがいいんですけどあったりします? カラオケ版っていうか」
「あー、ちょっと探す――入ってるな。んじゃ流すけど、準備いいか?」
「はい」
そう答えた時には、二人はすでに集中の深海にいた。
――秒だ。秒。さっきまであんなちゃらんぽらんの中学三年生だったのが、秒で、一瞬で「プロ」になってやがる……
その速度と深さ。一流は誰もが容易に可能たらしめる、集中のコントロール。
それをこの一五歳になったばかりの二人組は、すでに自分のものにしている。アイドル、芸能界で言えばド素人の二人が。単なる一般人でしかないはずの、二人が。
鴫山は思わず笑った。
――なんだ? こいつら。
その思いは数分後、さらに別の次元のものへと変化する。
鴫山は再生をタップした。
パフォーマンスが、始まった。
*
その四分ちょっとの時間。鴫山の開いた口が塞がることは決してなかった。
驚愕。それ以外何もない。目を奪われる。心を奪われる。感情を、鷲掴みにされる。
特筆べきはその顔、表情。これが初めて、などとは到底思えぬ紛れもないプロの顔。本物の、アイドルの顔。
感情が溢れた笑顔。喜び、楽しさ、昂ぶり。ただの発露でありながら、鏡の向こう、その先にいる観客に向けているとしか思えぬそれ。そして時折交わす互いの目配せ。明確な繋がり、感情の共有。場と瞬間を共有していることを確認し合う視線の交わり。
技術的に言えばまだまだ拙い。二人の動きが合ってるかという点も、完璧からは程遠い。ミスもある。歌も上手いが抜群というわけでもない。
それでも――そんなことはどうでもいいのだ。どうでもいいと思わせるものがそこにはあった。
熱。激情。衝動。奇跡。比類なき感動。この場に出くわせたことへの、ただひたすらなる感謝。
俺は、なんてものを見ちまったんだ。なんてものの誕生に、立ち会っちまったんだ……
鴫山は笑う。こんな、こんなもん、他の誰かに渡してたまるか。正真正銘、本物のアイドルだ。アイドルになるために生まれ、アイドルになるために出会い、アイドルの頂点に立つためにここにいる存在だ。
感情が高ぶる。喉の奥から熱がこみ上げてくる。じんわりと涙腺が刺激される。
俺がこうなんだ。俺が、泣きそうになってんだ。感動で魂が震えてんだ。心底ゾクゾクしてんだ。
だったらよ、みんなも泣くに決まってんじゃねえか。




