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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第六章 僕たちはどこから来てどこへ行くのか
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第三話 アイドルのアイ



「いつか」という言葉は、どこか空気のようである。


「いつか」は過去と未来を自由に行き来する。定まらない。特定の場所ではない、曖昧などこか。漠然とした、けれども「そこ」という定点。相反する意味を内包し、いかようにもその意をとれる。いくらでも意味を含み、それでいてどこまでも不確かで、透明で空っぽな様。それはまさしく、どこか空気のような、半透明。


 この曲と歌詞には、それがあった。


 いつか見た過去。いつか見た景色。いつかよぎった、想い。


 いつか見たい未来。いつか見たい景色。いつか叶えたい、想い。


 どちらもある。どちらでもある。その「ここじゃないどこか」を感じずにはいられない何かがある。


 距離。遠さ。「いつか」は遠い。けれども、いつかは「ここ」なはずだった。


 遠い過去のいつかには、それは「今ここ」だったはず。


 遠い未来のいつかには、それは「今ここ」になっているはず。


 そういういつかを、ここに引き寄せる曲。


 そしてまた、それはAIRを表現するものでもあった。


 AIRというユニットを。その言葉を、三人を。彼女たちに感じる距離。彼女たちに感じる遠さ。

「いつか」としか言い表せないそれ。


 いつか見た、理想のような、光。


 彼女たちは歌う。彼女たちは踊る。


 有り体に言えば、この時初めてAIRは空気を掌握した。



     *



 曲が終わる。パフォーマンスが終わる。静寂の帳が、下りる。


 そして拍手が、起きる。


 まばらな、ぱらぱらとした拍手。そもそも十人もいないような観客だ。その半分近くは身内で、すでに飽きるほど見ている。


 それでもその拍手は、天から降る万雷のように感じられた。


「んじゃ、第一声は京手さんからもらおうか。黒須野さんのためにもね」


「いいけどそれ第一声キイさんじゃん」


「まー感想としての第一声よ。どう?」


「そうだね……ま、一番言えることはいい曲もらったね、ってことかな。これ歌名(かな)さん?」


「そ。赤宇木さん」


「あーやっぱ。うちらにとってのリフレクションって感じあるもんね。本質っていうか」


「はは、さすがだね。まさにそういうリクエストで作ってもらったのよ。ディフューズにとってのリフレクションのようなさ、テーマっていうか、本質、宣言にして誓いみたいな、そういう曲をってことでね。まー言わなくたって同じの作ってきただろうけど」


「そっか。で、リクエストした本人としてはどうなのよ。こうやってステージで見ると別でしょ。イメージ通り?」


「そりゃね。というかそれ以上。イメージではもっと大きいとこだし客いるし、衣装も違うし光もあるしで、ぶっちゃけそこまで行ってもらわないと確認はできないけどね」


「欲張りだねー。まーキイさんがそれ見えてるってことはそうなるでしょ。誤差はあっても」


「ならいいけどね。それよかも少しちゃんと感想聞かせてよ。黒須野さんへのご褒美にもさ」


「どんだけよ。まー、とにかくいい曲もらったよねって話だけどさ、これ別に作曲者を褒めてるわけでもないし、まぁ褒めてはいるけどそれだけじゃないっていうかさ、曲がいいだけで君らはダメとかいう話でもなくてね。まぁ、役者と一緒よ」


 京手はそう言い、チラッと木ノ崎を見て笑う。


「俳優もさ、その本人の技術とか以上にもらう役、出る作品の良し悪しが重要ってこともあるわけじゃない。役者の側が役や作品によって覚醒させられるっていう。やっぱ一流の人ってそういう出会いがあるわけよ。『いい役もらった』って出会いがね。


 でもそれってなにも運とかコネとか相手の好意とかそういうもんだけじゃないわけ。そういうもんも含めてさ、そういう役を引き寄せるってのが、本物の力なのよ。なんかしらの力があるからさ、その引力で引き寄せるわけ。それはうちらの曲も一緒」


 京手はそう言い、一つ息をつく。


「『いつか』だっけか。この曲をさ、もらえたのも、作らせたのも、あんたらの力。歌名さんに作らせたのはあんたらだし、プロデューサーにそこまで繋がせたのもあんたらの力。この『いい曲』もらえたのはさ、あんたらの力。それはちゃんと、証明できたよね」


 京手はそう言い、ニッと笑う。


「この『いい曲』にふさわしいって、見てわからせられたでしょ。この曲のおかげであんたらも一つ上にいけたと。それはまずおめでと」


 京手はそう言い、軽く拍手する。


「ただー! 全然足りない。まだまだでしょ明らかに。こんだけの曲もらってるのにこれはねーよ。六割も出せてないんじゃない? いいとこ半分ちょいでしょ。しかも曲に助けられてる部分多すぎだよね。まず十子ー」


「は、はい!」


 いきなり名前を呼ばれ、黒須野はビクッと体を震わせる。


「なんもかんも足りてないね。んなすぐなんとかなるもんじゃないから本番までの間必死こいて練習して少しでも基礎上げなー」


「は、はい!」


「今日は集中で基礎よかいいもん出せたかもしれないけど常時それできなきゃ意味ないからね。プロになるんだし。ってことで要に弟子入りー」


「はい?」


 と思わず京手を凝視する三穂田要(みほたかなめ)


「いいじゃん。見せてやれよ努力の天才。あと技術と指導なら殿だね。任せた」


 と新殿を見る。


「いや、任せたって何がだよ」


「育ててあげなよ殿ー。かわいい後輩ができて嬉しいじゃないの」


「いや、自分でやりゃいいじゃん」


「そこはほら、あたし天才だから人に教えんの上手くないしさ。あっちも天才じゃないから理解できないだろうし。まー多分二人は役に立つよ、十子にとっては」


 京手は新殿の肩に手を乗せ、笑いながら言うのであった。


「んじゃ次晃ー。あんたは基本言うことないけど魅せんの下手くそすぎー。というか魅せる気ないでしょ。そんなもん知らないって次元だろうけど。


 ここで言う魅せるってのは魅了する方の魅せるだけどさ、要するに客よ。演出。どんだけ上手くても完璧でも客の心臓ひっ掴んでで握りしめたりさ、感情泡立たせらんなきゃ意味ないでしょ。自分ら三人のことばっか見過ぎ。んなことしなくたって二人はちゃんとついてくっからさ、あんたは前だけ見てやりゃいいのよ。前に客いんだから、それを全員踊らすことだけ考えな。もっといろんなライブ見て動きの再現だけじゃなくてさ、場の再現よ。空気の再現。感情の再現。そういうの目指すこと」


「なんかすごい難しそうですね」


「あんたにはね。だからこそできてないんだし、だからこそやれって言ってんのよ。勉強。そこ残りの三週間でなんとかさせること。ちなみにそれがライブで一番楽しいからね。そのためにライブはあるってくらい。あんたが一度も経験したことないものよ」


「そうですか。ならやります」


「単純で楽ー。さて最後は真ですが、スミー、あんたの感想ー」


 と石住に呼びかける。


「まこちゃんちょっと怖すぎー」


「なー? マジ怖いよなこいつ? 尾瀬さんばりにこえーよな?」


「ねー。まー遥さんの方が色々やばいし全然足元にもだけどねー」


「そりゃあの人と比較したらな。十年違うし。にしても同じ系統だよな。初めて見た気がする」


「そだねー。まー遥さんみたいなのが何人もいちゃ困るしねー」


「――あの、それって尾瀬遥さんですよね……?」


 居ても立ってもいられず、黒須野がつっこむように尋ねる。


「うん」


「尾瀬遥さんって、そんな怖いんですか……?」


 その問いに、京手と石住は顔を見合わせる。


「こえーよめっちゃ。っていうか見てわかんない?」


「……テレビとかで見てる限りでは、全然ですね」


「あーそう。直に見ないとそんなもんか? まぁ演技力ヤバいしな……キイさんはわかるよね?」


 と京手は隣の木ノ崎に聞く。


「……ノーコメントで」


「逃げたな。まーあの人はどーでもいいんだよ。とにかくさ、こう、怖いんだよなー……よくないよなーそういうの」


「あの、何がそんなに怖いんですか……?」


 黙って聞いている安積を見かねて、黒須野が尋ねる。


「わかんない?」


「……正直」


「なるほどねー……まぁそもそも遠いとか、距離があるってのはあるけどさ、それ自体は魅力にも武器にもなるし、まぁ使いようだからどっちにも転ぶけど、それが今は悪い方に転んでるってのはあるかな。それ以上に今はさ、まー不純っつうかなー……手段と目的の話だよね」


 京手はそう言って指を立て、安積を見る。


「目的のための手段、手段のための目的。この辺がこう、倒錯してるっつうかさ……まー、そういうの案外ファンにもわかるもんよ。アイドル以外のためにアイドルやってると」


 京手はそう言い、ニカッと笑う。


「ま、あんた尾瀬さんに似てるからそのへんも力でねじ伏せられるだろうけどさ、んなことして楽しいかねーってのもあるしね」


「それそれー。遥さんってまさに力の信奉者って感じだよねー」


 と石住も言う。


「あー、わかるわその感じ。珍しく言葉で言い当てたじゃん」


「えー、ゆかりんより打率高いよそれでも。そもそもゆかりん語彙力低いし」


「同レベルに言われたくないっつうの。とにかくさ、あんま力、信じないほうがいいよ」


 京手はそう言い、再び安積の顔を見て笑う。


「そりゃ力あればある程度のもん動かせるけどさ、楽しくねーし。やっぱ力よか愛よ、愛」


 京手はそう言い、自分の左胸を叩いた。


「愛があればさ、力なんか加えなくたって出会うだけで変えられるのよ。無理矢理なんかしなくったって。アイドルのアイは愛のアイよ」


 そう言い、京手、満面のスマイル。


「――なに言ってんのゆかりん? 頭バグった?」


「なにって愛だよ愛。アイラブユー」


「アイラブユー・トゥー」


 二人はそう言い合い、ぎゅーっと熱いハグを交わす。


「これだよこれ。わかった?」


「――まぁ、なんとなくは」


 え? ほんとにわかったの? と思わず凝視する黒須野。


「ならよし。やっぱり愛は偉大だなー」


「そだねー。愛さえあればなんでもできるー」


 と肩を組み合い笑う二人。


(なるほど、確かに普段からこの調子だと残りの二人も相当大変だろうな……)


 と察し、同情するように新殿らを見る黒須野であった。


「――で。結局どうなんだよ」


 とプロデューサーの田島が業を煮やして発言する。


「なにが?」


「なにがじゃねえだろ。これ見て二〇日の初日前座出すかどうか決めるって話だろ?」


「え、っていうか決まりじゃないの?」


 京手は目を見開き、皆の顔を見る。


「いちいち確認しないとダメ? 見ればわかるでしょ? 他になんかあんの?」


「……いや、それはな」


「スミ、あんたは?」


「イエス以外に何あんのー」


「だよねーってことで殿ー」


「イエス。というか出す。こいつら出すならそこしかないでしょ」


「だよねーってことで要ー、は死ぬほどムカつくから自分らの前座で出してその後圧倒的な戦力差で叩きのめすに一票」


「人の心勝手に読まないでもらえますかね……」


「だってそうじゃん」


「そうですけど。だって身の程知ったほうがいいじゃないですか早めに」


「さすがうちらに早々出鼻くじかれて人格破壊されたやつは言うこと違うねー」


「おかげさまで毎日死ぬ気で戦えてますからね」


「ほんと感謝しろよなー。うちら四人は全員オッケー。ってことで他には誰の意見? 田島さんは?」


「……まず、俺はハナからお前ら四人の意見だけが絶対だって立場だが――個人的には、見たい。これがあそこでどうなるかを。その後もな」


「ってことは決定?」


「こっちはな。木ノ崎、そっちは当然そのままだな?」


「そりゃね」


「じゃあ鴫山さん、そういうことなので、よろしくお願いします」


「おう。こっちこそあんがとな。ギリギリで無理聞かせて。俺も調整手伝うからよ」


「よろしくお願いします。じゃ、お前ら練習始めっぞ」


「うーっす」


 四人は楽屋へ向かおうとする。その中、京手が今一度エアの三人を見る。


「まー時間あんなら見てけば? どっちにせよ話してる暇はないからさ、次は当日に、またな」


 それだけ言い、手を上げて立ち去った。





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