第十一話 何の上に旗を立てる
三連休最終日の、日曜の夜。夜道を走る一同を乗せたバン。来た時とは逆に、安積、五十沢を自宅前で降ろし、最後に黒須野の家へと向かう。いつの間にか眠っていた黒須野は五十沢宅の前で目覚め、降りやすいようにと二列目へと移動していた。
「すいません、いつの間にか寝ちゃってて」
「平気平気。安積さんだって眠ってたし。あの合宿の後なら当然でしょ。体の方は大丈夫?」
と隣の永盛が言う。
「はい、一応。疲れはあるけど痛みとかは大丈夫です。お風呂入って眠れば回復しますよ」
「はは、若いねやっぱり。こんなこと言うとおばさんっぽいけど。でもほんと五十沢さんはすごいっていうか、疲れ知らずだよね。眠らないし疲れた様子もないし、ずっと起きて音楽聴きながらこう、なんかしてたんだよね」
永盛はそう言い、手を小刻みに動かす。
「あー、音楽聴きながら踊ってたんじゃないですかね。曲に合わせて」
「あーそういうこと……三日三晩あれだけ踊った後にまだ頭の中で踊ってるわけか……」
「ほんと距離とかないですよね……」
「距離?」
「あぁ、えっと、木ノ崎さんの話なんですけど、才能っていうのは距離だって話で。今の話の晃も同じで、端的に言えば練習、努力までの距離の異様な近さといいますか、本人は練習とも努力とも思ってないんでしょうけど、だからこそ遊びの感覚で常にイメージの中で踊ってて、そのイメージを現実にするまでの間の距離もないに等しいっていう。
普通は私みたいに疲れるし眠くなるし、それでもやらなきゃって思うけど気持ちとかいろいろ障害があって、そう簡単に一直線にやるってとこまでいけないじゃないですか。距離があるんですよね。でもああいう天才にはそれがないって。疲れも眠いもないし、そもそもやらなくちゃなんて思いもない。やるっていう思いと行動が同時で、そこには距離がないっていう。そういう些細な中にも晃は違うって事実を感じますよね」
「なるほどね……どう? その、五十沢さんとは上手くやってけそう?」
「あー……なんでしょう、うまく、っていうのがちょっと掴めないですけど、でもなんにも問題ないですよ。何考えてるかわからないですけどそのわからなさもわかりやすいですし。基本シンプルで単純なんでやりやすいですし。行動原理っていうか、動機もすごいわかりやすいですから。それで言えば、正直真のほうが何考えてるかわからないですね」
「あぁ、うん……」
「永盛さんもですか?」
「んー、まぁ、一応私が一番付き合い長いし、個人の期間含めて四ヶ月はマネージャーやってるけど、ぶっちゃけ全然わからないね」
「ですよね……まぁ、すごい練習するし、真面目、とは違うんですけど、ほんとちゃんとしてるんで、そういう意味ではなんら問題ないんですけど、でもなんでちゃんとやってるのか、その理由もいまいちわからないんで。それで言ったらそもそもアイドルやってるのも、芸能人やってるのも不思議ですけど……なんでですかね、木ノ崎さん」
「僕に聞かれても困るねぇ」
「いや、だって正直安積さんのこと一番理解できてるの木ノ崎さんだと思いますよ。いつも会話ツーカーですし」
「よくツーカーなんて言葉知ってるね。中学生なのに」
「いや、ごまかさないでくださいよ」
「別にごまかしてるわけじゃないけどねぇ……別にお互い理解してるわけじゃないと思うよ? その場のノリっていうかさ、適当、ハッタリで。まぁしいて言うならお互いめんどくさいから会話を簡略化してるだけじゃない? わかってなくても平気で流すし。それをしていい相手だと思ってるとかさ」
「それもそれでですけど……というかなんで安積さんって木ノ崎さんにだけはタメ口なんですか? 永盛さんにも鷺林さんにも敬語なのに」
「それこそ本人に聞きなよ。まぁ舐められてるってことなんじゃない? 僕京手さんとか石住さんにもめっちゃ舐められてるしさ」
「あぁ、美澄さんにはキーちんとか呼ばれてましたもんね。まぁそれは置いといて、ほんとどうやってスカウトしたんですか? 全然想像できないんですけど。真に聞いてもなんかはぐらかされますし」
「あ、それ私もぜひ聞いときたかったんですよ」
と運転中の鷺林も言う。
「安積さんスカウト業界じゃちょっとした有名人だったって他のスカウトから聞いたんですよ。うちのスカウトも何人も玉砕してるしよその事務所も同じだって。ほんとけんもほろろで全く相手にされないっていうか、こりゃ絶対無理だなってみんな思ってたら木ノ崎さんがスルッと掠め取って何をどうしたんだって騒いでましたし」
「え、そんなんだったんですか?」
と黒須野も身を乗り出して聞く。
「まーあくまでうちのスカウトから聞いた話だけどね。どうやったんですか木ノ崎さん?」
「あんまり話したくないのよねぇ」
「なんかヤバいことでもしたんですか?」
と黒須野が言う。
「どうだろうね。まーある意味ではヤバいけど、別に話したって構わないことではあるんだけどね」
「……なんでそうもったいぶるんですか?」
「言うねー。聞けばわかると思うけど、自分で話すの結構こっ恥ずかしいんだよね、さすがに。あとあくまで客観的事実っていうかさ、こういうことはあったってだけで、それが理由で安積さんが誘い受けてくれたかは別っていうか、それはわからないことだから、その点は了承しといてね」
「了解です。じゃあどうぞ」
「うん――あのね、悪いやつやっつけたのよ」
「――は?」
「悪いやつ。とにかくね、その日は得物漁りに高校の文化祭に行ってたのよ」
「いや、もうすでに半分犯罪なんですけど。というか言い方」
「そうよー。だから君も気をつけなよ。一般開放されてる文化祭とかには僕みたいなのも混ざってるからさ。まぁとにかくね、ちょっと長い間不作でね、僕は実績あるからかなり自由にやらせてもらってるしノルマとかあってないようなものだけど数字ゼロが長かったからね、成果上げるには文化祭みたいなとこ行くのが手っ取り早いし、気分転換も兼ねてさ、行ってみたのよ。まぁそこに安積さんがいたってわけ」
「すごい偶然ですね。やっぱ持ってるんですね」
「そうでもないよ。安積さんの話はよその事務所のスカウトから聞いてたのよ。すごいのがいるけど断られたって。で、世田谷の高校しかヒントくれなかったからさ、まぁ適当に行ったことないとこ行ってみようと思って行ってみたら一発で当たり引いちゃったってだけ」
「いや、それでもかなり引き強いですよね……」
「かもね。まぁとにかくそこで安積さん見つけてさ、よっしゃスカウトするでーって時にさっき言った悪いやつが女の子困らせててね、そこに安積さんが助けに入っててさ、こりゃチャンスだって思って僕も助けに入って、追っ払ったってわけ」
「――暴力沙汰ですか?」
と鷺林が恐る恐る聞く。
「んなわけないでしょ。僕がケンカで勝てると思う? こんなヒョロっヒョロなのに」
「ないですねそれは」
と黒須野がすかさず言う。
「なんかまた適当にハッタリかましたとかですか?」
「まーそんな感じ。半分詐欺師みたいなもんだからね僕らの職業。まーそんな感じで悪いやつ追っ払ってさ、安積さんたちのこと一応助けたわけよ」
「木ノ崎さんってほんとたまに無性にかっこいいことかましますよね……」
と鷺林。
「え、いや、ていうかまさかその流れでスカウトしたんですか? めっちゃ自演くさいじゃないですかそれ」
と黒須野も言う。
「ねー。だからさすがにちょっと間置いたよ。その場は立ち去って後からね。で、まぁさっきはどうもねー僕実はスカウトだよー事務所入ってーって、それだけ」
「……嘘ですよね?」
「だよねー。どう聞いても嘘っぽいよねこれ。だから言いたくなかったのよ」
と木ノ崎もおちゃらけて言う。
「いや、仮にそれがほんとだったとしてもですよ? それだけでいきなり芸能界入りますってなります? 普通。今まで散々断ってたものを。さすがに真はそういうタイプじゃないってことくらいはわかりますよ」
「だから言ったじゃない。あくまで客観的事実でしかないって。実際なんで受けてくれたのかは知らないけどさ、ただ他と明らかに違う点って言ったらそれくらいってだけの話で」
「はぁ……なんかますます真のことがわからなくなっただけなんですけど」
「まーいいんじゃない? 別にわからなくたってさ。わかることだけが大事なわけじゃないしね」
「まぁそうなんですけど……でもやっぱり不安になるじゃないですか。なんていうか、理解とか、相手のことをわかってるって、こう、ちゃんと手を繋げてるっていうか……でもそれができてないと、いつなんの拍子で離れていっちゃうかわからないじゃないですか。ユニットで一緒にやってく以上、やっぱりそれは不安ですよ」
「なるほどねぇ……まぁでも安心してよ。彼女が辞めるとか離れるってことは絶対ないから」
「……なんでそう言い切れるんですか?」
「だってそうじゃない。見ればわかるでしょ。彼女はそういう人よ」
木ノ崎はそう言い、ニッと笑う。
「五十沢さんが飽きて辞めるとかさ、君が打ちのめされて絶望して諦めるとか、そういうことはあるかもしれないよ。でもね、彼女が辞めるってことだけは絶対ありえないのよ」
「……だからなんでそれがわかるんですか?」
「だって僕がそういう人を選んだんだもの」
木ノ崎のその顔、その言葉にあるのは、「自明」ただそれだけ。
「信用とか信頼ってもんはね、基本的に相手のブレなさ、揺るがなさ、芯の強さに対して抱くもんなのよ。それで言えばね、僕は彼女のその芯を信じてるわけ。信じてるっていうより確信かな。確信ですらなく単なる事実、自明って感覚だけど。彼女の場合はその芯がアイドルだのユニットだの芸能界だのの上に立ってるわけじゃないからね、ますます信じられるわけよ。まぁ、彼女のあの芯が揺れることがあるとしたら、そりゃよっぽどのことだろうね」
「……そんなことまで、見ただけでわかるんですか?」
「わかるよ。だって全部出てるんだから。そういうのは全部ね、顔に出るの。佇まいに。顔っていうのは人生によって作られる、だから顔には人生が全部表れてるわけよ。ちゃんと見ればさ、わかるもんだよ」
「そう、ですか……でも、なんかちょっとだけわかった気がします。木ノ崎さんと真の信頼関係っていうか、そういう感じの」
「そう?」
「はい。多分、お互いに、相手の芯は絶対ぶれないし、その芯がどこの上に刺さって立ってるかもわかってるから、じゃないですかね」
「どうだろうねぇ。僕は自分の芯なんか知らないし、あるのかどうかもわかんないしさ。安積さんがそれを知ってるかも知らないし、そもそも信頼なんてあるのかも知らないしね」
「……木ノ崎さんにも、芯、多分ありますよ」
黒須野はガラス越しに映る木ノ崎の目をしっかり捉えて、言う。
「もしかしてそれを隠すためにいつもへらへら飄々揺れてるんじゃないですか?」
「どうだろうねぇ……気づいたらずっとこれだからわかんないね」
木ノ崎はそう言い、へらりと緩んだ自分の顔を指差して向ける。
「ま、スカウトで親しみやすい印象与えるには丁度いいからね。まさに仕事が人生が顔を作るってやつよ」
車が停まる。いつの間にか黒須野の家の前についていた。
「んじゃお疲れさん」
「はい、お疲れ様です。今回は送迎から何まで本当にありがとうございました」
と黒須野は三人に礼をする。
「明日からまた、よろしくお願いします。ではお先失礼します」
黒須野は再び礼をし、ドアを閉める。車内に静寂が広がった。
「――さて、じゃあ帰りますか」
と木ノ崎が言う。
「そうですね。――あの、もしよかったらでいいんですけど、食事行きません?」
と鷺林が言う。
「飲み?」
「まあ多少は。そんながっつりじゃないですけど、ちょっとした打ち上げみたいな感じで」
「それこそ彼女に会わなくていいの? 三連休完全ぶっちになっちゃうじゃない」
「まぁそれも確かにヤバいですけど、ここまできたら一緒かなって」
「そりゃそうかもだけどさ。永盛さんどうよこういう人」
「あー、まぁ相手の方からしたらないんじゃないですかね……」
「ですかね……いや、でもいいですここは! しょうがない! ただの食事ですし仕事ですし!」
「ははは、まぁ僕はいいけどね。んじゃ何か言われたら上司に無理やり連れてかれたっていいなよ。僕にさ。別に失うもんないし、多少はマシでしょ」
「ではありがたく。永盛さんは、どうしますか?」
「ご一緒しますよ。遅くまでは無理ですけど、私もチームの一人なんでちゃんと話しときたいですし」
「んじゃお相手の方にも謝っといてよ。全部上司が悪いって。ついでだからシギさん声かけとかないとね」
「え、今から呼ぶんですか?」
と鷺林が驚いた様子で言う。
「まー普通に家族と家だろうし今から来るってのはないだろうけどさ、前もって声かけとかないとあの人拗ねるからね」
「はぁ……面倒ですね」
「そういう面倒もやっとかないとね。好きに仕事するためにはさ。君も上行きたいなら尚更ね」
「そうですね……じゃ、このまま一旦事務所戻りますね。車置いてどっか近く行きましょう」
「そうだね。さすがにだいぶお腹空いたし。合宿所じゃ飲めなかったしね」
「舞台田さんは普通に飲んでましたけどね……」
「いいのよあの人は外の人だし。わざわざ来てもらってるんだからそれくらいは許容しないとね。別に酔って何かしたわけでもないしさ。――してないよね?」
と木ノ崎は永盛に確認する。
「はい、こちらでは特に。一本だけでしたしそんな酔ってもなかったですよ」
「ならよかった。それこそ舞台田さんにも声かけないとね。多分もう家帰ってるし用事あるかもだけど」
木ノ崎がスマホを操作する中、鷺林は事務所目指して車を走らせるのであった。




