第三話 「ほんとに無理でした」
「合宿とかやろっか」
と唐突に切り出したのは木ノ崎だった。
「合宿ですか?」
「うん。今度三連休あるじゃない。時間も限られてるしさ、ここで一つ集中してがっつりやるのはどうかなって思ってさ。黒須野さんも受験終わって時間とれるだろうし、短いだろうけど共同生活でお互いのこともよく知れるんじゃない? 練習ばっかでまとまった時間取れてなかっただろうしさ、丁度いいでしょ」
「そうですね。私としては願ったり叶ったりなんですけど」
黒須野はそう言い、他の二人を見る。
「次の三連休なら私も大丈夫だよ。みっちり練習のつもりでいたし」
「私もその方がいいですね。一日中練習できるんですよね?」
と安積、五十沢も答える。
「ならよかった。けど二日三日外泊ってなると親御さんの許可もちゃんととらないとね。そのへんは君らと永盛さんに任せるよ」
「構いませんけど私がですか?」
と永盛が言う。
「うん。別に面倒だから押し付けるとかじゃないよ。やっぱ年頃の娘さん預けてるわけだからね。女の人が対応したほうが親御さんも安心じゃない。僕なんてうさん臭さしかないおっさんなんだしさ」
「それはそうですけど、合宿ってなると私も一緒に泊まる形になります?」
「そうだね。責任者はいないとだし。場所はどこに決まるかはわからないけどどこだろうといないとだしね。それにマネージャーだって三人と親睦深めないとじゃない」
「わかりました。お二人、木ノ崎さんと鷺林さんもご一緒ですか?」
「……サギさんどうする?」
「え、僕に聞くんですか? いや、まー、というか形わからないんであれなんですけど、とりあえず寝室とかは当然別ですよね? そのへん大丈夫なとこですよね?」
と鷺林が言う。
「当然じゃないの。どうしても無理なとこなら君だけ外でテントとか車で寝ればいいし」
「そうですね……環境わかりませんけどやっぱり男はいたほうがいい感じですか? 防犯といいますか」
「いないよりいたほうがいいんじゃない? ネット環境も問題ないだろうし仕事はできると思うよ。丁度いいから君も行きなよ。この機会に親睦ってことでさ」
「あー、じゃあまぁ、参加します。就寝環境とかは追々として、まあみんなよろしくね」
鷺林はそう言い、どこか照れた様子で頭を下げる。
「あと舞台田さんとかだけどこの前ちらっと話したら来てくれそうだったから多分大丈夫だよ」
「舞台田さんも泊まられるんですか?」
「うん。そうでなくてもレッスンは見てもらうけどさ、移動めんどいし無駄だしね。だったら私も泊まれたら泊まるよって。合宿とか興奮するよねーとか言ってたね」
木ノ崎はそう言って笑う。
「んじゃまぁそんな予定でいてね。こっちも調整して早めに詳細報告できるようにしとくから」
「はい、わかりました」
黒須野はそう言い、スマホのスケジュール欄にメモをしようとする。
「――木ノ崎さんは?」
安積が、すっと通り抜ける風のようにその言葉を発した。
「バレちゃった?」
「うん、そりゃね」
安積はそう言い、微笑む。
「木ノ崎さんも来なよ」
「いやー、別にいらないでしょ僕」
木ノ崎はそう言って笑い、ごまかそうとする。が、
「え、木ノ崎さん来ない気してるんですか!?」
と鷺林が驚きと非難を込めた目で見る。
「いや、来ない気っていうかね」
「え、それだと男僕一人になりません?」
「……シギさんでも送るよ」
「いやいやいらないですよ。というか来れないでしょあの人。来てもなんで来てんのって感じですし。泊まるとかなおさら」
「……まぁ大丈夫でしょ。君若いし爽やかだから一人でもなんとかなるよ」
「いやいや意味分かんないんですけど。いや、来てくださいマジで。というか合宿なのに木ノ崎さんいなかったら意味なくないですか? 僕もさすがに男一人はキツイですよほんと。というか一緒に夜飲みましょうよこの機会に」
「いやぁ、僕事務所のタレントの前では絶対飲まないからねぇ」
「なんでたまにそういう意識高いかっこよさを出してくるんですか?」
「別にただの自己満足よ」
「いや、だとしても完全に正しいですよそれ……わかりました、私も飲みません。なので来てください! お願いします! 安積さんもああ言ってるし他の二人も!」
鷺林はそう言い他の二人を見る。その懇願する目つきに黒須野も思わずたじろぐ。
「――え、っと、私も木ノ崎さんに来て欲しいですよ……?」
「ほら、クエスチョンついちゃってるじゃな」
「いやそれは、ていうか来ないと思ってなかったんで」
と黒須野は返す。
「ほら! いるのが当たり前ってまでに思われてるんですよ? 行くしかないでしょ! 五十沢さんも!」
と再び鷺林は促す。が、
「私は別にどうでもいいですよ。木ノ崎さんが行きたくないなら行かなくていいんじゃないですかね」
「って言うに決まってるじゃない彼女なら」
「そうでしたね……まぁでも現状三対一! 次永盛さん!」
「え、私もですか? ていうかそれ多数決的にはすでに鷺林さん勝ってません?」
「じゃあ僕の二票入れて三対三ね」
と木ノ崎が言う。
「え、なんで二票?」
「当事者だからね」
「あー……いや、あーじゃないですけど、じゃあ私も木ノ崎さんも来い側に入れます」
と永盛は言う。
「いや、なんでよ」
「たまには木ノ崎さんにも嫌がってることやらせたいんで」
「そう……怖いねー今時の若い子は」
「三つくらいしか離れてませんよ私」
「三つ下なら一回り下も同然なのよおじさんにとっては」
木ノ崎はそう言い、ぽりぽりと首をかきため息をつく。
「はぁ……しょうがないね。んじゃ僕も行くよ」
「よしっ!」
思わずガッツポーズする鷺林。
「何がそんなに嬉しいのよ」
「いや、ほんとに男一人は無理でした」
「アイドルのマネージャーなんだから慣れなよそういうのも」
木ノ崎はそう言い、再び深く溜息をつくのであった。
*
三連休初日。午前八時前。一台のミニバンがとある家の前に停まっている。玄関から姿を表したのは大きな荷物を持った黒須野十子。それと彼女の両親だった。
「ご無沙汰しております。朝早くから申し訳ありません」
とボリュームを落として黒須野夫婦と話すのはすでに面識のある鷺林と永盛。十子の加入時にすでにユニットは存在し二人もスタッフとして関わっていたため保護者への挨拶は彼ら二人で伺っていた。
「どうも初めまして。木ノ崎です」
初顔合わせとなった木ノ崎はそう言い、お辞儀をする。
「初めまして。木ノ崎さんはどういった役職の方になるんでしょうか」
と黒須野十子の父親が尋ねる。
「私は本来はただのスカウトです。このプロジェクトにはアドバイザーのような形で参加させて頂いております。メンバーの選考なども私が担当させていただきましたね」
「じゃあうちの子をユニットに誘ったのもあなたでしょうか」
「そうですね。ま、あくまでほとんど部外者のアドバイザーですよ。このプロジェクトはうちの部長の鴫山肝いりのものでして、彼が忙しくて動けない分私が命令聞いて動くといいますか、体のいい雑用ですね」
「へぇ……スカウトとおっしゃいましたが随分腕を買われているんですね」
「鴫山とは長い付き合いですからね。私の見る目みたいなものだけは非常に評価して頂いております」
「そうですか。じゃあそんな方に見出されたうちの子はさぞすごいんでしょうね」
「それは彼女自身がこれから証明していくことですよ」
木ノ崎は笑って言い、頭を下げる。
「では娘さんは私どものほうで責任をもって三日間預からせていただきます」
と鷺林が頭を下げる。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
両親も頭を下げ、十子を見る。
「じゃあ、気をつけてな」
「うん。ありがと」
「まだ寒いんだし風邪には気をつけなよ。怪我にもね」
「うん、わかってる。じゃあ行ってきます」
十子はそう言い、バンに乗り込む。四人を乗せたバンは次の目的地へと向かった。
*
八人乗りのミニバンは社用車の一つである。行きの運転はとりあえず鷺林の担当。助手席に木ノ崎。真ん中に永盛、一番後ろに黒須野となっている。
「黒須野さんのお父さん初めて見たけどいかにも新聞記者って感じだったね」
と木ノ崎は後部座席に向かって言う。
「そうですか?」
「うん。さすがに緊張しちゃったよ僕も。芸能の人間とは会う機会もあるし割りとふざけたのばっかだけどさ、やっぱ政治だの経済だのの畑の人は違うね」
「でもただのよそ行きの顔ですよそれ」
「だとしてもよ。まーでも最初の挨拶はやっぱ君ら二人だけで良かったね。若くて好感ある二人ならなんも問題なかったでしょ」
「逆に若すぎて不安はありましたよ。あちらもキャリア二十年以上の新聞記者の方と出版社の方ですし。ていうか若い言いますけど私と木ノ崎さん一つしか違いませんからね?」
と鷺林は答える。
「戸籍の上ではでしょ。永盛さん、実際顔見ていくつ違うと思う?」
「え、正直に言ったほうがいいですよね?」
「もちろん」
「だと、木ノ崎さんのほうが五つは上に見えますね」
「だよねー」
「でもそれだとやっぱり私の方が歳より若く見えるってことでもあるんじゃないですか?」
「いやーサギさんは十分歳相応って感じでしょ。僕が老け顔ってだけで」
「というより苦労と経験がにじみ出てるって感じですよね、木ノ崎さんは」
と永盛が言う。
「ははは。まーどうだろうね。経験ってほどのこともしてる気しないけど」
木ノ崎はそう言ってヘラヘラ笑う。それを一番後ろで聞いていた黒須野は「そういえばこの三人だけの会話って聞くの初めてかもしれない……そりゃこの三人ももう何ヶ月も一緒に仕事してるんだから仲良く、っていうか親しくはなってるもんだよね……逆に私一人じゃ入れないし」などと思っているのであった。




