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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第一章 黒須野十子のクロスロード
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第二話 その出会いは言葉じゃない



「――ではこちらからはこれで以上ですね。木ノ崎、最後にお前からなんか聞きたいこととかあるか?」


「いや?」


「言いたいこととかは?」


「何も」


「そっか。んじゃ以上です。ご苦労様でした」


 一組目が終わり受験者たちが退室する。どこか張り詰めていた空気が、ふっと揺らいだ。


「ちゃんと書いたよな。ちょっと見せてみろ」


 鴫山はそう言い、木ノ崎から紙を受け取る。


「なんだこれ、数字しか書いてねえじゃねえか。点数かこれ? 満点いくらだ?」


「満点とかはないけど一応五かな」


「へぇ……〇と一しかいねえじゃねえか。どういう基準だこれ?」


「そもそも〇か一しかないでしょ普通。取るか取らないかだけなんだし。でも客観的に数値化しろっていうからさ、一応僕なりの基準で五段階、っていうか六段階に分けてみたのよ」


「で、その基準は?」


「〇はナシ。一はアリだけどナシ」


「待て、早速なんだそのアリだけどナシって」


「取ってもいいけど続かない、かな」


「なるほど。二は?」


「取って続くかもしれないけど売れない。三は取って続いてそこそこ売れる。四は取るし続くし売れる。五は見たと同時に取りに行く。普段の僕の基準だね。〇か一の一」


「なるほどねぇ……しっかしざっくりしてんなぁ。シビアだし。今の〇と一しかいねえか」


「この基準ならシギさんだってそうじゃないの?」


「んー、まあお前くらい好きにやればそうかもしれないけど、色々あっからなぁ。最低限数次には上げねえとだし、よっぽどじゃねえ限りグランプリは出さねえとだから。まあでもこれも参考にはなるよ。できればもうちょいなんか書いて欲しいけどよ」


「ていってもねぇ。見ればわかることだし、言葉は信用してないからさ」


「そういうかっこつけたのはいらねえよ今は。まあ無理にとは言わねえけどよ。ちなみにこれも全部初見一発?」


「うん」


「さすがだねぇ。んじゃ次行くぞー」


 その声とともに室内の雰囲気は再び引き締まる。


 そしてそれは、受験者たちの入室でもう一段階上へと変わった。



     *



「EYESの目」と呼ばれるその目は、とてもじゃないがそういう目には見えなかった。


 どこか常に眠そうで、ぼんやりとしていて、覇気がなく、虚ろな三白眼。「伝説」から学ぼうと木ノ崎の隣に陣取った若手社員が思ったのは、そういうものだった。


 挙動も他と比べかなり異質だ。受験者たちが部屋に入ってくる。それを見て紙をペラペラとめくり、番号や顔写真を確認するように見比べ、彼女らが席につく前には数字を書き込んでいる。そしてそれはほとんど〇か一の殴り書き。木ノ崎が何を見ているのか、何が見えているのか、彼にはさっぱりわからない。


「――で、後ろのこいつは尾瀬遥とか上登藍とか静潟星夏とかディフューズの京手や石住をスカウトしてきた木ノ崎っていううちのスカウトの大エース。他にもうちの看板諸々こいつのスカウト。まあそういうすごい人が君たちを見に来てます。てことで木ノ崎なんか一言」


 と鴫山がもはやお決まりとなった文句を告げる。


「それ毎回やるの?」


「やるよ。じゃないとフェアじゃねえだろ」


「嫌がらせだねぇ」


 それは「自分に対しての」という意味であった。それがわかるから、鴫山も笑って返す。


「一生分讃えてやるよ今日は。んじゃ始めますね」


「始めますね」の言葉の前に木ノ崎の採点は終わっている。隣に立つ若手社員はそれを知っていた。そんな一瞬見ただけでわかるのかよとも思うが、それがありえると本気で思えるのが木ノ崎についてまわる様々な噂、伝説の類。それらに誇張は山ほどあるだろうが、しかし結果がなによりの証拠。功績、彼がスカウトしてきた者たちのその後が、全てを物語っている。


 木ノ崎の目に間違いはない。



     *



 それから数十分後。


「――シギさん、これいつまでやるの」


 と木ノ崎が疲れた様子で言う。


「あー? 今ほぼ半分終わったとこだな」


「飽きたから帰っていい?」


「お前何歳児だよ」


「いや、だってさ、僕初見で終わりじゃん。暇で仕方ないのよ。疲れたし」


「暇ならお得意の人生想像でもしてろよ」


「それするほど深そうな子いないんだよねぇ」


 と木ノ崎はつまらなそうに口をすぼめるのだった。その様子に、


「あのっ」


 と隣にいた若手社員が恐る恐る声をかける。


「なに?」


「あの、差し支えなければお聞きしたいのですが、その『人生想像』ってなんですか?」


「だってさシギさん」


「なんで俺に聞くんだよ。お前のことだろうが」


「自分で説明するのこっ恥ずかしいじゃない」


「マジかよ……あー、こいつが言う『人生想像』っつうのはな、正確には想像じゃなくて見てるだけ、だっけか?」


「うん。見ればわかるってだけだから」


「あーそう。とにかく人を見るとな、そいつの人生が見えるって話だ。過去も未来も。別に超能力とかそういうのじゃねえぞ? 違うんだよな?」


「それはわからないよ。もしかすると超能力だったりするのかもね」


「てめぇのはその域だけどな実際。とにかく、そういうもんが見えるって話だ。もちろん完璧にわかるわけじゃねえし絶対正しいってもんじゃないけどよ、ある程度の家族構成だの人生経験だの職業だの趣味嗜好だの、そういう諸々がな。それが過去だけじゃなくて未来も見えるからパッと見ただけで未来の大スターかどうかがわかる、みたいなことらしいぞ、こいつの話じゃ」


「でもさ、それくらい別にだいたい分かるじゃない。服装とか姿勢とか歩き方とか肉つきとか手とか表情とか、情報は山ほどあるんだし。そのへんはほとんど統計じゃない? そっから将来の可能性見出すのは多少経験かもしれないけどさ」


 と木ノ崎は返す。


「それを初見でパッとできんのが異常だっつってんだよ。誰でも出来たらお前みたいなスカウトなんかいらねえだろ」


 鴫山はそう言って笑う。


「ま、そんなとこだよ。こいつの神がかったスカウティングの一つは。簡単に真似できるもんじゃないけど頭入れとけ」


 と鴫山はこめかみを指で叩きながら若手社員に言う。


「あ、はい、ありがとうございます。――あの、差し支えなければもう一つお伺いしたいのですが、そういう能力はどのようにして身につけたんですか?」


「さあ? 気づいたらできてたからね」


 と木ノ崎はどうでもよさそうに言う。


「でも、なにかしら要因といいますか」


「まぁ小さい時から色んな人見てきたからね。見るのも好きだったし。それくらいじゃない?」


「そうですか……ありがとうございました」


「終わったな。んじゃ残り半分、全力ぶちこんでいくぞー」


 鴫山の合図で、オーディションが再開された。



     *



 再び数十分経ち、ラスト三組。


 その瞬間、木ノ崎の何かが確かに変わったのに若手社員は気づいた。


 初見で終わる、つまり入室のその瞬間。そこを見逃したら終わる。


 木ノ崎の隣に陣取った若手社員はそれを知って以降、その瞬間を逃さぬようなりふり構わず木ノ崎を凝視していた。せっかく「伝説」の隣にいれるのだから、今の自分が見るべきはこっちの方だと切り替えて。


 しかし、これまでは何もわからなかった。何の変化もない。鴫山とヘラヘラ話している時の顔や目と比べ、特に違いなど見当たらない。


 入室してきた受験者たちを見て、紙に目をやり、サッと記入。盗み見するとその大半は〇か一。極たまに二がいるくらいで、一人だけ三がいた程度。しかしその「三」にも木ノ崎はたいして反応しない。注意深く見るようなことはなく、表情にも変化はない。


 それが、今回、明らかに違う。


 若手社員は入室してきた五人を見る。ずっと木ノ崎を見ていたから、どの子が入ってきた瞬間に変わったのかはわからない。無論、彼の目ではその「何者か」を見定めることはできない。


 みな同じように見える。これまでと同じように見える。でも確かに、明らかに木ノ崎の何かが違っている。何が違うかはわからない。でも確かにそれを感じた。その証拠に、木ノ崎は今何も記入していない。今までとは違う。書類に目など通さず、記入もしない。


 あの中の一人を、じっと見ている。


 その口角は、心なしか極わずかに緩んでいるような気がした。



 ――誰だ? 視線の先……あの子、多分、あの子だけど……


 若手社員は慌てて書類をめくり、顔写真と受験番号を確認する。

 

 ――黒須野(くろすの)十子(とおこ)……?


 若手社員の目に映っていたのは、ごく普通の、黒髪の、一五歳の少女だった。



     *



「――始める前に一人だけ紹介。後ろのこいつ、木ノ崎っていううちのスカウトなんだけどね、尾瀬遥に上登藍に静潟星夏にディフューズの京手に石住、これぜーんぶみんなこの木ノ崎がスカウトしたのよ。それ以外にもうちの稼ぎ頭何人もいるけどさ、まぁうちのスカウトの大エースで大黒柱、『EYESの目』とか言われちゃってる日本一のスカウト。ま、そういう人間が君たちのこと見てるから」


 その言葉に、受験者たちの表情、姿勢がサッと変わる。


「木ノ崎、なんか一言」


「日本一はさすがに誇張が過ぎるでしょ」


「事実だからな。自覚あんだろ」


「まあね」


「ハッ。以上か?」


「うん。言葉はいらないでしょ。見ればわかるから」


 木ノ崎はそう言い、ニッと受験者達を見る。


 一瞬、彼と黒須野の目が合うのに、若手社員は気づいた。



 刹那。彼女の眼の奥に炎が見えた、気がした。



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