第一話 情緒などなく
「曲できたあー!」
レッスン室に飛び込んでくるやいなや叫んだのは、赤宇木だった。腕を突き出し、そう宣言し、そのまま倒れこむ。
「赤宇木さん? ちょっと、生きてる?」
木ノ崎は赤宇木の肩を突く。
「起きてます、けど、もう動くのは無理、頭は冴えまくってるけど体動かないんで」
赤宇木は倒れこんだままそう言い、かばんを引っ張り中からCDを取り出し、震えた手で木ノ崎に渡す。
「新曲、とりあえず、CDなら確実に再生できると思ったんで……まだ完成じゃないんで、確認、見て……」
と要領の得ない言葉を途切れ途切れ紡ぐ。
「あー、はいはい。大体わかりました。んじゃとりあえずかけますね」
木ノ崎はCDを受け取り、立ち上がる。
「はいちょっと止まってー、って言わなくても乱入時点で普通に止まってたよね。赤宇木さんが君らのデビュー曲作ってきたっていうからちょっと流すね」
木ノ崎はそう言い、プレイヤーの前へ行く。
(――は? いや、デビュー曲って、私たちの、私たちのために作られた、最初の曲……? え? いや、そんないきなり?)
黒須野は、あまりの情緒のなさにぽかんとし、状況を把握できずにいた。しかしそんなことはお構いなしに、木ノ崎は再生ボタンを押す。
そして曲が始まった。
*
四分ちょっと。その後、静寂が訪れる。赤宇木は倒れこんだまま、いつの間に取り出したのかノートを広げペンを持ち、何やら唸っている。
「どう?」
木ノ崎が言う。
「へ? いや――これ、歌ってるの赤宇木さんですか……?」
と黒須野。
「あー、そう。私じゃだめねーやっぱ、この曲は。あーこれ歌詞。暫定だけど」
赤宇木はそう言い、紙を取り出す。
「悪いけど取りきてもらえます? 動けないんで」
「せめて上体起こしたら?」
と木ノ崎は倒れたままの赤宇木から紙を受け取りつつ言う。
「いえ、今全力で体休めてるんで。あーでもこれだとちゃんと見えないか」
赤宇木はそう言い、壁際まで這って進み、なんとか体を起こし背中を壁に預ける。
「五十沢さんって記憶力すごいんだよね? 今の聞いて覚えた?」
と赤宇木は尋ねる。
「まだですね。あと一回聞けばある程度は」
「じゃあ見ながらでいいから歌ってくれる?」
「それより踊りながらでもいいですか? 歌詞間違えるとは思いますけど」
「振りつけたの?」
「まー適当です。体の動くままにですね」
「……うん、そっちの方がいいや。お願い」
そうして、再び曲が流れる。
*
約四分後。聴いている五十沢の集中力は凄まじいものだった。立ったまま、体を少し動かしつつ、顔はまっすぐ正面を見つめている。その定まった目に映るものは、誰にもわからない。
「じゃあやるんでもっかいお願いします」
五十沢はそう言い、一瞬で再び集中のゾーンに入る。
三度目の曲。今度は五十沢の、歌とダンスとともに。
EDM調のその曲は、耳に残る。わかりやすく、特徴があり、そして何より心を打ち高揚感を抱かせる。サビもまた、耳に入ると思わず足を止め、聞き入ってしまう。体が動いてしまう。歌いたくなる、そんなサビ。まさに顔。デビュー曲の顔として、これ以上ないサビである。
加えて、全体に溢れる強い感情。エモーショナル。ダンスに主軸が置かれていると思えるもので、それは五十沢の即興のダンスによって輪郭を与えられ、一層鮮明なものになる。
赤宇木はそれを見ながら、バリバリとペンを走らせていた。凝視、そのまま書き込み、頭をかく、唸る、書く。そんな具合に。
曲が終わる。五十沢の四分間は、この曲の完成を思わせるものだった。
「――ありがとうわかったわかったすごいよくわかった……」
赤宇木はそういい、うんうん唸りながらノートに書き込む。
「オッケーやっぱちょっと変えないとね。っていっても主線ほとんどこのまんまだけど……これでいいですか木ノ崎さん?」
「僕より彼女らに聞いたげてよ」
「そうですね。どう?」
赤宇木が、三人の方を見る。
「私はいいですよ。ダンス面白くなりそうな曲ですし。正直歌詞はなんでもいいですけど歌いやすかったんで大丈夫です」
と五十沢が答える。
「――あ、っと、私はその……正直、曲とか全然詳しくないというか、良し悪しとかわからないんで好きかどうかくらいしかないんですけど――これめちゃくちゃいい曲じゃないですか?」
「だよね」
黒須野の言葉に赤宇木はなんでもないことのように答える。
「ですよね……いや、これほんとこう……ていうかこれほんとに私たちが歌っていいんですか?」
「そのために書いたから。君ら以外には歌わせないよ」
その、迷いのない言葉。
(こんな、プロの中のプロが書いた、本当に、本物の、めちゃくちゃいい曲を、私が、私たちが、私たちのために……)
そんなことって、あり得るのだろうか?
「安積さんはどう?」
と木ノ崎が聞く。
「うん……早くやってみたいかな。どういうふうになるか、見てみたい」
そう言い、笑みを向ける。
「木ノ崎さんにはもう見えてる?」
「いやぁ、全然。ここからは君たちと、赤宇木さんと、舞台田さんと、それに衣装やらスタイリストやら、照明さんやら演出さんやら、そうやってみんなで作り上げてくもんよ。全部が合致して、初めて完成」
木ノ崎はそう言い、へらっと笑う。
「楽しみだね。いいものになるよ、これ」
これ以上ない、賞賛だった。
「まー色々わかったんで修正してまた出します。あちらのトレーナーの方が振付も担当するんですよね?」
と赤宇木が言う。
「そうですよ。舞台田さん。ディフューズでも何回かやってましたっけ?」
「やってますね。舞台田さん今回もよろしくお願いします」
「よろしくですね」
「あれ音源置いてきますんで後は任せます。細かい点変更あると思いますけど大きな部分はそのままだと思うのであれ参考に始めてもらって大丈夫だと思います」
「了解です。じゃあ頂戴しますね」
「はい。あとみんな、これ歌詞置いてくけど、ちょっと手加えるかもだけどそんな大きな変更ないから。まーもしなんかあったら次回来る時に教えて。一応聞くから」
赤宇木はそれだけ言い、壁を支えにゆっくり立ち上がると、思い切り伸びをする。
「大丈夫? 一人で帰れます?」
と木ノ崎が聞く。
「あー多分大丈夫です。ヤバそうだったらタクシーで帰るんで」
「ほんと悪いですね急がせちゃって。わざわざ来てもらったり」
「どっちも好きでやってることなんで。というよりそれ以外に方法ないですし。というか彼女らのは色々ストックありますけど、合間みてやってっちゃって平気ですか?」
「そうしてもらえたほうがありがたいけど、まぁスケジュールと健康第一でね」
「大丈夫です、趣味の時間にやれば問題ないんで」
「趣味の時間も作曲ですか」
「そりゃそうですよ。仕事で作って、趣味で好きなの作ってで、それで休まるんで。これもそっちの枠で作ってますよ」
「なのにそんなボロボロなんですね」
「仕事は仕事なんで休めますけど、趣味は好きなことなんで止まんないですからねぇ……気づいたらこんなです」
「はは、難儀ですねぇ。じゃあほんとお気をつけて」
「はい。んじゃまたー」
赤宇木はそれだけ言い、ふらふらと外へ出て行った。
「いやー嵐のようだったねぇある意味」
「でもあの人があのモードでやってるってことはすごい仕事期待できますね今後も」
と舞台田も言う。
「そうだねー。舞台田さん赤宇木さんと直でやりとりできるよね? いちいちこっち通さなくていいから曲の修正とか振りそっちでやりあってていいよ」
「じゃあ遠慮なく」
「そういやさっきの五十沢さんの撮った?」
「もちろん撮りましたよ」
「使う?」
「かもですね。正直、やっぱセンスおかしいですよ。知識はないから全然ですけど、感覚だけでこれってだけでやばいんで」
舞台田はそう言い、五十沢を見る。
「晃ー。さっきのあんたの振り、部分的に使うかもしれないけどオッケー?」
「いいですよ」
「その場合あんたの名前もクレジットするかもだけどいい?」
「それって振付担当の名前のとこに舞台田さんと私の名前両方入れるってことですか?」
「そ」
「それは結構です。使うって言ってもほんと一部ですよね。ほとんど舞台田さんなのに私の名前入るのは違うと思うんで。それはちゃんと自分でやったときかほんとに一緒にやったときにします」
「そっか、了解。じゃ、さっそく取り掛かるから楽しみにしてなよ。死ぬほど面白いものにするからさ。さて、んじゃレッスン戻ろっか」
「あ、その前にちょっと一ついいですか?」
と黒須野が言う。
「木ノ崎さん、予定通り行けば三月の初ライブはこの曲やるんですよね」
「そうだね。君たちのデビュー曲だから」
「ですよね……その前に、テストでディフューズに見せるのって、今練習してるリフレクションのカバーですか?」
「……どっちがいい?」
「私は――私は、本番がこっちなら、やっぱりテストもこっちでやるべきだと思います。じゃないと、ちゃんと判断してもらえないと思うので」
「そっか。五十沢さんはどう?」
「どっちでもいいですけど今やってるのは飽きてきたんで新しい方やりたいですね」
「はは、さすがだねぇ。安積さんは?」
「うん、それ以外ないと思う。だからさ、私が行くよ。リーダーだし」
「そう? んじゃまぁ僕も行くよ。あっちのプロデューサーさんにも話通さないとだしね」
「わかった。じゃあ一緒にね」
「あの、なんの話ですか?」
と黒須野が尋ねる。
「ディフューズの人たちにお願い。テストの日遅らせてくれって」
「あ……でも、無理、ですかね。今のままじゃ」
「無理だと思うよ。私たちだけの話じゃないから。私たちの都合でさ、曲も振りも早く完成させろだなんて言えないし」
「……ですね」
「うん。それにたとえ早く出来たとしても、やっぱり練習時間が足りないよ。間に合わないよね。十子ちゃんもさ、妥協したものをあの人達に見せたくないもんね」
「……うん。じゃあ、やっぱり私も責任あるから、一緒に頭下げに行くよ」
「ううん、これはリーダーの仕事だからさ。私もたまにはリーダーらしいことしないとだから。それにその暇あったら練習」
安積はそう言い、笑いかける。
「――はは、そうだね……でも、それ言ったら一番余裕あるの晃だから晃行かせるのが一番だけどね」
「でも晃ちゃんはね」
「だね。そもそもあいつは別に期日に間に合うだろうし、私たちのためなのに他人に頭下げ行かせるなんてできないしね」
「よくわかんないですけど私も頭下げるくらいは多分できますよ」
と五十沢は言う。
「多分って……でもいいから。あんたは頭なんか下げなくていい。黙ってその力で全部ねじ伏せてりゃいいのよ。それがあんたの仕事」
「はぁ……でもライブは一人じゃ無理っすよそれ」
「だからちょっと時間くれって頭下げるの。真がだけどね」
「あー、そういう話ですか」
「そういう話。今更?」
「今更ですね」
その言葉に、思わず吹き出す黒須野であった。




