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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第三章 Wake Me Up
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第一話 終わらない「世界の終わり」の始まり



 それは彼女の四ヶ月。一人荒野をゆく、孤独な彼女の四ヶ月。


 足元が抜けた。底が抜けた。自分が信じていたこの大地が、そっくりなくなった。空は落ち、世界の終わりがやってきた。


 いや、世界の終わりなどではない。大袈裟だ。しかし本質はそこではない。本当に世界の終わりであったら、どれだけよかっただろう。


 世界は終わらない。終わりなんかしない。今日も明日も明後日も、ずっと何も変わらない毎日が続く。そう、問題は明日があり続けることだった。


 今日が世界の終わりであれば、明日などない。けれどもそれは世界の終わりのようでいて、決して世界の終わりなどではないのだから明日はある。明日があることが、何よりも問題だった。


 世界が終わっても明日がある。人の心証などお構いなしに明日がある。明日が延々とやってくる。失われた明日が。あなたがいない、明日が。


 それが現実だった。だから彼女はその世界の終わりの現実に、一瞬で対応した。これがこの世界のルール。新しいルール。だから、そこでやるしかない。生きるしかない。この世界で力を手に入れ、取り戻すしかない。


 大地が割れ、空が落ち、終りを迎える世界の以前を。


 これまでの、世界を。



 決意、決心は即座に行動に移された。体を動かした。そのような状況でなかろうと、関係なかった。しかしその時点でも彼女はおよそ無力に等しい。どれだけ「個」の力を持っていようと、それは「大人」の動かせる力とは違う。ただの高校生、ただの所属タレントである以上、自分一人でなんとかできることなどありえない。すべては大人の世界で、大人のルートで、大人の許可で。そこを通過しないことには、力を手に入れるためのルートにも入れない。


 そう、力。この世界での、力。目的を果たすため、変えるため、動かすため。


 取り戻すための、力。



 それを得るには、仕事しかない。それだけがこの世界のルール。金を生む仕事。それにより金を得る。コネを得る。人気を得る。そうした力は、次の力へと続く。力は力を生む。だから仕事をしなければ。仕事を得るにも力がいる。仕事、力、仕事、力。その繰り返し、そうしているといつのまにか雪だるま式と言った具合に力が肥大している。それが、この世界のルール。


 安積は、仕事をした。力のため、徹底してあらゆる仕事をした。おじゃんになりそうだった以前からの仕事も、地につくほどに頭を下げ取り戻した。来る仕事は、どのようなものであれすべてを受けた。しかしそれでも足りない。マネージャーの永盛にも頼んだ。


「どんどん、仕事を取ってきてください」


 選り好みはしない。来るものはすべてもらう。それだけじゃ足りないからとにかくあらゆるオーディションに出る。できればより重要なもの。より支配力を持つもの。箔がつくもの。力が、得られるもの。


 仕事、仕事、仕事。とにかく仕事をして、何者かになり、この世界で力を得ないことには、何も始まらないのだから。



 マネージャーの永盛は、それにどう対処すべきかわからなかった。安積がおかしい。これまでと違う。それはわかる。けれども、何もそれは悪いことではない。むしろ芸能人としてはいいことでしかない。けれども問題はそうではなく、何故、いきなり。あまりにもこれまでと違う動きを。その動機。心境。


「それはもちろんEYESのためです」


 安積はそう答えた。


「EYESに、エアに。こういう状況ですから、色々あることもわかっています。そうである以上私もEYESの、エアの一員として少しでも手助けがしたいので。とにかく仕事が減って、収入が減っている以上、とにかく私がする仕事を増やすことはみなさんの役に立つはずなので」


 その答えは、あまりにももっともであった。会社の状況、経営は一気に傾いている。倒産などというところまではいかなくとも、トップの人たちですら今までの仕事を維持できていない。強烈な逆風。エア自体、エア全体としての活動は当面目処が立っていない。三月のアルバム、それに伴うツアーも延期になることはその時点でほぼ確実であった。それらを考えれば安積の言葉は最もであり、誰にとっても助かるものであった。まさに救世主、そんなもの。


 けれども永盛はそこに違和感を覚えていた。何かが違う。どこか、というより明らかに安積らしくない。そういうことを言うかもしれない。やるかもしれない。けれどもその「動機」というものが、あまりにも安積自身に乗っかっていない。それがとても、安積真という人間の中から出てきたもののようには思えない。


 多分それは、嘘ではない。真実でもあろう。けれども多分、「本意」ではない。それは彼女の本当の目的ではない。事務所、エア。それは何かを覆い隠すように散りばめられ、その向こうに隠れるようにひっそりと、なにか薄暗いものがある。


 もちろん永盛も、それはわかる。なんとなく、おそらくと、推測できる。多分、あれ。多分、そうなのであろう。でなければ説明ができない。すべてはそこから始まっている――いや、そのずっと前の、本当の始まりからそうだった。安積真のすべての始まりには、いつだってあの人間の存在がある。芸能人も、アイドルも――この、変貌の始まりにも。


 そうした事実を前にしても、永盛には自分がどうすべきかわからなかった。自分は何者であるか。自分は安積真のマネージャであり、エアのマネージャだ。しかしそれ以前にEYESに所属する従業員でもある。会社員としては当然に、会社のため。それが当然。しかしさらにそれ以前にある、人間として。


 自分が、どの立場であるべきか。自分は、どの立場であるべきか。何者として、彼女と関わるべきか。この苦境で、すべてものに対し、自分は……


 簡単な決断ではない。しかし自分にも、生活がある。ある以上、この傾きかけた会社で仕事をするしかない。少しでもこの場所を守るため。大好きなこの場所を、世界にとって絶対に必要な、この場所を。なんとしても、守りきらねば。


 ある意味二人の目的は一致していた。仕事、それなのだ、結局は、それによってしか、今この現状を打破できない。そうである以上。


 二人は、互いを利用した。互いに互いの目的のため。安積さんを守るにしたって、事務所は絶対に必要だし、ただあるだけではなくそれが元のようにあらなければならない。立ち位置、信念、企業力。


 そしてこの安積真という「才能(タレント)」には、その力がある。



 永盛は、マネージャーとして安積真を解き放った、双方の目的のため。事務所のため、エアのため、みんなのため。それは建前。しかし建前でもいい。今できることは、ここを乗り切るには、それしかないのだから。


 しかしことは当然、永盛の思ってたようなものには進まなかった。



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