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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第一章 黒須野十子のクロスロード
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第一話 それはこの世の終わりの光景



 およそ三ヶ月前。



 一人の男が晴天のもとでタバコを吸っている。一八〇はありそうなスラリと高い身長。スーツの上からでもわかる痩せた体。無駄に良い姿勢。整えられた短めの黒い髪。少しくたびれた黒いスーツにネクタイ。


 ぱっと見は、うだつのあがらないサラリーマンといった風貌。その顔もまた痩せており、今はどこか生気なくボケっとしている。飄々とした面持ち。どこか眠そうな目はほんのりと凶気をはらんだ三白眼。見た目の年齢は三十代中頃といったところ。年齢も含め、今ひとつ捉えどころのない風貌。


 それが木ノ崎樹一郎(きのさききいちろう)という男であった。


 木ノ崎にとってタバコは外で吸うものだ。というよりタバコは外で吸いたい。タバコくらいは外で自由に吸わせてよ、と。


 受動喫煙、分煙、まあわかる。そりゃわかる。でもさ、やっぱ太陽の下で吸いたいじゃない。ひっくい天井でくそ狭いうさぎ小屋みたいなとこにギュウギュウに押し込められてさ、誰が吐いたかわかんないような煙も一緒に吸いながら吸うんじゃなくて、青い空の下で、ちょっと風を感じながら、伸び伸びと、解放されて。それくらい許してほしいよねぇほんと、と。そんなことを思いながら、屋外の壁に囲まれた喫煙所でビルに切り取られた狭い空に向かって煙を吹き出していた。


「やっぱりここか」


 木ノ崎は野太い声の方を見る。一応上司にあたる鴫山(しぎやま)であった。見た目は四十代ほどで小太り。背は一七〇程度。メガネをかけていて、髪はほとんど坊主といった具合に短く少し薄毛の男である。


「あら、どうしたのよ」


「どうしたじゃねえよてめぇ、電話にも出やしねえ」


「タバコ中に電話出るわけないでしょ」


「出るんだよ普通の社会人は。お前の美学なんて知らねえよ。タバコ吸うのもわざわざ外だしよ。とにかく探し来てよかったぜ。時間だ、行くぞ」


「やっぱ僕も出ないとダメ?」


「まだ言うかよ、往生際わりぃなぁ。時間ねえんだから急げよ」


「あーその前に消臭」


 と木ノ崎は小さな携帯消臭スプレーを鴫山に手渡す。そうして腕を上げ、とてとてと回転しつつ、服の前後に鴫山が吹き付ける消臭剤の霧を受けるのだった。


「――すげぇ絵面だな。おっさん二人が外で消臭剤かけあってよ。この世の終わりかよ。面子丸つぶれだな」


「シギさんに今更そんなのある?」


「あるに決まってんだろ、部長だぞ部長? お前こそちったぁ面子意識しろよ『EYES(アイズ)の目』。大黒柱の名が泣くぞ」


「ひとが勝手に言ってるだけだしねぇ。だいたい僕こそ今更面子なんてないでしょ。これだけいつもふらふらやってんだからさ」


「まぁそれも今までの話だけどな。俺が部長になったからにはてめぇの好きにはさせておかねえからよ。これまで以上に働いてもらうし俺の言うことは聞いてもらうぜ。つーわけで今日もがっつり働いてもらうぞ」


 鴫山はそう言い、すぐ側のビルに向かって歩き出した。



     *



 株式会社EYES。いわゆる「芸能事務所」である。その社内の廊下を、木ノ崎と鴫山の二人は足早に進んでいる。


「やっぱ出なきゃダメ?」


「ここまで来てまだ言うか?」


「気が進まないからね。オーディションだの面接だの好きじゃないし」


「とにかく一回は出ろよ。だいたいスペシャルゲストがいなくてどうすんだよ」


「ゲストなの僕?」


「サプライズのな。うちの連中に対してのだけど」


「だったら出なくていいじゃない。来るの知らないんでしょ?」


「お前なぁ……とにかくお前んとこのグループの最後の一人見つかってない以上は出ろ。ものは試しだと思ってよ、これで見つかりゃ儲けもんじゃねえか。案外出会いってもんはどこに転がってっかわかんねえもんだしよ」


「それはそうだけどね」


「だろ? ちょっとやり方変えてみたって罰当たんねえだろ」


「そうねぇ……ま、気分転換にはなるかもね。僕は自分の探しものに集中してていいんでしょ?」


「探すのはいいが最低限審査もやれよ。後輩の教育もあんだし」


「は? 何それ」


 その質問には答えず、鴫山はドアをバンと開ける。それなりの大きさの室内には、いくつかのイスと長机、それに男女様々な年齢の社員が待っていた。


「遅れて悪い。こいつ引っ張ってくるのにちょっとかかってな」


 鴫山はそう言い、木ノ崎を親指で指す。


「――シギさん、やっぱ僕帰るね」


「コラ! ったく、てめぇはよぉ」


「いや、教育って何よ。聞いてないんだけど」


「あっちに若いのいんだろ。あいつらに軽くな」


「……わかってると思うけど僕教育とか無理よ」


「知ってるわ。別になんも期待しちゃいねえよ。お前の一挙手一投足を見せてやりてぇだけだ。それだけでも十分教育になるだろ」


「反面教師?」


「自分で言うなよ」


「だって悪いことしか学べないでしょ、僕見たって」


「……もういいわ。とりあえず座れ」


「え、やだ」


「ああ?」


「いや、僕座りながら人見るの好きじゃないからさ。いつも立ってるし。いつも通りの方がいいでしょ? だいたいそれ机のとこ座ったら面接とかやるやつじゃない」


「――わかった、俺の後ろ立ってろ。んじゃみんな、名前くらいは知ってるだろうがこいつがあの木ノ崎だ。うちの目にして大黒柱にして大エース」


「何言ってんの、シギさんのがよっぽど柱でしょ。天下の部長様がさ」


「はっはっは、よせやい。って茶番はいいわ。とにかく若いのはこいつのことも見とけよ。多分参考にならんけど」


「じゃあなんで呼んだのよ」


「俺の権力を示すため」


「部長様だねぇ。んじゃ僕後ろいるね」


「おう。あーちょっと待て、これ書類」


「プロフィールとかならいらないよ」


「だろうな。こっちは持ってけ、審査表だ」


「へぇ……これ面白くないから好きに書いていい?」


「いいけど誰が見てもわかるよう客観的に書けよ。数値化してさ。あと対象だけは間違えんなよ」


「了解。ていうかこれ『アイグラ』のオーディションだったんだ」


「アイグラ」とはEYESが開催している「EYESアイドルグランプリ」のことである。


「それ今か? つか俺言ったよな? 今日は二次審査な」


「へぇ、まあいいや、始めていいよ」


「了解。んじゃ始めんぞ! 呼んできて!」



     *



 数分後。五人の若い女性が部屋に入ってくる。女性、というよりはほとんど女子であり、全員が中高生程度の外見だ。一様に姿勢がよく、顔つきが凛々しい。その表情はぼやっとしたものがなく、輪郭がはっきりしていて「一般人」と比較するとはるかに「芸能人」に近い顔つきだった。歩き方一つにまで意識が込められ、強い熱意が伝わってくる。


「えーどうも、EYESのマネージメント三部部長の鴫山です。っていってもわからないだろうから早い話アイドルやってる部署の部長ね。こっちの机に座ってるのが審査員。あと他は見学みたいなもんだからそんな気にしないでね。で、後ろに立ってるこいつ」


 鴫山はそう言い、後ろの木ノ崎を指差す。


「うちのスカウトの木ノ崎。みんな尾瀬遥(おぜはるか)は知ってるよね?」


 その言葉に、女子たちは「はい!」とはっきり返事をし頷く。


「尾瀬遥も上登藍(あがとあい)静潟星夏(しずかたせいか)も、あとアイドルだとディフューズの京手(きょうで)とか石住(いしずみ)もだな、そのへん全部こいつがスカウトしてきた」


 その言葉に、女子達の緊張感がギュッと引き締まる。敬意や、畏怖や、疑いや、しかし一番は好奇心。そういったものが入り混じった視線が木ノ崎に注がれる。


 尾瀬遥。三年連続CM女王。高校生の頃から女優・モデルとして活躍し、二十代にしてすでに三度の日本アカデミー賞主演女優賞受賞。名実ともにEYESの看板女優であり、一番の稼ぎ頭であり、国民的大スター。


 加えてポスト尾瀬と名高いトップ女優の上登、十代の間でカリスマ的ファッションリーダーとして高い人気を誇る高校生静潟。そしてEYESが誇るアイドルグループ、十代女子の「好きな女性アイドルグループ」一位の「ディフューズ」のダブルセンター、京手と石住。


 その全員を、まったく無名の時にスカウトした男。


「まあ他にも山程いるけど、今の名前出せばわかるよね。うちのスカウトの大エース、大黒柱。この十年は半分こいつに食わせてもらってるようなもん。そういう人が君たちのこと見るから」


 その言葉に、女子たちの顔に一瞬恐怖に近いものが生じる。


「てことで木ノ崎、お前からも一言頼むわ」


「なんで今の言ったの?」


「そりゃプレッシャーかけるためだろ」


「ハラスメントになるんじゃないのそれ?」


「これでハラスメントならアイドルできないだろ。つかそれだけ?」


「うん」


「よし、んじゃ始めますね」


 どこか異様な空気の中、オーディションが始まった。



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