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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第三部 あなたのいない景色の中で
275/324

幕間 秒速400メートル



 秒速400メートルとちょっと。地球が自転する速度。赤道直下で460メートル。沖縄あたりで430メートル。だから東京では、多分400メートルとちょっと。


 秒速400メートル。それは速すぎるし、遠すぎる。速度は距離だ。すべてが一瞬にして遠のく。自分はここから一歩も動かなかったとしても、すべてがあっという間に後方に過ぎ去ってしまう。もうどれだけ目を凝らしても見えないほど遠くへ。そうやって目を凝らしている一秒の間に、また400メートル。どんどん、どんどん、すべてが遠くなる。すべてから遠ざかってゆく。


 秒速400メートルは一日が早い。簡単に明日が来てしまう。一瞬で今が昨日になってしまう。まだまだ全然、今日を成し遂げていないのに、あっという間に明日へと押し流されてしまう。寝ている時間すら惜しい。移動している時間すら惜しい。一日六時間寝たとして、その間にざっと8600キロ。8600キロも、明日へ進んでいる。公転はもっと速いから――考えることに、意味がなくなっていく。もとより考える必要はない。全部、やればいいだけだ。それが最も手っ取り早い。それが最短距離だろう。光になればいいだけだ。この宇宙で最も速く、それこそ公転なんて目じゃない速さで、常に最短距離だけを通って進む光。脇目もふらず、一心不乱に。ただ、辿り着くという一つの目的のためだけに。脇目も、ふらず。


 けれども、いつでも気がつくと探している。どこかにその姿を。車の外の街行く人々。駅の構内。向かいのホーム。そんな場所にいるはずがなくても。


 あなたがいない。あなたがいない景色が続く。どこにも見えない。どこからも私を、見ていない。見てもらえない。その視線が、視点が、どこにもない。感じない。


 答えが、わからない。



 電車が高速で目の前を通り過ぎた。風で前髪が吹きあげられた。ふと視線を上げると、電車が去ったその先、線路の向こうに大きな看板が見えた。丁度張替え作業の最中で、珍しく何も貼られていない真っ白な看板だった。広告が剥がされた白い看板は薄汚れていたが、その隣の看板では、有名な女優がこちらに笑顔を向けていた。


 しばらく眺めていると、電車がやってきた。その窓に反射した私が、私を見ていた。



 渋谷に着いた。見上げると、360度ところ狭しに大きな看板がある。巨大なディスプレイがある。そこには沢山の人の顔があり、こちらを見ていた。


 私を、見ていた。



 そうか。なんだ、簡単なことだった。私がそこにいればいいだけだ。あなたがいないのなら、私がそこにいればいい。私がどこにでもいればいい。そうすればあなたも、見ることができる。探す必要もない。ここにも、そこにも、あそこにも。看板、広告、ディスプレイ。



 どこにでも、私がいればいいだけだ。


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