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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第十二章 ロング・グッドバイ
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第八話 秘密


 


「この度は、多くの関係者の方々、並びにファンの皆様に多大なご心配とご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。何より当社の理念、それ以前に社会の倫理に反するような事態を起こしてしまったことを深く反省し、お詫び申し上げます」


 と社長が代表し、ある程度定形通りの謝罪を述べ、また深く頭を下げる。その後社長から経緯の説明が行われる。報道の一部は事実であること。事実であるのは、記事中のスカウトマンK、木ノ崎樹一郎のEYES以前の職業に関して。彼がEYESで行っていた業務や、彼が担当したスカウト行為について、などである。一方ではっきり否定したのは尾瀬についての記事であり、それははっきり悪意ある虚偽報道、デマであり即時撤回を求めた上で、訴訟を辞さない旨を示した。


 また、経緯としては彼の採用を最終的に決定したのは当時の社長であった前社長(現会長)であること。採用の際木ノ崎には経歴の詐称があったこと。そのため事務所としては彼の経歴については採用以前から採用後、報道があるまで一切知らなかったと説明した。


 そのうえで、本来であれば経歴詐称に対し訴訟も検討することではあるが、現状前職において特別違法行為が見当たらない点。EYES入社後にも一切違法行為等はなく、この十年事務所に対し多大な貢献をした点などを踏まえ、訴訟を起こす予定はないことなども述べられた。


 また、入社までの経緯としても、現マネージメント三部部長である鴫山が知人の紹介で木ノ崎と知り合い、事務所に紹介した、ということであった。その鴫山も木ノ崎の前職については詳しくは知らなかった、ということであるが、素性の怪しい者を引き入れた直接の責任者ということもあり、採用を決めた現会長と共に責任を取り三部部長を辞任する決定が述べられた。記者からの質問の際には鴫山に対しても、


「どのような経緯で木ノ崎さんと知り合われたのでしょうか。木ノ崎氏がアダルトビデオ制作会社と関係があったということを考えますと、鴫山さんもEYESの社員でありながらそうした業界と関係を持っていたと考えられますが、いかがでしょうか。またそうであった場合何故関係を持っていたかをお答えください」


 といった問いが向けられた。


「おっしゃる通り、私はそうした業界の人間とも関わりを持っていました。木ノ崎もそうした知人からの紹介でした。非常に人を見る目があり、スカウトマンとしての能力が長けているので会ってみないか、という紹介だったと記憶しております。また、その際彼の職業に関してはキャバクラのボーイなどを転々とし、加えて以前から占い業もしており、そうした仕事から人を見る目を磨いた、といったような話でした。とにかくその知人が絶賛するものですから一度会ってみようと思い、実際にあった上で様々な人を見る目というもの、スカウトマンとしての能力を確認し、その類まれさを確信して是非ともうちに来てくれと誘った次第です。


 この際、彼の経歴には怪しい点もありました。今回明らかになったような前職、違法の恐れがあるスカウト行為に関しても、可能性としてあるかもしれないとは思っておりました。しかしそこは深掘りせず、むしろそうであったとしてもそのような違法な行為を一つ減らせるだけマシだ、このような才能をそのような違法行為に浪費させず、より良いことに使わせられるならばいいじゃないか、と自己正当化していた面は確かにありました。その点は非常に無責任であり、深く反省しております。

 また、アダルトビデオ制作会社などとの関係についてですが、正直に話しますと――これを話しますと、非常に業界全体というものを敵に回す恐れがありますし、信じるかどうかはお任せしますが、正しいことだと判断してお話します。


 ここにいる記者の方々、並びにおよそ『大人』と呼ばれる者の殆どはご存知でしょうが、夢を壊す話ではありますが現実として、芸能界という場所には所属タレントをアダルトビデオなどといった業界に『落とす』という行為が以前から当然のように行われています。ここではあえて『落とす』という表現を用いていますが、ほとんどの芸能事務所がそうしたパイプ、ルートを持っており、一般的に『売れなくなった』といったタレントをそうした業界に引き渡しています。中にはその際違法的な手続きや契約が行われている場合もあります。


 私は、それを止めたいと思っております。少しでも、そこを拾って、別の道も提示したいと、この十年以上密かにですが活動してまいりました。業界とパイプを持つことにより、そうした落とされる、または流されるタレントの情報を知り、そうなる前になんとかそれ以外の選択肢を提示する。自分のところで、EYESで拾うということが可能であればそれを行い、それが不可能な場合も、なんとか他事務所へ紹介し移籍などの形で通常のタレントとして活動できる道を探り、紹介する。それが不可能であったとしても、一度契約してしまえば、出てしまえば後戻りができぬ以上、本当にそれが最善かと、他の道もあるのではないかと説得する。そのようなことを、してまいりました。


 これは業界の『掟』、暗黙のルールで言えばそれを破る行為でありますが、私が芸能事務所、このEYESに、芸能界という場所にいる以上、それを見て見ぬふりはできないと、それでは自分は、自分が担当するタレントにも、自分の子供にも顔向けできないと、やってきたことであります。これによりEYESには多大な迷惑と、何より甚大な被害をもたらす可能性はありますが、しかしそれでも、私は自分がしてきたことに間違いがあったとは思っておりません。悔いがあるとすれば、力が足りなく、もっと何かしら変えられたはずであるものを変えられなかったという点だけであります」

 鴫山はそう言い、頭を下げた。


 そこで語られた物語は、報道陣や大衆が期待していた「下衆」な話とは、まったく異なっていた。それに対する反応もまた、実に様々であった。そもそも嘘っぽすぎる。綺麗事すぎる。偽善的だ。信じられない。あのEYESならばありうる。あのディフューズの初代マネージャーであれば、ありうる、等々。しかし結局は、その「反応」というのも殆どが各々のポジションによるものでしかなかった。


 ともかくとして、社長による説明が一通り終わった後、いよいよ本日の「ヘッドライナー」たる、スカウトマンKこと木ノ崎にマイクが渡された。


「――えー、芸能事務所EYES、新人開発部所属、木ノ崎樹一郎と申します。ただこの名前はEYESに入る際今までの名前、本名では支障があるということで名乗り始めた偽名でありますので、ここではきちんと本名も名乗らせて頂きます。


 わたくしの本名は幾世橋世之介(きよはしよのすけ)と申しますが、この記者会見の席では不便ですのでこれまで通り木ノ崎樹一郎としてここに座らせていただきます。まずその点、ややこしいですがよろしくお願いします。ご不便をお掛けして申し訳ありません」


 木ノ崎――もとい幾世橋、しかしこの席では木ノ崎樹一郎である彼が、そう言って深く頭を下げる。いきなりのある種の「爆弾」に、会場は再びシャッター音とフラッシュの嵐に包まれる。


「申し訳ありませんが、ご質問は後ほど一括して受けさせていただきます。まず私からも、報道の真偽について、ご説明させていただきます。まず報道にありました通り、私がEYESに入る以前にいわゆる水商売、性風俗業、並びにアダルトビデオ出演者等に関わるスカウト行為を行っていたことは事実であります。正確には覚えていませんが、だいたい私が一七、一八の頃から二二歳頃まで行っていました。その後EYESに入社させていただいたわけですが、その後は一切そのような行為は行っておりません。名前も偽り、以前の関係者とも一切関係を切っておりました。まずその点は誓って真実であります。


 次にスカウト行為における違法性についてですが、十年以上前のことですので私自身その細部まですべてを記憶しているわけではありません。私自身としては法律や条例に違反しないよう徹底して気をつけていたつもりですが、一つもなかったと断言することはできません。それ以前に、法や条例といった問題以前に、倫理的に誤った行為であったということは、今でははっきり認識しております。それは間違いなく私の罪であり、罰を受けるに値する行為であったと思っております。まずその点を、深くお詫び申し上げます」


 そうして木ノ崎はまた深く頭を下げる。またシャッターとフラッシュの嵐。それはなんだか、一種のコール・アンド・レスポンスじみていた。


「加えて、私が行っていたスカウト業ですが、これはいわゆるスカウト会社に所属して行っていたものではありません。私はいかなるスカウト会社にも所属していた経歴はございません。一人で、野良でやっていた、ということです。


 こちらも経緯につきましては、いわゆる水商売と呼ばれる店、スナックやキャバクラといった店で働いていた際に上司の方から店に従業員を入れろといった話がありまして、その際にいわゆる一般的なスカウト行為をしたのが始まりです。その後私のスカウト能力、見る目というものが評判になりまして、店の人間や客などを通して他の業界からもうちにも紹介してくれという話が来るようになりました。それまでと異なった対象を探す、マージンもいいということでそちらのスカウトも徐々に増やしていった、というのが経緯になります。この間にスカウト会社からの接触もありましたが、裏社会との関わりは極力避けたかったのでそうしたスカウト会社に入ったこと、関わったことは一度もありません。その点は強調させていただきます」


 木ノ崎はそう言い、一つ間をとる。


「そうした行為に関する法的、倫理的な問題については先程述べた通り、明らかに誤った行為であり深く反省をしております。またそれと同時に、私がその当時していたスカウトという行為には、毎回相手がいました。一人一人、別々の方々がおられました。私がスカウトし、飲食店や性風俗店、アダルトビデオ業界などで働くこととなった方々が、何人もおられます。


 私は、その一人一人のその後を存じてるわけではありません。というより、当時は積極的に知らぬよう、見ないようにしていました。だから私には彼女たちの身に、そこで何があったかはわかりません。わからない以上想像でしか語れませんが、そこで何か、大変辛い目に遭われた方もいらっしゃるかもしれません。店や会社に騙されるにせよ――私自身は一応、そうした素性の知れぬ、問題があるという店や会社とは関わらぬようにはしておりましたが、それももちろん絶対ではありませんので、何かしら問題や、被害に遭われた方がおられたかもしれません。人生が台無しになった、という方が、いたかもしれません。当時はそんなことは一切考えず、というよりそうした自身の行為の加害性から必死に目を背けていましたが、今では明確に、私の行為には加害性があったと、その可能性があった、実例は知らないにせよ、何かしらはあったはずだ、と考えるに至りました。それは様々な経験によるものですが、ともかくとして、その己の行為の加害性を受け入れ、恥入り、明確に罪だと認識し、心から、謝罪したいと思っております。


 もちろんこれがほとんど自己満足に過ぎないこともわかっております。私の立場で、名乗り出てきてくれなどと言えるわけもありません。謝罪して済む問題だとも思っておりません。むしろ私の謝罪がかえって誰かを傷つける、蔑ろにする可能性があることも承知しております。可能であれば然るべき罰も受ける所存です。しかしともかくとして、私は自身の行為を間違ったものであったと認識しており、深く反省をしております。当然、責任を取りまして、EYESからは辞職させていただきます。今後もいかなるスカウト業務に関わることはいたしません。明確に被害に遭われた方々を認識していない中で恐縮ではありますが、誠に申し訳ありませんでした」


 木ノ崎はそう言い、また深く頭を下げるのであった。


「えー、続けさせていただきます。EYESに入社する際に私が経歴詐称を行ったということもまた、事実であります。このことに関して事務所内で関知していた者は一人もおりません。経歴詐称を行ったのは一重に採用してもらいやすくするためという身勝手な動機によるものです。EYES入社後の偽名に関しましても、本名が珍しく同時に少々間の抜けたものとも認識しておりましたので、多少なりとも芸能関係者らしいものにと変えさせてもらいました。キャバクラ等でのボーイの経験に関しては履歴書などにも記載しておりましたので、その観点からも別の名前を名乗ったほうが良いだろうと提案し、承諾していただきました。


 何はともあれ、この件に関しては私一人が一方的に加害者であり、道義的にも反した行為であり、EYES側は被害者である、という点ははっきり申し上げさせていただきます。この場をお借りしてですが、事務所と、事務所の社員、並びに所属タレントのみなさま、事務所の関係者から取引先、ファンのみなさまにも、深くお詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした」


 そうして、何度目かわからぬお辞儀とフラッシュとシャッター音。


「最後となりましたが、当該記事に書かれていた当事務所所属のタレントである尾瀬遥に関する記事は、すべて事実無根であります。いえ、失礼しました。私が沖縄で彼女をスカウトした、という点だけは事実です。ただその際に彼女の母親やその交際相手、何らかの反社会的勢力との取引があった、などといったことは一切ありません。他の多くのタレント同様、街中で偶然見かけ、一目で女優として大成することを確信したため声をかけた、EYESに誘った、というのが事実であります。まったくのデタラメな記事であるとはいえ、私のせいで尾瀬さんと事務所に多大なるご迷惑をおかけしたことは改めて深くお詫び申し上げます。以上で、わたくしからの経緯のご説明を終えさせて頂きます」


 木ノ崎はそう言うとマイクを置き、腰を下ろすと乾ききった口にペットボトルの水を運ぶのであった。


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