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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第十二章 ロング・グッドバイ
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第三話 終わりの始まり


 


 そうして現在。十二月上旬。首相の汚職が国会議事堂を賑わす中、それをかき消すかのように有名な女優が薬物所持で逮捕されたニュースがメディアを席巻していた。連日、どのチャンネルでもどの時間帯でも首相の汚職などそっちのけで女優の薬物問題を報じている。木ノ崎に尾瀬から電話がかかってきたのはそんな折であった。開口一番尾瀬が告げたのは、


『キイチ、来るよ』


 という一言であった。


「――そっか」


『うん、ごめんね。状況が状況だからさ、止められない。遅らせるのも無理。もっと強い力、上の方から働きかけがあったみたい。なんでもいいから使えるスキャンダルは全部使えって。女優の薬物に続いて第二弾ってことで。低俗であればあるほどいいからって』


「なるほどねぇ。まあ薄々予感はあったけどさ……しかし自分がそんな都市伝説的陰謀論に実際巻き込まれることになるとはねえ。例の内調ってやつ?」


『だろうね。とにかく芸能スキャンダル連発させて、メディアと国民の関心逸らして年末年始まで持ってって、その最中の特番お祭り騒ぎで忘れさせる。そういういつもの戦略。まあ有名女優の薬物なんかよりは弱いネタなんだろうから、一応繋ぎでもっとデカいのはもう少し様子みて収まらなかったら、とかなんだろうけど』


「ははは、そりゃ僕なんか小者も小者だからね。それに関わる事務所やみんなは別だけどさ……君の方は平気? んなことに首突っ込んで」


『今回は情報もらってるだけだから。もちろんまだ確定じゃないけど、先に社長には連絡した。一応軽い裏取りはあったみたい。キイチのとこも行くだろうからさっさと事務所にでも引っ込んどいて。私も今は仕事で抜けられないけど終わり次第そっち行くつもり』


「来なくていいって言っても君のことだから来るんだろうね……ま、社長の方でも準備してるだろうから、僕もまっすぐ行ってみるよ。そろそろ連絡くるだろうし」


『うん。とにかく、私は最後までできることはやるから』


「……ま、一応僕の希望も言っとくけど、やめてね。君に傷残すわけにはいかないし、それこそほんとに相手が内調なんてなったら君だろうとただじゃ済まないんだからさ。君だけじゃなく事務所のみんなのことも考えて」


『……約束はできないけどね』


 尾瀬はそれだけ言うと電話を切った。木ノ崎は一人雑踏の中に立ち尽くし、一つ息をつくと師走の凍える空を見上げた。


 来るものが来た。終わりの始まり。あとはまあ、できるだけこの身だけを燃やして、誰にも火の粉が飛ばぬよう。


 木ノ崎は何気なく交差点の向こうの巨大ディスプレイに目をやる。そこでは渦中の首相が「私か妻が関わっていたら議員をやめますよ!」などと息巻いている。それを見て「もしこれがいなかったら今年いっぱいの約束守って逃げ切れてたのかねぇ」などと思いつつ、この世に「もし」などないのだと鼻で笑って事務所へと向かうのであった。



     *



 事務所へ向かう途中で社長、並びに鴫山からの連絡も来ていた。社長室へ向かうとその二人の他に、木ノ崎をEYESに入れる最終的な決定を下した先代社長――現会長の姿もあった。


「あら、会長も来られてたんですか」


 と木ノ崎は社長・目迫硝子の実の母である会長に笑いかける。


「もちろん私もことの関係者ですからね」


「それは申し訳ありません、ほとんどご隠居のところ。お体の具合はどうですか?」


「お陰で絶好調ですよ。毎日運動して日光浴してますからね」


 と齢80を超える社長は力こぶを作って笑ってみせる。


「ははは、それは何よりで。そんなとこに面倒事持ち込んで申し訳ありません」


「いいんですよこれくらい。それに私なんかはもう責任を取るためだけにいるような存在なんですからね。そもそもで言えば私が決めたことなんですから、当然私の責任ですよ」


 そう言い、やはり笑いかける会長。その笑みは険しい顔の現社長とはあまりにも対照的であった。


「会長、申し訳ありませんがそのような話をしている時間はありませんので」


「そう? まったくせっかちな社長ね。誰に似たんだか……寒いとこから来たんだからまずは紅茶でも飲んで温まるのが先じゃない」


 などと言い、カップに紅茶を注ぎ木ノ崎の前に差し出す。


「ありがとうございます。いただきます」


「それで、あなたの方でもこの時が来たらどうするかは決めていたんでしょ?」


「はい。まあ全部はさすがに無理でしょうけど、九割は私一人で背負えるようにするつもりです」


 木ノ崎は会長にそう答え、紅茶をすする。師走の空気ですっかり冷め切った体の芯に、暖かな温もりが染み渡っていく。


「具体的にはどうするつもりで?」


 と今度は社長が尋ねる。


「経歴詐称って線が一番じゃないですかね。私が加害者、そちらが被害者。まあそれでも最終的に採用を決めた当時の社長である会長と、そもそも連れてきた鴫山には多少責任もいきますけど、これが事務所にとっては一番被害が少ないんじゃないですかね」


「俺が黙ってお前一人に背負わせるとでも思ってんのか?」


 と鴫山が言う。


「そうしてよ、感情抜きでさ。これにしたってシギさんは多分部長の席から落ちることになるんだから。それでも事務所には残れるだろうしだいぶマシじゃない? 事務所のこと考えてさ。それにシギさんは家庭だってあるじゃない。これからお子さんたちも大学とかでしょ? 今更EYES出てどうすんのよ。シギさんまで色々認めて札付きになったんじゃ同業種に再就職も無理だろうしさ」


「こっちはちゃんと想定して金貯めてるわ。共働きだしよ。金はなんも問題ねえよ」


「だとしてもさ、三部部長にまでなった人間が主犯の一人ですなんてなったら事務所の看板は傷だらけじゃない。EYESも被害者、これはずらせないゴールでしょ」


「そうですね」


 と社長も同意する。


「社長! いくらなんでもそれはないでしょ! うちがこの十年どれだけこいつに世話になったか」


「鴫山さん、発言は立場をわきまえてお願いします」


 と社長はどこまでも冷静に言い放つ。


「あくまで私はこの事務所を預かる身。この事務所を、そこに所属するタレントと社員を第一に考えなければならない立場ですから、木ノ崎さんの提案は非常に魅力的です。一人で被っていただけるならこれほどありがたいことはありません。ですが、経歴詐称となると訴訟問題にも発展します。木ノ崎さんはその点はどうお考えで?」


「まあ、そうなったらなったで仕方ないと思いますよ。実際物的証拠としては完全にこちらの経歴詐称なわけですし。ただまあ、それは多分EYESにとっても悪手なんだろうな、というのはありますよね。いくら経歴詐称とはいえそれでどれだけ稼がせてもらったんだ、みたいな話にもなりますから。義理人情の話っていうんですかね。とにかくそこまで不義理を通すと逆に事務所の評判も下がる可能性もあるだろうな、というのは考えとしてありますね」


「その通りですね……ではシナリオでは、あなたが自身一人の経歴詐称であることを認め、すべて負い、しかしこちらとしても採用に関わった会長と鴫山も責任を取り辞任する。本来ならばこちらがあなたを相手取って訴訟を起こすような場面ではあるが、これまでの事務所への貢献を考慮した上で義理は通し訴訟は起こさない、と」


「そうなるんじゃないですかね。ま、私の浅はかな考えではですけど」


「……一応伺っておきますけど、あなたの『罪』はその範囲に収まるものですか? 明らかに刑事、民事に違反するような行為はなかったと?」


「難しいですね。ギリギリのラインだとは思いますけど、物的証拠は探せば何かしら出てくるかもしれませんね。とはいえそこまで大きなものではないと思いますよ。時効もあるとは思いますし、法というよりは条例違反で。まあモラルの面の方がデカいので逆に厄介だとは思いますけど」


「そうですか……余罪も一切ないわけですね?」


「はずですね、自分が知るかぎりでは」


「……わかりました。しかしあなたの案はその、尾瀬さんと揉めそうなものですね……」


「かもしれないですけどこれは彼女にも事前に話してますからね。納得はともかくとして。彼女もこっち来るとか言ってましたけど」


「また面倒事が増えそうですね……ともかく、こちらとしても他の手も含めて考えます。元々万が一に備えて複数選択肢は用意してましたから、それも再考して」


「一応言っておきますけど私の使用に関しては際限なくやっちゃっていいですよ」


「シヨウといいますと?」


「私のことは好きに使っちゃってください。喜んで生け贄の山羊やるんで。記者会見だろうとなんだろうと表にだってバンバン出ますから。その方が私に注意集められますし、さっさと記者会見だのやって『禊』済ませれば問題も早急に収められるでしょう」


「……それは本当に生け贄そのものですね」


「ええ。まあそちらとしても私に公の場で直接喋らせるなんてリスクもあるでしょうけど、そこは表に出さなくたって関係ないですからね。私が『真相』を話す可能性もゼロなわけじゃないですし。そこはきっちり疑ってください」


「……一応伺いますけど、あなたがそこまでして身を挺する一番の理由はなんですか?」


「そりゃ事務所のためですよ。っていうのはちょっと嘘ですけど、まあ事務所のためというより、タレントのためですよね。特に自分がスカウトした人たち……中でもエアの三人」


 木ノ崎はそう言い、どこか自嘲的に小さく鼻で笑う。


「ま、もちろん一部の良くしてもらった社員のためもありますしね。鴫山さんなんかは特に。もちろん社長もですけど」


「そうですか……あなたのその理由、想いは私も信じます。というより、信じられます。けれどもあなた自身はその、大丈夫でしょうか。普段とあまり変わらない様子ですし、一方でいささか自罰的で自暴自棄な様子も見受けられますし」


「いやあ、私は割と平気ですよ。まだ実感みたいなのもないですしね。話を聞いただけで記事だって実際どんなもんか目にしたわけじゃないですし、今のとこ知られてるのも社長や鴫山さんや会長や尾瀬さんですから。今更どうこうなることはないですよ」


「……ということは、タレントに知られるのが一番苦であると」


「……ま、実際そうなった時自分がどうなるかはちょっとわからないですよね」


「そうですか……タレントに対しては、どうされるおつもりですか?」


「そうですね……できれば、報道なんかで見る前に自分から説明したほうが、相手にとってもいいのだろうとは思いますね。特にエアの三人は、まだ若いですし一年経ってませんから。まあこれに関しても五十沢さんだけは例外でしょうけど」


 と言って木ノ崎は笑う。


「ただそれも鷺林さんと永盛さん両名と相談の上ですね。エアのマネージャーは二人なんで、私が直接話すにしても二人の許可を得なければと思っています。それが叶わなければもちろん話しません。基本は他のタレントにも同じですね。どれだけ時間があるかはわかりませんけど、自分で直接話したほうがいいと思う相手から当たるつもりです。もちろん許されれば、ですけど」


「……確かに、センセーショナルで二次情報的な報道で最初に触れるよりはショックは少ないでしょうね。心構えもできるでしょうし。特にエアの方々は、そうでしょう……各マネージャーに交渉する許可は与えますが、そこで話す内容も統一しておく必要がありますね。判断も各マネージャーに任せます。その後のケアに関してもこちらが誠心誠意行いますので」


「ありがとうございます、ってのは違いますね。本当に申し訳ありません。とりあえず、エアのみんなにだけは話せるよう動いてもいいでしょうか」


「そうですね……経緯に関しては、とりあえずあなたの案で。何をどこまで話すかはあなたに委ねます。記事がどこまで出るかまだわからない以上、包み隠さずというのがおそらく理想ではありますが……」


「話しますよ、全部。彼女たちは多分聞きますし、もう自分で咀嚼できる年齢でしょうから。まあそれも全部マネージャーの二人と相談してですけど。じゃ、申し訳ないですけど私は先にそちらで動かせてもらいます」


「わかりました。尾瀬さんはどうせ止めても来るでしょうから、その際はあなたも呼び戻します。あなたの話ですらろくに聞かないんでしょうけど」


 社長はそう言い、木ノ崎が社長室を後にするのを確認するとふーっと一息つき、背もたれに体重を預け目をつぶった。


「そんなに眉間にしわ寄せてると永遠に残っちゃうわよ。ほら、紅茶淹れなおしたから飲みなさい。ブドウ糖にレモンで疲労回復」


 と彼女の母である会長がテーブルの上にカップを置く。


「ありがとうございます……会長はご自分が元凶だときちんと認識しておられますか?」


「それはもちろん。元凶ではないけどね。凶っていう出来事ではないから」


「……場合によっては事務所の存亡に関わる問題ですよ」


「かもしれないけど、これも含めてEYESには必要なものだと思ってましたからね。彼を採用した時から全部」


「これがですか?」


「そう。芸能界、EYESの理念……わかるわよいずれ。すべてをやっていくためにはね……まあそれも一人一人次第ですけど。正念場ねぇ」


 会長はそう言い、紅茶をすすると窓の外を眺めるのであった。



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