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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第三章 天災としての天才の祭典
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第三話 現る乱反射




 電車で移動した先、渋谷のとあるビルの廊下を、木ノ崎は先ほど出会った少女を連れて歩いていた。

「しかし君ほんとに一度もどこ行くか聞かなかったね」


「どうせ見ればわかりますからね」


「そりゃね。でも少しくらい警戒心の類持ってもらわないとさすがに心配しちゃうからさ」


「なんで木ノ崎さん警戒しなきゃいけないんですか?」


「ははは。まぁそう言ってもらえるのは嬉しいけどさ、僕ただのスカウトだしね」


「だとしても見るのは私ですからね」


 それはすなわち、「本人が何を言おうと、どう見るかは私である」という意味の「天才言語」。無論、木ノ崎にもその意はわかる。


「うん、それはいいよ。でもみんながみんな君や僕みたいな目持ってるわけじゃないしね。おまけに君は見たものを上手く言語化して伝える能力はないんだからさ、一人ならともかく誰かも巻き込む時はそのへん折り合いつけたほうがいいかもね」


「はぁ……なんとなくはわかりました」


「そりゃよかった。さて、着いたけど、そういやまだ名前聞いてなかったね。別に仮名でもいいけど」


五十沢(いさざわ)です」


「イサザワさんか。了解。じゃ、ご対面」


 木ノ崎はそう言い、ドアを開けた。




 中は、レッスン室。音楽と、熱気と、靴が擦れる音と――その中で踊る四人の女子。京手縁(きょうでゆかり)石住美澄(いしずみみすみ)三穂田要(みほたかなめ)新殿舞(にいどのまい)の四人。


 すなわち、芸能事務所「EYES」が世界に誇る最強のアイドルユニット「diffuse(ディフューズ)」の四人。木ノ崎が五十沢を連れてきたのは、そのディフューズがパフォーマンスの練習をする現場であった。


 木ノ崎はちらりと五十沢の横顔を見る。


(秒、か……)


 五十沢の、無感情で無表情な横顔。静止から、秒で集中の深海。


 いや、それは集中とは少し違う。シャットアウト、凝視、意識という、そういう類のものではない。切り替えのスイッチなどそこにはない。それは彼女にとってただの日常。体の反応。反射。見て、同時に体が記録し、それをなぞる。一部のものに対し自動的にそれが起きる。そこに境界はない。これまでと今ここの、境界はない。


 彼女の世界において、日常と集中の間に境界はなかった。



 四人の女子のダンスは、見ればわかる。誰が見てもわかる。一糸乱れぬという表現が正しい見事なシンクロ。全員がゼロコンマ一秒のズレすらなく、動きに一ミリのズレもなく、爪の先まで一切の妥協などない。激しく、滑らかで、しかし緩急が自在で――そう、自由。はたから見れば完全に自分と四人の体を自在に操れているとしか思えないもの。そしてただ踊っているだけではなく、そこには当然歌もある。これほどの激しい動きの中でも震えなどなく突き刺さるような力強い歌声。

 そう、アイドルなのだから。


「おう、木ノ崎。来てたのか」


 ドアの開閉音とともに、鴫山が入ってきた。


「珍しいな。なんか用、だな」


鴫山は五十沢の後頭部をちらりと見て言う。


「シギさんこそどうしたのよ」


「挨拶回りだよ、一応な。まだ公表じゃねえけどよ、こいつらには先に話しときてぇと思ってな」


 鴫山はそう言い、踊る彼女たちに目をやった。



      *



 ダンスの静止とともに、音楽が止む。


 瞬間、鬼気迫るような空気がふっと消えた。


「っし、オッケー! (かなめ)!」


「なんですか」


 京手縁(きょうでゆかり)に呼びかけられた三穂田要(みほたかなめ)がそっけなく答える。


「最高! いいね! めっちゃ良くなった!」


 京手は元気よくそう言い、三穂田の頭をわしわしと撫でる。


「うわっ、汗やばっ! きたね!」


「踊ったばっかなんだから当然でしょ。てかそっちが勝手に触ってきたんじゃないですか。そもそも汚くないですし」


「自分の汗に相当の自信だなー。てかキイさんおっす! 久しぶり! おいスミ、キイさん」


「知ってるー。ダンス途中から鏡で見えてたからねー」


 スミと呼ばれた女子、石住美澄(いしずみみすみ)はふわふわと笑って答える。


「だな。おっすキイさん」


 京手はそう言い、木ノ崎とハイタッチする。


「ご無沙汰。相変わらず元気だねー京手さん」


「そりゃね。キイさんは相変わらずへらへらしてんねー」


 京手はそう返し、快活に笑う。京手に続き石住も木ノ崎のもとにやってくる。


「やっほーきーちん」


「石住さんもご無沙汰。相変わらず自信しかない顔でいいねー」


「まあねー。最強だからねー」


 石住と呼ばれた女子はそう答え、へらへらと笑う。


「新殿さんと三穂田さんもご無沙汰。調子良さそうで何よりよ」


 木ノ崎はそう言い、奥の二人にも手を振った。


「てかシギやんも来てんじゃん。どしたの」


 と京手が言う。


「俺が後かよ。てかなんだこの木ノ崎との温度差?」


と鴫山。


「そりゃキイさんはレアキャラだからね。シギやんは毎日顔つき合わせてもう十分だし」


「それがチーフマネージャーに言うことかよ。娘が思春期の父親ってこういう感じなのかねぇ」


「ハハハ! 娘って。うちらがシギやんの娘は無理あるっしょ。てか思春期とか要だけだし」


「誰が思春期ですか」


「カナちゃんは永遠の思春期だもんねー、まぁほとんど私たちのせいだけど」


 反論する三穂田に石住も言う。


「ったく、三穂田。マジでこいつら無理な時は言えよ」


「いやいや、そりゃねーよ。こいつもううちらいないとダメな体にしてあんもん」


 同情する鴫山に京手が言う。


「言い方な? ったく、まあそれはいいとしてちと話あって来たんだけどよ」


「あーそれ後回し。先客が先でしょ。キイさんの用はその子?」


 京手はそう言い、五十沢を指差す。とうの彼女は少しうつむき、何か物思いにふけっているかのような様子だった。


「まあね。五十沢さん」


「はい」


 木ノ崎に呼びかけられ、彼女は一瞬で自分の思考から戻ってくる。そのさまに木ノ崎は思わずハッと笑う。


(この切替の異常な速さ、ちょっと並じゃないね。シャットアウト、没頭の集中じゃなくて常に全感覚が開かれたまま、世界とつながったまま針の穴に通す次元の集中ができる。しかもその方向を問わない、と……)


「ま、とりあえず紹介するね。彼女たちはアイドルグループのディフューズ。知ってる?」


「名前は知らないですけど動画見たことはあります」


「へー。ダンス?」


「はい。色々面白そうなダンス探してて。この人たちのダンス面白いんでいくつかやってみました」


「そう。名前知らないのに彼女たちがそのグループだってわかったの?」


「はい。さっきやってたのは見たことないダンスでしたけど体の感覚っていうか、クセは同じだったんで。顔も多分そうだなーって。やっぱ映像とは印象だいぶ違いますけど、でも体は一緒ですからね」


「つまり視覚情報で同じ人だなーって思ったってこと?」


 と京手がたずねる。


「視覚情報っていうか、身体情報……全感覚じゃないですかね。声も同じでしたし」


 五十沢は、平然とそう答える。


「今やってたのって新曲だよね」


「そだよー」


 木ノ崎の問いに石住が答える。


「んじゃ外には一切出てないね。まあディフューズなんだけどさ、軽く紹介するとまず彼女が京手縁(きょうでゆかり)さん」


「うっす」


 と京手はニッと笑って手を挙げる。黒い短めの外にハネた髪。身長は一六〇程度。その顔はどこか中性的でありながら、太陽のような輝きと笑み、そしてなにより溢れんばかりの生命力が常に満ちており、体のサイズ以上の存在感を放っている。


「ディフューズのダブルセンターの一人。僕がスカウトした子。中三の春だよね?」


「そ。十五ん時。だからほぼ四年?」


「もうそんなか。早いねー、もう高三だもんね。んでこっちが石住美澄(いしずみみすみ)さん」


「こっちでーす」


 と石住も微笑んで手を挙げる。ふわふわとした少し明るい色の長い髪。背は一六五程度。抜群のスタイル。常にふわふわへらへらとした笑みを浮かべており、そこにはダンスの際の凛々しい表情は一切なく、ほとんど別人のようであった。


「ダブルセンターのもう一人。高三。彼女も僕のスカウト。彼女も中三の春だね」


「そだよー。ゆかりんと二日連続でね」


「そういやそうだね。たまにそういう時があるんだよね。で、こっちがリーダーで最年長、一九歳の新殿舞(にいどのまい)さん」


「こんにちは」


 と新殿が微笑む。背は一六五ないくらい。少し硬質な黒髪を後ろで束ねている。引き締まった四肢、体。大人びて少し濃いめのはっきりした顔立ちである。


「彼女は僕のスカウトじゃないんだけどね。まー見てわかる通りダンスに関しちゃ一番よ。堅実」


「そうですね。センスじゃなくてスキルで」


「と言うと?」


 五十沢の言葉に、新殿が興味本位で尋ねる。


「そうですね……才能じゃないです。最初からできてたわけじゃないし最初からできるわけでもなくてこう、身体的な技術っていうか、とにかく理論的に体の動かし方とか、拡張、見せ方とかわかってて実践してる、って感じじゃないですかね」


 その言葉に新殿はちょっと苦笑いし、木ノ崎を見る。


「彼女目がいいのよ」


 と木ノ崎。


「そういう次元じゃないですよね」


「まあね。で、最後が最年少で高二の三穂田要(みほたかなめ)さん」


「どうも……」


 と三穂田は軽く会釈をする。そこに笑顔はない。どこか訝しむような目つき。背は四人の中で一番高く、一六五以上ある。焦げ茶色の短めの髪。落ち着きと冷たさと、どこか艶やかさもある特徴的な目だ。


「こんなんだけどめっちゃいい子だから。彼女も僕のスカウトじゃないね。オーディション組。まあ名前の通りディフューズの要だね」


「あー、そうですね。下ですもんね」


 その言葉に、一瞬室内が静まり返る。


 ――次の瞬間、京手が爆笑した。


「ハハハ! 聞いたか要? わかったっしょ。これが天才言語よ」


「……事前に教えてますよねこれ」


 三穂田はそう言い、どこか嫌悪感を持って木ノ崎をチラッと見る。


「んなわけないっしょ。わかるやつにはわかんのよ。やっぱこいつ見てすぐ『下』だってわかるよな?」


 と京手は五十沢に尋ねる。


「そうですね」


「なあ? いやーそれ最初から言ってんだけどさ、こいつ曲解して。そりゃ意味色々あるからしゃあないしちゃんと説明したけどさー、散々説明しても気ぃ悪くすんだよねーこいつ」


「そうなんですか? 上が二人だからめっちゃすごい下だと思うんですけど」


 五十沢は「二人」のところで京手と石住を指差して言う。


「そうなのよ。マジすごいのよこいつ。見ればわかるよなあ?」


「はい」


「ほらー、だから散々言ってんじゃん。こいつもこう言ってんだしさ、な?」


 と言い、京手は三穂田の肩に手を置く。


「いや、そもそも二人が何話してんのかがわかんないんですけど」


「それが天才言語よ。君も早くこっちきな」


「私は普通に日本語話したいんで遠慮します」


「カナちゃんも全然普通じゃないじゃーん。敬語ばっかつかってさー」


 と石住が言う。


「いや、敬語は普通の日本語なんで」


「んー、敬語は距離があるから普通じゃないよねー」


「いいからそのへんにしろ。とりあえず木ノ崎さんの話聞け」


 と新殿が呆れた様子で制する。


「はは、ありがとね。いやーほんと大変だよね彼女らの子守」


「いえ、慣れましたんで……」


「というか彼女らって私入れないでもらえますかね」


 ため息をつく新殿に、明らかに不快感を表す三穂田。


「まーしゃあないっしょ。うちら二人天才担当だからさ」


「私は最強担当も兼ねてるしねー」


 とヘラヘラ笑いながら京手、石住も続く。


「伸び伸び育ってなによりよ。まーとにかくそういう四人。で彼女は、イサザワさんでいいの?」


「はい。五十沢晃(いさざわあきら)です」


「普通に本名だったのね」


 そのやり取りに、京手は思わず笑う。


「名前も聞かずに連れてきたのキイさん?」


「一応聞いたけどね。仮名でもいいから適当にって。ぶっちゃけ名前とかどうでもいいからさ」


「まーどうでもいいけどね。で、五十沢晃さんか」


 京手はそう言い、五十沢のおよそ感情のない目を覗き込んでニッと笑う。


「まー今日は見学よ。面白いもんあるからとりあえず見てみなよって誘ったわけ」


 と木ノ崎が言う。


「完全に怪しいおじさんだそれー」


 と石住はへらふわ笑って言う。


「ね。で、見てみてどう? 五十沢さん」


「そうですね……これ今休憩中なんですよね。使っていいですか?」


「場所?」


「はい」


「あー、やっぱ答え合わせしないと気持ち悪いよね」


 木ノ崎の言葉に――初めて、五十沢が笑った。


「ほんとわかるんですね」


「同じだからさ」


「やっぱあれも同じだったんですか」


 その、あまりに言葉の少ないやり取り。何故会ったばかりの二人が、これだけの言葉で当たり前のように意思疎通が行えているのか、周囲のほとんどの者にはわからない。主語がない。答え合わせとはなんなのか。気持ち悪いとはなんなのか。わかるとは、あれとは、同じとは……


 それはいわゆる「天才言語」。一部のものだけが理解できる。共有している、言語的でない言語感覚。


「そうなのよ。あれも同じ。ここちょっと使わせても平気?」


 と木ノ崎はディフューズを見る。


「いいようちらは。て私が決めることじゃないけどさ。みんないいでしょ?」


 京手がみなに確認を取る。


「いいけどどれくらい?」


 と新殿が五十沢に聞く。


「とりあえず四分二二秒です」


「は?」


 唐突の具体的な数字に、新殿は面食らう。


「新曲だねー」


 と石住が言う。


「新曲?」


「さっき私らがやってた新曲の長さ。正確には二六秒だけど、まぁ前後間があるしね」


 石住はそう答え、へらりと笑う。その言葉に、新殿は思わず五十沢の顔を見る。


「五十沢さん計ってたの?」


「何をですか?」


「さっきの曲の時間」


「いや、体感です」


 五十沢はそう答えながら、軽く準備体操をする。


 体感。つまり、時計などは一切見ず、体の感覚だけで、曲を聞いただけで、ほぼドンピシャに正確な数字を叩き出す。しかもそれを当たり前のことのように答える。その振る舞いに、新殿は何か薄気味悪いものを感じた。


「それ上履きだよね?」


 と京手が準備運動中の五十沢に尋ねる。


「そうです」


「用意周到だねー」


「いつでもどこでも動きたいんで。さっきの曲流してもらってもいいですか?」


「はいよ」


 京手はプレイヤーの前に向かう。五十沢は鏡の前でぷらぷらと手首や足首をふり、ふっと前を見る。


 その表情に、やはり感情の類は一切ない。そして、一瞬で臨戦態勢。秒で集中の深海へダイブ。


 言葉はない。けれども、誰が見ても「準備万端」とはっきりわかる。



 曲と同時に、五十沢晃の四分二二秒 が始まった。





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