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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第十章 星の海、月の道
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第八話 うる星やつら




 そんな日々を過ごした後、いよいよTOKYOティーンズコレクション本番の日がやってくる。会場は渋谷区にある国立体育館。六四年の東京オリンピックの折に有名建築家がデザインした体育館であり、大規模な都市公園やテレビ局、渋谷や原宿などからも割合近いという好条件の立地であり、東京のランドマークの一つである。その国立体育館の周辺は、朝から人でごった返していた。


「やっぱ人すごっ……」


 とその人混みの中で黒須野は呟く。もちろん彼女は出演せず、他の一般客と一緒に長蛇の列に並んでいた。その格好はマスクに帽子に伊達眼鏡と変装は完璧である。


 関係者用のパスやチケットは、もちろんエアや黒須野のようなペーペーの新人アイドル回ってくるわけがなく、こうして一般用のチケットが手に入っただけでも奇跡であった。黒須野もTOKYOティーンズコレクションに来るのは初めてである。今回来たのは当然安積の応援、並びに活躍を見るためであったが、それ以外にも偵察の意味合いもあった。自分も来年出ると目指す以上は現場でそれを見て勉強すべきだと。ついでにディフューズの三人だって出るし、静潟星夏だって出るし、前沢莉子だって出るし、悔しいが年下の江井友理愛だって出る。それ以外にもティーンズの大物が超続々と。それを見逃す手などない。


「しかし物販なんて行ってる余裕ないよねーこれ……まあそもそもお金ないからなんも買えないんだけどさ」


「そんな使ってるんですか」


 と五十沢が尋ねる。


 いる。いた。いるのである。黒須野が半ば無理やり引っ張ってきた。一人はさすがに寂しいという思いと、そもそも安積の応援もあるのになんでたった三人のメンバーすら揃わないのよという思いなどもあり、「ウォーキングだってダンスと同じでしょ!? 体の動きでしょ!? それに演出とか魅せ方とか色々勉強になるよ!?」などと説き伏せて連れてきたわけであった。


「いや、そこまで使ってるわけじゃないけどさ、この前温泉旅行もあったからね。そこは特別に親に預けてるお金から出してもらったけど、だからといって自分の手元からじゃんじゃん使ってるわけにもいかないし。大学とかどうなるかわからないけどそういうこと考えると貯めとかないとだしさ。ていうかあんたの家はあんたの稼ぎどうなってるの?」


 と黒須野は小声で尋ねる。


「どうってなんですか?」


「いや、自分で使える分とか親が預かっておく分とかさ。まだ子供なわけだし」


「そういうのはないですね。全部自分の口座に入ってます」


「……自由に使えるってこと?」


「そうですね。別にそんな使うことないですけど」


「……まああんたの親ならそうかもね。あんたもお金の使い方はしっかりしてそうだし。でもそのサングラスはなんとかならなかった?」


 と黒須野は五十沢の顔を見て眉をしかめる。その顔につけられていたのは、いわゆるスポーツサングラスというもの。ティーンズコレクションのような場にはまったく合っていない。とはいえ五十沢のスポーティな私服とのトータルコーデでは悪くはないのだが、帽子にマスクと相成ると、完全に不審者に近くなる。


「まあそもそも服装が合ってないけどそれは仕方ないとしてさ……念のため持ってきたけど私のメガネ使う?」


「別にいいですね」


「ここでは使えって意味」


「そうですか。じゃあ借ります」


 と黒須野から予備の伊達眼鏡を受け取る五十沢。こいつと二人きりでティーンズコレクションとか不安しかないよなぁ、と思いつつ、「でもそういえば晃と二人でどっか出かけてるなんてのが初めてか。こいつもそういう友達とどっかになんて経験あるのかね」などと考えながら、はぐれぬよう五十沢の手を引く黒須野であった。



     *



 一方その頃。開場前の会場内、バックステージの現場では、てんやわんやの状態であった。単純な広さや人数で言えばEYESファン感謝祭の方が上であったが、ティーンズコレクションは関わる人数が桁違いである。あらゆるブランドの関係者がいて、様々なメディア関係者がいて、当然出演者もあらゆる芸能事務所からやってきており、その数だけ事務所の関係者もいるわけだ。ブランドにしても単純に洋服のブランド、デザイナーだけではなく、アクセサリー、化粧品、小売等実に様々。多様という点では身内だらけの自社フェスである感謝祭とはまるで違う。バックステージは常に動きで溢れ活気に満ちているが、その活気の大半は同時に殺気立ったものでもあった。そんな中で安積の付き添いの木ノ崎は持ち場を動かず、


「やばいねー」


 と楽しそうに笑っているのであったが、その顔にはマスクとサングラスが貼り付けられており、笑顔などまったく見ようがなかった。


「やばいのは木ノ崎さんの格好ですよほんと……まあ幸いみんな忙しすぎてあんま気にしてなさそうですけど。ほんと絶対パス外さないでくださいよ? つけてたって絶対止められるんですから」


 と永盛が言う。今日は安積一人のため永盛・木ノ崎体制であったが、そもそもこんなペーペーの新人に対し二人つくなどということが稀である。木ノ崎はスカウト兼務ということでの特別であった。


「けどほんとやばいですね動き……ちょっと間違えるとすぐはぐれちゃいそうで。安積さん、動く時はほんと気をつけてね」


 などと話していると、周囲の忙しさなどお構いなしといった具合にマイペースに話している一団がやってくる。


「おっすー真。ってうわっ、なんかやべえのいる」


 といつでもどこでもマイペース、緊張などあり得ない京手が言う。


「キイさんさすがにそれやばいっしょ。ぜってー追い出されるよ」


「その時はもうしょうがないってことでね」


「色々事情あんだろうけど真まで風評被害くらうでしょそれ。てかちゃんと来たんだね」


「まーあれだけみんなに来い来い言われちゃね。ついでにスカウトもすればいいし。それに三穂田さんに絶対来るなって言われたからさ」


「ちゃんと覚えてんのになんで来てるんですか」


 と三穂田が苦虫を噛み潰したような顔をする。


「そりゃ三穂田さんの来るなは来いって意味だからね」


「うわっ……どう考えても来るなっつった私が正解でしょその格好。てかじゃあもし私が来てくださいって言ってたら来なかったんですか?」


「いや、絶対来てたね」


「どっち転んでもじゃないですか……」


「今更何言ってんすかー。かなちゃんは全方向詰んでるっていってるじゃーん」


 と石住も茶化す。


「キイさん星夏見かけた? うちらまだだからさ」


「いや、見かけてないね。彼女なんかは待機場所違いそうだけどね。君たちは今日は歩くだけ?」


「一応ね。去年まではライブやってたけど殿ハタチだからね。だから場所も変わったし。三人でライブやりませんかーとかも話あったけどさすがにそれはないからさ。でも殿だけ特別扱いで十代過ぎて出んのもあれだし。まー最後はこういうのもいいでしょ。それこそ来年はエアがライブやりゃいいんだしな」


 京手はそう言い、安積を見てニッと笑う。


「どうよ真。ウォーキングいけそう?」


「そうですね。毎日歩く時間も立ってる時間も座ってる時間も、というか寝てる時以外は多分全部使ったんで、最低限は大丈夫だと思います」


「いいねー。努力に裏打ちされてる自信ってのは確かだよな。体と時間が証人っつう。んじゃ楽しみに待ってるよ。そういや会場に十子と晃来てるんだって?」


「そう言ってましたね。さっき写真送られてきたんで会場前にはもう着いてると思います。十子ちゃんはなんでも勉強って言ってましたし」


「はは、いいね貪欲で。離れてても仲間がいるってのは心強いよな。ま、うちらもいるしさ。この機会によその色んなモデルとかとも話してみなよ。多分真なんて引っ張りだこだろうからな。んじゃま、あたしらは引き続き挨拶と探検と星夏探ししてくるわ。キイさんもし星夏に会ったら余裕があったらこっちから後で会い行くわって言っといてよ。あいつは忙しくて動けねえだろうからこっちには来なくていいよって」


「了解。んじゃお二人は最後のティーンズコレクション楽しんでね」


 怪しい姿のままの木ノ崎はそう答え、笑顔(見えない)で手を振りその背中を見送った。


「いやー、慣れてるとはいえあの緊張感のなさはいいねー。ライブないってのはあるにせよさすがだよね」


「そうだね。私もすごい落ち着いたし」


 と安積が答える。


「なら良かった。安積さんも緊張してる?」


「うん、そうだね。これは結構緊張あるかな。一人――ステージの上ではってことだけど、十子ちゃんも晃ちゃんもいなくて一人っていうのは初めてだからさ。ライブだと歌ったり踊ったりってやることたくさんあるからいいけど、今回はそうじゃないからね」


「そうだね。まあ僕なんて素人だけどさ、体動かしてるほうが緊張しないってのはなんとなくわかるもんね。まあ京手さんもさっき言ってたけど、この機会に色んなモデルの人と話してそのへんの心構えとか本番前のルーティンとか色々聞いてみたら? 参考になるだろうし」


 などと話していると、


「キイチロー!」


 と後方から、聞き慣れた威勢が良すぎる声が飛んで来る。


「噂をしてればうってつけの人が来たね」


 と木ノ崎が振り返ると、ブンブンと手を振りダッシュで駆け寄ってきていた静潟星夏が急ブレーキをかけ立ち止まり、


「ワッツ!? 貴様なにやつ! フーアーユー!」


 とウルトラマンの如くシュワっと構える。


「僕だよ僕。アイムキイチロー」


「後ろ姿でわかってたよー。けど振り返ったらびっくり! どしたのキイチロー? そんなに眩しい?」


「そうなのよ。年取るとこういう人工的な光に弱くなってね」


「おー。アイ・シー。ってなんでやねん! キイチローまだ三十ちょっと! 全然若い!」


「ははは。まあ目は商売道具だからちゃんと保護しないとね。マスクだってこれだけ人多いと色々あるからさ、防止よ。かからないうつさないっていう」


「偉いねー。キイチローちゃんと来てくれてたから後ろ姿見て嬉しかったよ。けど後頭部寂しくなったねー。大丈夫? ワカメ食べてる?」


「ワカメはあんま食べてないかなー」


「それはよくない。ワカメ送るよ、乾燥したやつ。いっぱい食べて毛生やしてね」


「ははは、ありがとね。湘南ってワカメも有名なの?」


「普通かな。ひじきもあるけど。そもそもそればっか食べてても別に髪の毛フサフサにはならないしね。バランスとストレスと生活習慣!」


「正しさしかないねー。静潟さんは今日もバリバリ元気みたいだね」


「元気じゃない時ないからねー。その点まこっちゃんはちょーっと緊張してそうだね。はーいまこっちゃん!」


 と静潟は安積にハグ、ついでに隣の永盛にまでハグをする。


「どう? 平気? ちゃんとよく寝れた?」


 と静潟は安積の肩を優しく叩く。


「睡眠時間は大丈夫です。けどやっぱり初めてなんで緊張っていうか、どうなるんだろうなーってのはありますね」


「そうだね。ティーンズコレクションは結構進行シビアだし。まあさ、前はいいんだ。終わった後も。準備とかはみんなが色々やってくれるから、自分は体と心だけ準備しといてね。それでレッツゴーって言われたらその瞬間だけ、ランウェイの上スポットライトの下でだけ、その一瞬にだけ全部集中させて行って戻ってくればいいだけ。それで終わり。何本あるかわからないけどそれを繰り返すだけだからへーきへーき! ランウェイの上以外はリラークッス。海の上漂うみたいにふよふよ~ってね!」


 静潟はそう言い、ビシっとサムズアップする。


「それじゃあ私も急がないとだからこれでまたね! キイチローも忙しくて構ってあげられないけどごめんね?」


「ははは、いいよいいよ。その分ばっちり見させてもらうからね」


「目ん玉かっぽじってよーく見やがれだね! それじゃあシーユー!」


 と来た時と同じように大きく手を降って立ち去ろうとする静潟であったが、


「アーウチッ! キイチローの顔がすごくて忘れてたよー」


 と踵を返し戻ってくる。


「サングラスマスクにびっくりして今日のハグがまだだったね! ハーイ!」


 といつも通りに両腕を広げるのだが、今度は木ノ崎が「シュワッ」とウルトラマンが如く構える。


「へい静潟さん。TPO」


「とろけるプリンおいしいなー?」


「時と所と場合でしょ。こんな場所じゃダメですよ。どんな場所でもダメだめだけどさ」


「うーん、けどハグをしないのは信条に反する……人に見られたら問題ってことでしょ? じゃあトイレの個室とか更衣室でやれば問題ないね!」


「問題が百倍くらいに膨らんでるよねそれ」


 とさすがの木ノ崎もマスクとサングラスの下で顔を引きつらせる。


「うー。けどここでハグしなきゃ今日のパフォーマンスに影響が出るかもしれないし……」


「……握手とかじゃダメなの?」


「ノンノン! 握手とハグ全然違うでしょ!」


「……じゃあ百歩譲って後ろからとか」


「ノウ! ハグはハートとハート! 心臓重ねなきゃ意味ないじゃん!」


「……もうどうにでもなれだね」


 木ノ崎はそう言うと観念したように大きく溜息をつき、直立不動で「バンザーイ」と両手を上げるのだった。


「まあそれでもいっか。ほんとはハグはお互いじゃないとダメなんだけどね。じゃあ今日も元気にキイチロー!」


 と静潟は両手バンザイ降参サンドバッグ状態の木ノ崎にハグをする。


「OK! これで今日も問題なし!」


「ははは、逆にこの顔だからセーフだったかもね……」


 と木ノ崎は言い訳がましくサングラスとマスクの顔をくるくると指差す。


「あと、そういやディフューズのみんなが後で挨拶行くとか言ってたよ。そっちは忙しいだろうからこっちには来なくていいよって」


「リアリー? 助かるー。今年ほんと忙しいからね。じゃ、まこっちゃん。次はランウェイでね!」

 と静潟は安積を見て人差し指を立てる。


「静かな潟が広がっててね、その先に夏の星の海。その上にすーっと、水平線の先異世界へ続く月の道のランウェイ」


 静潟はスーッと天を見て、そう言う。


「それがそこには待ってるからね! じゃ! シーユーネクスタイム!」


 静潟はそう言うとビシっと敬礼し、踵を返すとそのまま足早にカッカッカと音を立てその場を後にした。


「――ま、静潟さんが言うことはさ、歩いてみればきっとわかるよ」


 木ノ崎は不審者然とした顔のまま、安積を見て言うのであった。



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