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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第三章 天災としての天才の祭典
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第一話 大人になりたいじゃないの



 黒須野と木ノ崎が出会うおよそ一ヶ月前。


 十二月。寒空の下、木ノ崎はいつものようにスカウトのため街に出ていた。そんな中で鳴る電話。かじかんだ手でスマホを取り出す。


『おい、飲み行くぞ』


 開口一番、電話口で鴫山(しぎやま)が言ったのはそれだった。


「シギさん、人間真っ昼間から飲むようになったら終わりよ」


『よく言うぜ。だいたい真っ昼間じゃねえだろ。もう三時だ』


「酒は三時のおやつじゃないよ」


『るせえ。海外じゃ勤務中のランチに酒くらい普通だよ。つか別に今からじゃねえ。終わってからだ。今日は五時でさっさと切り上げろ』


「というか普通先にこっちの予定聞くもんじゃないの?」


『どうせねえだろ』


「ないけどさ。まあ何事もなかったら五時で終わらせるよ。なんか見かけちゃってたら無理だけど」


『そん時は無論そっちを優先しろ』


「だよね。で、当てていい?」


『あ? 何がだ?』


「祝杯?」


『さすがだな。祝杯だ』


「じゃあ飲むしかないね」


 木ノ崎はそう言い、通話を切った。



     *



 夕方五時過ぎ。ほとんど日も落ちた中、木ノ崎は居酒屋に入る。すでに客の姿はあったがさすがにまだまばらであった。


「どーも」


「おう、来たか。急で悪かったな」


 先についていた鴫山はタバコを吸って待っていた。


「いーのよ祝杯なら。シギさんが個室なんて珍しいね」


「そりゃさすがに他に聞かせられねえ話だからな」


 そこで丁度よく冷えた生ビールが運ばれてくる。店員が去ったあとで、鴫山が口を開いた。


「決まりだ、部長」


「おめでとさん」


 そう言い、二人はキンと杯を交わし、一気にビールを飲み込んだ。


「普通にそのまま三部の部長でしょ?」


「おうよ。でだ。お前ユニットのプロデュースやれ」


「――はい?」


「俺の夢、ってほどじゃねえけど、ずっと考えてたことだよ。部長になったらやるつもりだったし、それやるために部長になったようなもんだ。キイチ、最高のアイドル作るぞ」


「……一人で盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、どういうこと?」


「お前が最強のアイドルユニットを作るんだよ。お前がメンバーを集めろ。人数も人選も好きにしろ。さすがに既存からの引き抜きは難しいだろうが、そこは部長の俺が持てる力全部使ってなんとかする。とにかく、全部お前の好きにやれ。集めんのも、そっからどういうユニットにすんのかも、曲もダンスも、全部だ」


「まぁ大体わかったけどさ、やらないよ。シギさんだって知ってるでしょ」


「知ってるよ。けどよ、もう十年以上経ってんだろ。だいたいそれ言ったらスカウトやってる時点ですでに同じようなもんだ」


「全然違うよ。そりゃ知られた時に火の粉がかかるってのは同じだろうけどさ、そっからの燃え方がダンチでしょ。スカウトはあくまでほんとの最初に声かけたってだけで、そっから先は完全ノータッチじゃない。でも人選から何までプロデュース全般っていったら違うよ。全焼。火傷で済めばいいほうで場合によっちゃ死んじゃうよ」


「そのための部長の俺だ」


「悪いけど及ばないよ、力」


「かもな。けどよ、お前は本当にそう思うのか? お前が選んでお前が育てたアイドルがよ、お前の過去のあれこれ程度で燃やされるような、そんなやわなもんに育つと思うのか? 誰でもないお前が作り上げたもんがだぞ?」


「……そういうもんを作り上げろ、ってことでしょ。というかそれ以外に選択肢はないし、そもそも僕がちゃんとやる以上そうなるのは必然っていう」


「おう。俺はそう確信してる。お前だってそうだろ」


「だとしても他人の人生を、それも人生これからの若い女の子の人生をベットしてまではできないね」


 その言葉に鴫山は一息つき、背もたれに体重を預ける。


「まぁ、お前の言うことはわかる。それは正しい。でもな、俺は見たいんだよ。完全に俺のエゴだけどよ、お前が見出して、お前が見たように育てたアイドルを。そいつらの成長と、世界をひれ伏させる姿を。それこそ『見ればわかる』至高のアイドルを。したらお前、てめぇの過去の些細なことなんかじゃ何も傷つけられねえだろ。見ればわかるじゃねえか。それがどうした、だからなんだ、って」


「……まぁそもそもの大前提として言っとくけどさ、僕プロデュースとかド素人よ。経験ゼロだもん。どだい無理よ」


「そこはもちろん経験者のサポートつけるよ。俺だって力遺憾なく使うしよ。とにかく、これは俺の部長としての最重要企画と位置づけてる。俺が部長で何したかって言ったらこれだっていう、そのつもりでいる」


「勝手だねぇ」


「勝手だ。勝手じゃねえとこんな業界生き残れねえし上にも行けねえ。そういう中で俺は最強の勝手で最高のもんを作りてえんだ。結果が全て。結果でわからせる、ねじ伏せる。それこそ誰が見ても見ればわかる、でだ。つーかだな、正直に答えろよ。


 ――お前はやりたくないのか?」


 鴫山はそう言い、大真面目に木ノ崎の目を覗き込む。


「――まぁ、楽しいのはわかるよ。実際やったら絶対楽しいし、面白いでしょ。でもそれとこれとは話は別だよ」


「何が別なんだよ」


「責任。大人の」


「……俺は深く聞いてこなかったし、聞く気もねえ。お前がなんでそこまでこだわるっていうか、重く考えてんのか。そりゃ俺だって家庭あるし子供いるけどよ、つってもどっちも男だけど、まぁ娘がいたら別なのかもしれねぇが……とにかく、もう許してもいいんじゃねえか? 許すってのが合ってっかわかんねえけどよ」


「そういうんじゃないよ。過去は変えられない、決定事項。なら今と未来をどうにかするしかないじゃない。それが責任でしょ。過去があるからこその責任」


「責任っつっても色々あんだろ。やらないだけが責任じゃねぇっつうか、それこそ夢を追うのを手助けするとか、力になるとか、そういうプラスの面でのよ。同じ失敗を繰り返さねえってだけが責任じゃねえし、それじゃ進化も成長もねえぞ」


「そんなのどうでもいいしね。しょうもない自己満足じゃない。なんの役にも立たないよ」


「……まぁ、一応お前の意見を尊重するが、基本は部長命令だ。お前も会社員で、俺のが上なんだからそこはちゃんと考えとけ。それと、これは禁じ手っていうかよ、恩着せがましいのは百も承知だが、そろそろ恩返ししてくれたっていいじゃねえか」


「それなら散々してきたでしょ今まで」


「あれは会社への恩で俺への恩じゃねえだろ。まぁんな違いお前にはねぇだろうが。とにかく、正直に話すが、俺はお前と一緒に仕事がしたいんだよ、最高の仕事を」


 鴫山はそう言い、タバコの火をもみ消した。


「最初はんなこと思ってなかったよ。おもしれぇとは思ってたし、こいつの仕事近くで見てぇとも思ってたけど、しょせんただのスカウトだ。


 けど、お前は別格だった。お前の目に、心底ゾクゾクした。本物だって思ったよ。本物の中の本物だ。次元が違う。だからな、こいつが本気出したら、ただ見るだけじゃなくて、その見えた将来の創造までやったら、その絶対的な見る目のセンスで作り上げたらどんなもんになんだろうって、死ぬほど見てぇって、思うようになってたよ。それを一緒にやりてぇってな……キイチ、お前足りてっか?」


「酒?」


「んなわけねえだろ。まあそっちも足りてねぇが、満たされてっか? 今で満足か? 乾いてねぇか?」


 鴫山はそう言い、空になったグラスを恨めしそうに見る。


「俺は足りねえよ。全然満たされてねぇ。乾きっぱなしだ。飲めば飲むほど乾いてくる。こんなんじゃねぇってよ……


 これでいいのかよ? 俺たちはもっとできるはずだ。こんなんで満足してていいわけねえ。金だ評価だ地位じゃねえ。見てぇだろ、本物を。まだまだ超えられんだろ、てっぺんを。自分たちの手でそういう、歴史になる本物を作りてえだろ。作りてえんだよ、俺は」


「ガキだねぇ」


「ああ、ガキだ。てめぇだってガキだろ。自分の欲が一番だ。親になろうとおっさんになろうと関係ねえ。照れなんかねえ。理想がある、欲しいものがある。全力だ。命賭けてぇ、燃えてぇ、行ったことねえとこまで行ってみてぇ、行き着く先まで行ってみてぇ。俺たちゃそれだけだろ。その欲の中で、なんとか歯ぁ食いしばってなけなしの自制心振り絞って、あいつらの人生への責任果たそうと葛藤して死力を尽くすんだろ。だからこそ、だからこそよ、お前はその自制心がいらねぇ、自分と同じような欲を持つ共犯者ばっか選んでんだろ」


 鴫山は、木ノ崎の目をまっすぐに見つめて言う。


「――正直シギさんのこと見直したよ。それわかってんの僕がスカウトしたごく一部の子たちだけよ」


「たりめぇだろ、付き合いだけは長えんだ。近くで見てんだ。嫌でもわかってくる。てめぇがスカウトするバケモノどもの共通点。なんでこの業界で確実に大成するやつらばっか引いてくんのか。


 欲だ。俗物的な欲じゃねえ。狂気に近い異常なまでの理想と、闘争と、欲求と、衝動だ。絶対的な自分を持ってるような奴らばっかだ。あいつらはみんな自分で勝手にやる。自分以外に責任負う人間なんかいねえと思ってるし、わかってる。本来こっちが負うべきもんを、全部勝手に負っちまう。だっつうのに、負けやしね。だからそいつらに対して自制心なんかいらねえ。こっちもむきだしの欲全開で問題ねえ。対等、共犯。全力の仕事と全力の仕事、それだけだ。そういう奴らはお前にとっちゃ都合がいいしよ、当然成功の条件を全部持ってやがる。それを全部見ただけでわかるってのは全く別の話だがな」


「やるね。でもさ、物事はもっとシンプルなのよ。色々こねくり回して言語化すりゃそりゃそういう話になるかもしれないけどさ、スカウトする時そんなの頭よぎるわけないじゃない。ただの欲よ。ゾクッと来るだけ。全部一緒、ただの答え合わせ。すごい面白いもんが見えるから、それが合ってるか確かめるためにスカウトする、それだけよ」


「だからこそさ、お前は絶対やるよ、この話。プロデュース。見ちまったら抗えねえだろ。自分がプロデュースして、天下とってる、そういう未来が見えるバケモノを見ちまったらやるしかなくなんだろ」


「かもね。でもそんなの来るかどうかもわからないじゃないの」


「だから待つよ俺は。お前のベストメンバーじゃねえと意味ねえ。最初から言ってんだろ、全部お前の自由だって。やるもやらないも自由だ。まぁ俺はやるって確信してるけどな。それがいつになるかはわからねえけどよ」


「……そうですか。まぁなんでもいいけどさ、とりあえずビール頼んでいい?」


「おう、俺もだ。話しすぎて口ん中乾いちまった」


 鴫山はそう言い、呼び出しボタンを押した。




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