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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
外伝 乱反射の肖像
170/324

4



 寿司屋での前祝いから数週間後。無事デビューを終えた十一月。そのチャンスが訪れた。


「殿ー。頼みがあんだけど聞いてくれる?」


 と新殿に声をかけてきたのは京手縁。


「内容による」


「試験勉強教えてくんない?」


「……わかってると思うけどお前が試験あるってことは私もあるってことだぞ?」


「それはわかってるけどさー。なるべく邪魔しないから頼むよ。ほんとにわかんねーってとこだけにするからさ。殿あたしよりは頭いいっしょ?」


「なんか嫌な言い方だな……それこそ頭いい人間求めてんなら美澄に聞けばいいだろ。試験範囲だってほとんど一緒なんだろうし」


「そうなんだけどさ、あいつも受験生じゃん? しかも仕事のこと考えて推薦受けるっつうし。あたしなんかよりバリバリ上のとこ受けるわけだし親医者っつったら進路や勉強で色々あるだろうからさ、あんま余計なことで邪魔したくないのよ。あいつだってめちゃくちゃ頑張ってどっちもやってるわけだしね。その点殿は受験もなんもないじゃん」


「お前なぁ、他人事だと思って……」


 新殿はそう言い深い溜息をつく。が、そこで一つの考えに思い当たった。


「――わかった。んじゃ勉強会やっからお前んち泊めろ」


「……いいけど殿そこまでするほど寿司食いたかったのか」


「ちげえよ! いや寿司は食いたいけどんなの一ミリも頭になかったわ! お互い時間は限られてんだし泊まってみっちりやったほうが楽だろ? あとリーダーとして全員にこういうのはやっといたほうがいいとは思ってたからさ。個人面談じゃないけど泊まったりしてこう、二人の時間をな。デビューもしたわけだし、お前なんか特にずっと部活あってちゃんと時間取れてなかっただろそういうの」


「そうだね。なんかちゃんと考えてんじゃん」


「そりゃリーダーなんだから当然だっつうの」


「さすがっすねー。でもあたしも殿が泊まり来るとか超嬉しいから最高だわ。んじゃうちの親に日にちとか色々相談して連絡すんね。殿の希望も教えてね。食べたい寿司ネタとかも」


「だからー……マジでいけんのそれ?」


「まー仕入れできればだけどね。うちは客もてなすかんねー。出すよー寿司」


 京手はそう言い、やはりけらけらと笑うのであった。



     *



 週末。試験前ということで仕事もレッスンも休みとなったその日、新殿は再び一人京手の家を訪れた。京手家の居住スペースは店の裏側に続いていた。母親が営んでいる整体院はすぐ近所のテナントを借りているということであった。


 昼過ぎ。連絡をしていたので京手が前もって家の前で待っていた。


「うっす殿。いらっしゃーい」


「おう。お邪魔します。店開いてんだよな? ちゃんと挨拶しとかないと」


「大丈夫大丈夫。どうせもうすぐ昼終わって休憩時間だかんね。したら家の方にも戻ってくっからそん時でいいでしょ。殿も昼前から来てりゃ良かったのにさー。寿司食えたのに」


「わかってっから遠慮したんだよ。てかお前昼間っから寿司か」


「うん。今日うち人いないかんねー。じーちゃんとお父さんは店でお母さんも店。兄貴らはどっちもバスケだなー。んだから昼飯は握ってくれた」


「へー。便利っちゃ便利というか。てかマジでいいな。寿司三昧じゃん」


「そうなのよ。まー今日は一人だし珍しく土曜の昼間っからいるからね。残りものとかよく食べるけどそっちは六人みんなで分け合うから取り分少ないよ。育ち盛りのうちらが多くもらえっけどさ。まー客来たからには夜もちゃんと寿司出っから安心してよ」


「そこまで心配してないわ。もらえんのはめっちゃ嬉しいけどさ」


「むしろそれがメインっしょ。まーどうぞどうぞ」


 と京手は家の中に新殿を招き入れる。おそらく祖父が寿司屋を開いた時に立てた建物ということで、比較的古い作りになっている。とはいえ都内にしては十分な広さ、大きさであり、十分な広さの中庭スペースすらあった。新殿はそこにバスケットゴールがあるのを視認した。


「どーする? あたしの部屋勉強机しかないからさ。ちゃぶ台もってこれっけど。今なら人いないからリビングの方がいいっしょ。ちゃんと椅子あるし。店閉めたらお父さんたち戻ってくっからそれまでね」


「まー任せるよ」


 ということで新殿にとってはある意味肝心の「縁の自室」は一旦お預けとなり、二人はリビングで勉強を始める。リビングもまた多少古臭さは感じるものの極々普通のリビングであった。しいて言えば六人家族ということで机が大きめであることくらいである。


 自室から勉強道具を持ってきた京手は、早速試験勉強にとりかかる。その集中の速度と深さは、やはりすさまじいものだった。例え対象が「勉強」であっても、パフォーマンスの時と比べなんら遜色はない。


 部活動が終わるまでのおよそ四ヶ月、京手は中学三年としてはありえない程の過密スケジュールの中で日々を過ごしていたことは新殿も知っていた。週五の学校。放課後は部活。それが終わればレッスン。土日も部活とレッスン。それでいて日々の勉強を授業中や休み時間、移動時間を無駄にすることなくやる。それを、当たり前のように実践してきた。


 普通それだけ日々動いていれば移動時間くらいは休みたいはずだ。というより、休まずにはいられない。そこで休まない体力気力、意志の強さもさることながら、その僅かな時間を逃さずフルに使えるだけの集中力。目の前の京手を見ていると、なるほど、これが普通なら例え移動中の車内だろうと当たり前にこなすのだろう、と新殿は納得する。その結果としてこれまでの生活にアイドルが加わりながらも、当然のように成績を維持し続けられたのだと。


 勉強は、音楽もなくまったく静かな中で行われていた。そうすると家は店舗と地続きであるため、店の喧騒というものが時たま薄っすらと届いてくる。


「結構音するもんなんだな」


 と新殿は一息ついて言う。


「え? なにが?」


「店の音。話し声とか色々」


「あー、そうだね。一階だとね。でも昼間は酒飲む人ほとんどいないから結構静かよ。気になんなら上行く?」


「いや、気になるわけじゃないから大丈夫だよ。ただうちなんて普通のマンションだからなんか面白いなーって」


「あー。マンションも別の意味で音しそうだけどな。うちも建物古いからねー。やっぱ普通よか音は聞こえるよね多分」


「やっぱおじいさんが店開いた時に建てたまんま?」


「そうだね。だからまー四十年くらい? 所々リフォームはしてっけどそんなガッツリはね。でもさすがにそろそろかな。あたしもさっさとバリバリ稼いで建てなおしてあげないとね」


 と縁は言いケラケラと笑う。そうやって自身で稼いだ金を当たり前のように家族のために使おうと言うあたりに新殿は京手らしさを強く感じるのであった。



     *



 一五時前。昼の営業を終え夜までの休憩時間に入った祖父と父が居住スペースに戻ってくる。


「おういらっしゃい」


「お邪魔しております。新殿です。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」


「ははは! いいのよそんなの。こっちも営業中で構えなかったしな。一番年上のリーダーの子だったよな?」


 と祖父が尋ねる。


「はい、そうです」


「一番しっかりしてたし大人っぽかたからなー。まーよく来てくれたよほんと。忙しいだろうに縁の勉強見てくれてありがとうな」


「いえ、こちらこそ突然お邪魔して、しかも一泊させていたいてありがとうございます」


「泊り客は大歓迎だからなうちは。縁の友達なら尚更。ところで新殿さんはもうお昼すませちゃってるよな? 寿司少しあるけどよかったらどうだい?」


「あ、いえ、大丈夫です。縁から夜も出していただくと伺っておりますし。お二人のお昼ごはんですもんね?」


「そうだけど数はあるからな。他にもおかずとかあるし。少しなら全然かまわねえよ」


「そうですか……ではお言葉に甘えて頂きます」


 新殿はそう言い、出された寿司を出された寿司を二つだけいただくのであった。


「みんなも来たし休憩にしよっか。殿も体動かしたほうがいいでしょ」


 と京手は立ちながらうんと伸びをして言う。


「バスケやろうぜ。殿もやってたんしょ?」


「少しだけどね。中学は部活入んなきゃだったから一応バスケ部だったし。中庭にバスケのゴールあったな」


「そうそう。にーちゃん達なんか余裕でダンクかますからね」


 と京手は笑って言い、リビングを後にした。



 新殿は京手に続いて中庭に出る。久しぶりに触るバスケのボールは非常に大きく感じた。もはや体育の授業の時にしか触らなくなったそれ。とはいえドリブルやシュートの動作は体が覚えていた。初めてのゴールであろうと何度かシュートを練習すればすぐに入るようになる。


「やるねー。んじゃワン・オン・ワンやろうぜ」


「んなマジなのもうできねえっつうの」


「まーいいじゃん。こっちだってそんなガチでやらないしさ」


 と言い、京手はドリブルをしゴールに向かって新殿と対面する。仕方なしに新殿もその相手をするが、ついこの間まで現役だった京手の動きにはとてもついていけず翻弄され、最後には綺麗なフェイダウェイシュートを決められる。


「はー。上手いもんだなフェイダウェイ。中学女子でそんなガチのやんの?」


「あたしは好きだからね。レブロンの真似よ。ありゃ芸術だかんねー、憧れるっしょやっぱ。あたしタッパそんなないしさ、デカイの相手にするときゃやっぱこれよ」


「へー。シュートも片手だしな」


「そっちのがかっこいいからね。大事でしょかっこいいもん真似すんのは。めっちゃ練習すりゃ結構いけるもんよ? やっぱしたいことしたいようにすんのが一番よ。そのために必死こいてさ。殿もダンスに関しちゃそうでしょ?」


「そりゃな。お前は全部に対してそんな感じな気もすっけど」


「ははは、かもね。面白いのが一番だかんねー」


 京手はそう言い、スッ、と軽くシュートを放つ。その今まで何万回と繰り返されたであろうしなやかな動作から放たれたボールは綺麗な放物線を描き、「パシュッ」という気持ちの良い音と共に「スプラッシュ」を起こしてゴールに吸い込まれるのであった。


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