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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第二章 死ぬほど好きだから
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第六話 うち今日親いないんで



 足りない。全然足りない。圧倒的に足りてない。それが黒須野の思いだった。


 平日は学校がある。すでに推薦で合格を決めていたがまだ自由登校にはなっていない。一週間のうち五日は練習時間が限られている。そうである以上土日は一日中練習したい。ただでさえ足りてない、追いついていない。ダンスが合うには程遠いという状況なのに一ヶ月後には試験がある。それを通ればさらに一ヶ月後には本番。物理的に、圧倒的に足りないのだ。


 一日中練習したい。とはいえそうもいかない事情もある。レッスン室は限られている。練習できるのは自分たちだけではない。トレーナーもつきっきりというわけではない。第一休みも必要だった。


 金曜の練習後。


「明日のレッスンは九時から一三時までです」


 と永盛に伝えられ、黒須野は思わず木ノ崎を見た。


「木ノ崎さん、練習ってもっとできませんか?」


「レッスン室空きがなかったからねぇ」


「ならどこか外部の借りるとかは」


「場合によってはね。でも明日は午前だけ」


「でも」


「焦る気持ちはわかるよ。でもそれでケガしてたら本末転倒だからね」


 と木ノ崎が言う。


「まぁその分日曜は長めにとれるからさ、土曜の午後ははしっかり休んで翌日に備えてね」


「わかりました……」


「うん。自主練も程々にね。言ったってやるだろうから、もっとやりたいの二つ前で止めるくらいでさ。まーいい機会だし三人でどっか行ってきたら?」


 木ノ崎に言われ、黒須野は安積と五十沢を見る。


「あー、そうですね。私ずっと受験勉強で時間取れませんでしたし。そういう話してましたし」


「うん。黒須野さんの合格祝いもやらないとね」


 と安積も言う。


「そうだね。僕もまだなにもあげてなかったか。今度なんかお菓子でも買ってくるよ」


「すみません、ありがとうございます。まぁ練習時間の確保が一番嬉しいお祝いなんですけどね」


「んじゃなんか疲労回復とかのにしたほうがいいかな。まーなんか見つけたらみんなのぶん買っとくよ。どっかご飯でも食べいく感じ?」


「終わるの一時だよね。じゃあ絶対おなかすいてるか」


 と安積が言う。


「じゃあ合格祝いと結成祝いも兼ねてってことでお金は僕が出すよ」


「え、いいんですか?」


 と黒須野。


「いいのいいの。こんくらいは出さないとね。まーいざとなったら経費で、はさすがに無理か」


 木ノ崎は永盛を見てヘラヘラ笑う。


「まーあとで渡すからさ。遠慮なく羽伸ばしてきなよ」


「それなら木ノ崎さんも来れば?」


 と安積が言う。


「それじゃあダメよ。三人だけってのに意味があるんだしね。そんなとこにおっさんの僕が混ざっちゃ台なしでしょ。ま、今後六人で食事する機会もとるだろうからさ。多分シギさんも出張ってきて七人になるだろうけど、まずは三人よ」


「そっか。じゃあ遠慮なく」

 安積はそう言って微笑むのだった。



     *



 翌日。土曜。練習を終えた三人は食事のため店に向かっていた。場所は事務所の近く。永盛や鷺林の情報から選んだ店だった。外装はおしゃれで綺麗なレストラン。チェーンではなく、大衆的すぎず、とはいえ高級過ぎもしない、そういう丁度いい感じであったが、それでもさすがにまだ中三の黒須野にとっては敷居が高く感じる。大人と一緒ならば平気だが、最年長で一六歳の高一。とはいえ、その最年長のリーダー安積に臆する様子はどこにもなく、それは中三とはいえ未だ一四歳の五十沢も同じだった。


(慣れてるのか、異様に肝が太いのか……ま、後者でしょどうせ)


 へっ、と自嘲気味に鼻で笑いながら黒須野は二人の服装を見る。土曜ということでどちらも私服(とはいえ五十沢の学校は私服登校が可能であり、彼女の場合は常時スポーティな格好をしていたが)であった。


 安積の私服は――まぁ、ものがいいから何着たって映えしかないよねそりゃ、としか言いようのないものであった。パッと見高価なものではない。派手ではなく、シンプル。けれども、飾らない、という言葉が的確だ。言うなれば最小限、最短距離で目的地へ、というようなファッション。自分に必要なもの、いらないものが明確にわかっているとしか思えない組み合わせ。彼女自身も含めた完成されたものがそこにはある。


(そりゃこんなのそのへん歩いてたら誰だってスカウトするよね……)


 改めて自分はなんて人とユニット組んでるんだろう、と思う黒須野。


(一方でこっちは、これだもんね……)


 と今度は五十沢を見る。五十沢のファッションは、いわば機能性以外なにも考えていないもの。いつでもどこでも動けるように、というスポーティなもの。けれども、それも異様に似合っている。明確なテーマ、完成されたコーデ。色、デザイン、全てが的確にマッチしており、またそのスタイリッシュなまとまりが彼女の浮世離れした容姿、それを引き立てる髪型と調和し、組み合わせとして完成されていた。自分のスタイルを持っている、すでに確立されている、と思えるもの。そのまま何かの広告に出ていても何らおかしくないよなぁ、と黒須野は改めて思う。


 して、自分はというと。……まぁ、悪くないとは思うけど、どうなのよ実際、と首を傾げる。アイドル志望なのだから、当然ファッションも昔から勉強してきた。流行、見せ方と魅せ方。自分のスタイル。自分に合うもの。自分をどう見せたいか。何よりも、自分がどうなりたいか。ファッションは、身にまとう意志そのものだ。


 同世代の中ではそれなりに、おしゃれな方だとは思う。背伸びした中学生、よりは背伸びが見えずキマっているんじゃないか、などとも思う。悪くない。そりゃ上と比べりゃ全然だろうけど、それでも悪くないはずだ、と。


 けれども、この二人を見ていると……その認識も揺らいでくる。結局素材が全てか。元が良ければ何着たって似合うか。他人の目など気にせず揺るがない自分を貫いていれば、何を着ようが同じことなのか……


 黒須野は一つ、溜息をつく。ま、いいんだ。どうせライブはみんな同じ衣装だし、何かの撮影とかでもスタイリストさんが用意する。プロが、各々に合ったものを用意する。そこで直面するものも正直恐怖は若干あったが、自分で選んだものでなければ見てわかる差など大したものではない。自分のセンスが批評されることもない。だから、何も、問題ないのだ。


 中に入り、窓際の奥の席へ向かう。一緒に歩いていると嫌でもわかるが、自ず視線が集中する。それは当然安積に。五十沢に。この視線の中毎日生きているのか、と黒須野は思う。そうであれば確かに、今更アイドルとして多数に見られるくらいなんでもないのかもしれない。


 席につき、メニューを見る。普段自分が同世代の友人らとだけで行く場合と比べると、高い。


「――あの、こういうの聞くのもなんだと思うんですけど、木ノ崎さんからいくらもらいました?」


 黒須野は声を潜め安積に尋ねる。


「一万」


「え? え、そんなくれたんですか?」


「うん。まーもちろんお昼だけで全部使えってことじゃないと思うけどね。余った分はみんなで分けていいって」


「そうですか……太っ腹ですね。やっぱ稼いでるんですかね、木ノ崎さん」


「んー、聞いたことないけど、そのへんは黒須野さんの方が知ってるんじゃない? 芸能界のこととか」


「あー。いや、でも実際の給料とかは全然ですよ。ただまぁ、木ノ崎さんの実績が全部ほんとだとしたらかなりもらってそうですけどね……そういう業界ですし。でもあんまりお金持ってそうな感じないですよねあの人……」


「うん、そうだね。興味ないんじゃないかな、お金とか」


「ですかね……スーツとかも結構安そうですし、革靴もあれで。腕時計もしてないですもんね」


「はは、黒須野さんすごいよく見てるね」


「そりゃ、いきなりユニット入らないかとか言ってきた人ですから、外見は多少警戒して見ないとですし……」


「それもそっか。でもスーツの値段とか見ただけでわかるなんてすごいね」


「いや、わかりませんよ。適当っていうか、そんな気がするってだけで」


「あれは安いですよ」


 とメニューを見たまま五十沢が言う。


「え?」


「木ノ崎さんが着てるスーツ。安いのです。背が高くて痩せてて体にフィットしてるの着てるからそこまで安っぽく見えてないですけど」


「あ、へー……そういうのも見てわかるの?」


と黒須野。


「そうですね。私決まりましたけど」


「あ、ごめん早く決めないとだよね」


 黒須野は慌ててメニューに視線を戻した。



     *



「えっと、じゃあ、黒須野さん合格祝いってことで、かんぱーい」


 安積の音頭で、三人は軽くグラスを合わせる。


「ありがとうございます。改めてですけど、今までこちらの都合でご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」


「うん、全然平気だから。短かったし、そんな大きな影響出るとかは別になにもなかったし。受験なんだから当然」


 安積はそう言い、笑みを浮かべる。その笑みに「ああ、これを直接自分に向けられるってのは相当やばいな」と黒須野は生唾を飲み込んだ。


「はい。それでその、合格祝いとかは一旦置いといて、やっぱりこう、一緒にやっていく以上話し合わなきゃいけないことって沢山あるじゃないですか」


「それ前も言ってましたけど何話すんですか?」


 と五十沢が言う。


「それはその、色々あるでしょ。認識の共有っていうか、目標を定めたり、決まり事とか、この先どうやっていくかとか」


「私たちってただ歌ったり踊ったりしてるだけじゃないんですか?」


「え?」


「色々決めるのは木ノ崎さんとか大人ですよね。曲とかダンスも。私たちは基本それを言われた通りやるだけじゃないんですか? 十子ちゃんが今言ったこととかも」


「んー、なんだろ……それとは別に、っていうかさ。五十沢さんって、今まで集団で何かしたことある? チームスポーツとか」


「ないですね」


 でしょうね、とは口には出さない。


「チームで戦うときはさ、やっぱ個人競技とは違って自分だけじゃないから、意識を共有して、同じ方を向いて協力して、ってのが大事だと私は思うよ。経験上」


 五十沢は黒須野の目を真っ直ぐ見て、話を聞いていた。


「そうですか。私は経験ないからわからないので、知ってる人に任せます」


「あ、そう……ならいいけど」


 拍子抜けというか、やっぱり物事の判断基準、思考回路が今ひとつつかめない、と思う黒須野であった。


「はは、なんか黒須野さん、参謀っぽいね」


 と安積が言う。


「え? 参謀って、あれですか? なんか軍隊の作戦とかそういう」


「うん。よっぽど黒須野さんのほうがリーダーって感じするよね」


 安積は笑いながらそう言う。


(いや、実際リーダーのあなたが笑って言うことじゃないでしょそれ……)


 と思いながらも、現実的にこの二人が相手なら自分がそういう立場になる以外選択肢などない気もした。


「でも実際黒須野さんが一番アイドルとか詳しいだろうからさ、そういう知識面っていうか、作戦みたいな部分は引っ張ってくれると助かるかな」


「それはもう、必要であればぜひ。あの、それ言うとあれなんですけど、今更なんですけど今ここでこういう話あんまりしないほうがいいですよね、多分」


「なんでですか?」


 と五十沢が聞く。


「いや、それは、まぁ、聞いてる人からすればアイドルの話だなあ、あの子らアイドルなのかなあ、とかわかるだろうし、事務所も近いし。そもそも私たちはまだ何の情報も表に出てない機密情報というか、社外秘みたいな存在だからね……」


「バレるとマズいってことですか?」


「早い話がそう」


「ならわかりました」


「じゃあそういうのは人に聞かれないところでやるしかないね。どこかある?」


 と安積が言う。


「まぁ、無難なところではカラオケボックスとかになりますけど、でもなんかこう、わざわざ話するためにカラオケボックス行ってっていうのも、ちょっとあれですよね……折角の機会なのにってのもありますし」


「そうだね。他どこかあるかな……」


 安積はそう言って考えこむ。


「要するに私たち以外いなければいいってことですか?」


 と五十沢が口を開く。


「まあ、うん、そうだけど」


 と黒須野。


「じゃあうちでいいんじゃないですかね」


「え? うちって五十沢さんの家?」


「はい。今親もいないですし、他にも誰もいないですし。うちなら練習もできますから、ダンスとか」


「……安積さん、はどうですか?」


「私は全然いいよ。五十沢さんがいいって言うなら。行ってみたいし」


「私も五十沢さんがいいっていうなら大丈夫ですけど……ご両親の許可とかは大丈夫?」


「そういうの別にいらないんで大丈夫ですよ。帰ってくるのは多分夜ですね」


「じゃあお言葉に甘えて、そうしよっか」


「そうですね。お邪魔するのでお土産だけは持参して」


 黒須野がそう言い、話がまとまる。しかしまぁ、いきなり家に呼ぶとか、相変わらず距離感がわからない、と黒須野は思う。始終敬語だっていうのにしょっぱから下の名前をちゃんづけだし、けど自分から話すとか雑談とかは全然ないし、だっていうのにいきなり自宅に……本当に、謎だ。天才って、誰も彼もがこんな感じなのだろうか。


 黒須野がもの思いにふけっていると料理が運ばれてくる。何はともあれ腹ごしらえだ、休憩中にも補給したとはいえ、あれだけ動けばガッツリ腹が減っている。人の金ということで少し冒険した注文。木ノ崎さん、ほんとありがとうございます、とあのにやけ面を思い浮かべながら、黒須野は手を合わせるのであった。



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