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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第三章 とも
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第十四話 恥も外聞も



「聞いた話ではここまでの予定とか」


 と社長が木ノ崎に言う。


「そうですね。感謝祭で終わり。またただのスカウトに戻りますよ。もちろん社長が許してくれればですけどね」


「……まだデビューから一ヶ月半、結成からも四ヶ月程度ですが、あなたはそれで問題ないと?」


「ええ。もちろん感謝祭でのステージ次第ですけど、描いた絵図通りならそれで軌道には乗りますからね。軌道に乗るというよりは大気圏脱出、地球の重力から逃れられる、ってとこですけど。第二宇宙速度とかなんとか」


「そうですか……予定に変更は?」


「……まぁ、正直に言うと可能性はありますね」


「それは失敗が理由ではありませんね?」


「ええ。彼女らが次で、感謝祭で失敗するなんてことはまずないでしょうからね。もちろん不慮の事故とかがあれば別ですけど」


「なら理由はあなたの方ですか」


「……困ったことに」


「……ほんとに困りごとですね。あなたは最初から困り事でしたよ、私にとっては。先代の最悪にして最高の置き土産」


 社長はそう言い、少し息をつく。


「それに関しちゃ一から十まで社長が正しいですよ。反対するのが普通ですからね。先代がちょっとおかしいだけで」


 木ノ崎のその言葉に社長はキッと鋭い視線を向けた。


「――ま、それに関しては先代もわかってやった節がありますからね。無論あなたを評価したのは確かでしょうけど、それ以外にも私のため、というより重りのようなものとして」


 社長はそう言い、再び息を吐いた。


「とはいえこれまでの貢献には感謝しています。感謝祭に関してもあなたが尾瀬さんを引っ張ってくれたと伺ってますので」


「それも正直眉唾ですけどね。私はほんと何もしてないんで」


「話しただけでも別なんでしょうきっと。まぁ尾瀬さんも尾瀬さんで頭痛の種ではありますが」


「あぁ、なんかやらかしたみたいですね。詳しくは知りませんけど契約がどうこうとかで。なんか僕も関わってるみたいですけど」


「……ほんとに何も知らないんですか?」


「ええ、詳しい内容については聞いてませんね。なんか契約のとこに僕のどうこう突っ込んだせいで只見さんが僕のことめっちゃ嫌ってるみたいな程度の把握です。内容については大体想像つきますけど、ほんとやりますよねあの人も。というか社長もよく了承しましたね」


「他に選択肢があると?」


「ないですね。それわかってやってますからねあの人も。ほんとおっかないですよ」


 木ノ崎はそう言い、へらへら笑う。


「それを連れてきたのはどこの誰ですか……わかってて連れてきたんでしょうけど」


「まーあそこまでとは思ってませんでしたけどね」


「そうですか……エア、いい三人を揃えましたね」


「ええ、そりゃもう」


「……一つだけ言っておきますが、話はあなた一人のことではありませんからね」


 と社長は言う。


「無論私が口を出すつもりはありませんが、あなた一人の感情だけが絡むものではありません。彼女達三人も完全な当事者です。あなたがどう思おうともすでにそこまで踏み込んでしまっているはずです。大事なのは彼女達の思いと人生です。そのことを肝に銘じて、選びなさい」


「……社長は命令されないんですか?」


「言った通り、それはあなた達の問題です。それを含めて考えなさい。本当の責任というものを」


「……ありがたいお言葉をどうも。ちなみに社長はもし懸念の事態が実際に起きたらどうされるおつもりで?」


「私は私が守らなければならないものを守るだけです。まぁ尾瀬さんのせいでそれも非常に難しいんですけどね……あの人は知ってるんですか?」


「話してはいないです。でも多分知ってますね。知ってるというよりはなんとなくそういう感じだろうって察してる程度だと思いますけど。だからこそ契約にもなんか挟んだりしたんでしょうね」


「ほんとに頭痛の種ですねあなたは……」


「もし可能だったら今度見せてくださいよそれ。僕も抜け道考えますから。いざとなったら当然僕一人で死にますんで」


「……いいのですか?」


「いいですよ別に。失うもんなんかありませんし、守られるよかそっちの方が望みですしね。なるべく迷惑もかけたくないですし。ま、罰みたいなもんでしょう。甘んじて受けますよ」


「……それで済むことであれば良かったのですがね。とにかく、明後日の成功を祈ってます。では」


 社長はそう言い、鴫山と共にその場を立ち去った。木ノ崎はその背中を見送り、ふーっと一息ついてレッスン室へと戻る。中はまだ休憩中であり、木ノ崎の帰りを待っているようでもあった。


「いやー、急だったね。ま、とにかくあれがうちの社長。君ら三人は初対面だね」


 木ノ崎はそう言い、場を和ませるかのようにへらへら笑う。


「どうだった? 実際会ってみて」


「社長って女の人だったんだね」


 と安積が返す。


「知らなかった?」


「うん、全然。木ノ崎さんとか鴫山さんが男の人だからなんとなく男の人かと思ってた」


「あー、そういうのはあるかもね。まーでもたまたまここは男の方が多いけどうちの事務所ってほとんど半々、女性の方が少し多いくらいだからね。当然管理職だって。五十沢さん的には見てみてどうだった?」


「社長だなーって感じですね」


「ははは、だよね」


「はい。メサクって言ってましたけどメって目ん玉の目ですか? あと硝子ってやっぱ硝子体の硝子でショウコですかね」


「ほんとさすがだねー。その通りよ。硝子はそのまんま硝子体。メサクは目に迫る」


「じゃあEYESって会社名は社長の名前からなんですね」


「そうだけどちょっと違うんだよね。今の社長は二代目だから。ここ作った初代は今の社長の母親なんだけどさ、その人は目迫瞳って言ってね、まーEYESはそっちからだね一応は」


「どっちにせよ名前目ン玉ばっかですね」


「ほんとにね。黒須野さんは多分知ってたよね」


「はい。て言っても顔と名前くらいですけど。ていうか二人とも入る前に経営者の顔と名前くらいは確認してなかったの?」


 と黒須野は信じられないといった様子で二人を見る。


「しなかったですね」


「私も全然。考えてみればそれくらいはすべきだったね。お母さんはしてたのかもしれないけど」


 と五十沢、安積は返す。


「二人といるとたまにこっちがやりすぎなのかなとか思えてきちゃうんだよね……まぁ私の場合はオーディション受けるのでに事前に調べるのは当然だったってのもありますけど。二代目だってのも一応知ってましたし、ネットとかで読めるインタビューとかには軽く目は通してましたね」


「ほんとさすがだねー君も。まーでも、ああいう人よ。文章読んでるだけじゃわからないでしょ。直接会って話と声聞かないとね」


 木ノ崎はそう言ってニッと笑う。


「そうですね……あの、言い方がちょっとあれですけど、普通じゃないですよね? 普通社長とか、会社の経営者みたいな人ってあんなじゃないですよね? しかもこんな大きな芸能事務所で」


「かもね。まぁそれ言ったらそもそも普通って何よって話になるけどさ、少なくとも多数派じゃないことは確かよ。たまんないでしょ? 50も過ぎてさ、恥も外聞もなくこのくそったれな世界に抗ってんの。なんとか自分の理想の世界をさ、せめてここだけにもって作ろうとしてんの。好きだねぇ僕は」


 木ノ崎はそう言い、へらへらと笑う。


「そうですか……でもなんか、木ノ崎さんは社長とは大丈夫なんですか? さっき辞めるとかどうこう話してましたけど……」


「あぁ、もし僕の目がダメになったらって話ね。そりゃスカウトできなくなったら辞めるでしょ。いる意味ないし、会社の方だってそんな人間置く意味ないしね」


「はぁ……でも普通木ノ崎さんの功績とか考えたら、それこそ話してたみたいに何かしらの形で残ってもらおうとしたりしないんですかね普通は……」


「普通はそうかもね。でも僕普通じゃないから。そもそもこっちもそんなんで残る気ないしね。ま、社長も色々大変なのよ、僕みたいな人間の扱いは。脛に傷だし、社長は僕がEYES入るの最後まで反対してたからね」


「え、いやでも社長ですよね?」


「当時は違うのよ。僕が入った時は先代、社長の母親が社長。入れるの決めたのも先代。社長はほんと反対してたよねー。当然というかそれが正しいんだけどさ。あの人真面目だからね。ほとんど直後に社長交代なったけど、先代最後の最悪の置き土産よ僕は」


 木ノ崎はそう言い、へらへら笑う。


「ほんと、同情するよね、社長には。悩みの種だもんねぇ」


「……もしかして木ノ崎さんて自分のこと嫌ってるっていうか、苦手だったり良く思ってないみたいな人のこと好きとかあります?」


「三穂田さんとか?」


「はい」


「かもね。社長の場合はそういうのとはちょっと違うけどさ、確かにそういう人好きかな僕。別に天邪鬼とかじゃないけどさ、僕のことよく思ってないってことはわかってるってことじゃない。見る目あるってことで。そりゃ好きでしょ」


 木ノ崎はそう答え、やはりへらへらと笑う。この人はもしかすると自分のことが好きじゃないのかもしれない、と黒須野は思う。この笑みもそういうどこか投げやりで、自分をないがしろにするためのものだったりするのかもしれない。


「――でも、そこまでなるようなことなんですか? 悩みの種とか最悪とか。だってこの十年、社長の十年の立役者の一人みたいなものじゃないんですか木ノ崎さんって」


「そりゃ違うよ。この十年はあくまでみんなの仕事の成果。僕の働きはその極々一部。性質上どうしても目立っちゃうだけでさ、数多の縁の下の力持ちあってのものよ。それにさ、どれだけ仕事で結果出してようがそいつが常時時限爆弾背負ってちゃおちおち安心もできないでしょ。常に爆発と隣り合わせよ。どれだけ爆発して破壊するかわからないような爆弾とね」


 木ノ崎はそう言いへらへらと笑う。その鉄壁に塗り固められたいつも通りのにやけ笑いからは、何の感情も読み取れない。この人は一体どれほどのことをしたんだろう、と黒須野は思う。社長にとってもそれほどの悩みの種という、脛に傷。時限爆弾。


 その爆発の時は、果たしてどれくらい近づいているんだろうか。





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