第4話 みえているもの
アベルとクロノが、超局所的な大発見をしていた頃、アリアは村長である彼女の父ケイルと、今回の騒動について話し合っていた。
「それで……その剣がお前の『魔法剣』に耐えた、と?」
「アベルのよ。 勝手に使っちゃって……あとで謝らなきゃ」
「ふむ……」
机の上に置かれた、鞘に納まった剣を見つめるケイル。
「ちょっと、刀身も見ていいかな」
「え? うん、多分大丈夫だと思うけど……」
サーッという金属の擦れる音と共に、今度は筋肉質の精悍な顔つきの男に引き抜かれたアベルの剣。
その刀身は、淡く赤色に輝いていた。
「……アリア、私もそのアベルに会いたい」
「今はたぶん、クロノと一緒にいると思うよ?」
「ならばすぐに行こう。 お前も来るか?」
「もちろん。 剣返さなくちゃ」
顔立ちに少し幼さの残る、金髪に赤い瞳の映える美しい少女と、同じく金髪に茶色い瞳の、筋肉質で大柄な男。
そんな親子が向かった先に待っていたのは……
「うおぉぉっ! すげぇ! すげぇよコレ!!」
「僕のスキルに、こんな使い道があったとは!」
「最高だよ、いいねいいね! やっぱり目が見えると……おや、こんなところに美少女とイケオジが!」
「あ。 姉さん、父さん……」
「……え?」
「「…………。」」
◇◇◇◇◇
「その、なんか……すみませんでした」
きまずい。 恩人とそのお父さんを勢いだけでナンパしてしまった……
「それで……クロノのスキルを使ったら、君にも風景が見えたと?」
「はい」
「いや、その。 それは……よかったですな」
「っ……びしょうじょ、って……」
(私はいけおじ? とか言ったか、意味はちょっと分からないが……悪い気はしないな)
つい先ほど、クロノの≪複写≫スキルが、クロノの視界をアベルの感覚に複写できることがわかった。
ゴブリン騒ぎの時の、アベルの腕を引き一緒に逃げたあのとき。 たまたま彼のスキルが発動。 その瞬間に見ていた”ドアを大急ぎで開くその瞬間の視界”が複写され、アベルに見えたというのが”あの景色”の正体だった。
そして、それに気づいた男二人(バカ共)は、
「俺のスキルすげー!」と。
「目が見えるって素晴らしいーっ!」と。
大はしゃぎしていたのである。
(自分でも、あんなに感動するとは思わなかった……)
「えー、それで。 記憶喪失だと?」
「あっはい……そうです」
「なるほど……」
(彼が盲目ということはクロノから聞いていたが、記憶喪失とは知らなかったな……)
改めて、はじめまして。 そんな流れで、ほとんど紹介することなどないが、俺は自己紹介をした。 といっても、いきなり「死んで生まれ変わって気が付いたらここにいました」とは言わない。 そんなことをいきなり言い出す奴がいれば、時と場所によっては即お縄になりかねないし、実際そうなったこともある……
「あぁそうだ、忘れていた。 アリア、剣を」
「あ、うん。 あの、この剣……ゴブリン退治に勝手に使わせてもらっちゃって、ごめんなさい」
「ああ、いいよいいよ。 俺のような盲目の男が使うより、強い人が誰かのために使えるなら、そのほうがいいさ」
「あー、アベル君」
「はい?」
「実はその……娘が、君の剣で『魔法剣』を使ったらしくてね」
「まほうけん……ですか?」
「姉さんのスキルのことです」
……彼らのそれぞれのスキルは、
クロノは≪複写≫。 目で見たものを、紙などに魔力を使って複写できるというもの。
アリアは≪魔法剣≫。 剣に魔法を纏わせることができる、というもの。
そして彼らの父親ケイルは≪火炎剣≫。 炎特化の魔法剣である。
しかしこう聞くとアリアのほうが器用で、父が不器用なように聞こえるが、実際のところは彼らの父も火炎剣だけしか使えないということはなく、魔法剣と同じように様々な魔法を剣に纏わせられるという。
やはりスキルとは単純に得意不得意のようなものといえるだろう。
「娘の『魔法剣』、それも特に『ファイア』は、今まで何度も剣のほうをダメにしてきたものでして……」
「うっ……あ、悪意はなかったの! 村を守ろうと……それに、この剣ならきっといけると思って」
「剣のほうがダメになる?」
「姉さんの魔法剣は、威力がありすぎるんです。 通常の剣では、一振りもすれば剣のほうが溶けてしまったり、歪んでしまったり、あるいは折れてしまったりするんです」
(なんだそりゃ!? ……さてはこの子、意外と無茶苦茶だな?)
「すごいね……」
「それで、実はこの剣について。 ちょっと聞きたいことがあってね」
「……なんでしょう?」
「アベル君。 この剣……どこで手に入れたのか、覚えてはいないかい?」
…………
「そうか、では名前すらも……」
残念ながら何一つ覚えていることはないと伝えると、残念そうに彼はなぜ剣について聞いたのかを話し始めた。
「あぁ、コレか。 確かに、”アベル”とあるね」
「えぇ。 ですのでまぁ……アベルと呼んでもらっています」
「なるほどね」
――名前を憶えていなかったので、剣に刻まれていた名前を名乗っています。 ……冷静に考えると、これも過去の転生にはなかったことだ。
何一つ記憶がない状態での転生。
といっても、過去の転生の記憶は残っている。
この体、この世界での記憶が存在しないという状況。
逆ならあった。
その世界、その体の記憶はあれど、過去の転生の記憶・前世の記憶は再び転生するまで消えていたという状況なら。
「……実はこの剣なんだが、おそらく王都の職人でも作るのは難しい」
「そうなの!?」「そうなんですか!?」
父の意外な言葉に、姉弟が揃って聞き返す。
「あぁ。 ほら、刃の部分が淡く赤色に光っているのがわかるかい?」
スッと、クロノが俺の手を握り視界を≪複写≫で共有してくれた。
「……本当だ、うっすら光ってる。 最初からこんな感じだった?」
「いいえ。 確かにきれいな剣でしたが、光ってはいませんでした。」
最初から光ってはいなかったというこの剣。
アリアが使って以来、淡く光っているというこの剣。
「おそらくだが、この剣は――」
ケイルがそう言いかけた時。 ギィ、と扉の開く音と共に聞こえてきた、新たな二つの声。
「魔鉱石……」
「ワンッ!」
彼の言葉を続けるように、透き通るような女性の声と、犬(?)の鳴き声が聞こえた。
「お母さん! リオ! 帰ってたのね!」
「おお、リリー。 戻ったか」
なるほど。 今の声の女性は二人の母親か。
ついでにワンちゃんの方はリオ……あぁ、倒れていた俺を拾ってくれたというワンちゃんか。
「みんな特に何もなく過ごせたかしら?」
「もちろん。 と言いたいところだが、ちょっと事件があったばかりでな……」
「事件?」
「ああ。 実はゴブリンが……」
……その後、
俺の剣が魔鉱石という、これまた過去の転生で何度も聞いたことのある素材でできている可能性が高いということ。
そして、二人のお母さん。 リリーさんが、王都からちょうど帰ってきたところであるということを聞いて、俺はまた自己紹介(紹介できることなどないが)をした。
「それでその……魔鉱石というのが剣の素材かもしれない、というのはわかりました。 ですが、それが何か?」
「いや、何かって君……」
「うふふっ……魔鉱石はね、この国では王家から許可を貰って使うような希少な素材なのよ」
リリーさんがそう言った瞬間。
俺の体を何やら暖かなものが貫くような、不思議な感覚がした。
「ん?」
「あ、おいリリー。 お前また勝手に……」
「ふぅん……あなた、不思議な人ね」
(え? 今何かされたのか……?)
「母様ほどじゃないと思いますよ?」
「はぁ……アベル、今のはお母さんのスキルよ。 驚かせてごめんね」
ここで再び、クロノが≪複写≫してくれた。
複写してくれた視界に写っていたのは、アリアによく似た美しい女性……いや、そりゃ親子なのだから当然だが……
透けるような金色の髪に、赤い瞳。
その赤い瞳が、まるで俺のすべてを見透かすかのように、淡く輝いていた。
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