第3話 剣と、魔法と、スキルと、
十、いや二十。
先ほど倒したゴブリンと同じようなものが二十はいる。
村を蹂躙せんと壊し、荒らし、奪っていたそれらは、飛び出してきた少女に気づくと、一斉に襲い掛かろうと向かってくる。
「試してみるしかないわね……!」
そう小さく呟いた少女は、剣を自分の体に対し水平に構え、続けてこう唱えた。
「『魔法剣:ファイア』!」
すると、少女の持つ剣が、瞬く間に炎を纏う。
メラメラと燃える炎の剣となったそれを改めて前方へ構えなおし、
襲い掛かってくるゴブリンどもを迎え撃つ。
一閃。
先ほどのものとは比べ物にならない威力。
ブォンッ、という炎を纏った剣が風を焼き切る音とともに、その場に幾体もの焼けた骸が転げ落ちる。
「ガァッ!? アァァッ!!」
目の前の光景に、残りのゴブリン達は蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ出した。
「っ、流石に一人では追いきれないわね……」
音もなく、少女の剣を纏っていた炎が消える。
(にしてもやっぱり、この剣……)
◇◇◇◇◇
一方そのころ、アベルを連れて先に避難したクロノは、同じく避難してきた村の女子供たちの内、怪我人の治療をしていた。
「『治癒』。」
(ん? 今クロノは「キュアー」といったのか? いや。 それよりも、さっき一瞬見えたあの景色は一体……)
「よし、これで大丈夫だよ」
「クロノおにーちゃん、ありがとう!」
子供の声だろうか。
これまで聞いた声の中でもひときわ幼い声で、そう聞こえた。
「……なぁ、クロノ」
「ん? なんです?」
どうしても、知りたくなった。
「今、キュアーって言ったよね? それにさっきの景色は一体……」
「ん? 治癒のことならわかりますけど、景色……ですか?」
「逃げるときに、君に手を引かれただろう?」
「ええ」
「あのとき、一瞬だけど扉を開ける瞬間の景色が見えたんだよ」
「……そう、ですか。 うーん、特に思い当たることは……」
「おーい! みんな無事かーっ?」
今度はまた別の大きな声が、避難場所に響いた。
◇◇◇◇◇
「被害状況は?」
「家が一軒全壊、一軒半壊。 軽傷者多数、重傷者数名。 死者、数名……」
「……そうか」
今、「被害状況は」と聞いた男は、この村の村長。
クロノが教えてくれた。
そしてこの男……実は、クロノとアリアの父だという。
名をケイル。 ケイル・セーブという。
「クロノ! お父さん!」
「おお、アリア!」
「姉さん!」
「大体は追い払ったわ。 それで……?」
アリアの声だ。
力強く、それでいて若干幼さを感じる元気な女性の声。
聞き間違えるはずがない。
「死者が数名、重傷者数名。 それ以外は一応大丈夫だ」
「……」
(死者が数名……アリアに危機を知らせに来たあの男も含まれているのだろうか)
(目は見えないが、重たい空気を感じる……)
それも当然だろう。
“村“というからには、それだけに小規模なのであって、そんな小さな集団の中で死者が出たのだから。
「……ん? クロノ、その人は誰だ?」
「あ……そうでした」
(俺のことかな?)
「えっと、彼はアベル。 今朝、森で血だらけで倒れていたのを、姉さんとリオが拾ってきて。 酷いケガだったので、手当てしたんです」
「えっと、どうも……」
ぺこりと頭を下げる。 が、
「ちょ、アベル。 こっちこっち」
「え? あぁ、え?」
どうやら見当違いの方向に頭を下げてしまったらしく、クロノに体の向きを修正される。
「……大丈夫なのか?」
「ええ、ちょっと彼は盲目でして。 見えてないのです」
「ああ、そういうことか。 それはその……大変ですな」
「ええ、まぁ……」
なんともぎこちない感じなってしまった。
「見ての通―― あいや、聞いての通り。 ちょっと立て込んでおりましてな、もてなしもできませぬ」
「いえ、お気になさらず。 ありがとうございます」
「さて……では、無事な者は一旦、各自家に戻ってくれ! アリア、お前は少し来なさい」
「じゃあ、僕たちも一旦戻りましょうか」
「ああ……」
◇◇◇◇◇
「……それで、何か話し途中じゃないでしたっけ?」
「景色」
「あぁ、そうでしたそうでした」
逃げるとき見た景色、あれは何だったのか。 それに、キュアーとは何なのか。 後者に関しては、俺はもう予想できている。 おそらくは……「魔法」。
転生してすぐに、馴染みの術をいくつか試したが、何一つとして発動することはなかったがために捨てかけていた可能性。 しかしやはりこの世界にも魔法があるのではないか。 その可能性が高い。
今はそう感じている。
「えっと、キュアーはこの国で一般的に使われている治癒の魔法です」
やはり魔法。
そして少々意外だったのは、「この国で一般的に使われている」という点。 魔法が非常に希少なものである世界や、魔法を扱う者が差別されたり、逆に過剰に保護されていたりする世界をいくつも経験してきたが故に、意外だった。
「魔法か……できれば、その魔法とは何かから教えてもらえないか?」
「あー……そう、ですか? わかりました。 ではそこから説明しましょう」
今思えば、こんな質問は良くなかったかもしれない。
俺にとっての魔法は、あるかないか。 どんな扱いをされているのかという“もの”でしかなかったが、彼らにとってそれは常識であるかもしれないのに。
……曰く、この世界の「魔法」とは、一定以上の知性をもつ生物が扱う、
何もないところに炎を起こしたり、傷を癒したりといったことを可能にするもの……その術を指す。
そして、クロノは魔法と同時にこの世界に存在する「スキル」についても教えてくれた。
この世界では魔法がすでに”魔法学”として体系化されており、生まれ持った魔力を伸ばす方法や、新たな魔法を生み出す研究、魔法に限界はあるのかといったこと等々、魔法学を専門とする研究者も大勢いて、世界各国が魔法研究に精を出しているという。
一方「スキル」とは、現状人間とそれに特に近しい種族にのみ発現することが確認されている生まれつきの能力のようなもの……であるらしい。
(「魔法」に、「スキル」か……なんというか、いつも通りというかなんというか……)
しかし、魔法が学術として著しく進歩しているのに対し、スキルの研究はほとんど進んでいないという。 その原因に、発現する種族が人間とそれに近しい種族だけであることと、研究する意味がさほどないこと、がある。
この世界が多種族世界であることと、スキルがあることはひとまず置いておくとしよう。……俺にとってはそんなことは、珍しくもないことだ。 しかし俺はこの「さほど意味がない」というのが気になった。
「さほど意味がない……というのは?」
「スキルは、そのほとんどが魔法で模倣、代用ができるんですよ」
そう。 スキルとは今や個々人の能力の偏りのようなもので、魔法学の発展したこの世界では○○ができるというスキルをもって生まれたところで、そのほとんどが魔法で模倣、代用ができるのだという。
故にスキルの研究は個人が自らやればいい話なのだ。
炎を操るスキルがあっても、炎を操る魔法で対抗できる。
それが、この世界の「スキル」と、「魔法」だ。
「なるほど。 でも、聞いておいてなんだが、どうしてクロノはそんなに詳しいんだい?」
「あはは……実はその、僕はスキル・魔法学の元研究者なんです」
「おお、研究者! ……ん、元?」
「ええ。 残念ながら、スキル研究の方はここ数年でかなり廃れてしまって……研究費を出す人がいないのです。 僕はたまたま魔法学もやっていましたから、王立魔法学校での教職をいただけて。 今は王都で魔法学の教師をしています。 それも休暇中、ですがね」
「なるほど。 じゃあ、先生!」
「先っ……まぁいいでしょう、なんですか?」
「先生のスキルはなんですか?」
なぜかはわからないが、この時俺はちょっとワクワクしていた。
高い値のつくようなものなど釣れないと分かっていても、毎度毎度何が現れるのかと思う魚釣りのように。 「僕は炎を操れます」だとか、そんなことを言われるのだろうと、そう思っていた。
「僕のスキルですか……笑わないでくださいね?」
「笑う?」
「その……≪複写≫という、スキルです……」
「ふくしゃ……?」
――複写とは、要するにコピーのことである。
スキル≪複写≫なんて聞くと、俺は普通に凄そうに感じるが……
「ははは……ちょっと綺麗に絵が描けたりするだけですよ。 出先できれいな景色を見たときに、絵描きに頼らずにその景色をスキルで描いたり。 まぁ、日常に役立つようなものでは――」
「あのさ、それって……人の頭の中にも、描けるとかなんじゃ……?」
「……もしかして!?」
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