逃走
囲まれていることに気付いた時には既に逃げ場はなかった。
戦って勝てるビジョンが浮かばない。
仮に撃退出来たとしても相当の負傷を追うであろうことは容易に想像できる。
(どうする?どうすればいい?)
シオンは必死にこの場を切り抜ける術を探していた。
(シルファの魔法は詠唱に時間がかかる。
咆哮魔法は単純な分、発動するのが早い。
そしてこの数・・・。)
シオンは目で魔獣を威嚇しながら、シルファを守る様に背中に隠す。
(やばい・・・かなりやばい・・・)
ほんの僅かでも隙を見せたら狼達は一斉に襲い掛かってくるだろう。
隙を見せなかったのはシオンがシルファに絶対に怪我をさせたくないと全神経を狼に集中していた為だ。
(何か目くらましでもあれば・・・ん?あれならいけるか?)
「シルファ・・・大丈夫か?」
ゆっくりと小さな声で問い掛ける。
「っぐ。ひゃいっ。ふぇいき(はい。平気。)」
シルファは全身に降り注ぐ狼からの殺意に必死に抵抗しているが・・・。
言葉とは裏腹に全く大丈夫ではなさそうだった。
(シルファ泣いてるのか。
もしかして僕達まじでここで死ぬんじゃないか?
いや、シルファだけでも守らないと。)
シオンはゆっくりと深呼吸をひとつした後、シルファにゆっくりと話しかけた。
「泣くのは後でとっておいて今は俺の話を聞いてくれ。
空間開けて俺の荷物から懐中電灯取れるか?
詠唱破棄してるからすぐ出来るよな?
後は目をつぶっとくんだ。
僕が合図で一気に走り抜けるぞ。」
シルファは鼻を啜りながら頷いて呪文を唱えた。
「オルパッ。
しー君・・・これ・・・」
シルファがシオンの左手に握らせたのは、間違いなくシオンの懐中電灯だった。
母親がいざという時の為に魔力で充填してくれた大切な懐中電灯。
(まさかいきなり使うことになるとは。
しかもこんな使い方で・・・)
シオンは苦笑いを浮かべていた。
しかしシオンはシルファを守る為、全く後悔していなかった。
「シルファ、目をつぶっとけよ。」
シオンはナイフと懐中電灯を持ち替え、勢いよく地面に叩き付けた。
懐中電灯を叩き付けた瞬間、充填されていた魔力の暴走により、辺りは閃光に包まれた。
「今だっ。シルファ走れーーっ!」
シルファの手を掴み一気に走り出す。
目を綴じていたお陰でシオンとシルファにはハッキリと周りの状況は見えていた。
狼達は視力を奪われたせいでその場を動けずにいる。
シオン達は狼達の間を駆け抜けた。
しかし狼達は今度は音と臭いを頼りに一斉にシオン達を追い掛け始める。
狼の速度はシオン達が走る速度とは比べ物にならない。
虚を突いて広げたはずの狼たちとの距離が見る見るうちに縮まっていく。
(ヤバイ・・・追い付かれる。)
そう感じた瞬間だった。
駆け抜けるシオン達の目の前に突然人影が現れたのだった。